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© 2003 山形浩生
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第 1 章
第 2 章
第 3 章
第 4 章
第 5 章
第 6 章
第 7 章
第 8 章
第 9 章
第 10 章
第 11 章
第 12 章
エピローグ
時間旅行者(と便宜上呼んでおく)はわれわれにとっては難解な事柄を述べ立てていた。その灰色の目は輝き、きらめいて、そしていつもは青白い顔も紅潮して生き生きとしている。火が明るく燃え、銀の百合の中の白熱光からの柔らかい放射が、われわれのグラスの中をきらめきながらたちのぼるあぶくをとらえている。われわれの椅子は、かれの発明品なので、単に漫然と座られるにとどまらず、われわれを包み込み愛撫して、そこにはあの思考が厳密性の束縛を逃れて優雅に奔走する、晩餐後の豪華な雰囲気があった。そしてかれは――論点を細い人差し指で印しつつ――われわれが座ってこの新しいパラドックス(とわれわれが思ったもの)についてのかれの真剣さと活力について、怠惰に感嘆するのを前に、このようにして説明してくれたのだった。
「わたしの話に慎重についてきてほしい。ほとんど全面的に受け容れられている観念をいくつか覆さざるを得ないでしょう。たとえば学校で教わった幾何学は、ある誤解に基づいているのです」
「われわれの手始めとするには、それはいささか話がでかくはありませんかね」と赤毛の議論好きなフィルビーが述べた。
「合理的な根拠なしに何かを受け容れろと要求するつもりはありません。あなたたちはじきに、わたしが必要なだけのことを認めることになるのですし。みなさんはもちろん、数学的な線、厚みなしの線は本当の意味では実在しないということはご存じですよね。そこまでは教わりましたか? 数学的な面もそうです。こうしたものはただの抽象概念です」
「それはそのとおり」と心理学者。
「同じく、長さと幅と厚さを持つだけの立方体も現実には存在し得ません」
「それには反対します」とフィルビー。「固体はもちろん存在できますよ。あらゆる現実のモノは――」
「ほとんどの人はそう考えます。でもちょっと待ってくださいよ。瞬間的な立方体は存在できるでしょうか?」
「よくわかりませんが」とフィルビー。
「ちょっとの時間すら保たない立方体は、本当に実在しているといえますか?」
フィルビーは考え込んでしまった。時間旅行者は続けた。「明らかに、すべての実体は4つの方向に延長を持たなくてはなりません。長さ、幅、厚さ、そして――期間です。でも肉体の自然な弱点(これについてはすぐに説明しますが)によって、われわれはこの事実を見過ごしがちなのです。実際には次元は4つあって、そのうち3つはわれわれが空間の3方向と呼ぶもので、4つめが時間です。でも、最初の3つと最後の時間との間に、実在しない区別をする傾向があります。なぜならわれわれの意識は絶え間なく時間にそって一方向に、人生の始まりから終わりへと移動するからです」
「それは」とあるとても若い男が、ランプで葉巻に火をつけ直そうとしてスパスパと痙攣じみた努力をしつつ述べた。「それは……非常にはっきりしていますね」
「さて、これがかくも徹底して見過ごされているというのは、実に驚くべきことです」と時間旅行者は、ちょっと陽気さを増して続けた。「実はこれこそが4次元というものなのです。ただし4次元の話をする人の中には、自分が時間のことを語っているとは気がついていない人もいますが。それは単に、別の見方をした時間でしかないのです。時間と、空間の3つの次元との間には、なんらちがいはありません。唯一の差は単にわれわれの意識が時間に沿って動くというだけです。でも一部の愚かな人々は、この考え方を変な捉え方をしていますよ。この4次元について、そういう人が何を語っているかお聴きになっていますよね?」
「わしは聞いとらんぞ」と地区長官。
