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ファラデー『ロウソクの科学』

第 1 章 ロウソク:炎はどこからきているんだろうか。



 ここでの出し物を見にくることで、みなさんはわれわれに大いなる栄誉を与えてくれたわけですから、そのお返しに、このレクチャーではこれからロウソクの化学的ななりたちを示していきたいと思います。自然について考え方を勉強するとき、ロウソクという物理現象に注目するのは、いちばんすぐれていて、いちばん開かれた道なんですね。ロウソクという現象を見れば、この宇宙を仕切っている法則はすべて顔を出すし、関わってくるんです。だから、目新しいテーマを選ばずにロウソクなんかを選んだけれど、それでみんなをがっかりさせるようなことはないはず。これよりいいテーマはないし、これと肩を並べるくらいのものでも少ないでしょう。

訳注:この頃は、「Science(科学)」ということばはまだ広まっていなくて、Natural philosophyという言い方をしたんだそうな。ここでは「自然についての考え方」としておいた。

  さて、先に進める前に、もう一言言わせてください。われわれのテーマはとても壮大だし、それを真摯に、まじめに、科学的に取り上げようというわれわれの意図も壮大なものではあるんですが、でもわたし、われわれの中の年長者からは距離をおくつもりです。子供のみなさんには、自分も子供の一人として話すという特権をいただきましょう。これは前にもやったことだし、お気に召したらまた何度でもやります。そしてここに立って、自分がしゃべることばが世間一般に向けてのものだとわかってはいますが、それでもきみたちに話すときには、いちばん身近な人間に話すときみたいな、親しみをこめた話し方をするようにします。

 というわけで、少年少女のみなさん、まずはロウソクというのがなにでできているのかを説明しておきましょう。なかにはずいぶんと珍しいものもあって、たとえばアイルランドの沼地でとれる、キャンドルウッドっていう変な物質があります。これは堅くて強い木なんだけれど、すごく明るく燃えるんですな。ロウソクみたいに燃えるので、これがとれるところではマッチの軸を作ったり、たいまつをつくったりして、すごくいい灯りになってます。そしてこの木のなかには、ロウソクの一般的な性質が、最高に見事なかたちで詰まっていると言っていいでしょう。燃料の供給のされかたとか、その燃料を化学反応の起こる場所まで持ってくるやり方とか、その反応場所――熱と光――への空気の供給とか、そのすべてがこの種の小さな木ぎれにこめられて、まさに天然のロウソクになっているんです。

 でも、ここでは店で売っているようなロウソクの話をしましょう。ここにあるのは、ディップ式っていうロウソクです。まず、それなりの長さの木綿糸を切って、それにループをつくって引っかけて、とけた動物の脂肪にひたして(ディップして)、それをとりだしてさまし、またつけなおす、というのを繰り返すうちに、木綿糸のまわりに脂肪がだんだんついてきます。炭坑の炭坑夫たちは、すごく小さなディップを使っていました。昔は、坑夫は自分でロウソクを用意しなきゃならなかったんです。そして小さなロウソクのほうが、大きなロウソクにくらべて炭坑の坑内ガスに燃え移りにくい、と思われていたんですね。これと、それにあとは値段の問題もあって、坑夫はこの手のロウソクを持っていた――一ポンドで20、30、40、60本くらいも買えるようなやつ。炭坑で使う明かりは、その後はスチールランプ(steel-mill)になって、それがさらにはデーヴィー安全灯とか、いろいろな安全ランプに置き換えられていきましたが。 ここにもってきたのが、ペイズリー大佐がロイヤル・ジョージ号原注1からとってきたといわれるロウソクです。もう何年も前に海に沈んで、塩水の活動にさらされていました。ロウソクがどんなによく保つか、これをみるとよくわかりますね。あちこちひびが入って、欠けたりもしてますが、火をつけるとこうして安定して燃え続けるし、脂肪分は火をつければすぐに、自然な状態に戻ります。