「単にこういうことです。空間は、われらが数学者諸君によれば、3つの次元を持つかのように言われています。長さ、幅、厚さといってもいいでしょう。そしてそれは常に、お互いに直角に交わる3つの平面を参照することで定義できる、と。でも一部の哲学的な人々は、なぜことさら3つの次元なのか、と考えました――ほかの3平面と直角に交わるもう一つの方向があったっていいじゃないか?――そして4次元幾何学を構築しようとさえしたのです。サイモン・ニューコーム教授は、これをニューヨーク数学会にほんの一月ほど前に提案していましたよ。2次元しかない平面上に3次元固体の絵を表現できますね。だから同じようにして、3次元の模型によってかれらは4次元の固体を表現できると考えているのです――もしその透視法さえつかめれば、というわけです。ご理解いただけましたか?」
「まあなんとか」と地区長官はつぶやいた。そして眉根をよせて、長考状態に入り込み、その唇を神秘的な呪文を唱える者のように動かしていた。「うん、わかったと思う」しばらくしてかれは、突然うって変わったように明るく述べた。
「では言わせていただきますが、このわたしも4次元幾何学についてはかなり前から研究していたのです。いくつかの結果は奇妙なものです。たとえば、ここに8歳の男性の肖像があります。こちらは15歳、こちらは17、こちらは23、という具合です。これらは明らかに、いわば断面図です。固定され改変不可能な4次元の存在の、3次元表現というわけです」
これが適切に理解されるだけの間をおいて、時間旅行者は続けた。「科学的な人々は、時間が空間の一種だということをよく知っています。ここによくある科学的な図があります。気象記録ですな。いまわたしが指でなぞっている線は、気圧計の動きを示しています。昨日はとても高く、昨晩は下がり、今朝は上がって、じわじわとここまで上昇しました。もちろん水銀は、一般に認識される空間の次元のどれかに沿って、この線をたどったわけではありませんよね。でも、それはまちがいなくこの線をたどったわけです。したがってこの線は、時間次元に沿ってのものだったと結論せざるを得ません」
医師は、暖炉の石炭を凝視しながら述べた。「しかし、もし時間が空間の4番目の次元にすぎないのであれば、なぜそれは、いまも昔も、何かちがったものとして受け取られていたのでしょうか? そしてなぜわれわれは、空間の他の次元のように時間の中を移動できないのでしょうか?」
時間旅行者はにっこりした。「空間の中を自由に移動できるというのは本当ですか? 左右にも行けます。前後も確かに自由自在ですし、人は常にそうしてきました。だから二次元でわれわれが自由に動くことは認めます。でも上下はどうでしょう? 重力がわれわれをそこで制約します」
「そうとはいえない。気球があります」と医師。
「でも気球以前は、けいれんじみたジャンプや地表面の不均等以外では、人は垂直方向を移動する自由がありませんでした」
「それでも、ちょっとは上下に移動できましたよ」と医師。
「下るほうが上がるより簡単ですね。遙かに簡単だ」
「でも時間の中ではまったく動けない。現在からは逃れられない」
「おことばではありますが、そこがまさにあなたのまちがっているところなのです。全世界がまちがっているのも、まさにそこなのです。われわれは常に、現在の動きから遠ざかっているのです。われわれの意識存在は、非物質的で次元を持ちませんが、ゆりかごから墓場まで一定速度で時間次元に沿って移動しているので。ちょうど、われわれの存在が地表面から80キロのところで始まったとしたら、われわれが下へ向かって移動するのと同じようにね」
「でも大きな問題点がありますよ」と心理学者が割り込んだ。「空間ではすべての方向に動けますが、時間の中では動き回れないじゃありませんか」
「それが我が偉大な発見の難点でした。でも、われわれが時間の中を動き回れないというのはまちがっています。たとえば、わたしがある出来事をとても鮮明に思い出していたら、わたしはそれが起きた瞬間に戻っているわけです:文字通り、意識がお留守になるわけですね。一瞬、時間を飛んで戻っているわけです。もちろん、長期にわたって戻ったままとなる手段は持っていません。野蛮人や動物が、地上2メートルに居続けられないのと同じことです。でも文明人はこの点で、野蛮人よりも成果を挙げています。文明人は気球に乗って重力に逆らえますし、だから最終的には、時間次元に沿って自分の流れを止めたり、それを加速したり、あるいは向きを変えて逆行できると期待すべきでない法もないでしょうに」