 ラムベスのフィールズさんが、ロウソクやその材料の見事なイラストをたくさん提供してくれたので、これからそれを使っていきましょう。まずは牛脂です。これは牛の脂肪だ――ロシアの脂肪だと思うけれど、それをゲイ・リュサックや、かれの知識を受け継いだだれかが、あのステアリンという美しい物質に変換しました。ご承知のように、いまのロウソクは、昔の脂肪式のロウソクみたいなベトベトしたものではなくて、もっときれいなものになっているから、そこからたれるしずくもひっかけば、すぐに粉々になって簡単に落ちるし、それがついたところもほとんどよごれないでしょう。
 ゲイ・リュサックが使ったのは、こういうプロセスです原註 2。まず、油や動物の脂肪を石灰で煮て、せっけんにします。それからそのせっけんを、硫酸で分解すると、石灰分がぬけて、脂肪がステアリン酸に組み替えられて残ると同時に、グリセリンもたくさんできます。グリセリン――これはまぎれもない糖、あるいは糖に似た物質です――がこの化学変化の途中で、脂肪からでてくるんですね。で、圧力をかけて残った油をぬきます。ここに、ホットケーキみたいなものがたくさんペチャンコになってますねえ。圧力をどんどん高くすると、不純物が油っぽい部分といっしょに出ていってしまうのがみごとにわかります。そこで残った物質をとかして、それを型に入れて、ここにあるようなロウソクにするわけです。わたしがいま持っているのは、ステアリン製のロウソクで、脂肪からいま説明したようなやり方で作った、ステアリンでできています。

 さてこちらはクジラロウソク。これはマッコウクジラの鯨油を生成した油でつくってあります。こっちは黄色い蜜ロウと、精製した蜜ロウ。これもロウソクの材料になります。さらにこっちには、あのパラフィンという変な物質があります。アイルランドの沼地でとれるパラフィンから、パラフィンロウソクなんてのも作られてます。こっちには、日本からもってきた物質があります。なんせ最近われわれは、あの僻地の国の入り口を、無理矢理こじあけてやりましたからな――親切な友だちが送ってくれた、一種のワックスですねえ。そしてこれは、ロウソク生産の新しい材料になるものです。

 で、ロウソクはどうやってつくるのか? ディップ式はもう話したから、こんどは型を使った作り方の話をしましょう。ここにあるロウソクが、型どりできるような材料でできてるとしましょう。「型どりって、ロウソクはとけるんだし、とけるんなら型どりできるに決まってるじゃないの!」と思うでしょう。残念でした。製造業が発達して、ほしい結果を得るためのいちばんいい方法を考えるなかで、これまで予想もしなかったことが飛び出してくるってのは、実にすばらしいことです。ロウソクは、いつも型どりしてつくれるとは限らないんです。ワックス製のロウソクは、型に入れてつくることはできないんです。特別なやりかたでつくるんで、これはものの数分で説明できますが;いやでもあんまりそれに時間は割けないな。ワックスというのは、すごくよく燃えるし、ロウソクの中ですぐにとけるので、型に入れられないんです。 でも、まずは型どりできる材料の話をしましょう。ここに枠があって、その中に型がたくさん固定されています。まずは、その型に芯を通します。ここにあるような芯です――編んであって、だからロウソクが燃えていっても芯を切らないですむようになってます原注 3――これはまっすぐ立ってるように、針金でささえてあります。この芯を、まず型の底に通して、それをペグでとめます――小さなペグが木綿糸をしっかりおさえて、あとはその糸口から液体がもれないようにするわけです。てっぺんのところには小さな棒が横にわたしてあって、それが木綿糸をピンと張らせて、型の中に固定しておくようになってます。それから脂肪をとかして、型に流し込みます。しばらくして型が冷えると、余った脂肪を角のところから流しだして、ロウソクをまとめて底をきれいにして、芯のよけいな部分を切ります。これで、型のなかにはロウソクだけが残るので、ひっくり返すと、ゴロゴロッと出てくるわけですね。ロウソクはコーン型になっています。てっぺんが細くて、根本が太くなっています。こういう形のせいもあるし、あとは冷えるときにちょっと縮むのもあって、だからちょっとふってやると、ポコッとはずれます。ステアリンやパラフィンのロウソクも同じようにつくります。