フィルビーが口を開いた。「まったく、そこまでいくとまるっきり――」
「なぜダメなんです?」と時間旅行者。
「道理に反してる」とフィルビー。
「何の道理です?」と時間旅行者。
「議論で白を黒と言いくるめることはできるが、わたしは絶対に納得しないでしょう」とフィルビー。
「そうかもしれません」と時間旅行者は述べた。「でも、わたしが四次元の幾何学について調べだした狙いはわかってきたでしょう。昔、わたしはばくぜんとある機械の着想を――」
「時間の中を旅行する機械ですか!」と非常に若い男が叫んだ。
「運転手の決めたとおり、時間でも空間でも構わずにどんな方向へも旅行する機械の着想を得たのです」
フィルビーはそれを笑い飛ばした。
「でも実験による証明があるんですよ」と時間旅行者。
「歴史学者には実に便利でしょうなあ」と心理学者が指摘した。「過去に戻って、たとえばヘイスティングスの戦いについての定説を確認できますぞ!」
医師が述べた。「目立ちすぎると思いませんか? われわれの先祖は、時代錯誤をあまり大目には見てくれませんでしたから」
「ギリシャ語を、ホメロスやプラトン自身の口から習えるかも」と非常に若い男性が考えた。
「そうなったら、学位予備試験についてさぞかし根ほり葉ほり聞かれることでしょう。ドイツの学者たちがギリシャ語を大幅に改良しましたからな」
「そして未来のこともある。考えてもごらんなさい! 全財産を投資して、複利で増えるようにしてから、未来へとひとっ飛び!」と非常に若い男性。
「厳格な共産主義を基盤に構築された社会が見つかるだろうね」とわたし。
「まったく、現実離れしたとんでもない理論だ!」と心理学者が口を開いた。
「はい、わたしにもそう思えました。だからこの話はしなかったのです。それが――」
「実験による証明ですと!」とわたしは叫んだ。「それが実証できるとでも?」
「実験だ!」と、頭が混乱しはじめていたフィルビーも叫んだ。
「何はともあれ、あなたの実験を拝見しようじゃありませんか」と心理学者「とはいえ、どうせみんなでたらめでしょうが」
時間旅行者は一同を見回してにっこりした。そして、その微笑をかすかに残しつつ、両手をズボンのポケットに深くつっこんだまま、かれはゆっくりと部屋を出て、そしてかれの研究室までの長い廊下を下るかれのスリッパの音が聞こえるだけとなった。
心理学者がみんなを見回した。「何が出てきますかね」
「なにやら手品かなんかでしょう」と医師。そしてフィルビーは、バースレムで見かけたいかさま師の話をしようとした。でも導入部が終わるより先に、時間旅行者が戻ってきたので、フィルビーの小話もそれっきりとなった。
時間旅行者が手に持っていたのは、輝く金属の枠組みで小型の時計よりちょっと大きいだけで、実に入念に作られていた。象牙と、透明な水晶状の物質も使われていた。そしてここでわたしは厳密な物言いをする必要がある。というのも続いて起こったことは――かれの説明を認めるのでない限り――まったく説明のつかないことだったからだ。かれは部屋のあちこちにおかれていた小さな八角形のテーブルを一つ持ってくると、暖炉の火の前に置いて、テーブルの脚の二本がじゅうたんのにかかるようにした。そのテーブルにかれはこの機械をおいた。そして椅子を寄せると座った。テーブルの上にある物体は、他には小さな笠つきのランプだけで、その明るい光が模型を照らしている。あとはまわりにろうそくが1ダースもあっただろうか。マントルピースの上の真鍮製ろうそく立てに2本、ほかに壁に取り付けた燭台に何本かあって、部屋全体が明るく照らされていた。わたしは暖炉にいちばん近い、低いソファにすわっていたので、それを前に引き寄せて、ほとんど時間旅行者と暖炉の間に割り込みそうになった。時間旅行者の背後にはフィルビーがすわり、その肩越しにのぞきこんでいる。医師と地区長官は、右から時間旅行者の横顔を見ていた。心理学者は左からだ。非常に若い男は心理学者のうしろに立っていた。みんな緊張していた。こんな状況のもとでなにかトリックが行われるということは、それがどんなに入念に仕組まれてどんなに上手に実施されたものだろうと、ほとんどあり得ないように思う。