 ワックスのロウソクのつくられかたは、とってもおもしろいです。木綿糸がたくさん枠にぶらさげられて、その先端に金属のタグがついて、ワックスが木綿にかからないようにしてあります。で、これをワックスをとかすヒーターのところへ持っていきます。この枠はぐるぐるまわるようになっていて、まわっているところへ、人がとけたワックスをすくって、一本ずつ順番にかけていくわけです。で、一回りして、それが十分に冷えたら、こんどはまた最初のにもどって、二巡目をいきます。これを繰り返して、必要な厚みになるまで続けるんですね。これで芯の全部が、まあ十分太ったというか、エサをもらったというか、とにかくその厚みまできたら、それを枠からはずして、別のところにもっていきます。フィールズさんのご厚意で、そういうロウソクをいくつかここに用意してあります。これなんか、まだできかけのヤツですねぇ。これをこんどは、なめらかな石の板にゴロゴロころがして丸くします。それでコーン型のてっぺん部分を、そういう形をつくってある型におしこむことでつくるんです。それから底の部分を切って、余計な芯を切ります。これを実にきれいにやるので、こういうやりかたで、重さが正確に4ポンドとか6ポンドとか、あるいは好きな重さのロウソクをつくれちゃうんですね。

 でも、ただの作り方にこんなに時間をかけちゃいけませんね。もっと話を進めましょう。まだ、豪華なロウソクについては話をしてませんね(といっても、ロウソクに豪華もクソもないんですが)。これなんか、とてもきれいに色がついてますな。すみれ色、赤とか、最近発明された化学的な色素がなんでもロウソクに使われています。さらには、いろんな形が使われているのもわかるでしょう。こっちにあるのは、溝がたくさんついていて、神殿の柱みたいで実にきれいな形です。さらにこれはピアサルさんが送ってくれたロウソクですが、いろいろデザインで装飾してあって、だから火をつけるとそれが上空で輝く太陽になって、下の方には花束なんかがある、という具合です。しかしながら、きれいで美しいものが、必ずしも役に立つとは限らないんです。こういう溝のついたロウソクは、きれいではありますが、ロウソクとしてはダメなロウソクです。ダメなのは、この外形のせいです。でも、こういうあちこちの友人が送ってくれた種類のロウソクを見せるのは、この方面でどんなことが行われていて、なにができるかをお見せするためです。でもいま言ったように、こういう洗練のためには、この実用性を多少犠牲にしなきゃならないんです。

  さて、ロウソクの火の話をしましょう。一、二本、火をつけてみましょう。そして本来の機能を果たすように動かしてみましょう。こうしてみると、ロウソクはランプとはぜんぜんちがっているのがわかるでしょう。ランプだと、油が少しあって、それを器に入れて、そこに人工なかたちで用意した、コケとか綿とかをいれて、その芯のてっぺんに火をつけます。炎が綿をずっとおりてきて、油のところまでくると、そこで消えますが、油より上のところでは燃え続けます。さて、ここでみなさんまちがいなく不思議に思うでしょう。どうして油は、それだけでは燃えないのに、その綿のてっぺんまできて燃えるんだろうか? これについてはすぐに見ていきます。でも、ロウソクが燃えるのには、これようりもずっとすばらしい点があるんです。ここにあるロウソクは、固体で、別に容器におさまったりしてませんね。それなのに、この固体の物質が、どうやって炎のあるところまでのぼっていくのか? 固体が、液体でもないのに、そこまでいけるのか? あるいは液体になったとしたら、どうしてバラバラにならずにいるのか? ロウソクのすごいのは、こういうところです。

 さてここはずいぶん風がくるので、実験の一部ではそれが役にたつけれど、一部ではちょっと風がいたずらすることになります。だからちょっと物事を一貫させて、事態を単純にするために、炎をじっとさせておくことにしましょう。ものごとを観察しようってのに、それとは関係ない面倒がいろいろあってはじゃまですからね。これは、市場にいる行商人や屋台売りが、野菜やジャガイモや魚を売るときに、土曜の晩にロウソクをカバーするためのとても頭のいい発明です。わたしもよく感心してこれを眺めるんですよ。ロウソクのまわりにランプのガラスをつけて、それを一種の張り出しにのせて、必要に応じて上下できるようになってるんですな。同じようにランプ用のガラスを使って、炎はじっとさせておけるんです。これならながめて、じっくり観察することができます。家に帰ったらぜひやってみてください。

 で、ロウソクをしばらく燃やして、真っ先に気がつくのは、とってもきれいなくぼみができていることです。空気がロウソクに近づくと、ロウソクの熱がつくる気流のせいで、その空気は上に動きます。これで近づいてくる空気がワックスなり脂肪なり燃料なりの側面を冷やして、はしっこのほうは、中の部分よりずっと冷たくなることになるんですね。炎は、消えるところまでずっと芯の下に向かってやってくるので、中の部分はとけるけれど、外の部分はとけないんです。もし気流を一方向だけにすると、くぼみがゆがんでしまって、液体もどんどん流れ出します。世界を一つにしている重力の力が、この液体を水平に保つから、もしくぼみが水平でなければ、液体は当然ドボドボ流れ出すってことです。つまりですね、このくぼみは、みごとに一様な空気の流れが、あらゆる方向からやってきて形成されて、そしてそれがロウソクの外側を冷やしておくというわけですな。

 このくぼみをつくれない燃料は、どれもロウソクには使えません。ただしアイルランドの沼地の木は別で、これは材料そのものがスポンジみたいになっていて、独自の燃料を持っているわけです。これで、さっき見せたような、美しいけれど不整形なロウソクを燃やすとろくでもないことになるわけが、わかるでしょう。不整形でかたちがゆがんでいるので、ロウソクのすばらしい美しさである、このきれいなくぼみの縁ができないからです。これで、あるものの美しさというのは、そのプロセスの完成度――つまりはその効用――のほうに大きく依存しているんだ、ということがわかってもらえるといいんですがねえ。われわれにとっていちばん役に立つのは、見た目にいちばんきれいなものではなくて、いちばんうまく機能するものなんですな。不整形なロウソクは、うまく燃えないロウソクです。まわりには、きたならしくドボドボとロウがあふれます。それは空気の流れが一様ではなくて、だからできるくぼみの形もまずくなるせいなんです。

 この上昇気流の働きについては、きれいな例が見られますね(こうした例は見ればわかると思いますが)。ロウソクの側面に、ロウがたれてすじがついたところでは、ロウがほかのところより厚くなっています。ロウソクが燃え続けると、そのすじはそのまま残って、ロウソクの横っぱらに小さな柱みたいにして立ったままになります。ロウや燃料のほかの部分から上に出ると、空気がそのまわりをもっとたくさん通れるので、強く冷やされて、すぐ近くの(炎の)熱にも耐えやすくなるからです。これはロウソクの最大のまちがいや欠点です。でもほかのことでも言える話ですが、そういう欠点に、われわれに対する教訓が含まれているんです。そういうまちがいや欠点が生じなければ、それに気がつくこともなかったでしょう。わたしたちがここに来たのは、自然哲学者(科学者)になるためです。だから、なにか結果が起こったら必ず、特にそれが新しい結果なときには、「原因はなんだろう? どうしてこうなるんだろう?」と考えるべきなんです。いずれその答えが見つかるでしょう。

 さらに、このロウソクのおかげで答えのわかる質問がもう一つあります。それは、なぜ液体がこのくぼみから出て、芯をのぼって、燃焼の起こっている場所にくるのか、ということです。ロウソクは、蜜ロウ、ステアリン、鯨油なんかでできていて、その芯で火が燃えています。でもその火はワックスなんかのほうにすぐに下りていって、それを溶かしてしまったりはしません。自分の場所にきちんとおさまっていますね。炎は、その下の液体からは遮断されているし、くぼみのふちに飛び移ったりもしません。ロウソクのある部分が、ほかの部分をその行動のとことんまで活用するよう調整されているわけで、これほどに見事な例はほかに思いつきません。こんな可燃物が、だんだんと燃えていって、絶対に炎に勝手なまねをさせないというのは、とても美しい光景です。これは、炎というのが実に強力なものだというのを知ればなおさらでしょう。炎はワックスをひとたびつかまえてしまえば、これをすぐに破壊してしまえますし、近くにきただけでも、ワックスはもとの形を失ってしまいます。

 でもそれなら、炎はどうやって燃料を確保するんでしょうか。これについては、すばらしい説明があります。「毛管引力原注4」です。毛管引力というのは、英語だと「髪の毛の魅力(capilary attraction)」になるので、なんじゃそりゃ、と思う人もいるでしょう。まあ名前は気にしないでください。ずっと昔についた名前で、実際にどういう力なのかがよくわからなかった頃の名前なんですから。燃料が、燃焼の起こっているところまで運ばれて、そこに置かれるのは、この毛細管現象のおかげです。その置き方もいい加減ではなくて、その周辺で起きている燃焼活動の、どまんなかに運ばれるんです。 さて、毛細管引力の例をいくつかあげてみましょう。毛細管引力というのは、おたがいにとけあわない物体同士でもくっつけてしまう力です。手を洗うときには、手を十分にぬらします。ちょっとせっけんをつけて、水がもっとよくつくようにします。すると手はぬれたままになります。これから話すのは、こういう力のことです。そうそう、もう一ついえば、もし手が汚れていなければ(ふつうは生活の中で使うからいつも汚れているんですが)、温水をちょっと用意してそのなかに指をつっこむと、水が指にそって多少あがってきますね。いちいちそんなことを気にして、手をとめて観察したりしないかもしれませんが。

 ここに穴の多い物質があります――塩のかたまりでつくった柱です――こいつの底のところの皿に、液体を入れてみましょう。これは見た目とはちがって、ただの水じゃない。飽和食塩水で、これ以上は塩がとけない液体です。だからこれからお目にかける現象は、液体で何かがとけたせいではないわけです。このお皿をロウソクだと思って、塩が芯で、この溶液がとけたロウだと思ってください。(液体は着色しておきました。そのほうが、動きがよくわかるでしょう)。ごらんのように、こうして液体をそそぐと、それがだんだんと塩の中を、上へ上へとゆっくりあがっていきます。そしてこの柱がひっくり返らなければ、てっぺんまで液体があがってきます。もしこの黒い液体が燃えるものだったら、この塩のてっぺんに芯をつけると、その芯の塩の付け根のところで燃えます。

 こういう現象が起きているのを見るのは、実におもしろいもんです。そしてそれをとりまく状況というのがどんなに風変わりかを見るのも。手を洗うでしょう。タオルで水気をとりますね。そうやってぬれることで、というか、そのときタオルが水でぬれるようにする力のおかげで、ロウソクの芯もロウでぬれるわけです。手を洗ってタオルでふいて、そのタオルを洗面器にかけておくと、やがてそれが水を全部洗面器から吸いだして、床に流してしまった、という不注意な少年少女たちがいます(いや、不注意でない人たちもやることですが)。タオルがちょうど、サイホンの機能を果たすように、洗面器のふちにかかってしまったからですな原注5

 物質がお互いにどういうふうに作用するかをもっとよく理解してもらうために、金網でつくった容器に水をいっぱい入れてみました。これはその働きからして、ある意味では綿に似ているし、ある意味では布に似ているでしょう。実は芯を一種の金網でつくることもあります。ごらんのとおり、この容器は穴だらけです。水を上からちょっと注ぐと、下から出てきます。だからこの容器がどんな状態で、中になにが入っていて、なぜそれがそこにとどまっているのか、ときいたら、たぶんしばらくまごつくでしょう。この容器は水でいっぱいです。でも、空っぽであるかのように、水はこいつを通り抜けます。証明するには、こうやって空けてみればいいだけですね。理由はこういうことです。針金は、一回ぬれると、ぬれたままです。金網の目が小さすぎて、液体が両方から強く引きつけられます。だから穴だらけなのに水は容器の中に残るわけです。同じように、とけたロウの分子は綿をのぼっててっぺんにたどりつきます。ほかの分子は、分子同士の引力でそれにしたがいます。そして炎にたどりつくと、順番に燃えていくわけです。

 同じ原理を使ったものをもう一つ。これは籐製の杖の一部です。道ばたで男の子たちが、大人ぶってみようと焦って、杖の端っこに火をつけて、葉巻のふりをして吸ってみたりしていますねえ。あの子たちがそういうことをできるのは、杖が一方向に水を通すのと、そしてそれが毛細管になっているからです。この杖を、カンフィン(性質はパラフィンととてもよく似ています)の皿にたてると、あの黒い液体が塩の柱をのぼっていったのとまったく同じようにして、この液体も杖をのぼっていきます。側面には穴がないので、液体は横からは逃げられずに、ずっと端から端までいくしかありません。さっそく液体が、杖のてっぺんまできました。これで火をつけると、こうしてロウソクがわりに使えます。液体は、この杖のかけらの毛細管引力であがっていったわけで、ロウソクの芯の綿とまったく同じです。

 さて、ロウソクが芯にそってすぐに下まで燃えてしまわないのは、ただ一つ、とけたロウが炎を消してしまうからです。ごぞんじのように、ロウソクをひっくりかえして、燃料が芯にそってたれるようにすると、火は消えちゃいます。その理由は、炎が燃料を熱して燃えるようにするだけの時間がなかったからです。ロウソクが上を向いていれば、燃料は芯から少しずつ運ばれて、熱による影響をフルに受けることになるわけです。

 ロウソクについては、学ぶべき点がもう一つあります。これなくしては、ロウソクの科学について十分に理解できません。それは、燃料が蒸気の状態になっているということです。これを納得してもらえるように、とってもすてきな、だけれど実にどこでもできる実験をしてみましょう。うまいことロウソクをふき消すと、そこから蒸気があがっているのが見えます。ロウソクを吹き消したときのにおいは、みんないつもかいでますね――はい、実にいやなにおいです。でもうまく吹き消すと、ロウという固体が変換した蒸気がとてもはっきり見えます。このロウソクを一本、そういうふうに吹き消してみましょう。息を吹き続けてまわりの空気を乱さないようにするのがコツです。さて、ここで芯から5センチかそこらのところに火をつけた棒をもってくると、空中を火が走って、ロウソクまで届くのが見えるでしょう。これはちょっとどうしても手早くやらなくてはなりません。蒸気が冷える時間をあげたら、それは液体か固体になってしまうか、あるいは燃える物質の流れが中断してしまいますから。

 こんどは、炎の形の話をしましょう。ロウソクをつくる物質が、芯のてっぺんでどういう状態になっているのか、というのも、われわれがとっても知りたいことなのです――燃焼や炎しか生み出せない、すばらしい美しさと輝きの生まれるところですね。金や銀はピカピカしてきれいだし、ルビーやダイヤモンドなどの宝石の輝きは、それにも増して輝いてます。でもそのどれも、炎の輝きと美しさと張り合えるもんじゃあありません。炎みたいに輝けるダイヤがありますか? 夜にダイヤが輝くのは、それに光を投げかける炎あってのことです。炎は闇の中でも輝きますが、ダイヤの放つ光というのは、炎がそれに光を投げかけるまでは存在せず、光をもらってやっと輝くようになるんですね。ロウソクは自分だけで、自分のために、というか材料を集めてきてくれた人のために輝くんです。

 さて、ガラスの覆いの下で見るように、炎の形をちょっと見てやりましょう。安定していて均等ですね。そしてだいたいの形は、この図にかかれたようなものです。ただ空気が乱れると炎の形も乱れます。さらにはロウソクの大きさによっても変わります。明るい長方形になっていますね――てっぺんのほうが、下の部分よりも明るくなっています――芯が真ん中にあって、底のほうにはもっと暗い部分があります。火のつきかたが上ほど完全ではない部分です。

 ここにある図面は、何年も前にフッカーが観察したときにつくったものです。これはランプの炎の図ですけれど、でもロウソクの炎にもあてはまります。ロウソクのロウのくぼみ部分は、容器というか、器の部分です。とけた鯨油は油で、芯はどっちも同じですね。そこにフッカーは、小さな火をともして、そして真実を描き出したのです――その炎のまわりには、ある程度の物質がたちのぼっているんです。これは目には見えないし、この講義に前にきたりしてこの対象になじみがなければ、気がつかないものです。かれは、取り巻いている空気の部分を描いたんですね。そしてこの空気の部分は、炎にとってかかせないもので、必ず炎には存在しているものなんです。気流ができて、それが炎を外側に引き出します――みんなの見ている炎は、実はその気流のおかげで引き出されて、さらにはかなりの高さまで引き上げられているわけです――まさにフッカーが、この図で気流がのびている様子を描いていますが、この通りです。この気流を見るには、ロウソクに火をつけて日向において、その影を紙に映してみるといいでしょう。ほかのものに影をつくれるほど明るいものが、白い紙にそれ自身影を落とせるというのは、実にすごいことです。これで、炎の一部ではないものが炎のまわりでうずをまいて、炎から上昇しつつ、炎を上に引っ張り上げているのが実際に目に見えるようになるわけです。
 ここでは、太陽のかわりに、電灯にボルタ電池をつけてまねをしてみましょう。ごらんのとおり、これがわたしたちの太陽で、すごく明るいですね。そしてこれとスクリーンとの間にロウソクを置くと、炎の影ができます。ロウソク自身の影と、芯の影がわかりますね。そしてここに暗い部分があります。さっきの図の通りです。そして炎のもっとはっきりした部分もあります。でもおもしろいことに、影で見ると炎でいちばん暗くなっている部分というのは、実は炎のいちばん明るい部分なんですね。そしてここんとこに、上に立ちのぼっているのが、フッカーが示したのと同じ、熱い空気の上昇気流で、これが炎を引き上げて、空気を供給して、とけた燃料のくぼみ側面を冷やしているわけです。

 ここでもうちょっと、炎が気流にそって上がりも下がりもするんだということをお見せしましょうか。ここに炎があります。ロウソクの炎じゃないですが、もうそろそろ、物事を一般化して、いろんなもの同士を比較できるようになっているでしょう。なにをするかというと、炎を上に引っ張っている上昇気流を、下降気流に変えてやろうというわけです。これは、ここにあります仕掛けを使えば簡単です。使う炎は、いまも言ったように、ロウソクの炎じゃありません。アルコールの炎なので、あまり煙が出ません。さらに、別の物質で炎に色をつけます原注6。アルコールだけだと、炎がほとんど見えないので、その向きがぜんぜんわからないからです。さて、このお酒の成分アルコールに火をつけると、こうして炎が出ます。見ての通り、空中においておくと、それは自然に上に向かっています。なぜふつうの状況では炎が上に向かうのか、いまならみんな、簡単にわかりますよね――燃焼のおかげでできた空気の流れのせいですね。でも、炎を下に吹いてやれば、ごらんのとおり、こうして炎はこのちっちゃな煙突に入っていきます――気流の向きが変わったからです。この講義の最終回までに、炎は上昇して煙は下に向かうようなランプを見せてあげましょう。あるいは炎が下に向かって煙は上昇するようなのもできます。つまり、われわれはこういうふうにして、炎をいろんな向きに変えてやれるだけの力を持っているんです。

 さて、示しておくべきポイントが、ほかにもいくつかあります。ここで見た炎は、まわりのいろんな方向から吹きつけてくる空気の流れしだいで、形がいくらでも変わります。でも、やりたければ炎が固定しているようにさせることもできるし、それを写真にも撮れます――いや、写真に撮るしかないんです――われわれの目にそれが固定されて、炎についてのすべてがわかるようにするには。
 でも、わたしが言いたいのはそれだけじゃない。もし炎を十分に大きくすれば、それはあの均質で一定の形には保たれなくて、とてもすばらしい活力をもって燃え上がります。ここでは別の燃料を使いますが、でもこれはロウソクのワックスやロウをまさしくきちんと代替できるものです。で、こちらには大きな綿の玉。これを芯に使いましょう。そしてこれをアルコールにひたして火をつけます。ふつうのロウソクとどこがちがっているでしょうか? 一見して大きくちがっている点がありますね。この炎は活発で力を持っていて、それはロウソクでできる光とはまったくちがった美しさと活力を持っています。こうやって、小さな炎の舌が舞い上がるのが見えるでしょう。下のほうでは上に向かって、炎のかたまりがだいたいできていますけれど、それに加えて、それが小さな舌みたいに分かれてまき起こっています。これはロウソクでは見られません。さて、なぜこうなるんでしょう。これは説明しておかなくてはなりませんね。これをきちんと理解すれば、この先わたしが申し上げることが、もっとよくわかるようになるからです。

 たぶんここにいる何人かは、わたしがこれから示す実験を自分でやったことがあるでしょう。ここにいる人で、スナップドラゴンをやったことがある人は? 炎の科学をしめし、その性質の一部を明らかにするのに、スナップドラゴンよりもいい例は思いつきませんね。まず、お皿を用意します。そして、スナップドラゴンをちゃんとやるなら、お皿は暖めて置かなくてはいけません。さらには干しぶどうとブランデーを暖めておきます。でもこれは今日は用意していませんが。ブランデーをお皿に入れます。これはロウソクのくぼみと燃料ですね。そしてそのお皿に干しぶどうを入れると、これがまさに芯の役目を果たしているではないですか。で、干しぶどうを投げ込んで、お酒に火をつけると、さっき言った美しい炎の舌が見られます。
 この舌をつくるのは、お皿のふちから入ってくる空気です。なぜ舌になるかって? それは、空気の流れと、炎の動きが均質でないのとで、空気が均質な気流一本で入ってこないからです。空気の入ってきかたが不規則すぎて、本当なら一本になるはずのものが、いろんな形にわかれるんですな。そしてこの小さな舌のそれぞれが、独立した存在となるんです。まさに、独立したロウソクがたくさんあるんだ、と言ってもいいかもしれない。

 こういう舌が同時に見えるからと言って、炎がこういう形をいつもしているんだと思ってはいけません。炎はこういう形に見えても、それぞれの時点ではちがうんです。炎の本体は、さっきの脱脂綿の玉からあがっていた炎のような、目に見えるような形であることはありません。それは無数のちがった形からできていて、それが次から次へと高速に連続しているので、目はそれを同時に認識するしかできないんですね。それが同時に起きているわけではない。ただ、それぞれの形が高速に連続しているから、それが同時に存在しているように見えるだけなんです。

 スナップドラゴン遊びまでしかこられなくて残念です。でもなにがあっても、あなたたちを時間外まで引き留めるようなことはしてはいけませんね。これからは、こんな例証ばかりに時間を使わずに、ものごとの法則にもっと専念することとしましょう。これはわたしのこれからの課題ですな。

註:

原注 1:
 ロイヤル・ジョージ号は、1782 年の 8 月 29 日にスピットヘッドで沈没。ペイズリー大佐は、1839 年 8 月に、残骸を火薬で爆破し除去する作業の指揮をとった。したがってファラデー先生がここで示したロウソクは、塩水の活動に 57 年以上もさらされていたことになる。

原注 2:
 脂または脂肪は、脂肪酸とグリセリンの化学結合でできている。石灰はパルミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸と結合して、グリセリンを分離する。それを洗い流してから、水にとけない石灰石鹸は、熱い希釈硫酸で分解される。すると、脂肪酸がとけだして、分離器に入れて分離するとそれが油になって表面に浮いてくる。そしてそれをもう一度洗って、薄い皿状にして固める。冷えてからそれを、ヤシ製のマットを何層も重ねた間に入れて、強力な水圧をかける。するとやわらかいオレイン酸がしぼりだされ、かたいパルミチン酸とステアリン酸だけが残る。これをさらに、高温で圧力をかけて、暖かい希釈硫酸で洗って精製したものが、ロウソクに使えるようになる。この酸はもとの脂肪よりもずっと硬く、白くて、さらにもっときれいで燃えやすい。

原注 3:
 芯が燃えた灰が落ちるように、ホウ砂や燐酸を加えておくこともある。

原注 4:
 毛管引力、または毛管斥力というのは、毛細管の中の液体の上昇や下降を起こす原因となる力。温度計の管の部分をとって、その両側を空けて、その片方を水にいれると、水はすぐに管をのぼって、外の水の高さよりずっと高くなる。ところがこれを水銀でやると、引力ではなく斥力が出て、水銀の高さは外の水銀より低くなる。

原注 5:
故サセックス公爵は、この原理を使ってエビが洗えるかもしれないと思いついた最初の人物だった。エビのしっぽの羽根状の部分をとって、それを水の入ったコップに入れ、頭の部分は外側にぶらさがるようにしておけば、水は毛管引力でしっぽから吸い上げられて、頭から流れ出し続けて、いずれコップの中の水面が低くなって、しっぽがそこにつからなくなるまで続く、というわけだ。

原注 6:
 アルコールには塩化銅が溶かしてあった。このおかげで、美しい緑の炎ができる。


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