時間旅行者はわれわれを見て、そして機構に目をやった。「それで?」と心理学者。
時間旅行者は、テーブルにひじをついて、装置の上に両手を押しつけた。「このちょっとしたしろものは、ただの模型です。これは時間の中を旅行するマシンの設計図なんです。これが一つだけ傾いていて、この棒のまわりに奇妙なちらつく感じがして、なにやら非現実的に見えるのがおわかりでしょう」とかれは、その部分を指さした。「それとここに白いレバーが一本、もう一本がこちらに」
医師はたちあがってその物体をのぞきこんだ。「見事な作りだ」
「作るのは二年がかりでしたよ」と時間旅行者が答えた。そしてみんなが医師の行動に続いたとき、かれは述べた。「さて、みなさんにはっきり理解してほしいことですが、このレバーを前に倒すと、マシンは未来に滑り出し、こちらのレバーはその動きを逆転させます。このサドルは、時間旅行者の座席となります。いま、このレバーを押して、するとマシンが動き出します。よく見ていてくださいよ。テーブルもしっかり見てください。種も仕掛けもないことを納得してください。この模型を失ったあとで、インチキ呼ばわりされるのはいやですからね」
一瞬ほど間があいただろうか。心理学者はわたしに話しかけようとしたようだったが、中断した。すると時間旅行者はレバーめがけて指を差しだした。「いや」と突然言った。「手を貸してください」そして心理学者のほうに向き直ると、かれの手をとって、人差し指を出すように言った。だから模型タイムマシンをその終わりのない旅行に送り出したのは、心理学者自身なのだった。みんなレバーが回るのを見た。そこになんの細工もなかったと確信している。風が一閃、ランプの炎がゆらめいた。マントルピースのろうそくが一本吹き消え、小さなマシンはいきなり回転して、不明瞭になると、一瞬ばかり幽霊じみたものとなり、かすかに輝く真鍮と象牙の幻影のようになった。そしてそれは行ってしまった――消滅したのだ! ランプをのぞけば、テーブルの上には何もなかった。
みんなが一分ほど何も言わなかった。その後、フィルビーが「なんてこった」と言った。
心理学者は茫然自失状態から回復して、いきなりテーブルの下を見た。それを見て時間旅行者はうれしそうに笑った。「いかがですな?」そして心理学者に一瞥をくれると、立ち上がり、マントルピースの上のタバコのびんのところにでかけて、こちらに背を向けてパイプにタバコを詰め始めた。
一同は顔を見合わせた。そして医師が口を開いた。「ねえあなた。これは本気ですか? 本当にあのマシンが時間の中へ旅立ったと信じているのですか?」
「もちろん」と時間旅行者は言って、点火用こよりに火をつけようと身をかがめた。それから向きなおってパイプに火をつけ、心理学者の顔を見た(心理学者は、動揺していないことを見せようとして、葉巻を取り出すと、それをカットせずに火をつけようとした)。 「さらに、大型のマシンをあそこでほとんど完成させてあるんです」――とかれは研究室を示した――「そしてそれが組み立て終わったら、自分自身で旅行をするつもりです」
「すると、あのマシンが未来へ旅立ったとおっしゃるんですか?」とフィルビー。
「未来へか過去へか――わたしにもどっちか確実にはわかりません」
しばらく間をおいて、心理学者が思いついた。「もしどこかへ行ったのなら、過去のはずでしょう」
「なぜです?」と時間旅行者。
「空間的には動いていないと思いますし、もし未来に旅立ったのなら、それはこの時間も通ったはずだから、まだずっとここにあるはずだからです」
「でも過去に旅立ったなら、この部屋に最初にきたときにも見えていたはずでしょう。それに、ここにみんながきた木曜日にも。その前の木曜も、そのさらに前にも!」とわたし。
「深刻な反論ですなあ」と地区長官は、公正さを漂わせつつ、時間旅行者に向き直った。
「いえちっとも」と時間旅行者は答え、心理学者に向かって述べた。「あなたが考えてください。あなたには説明できるはずだ。識閾以下の表示ですよ、おわかりでしょう。薄まった提示というわけです」
「ああそうか」と心理学者は、みんなに断言してみせた。「これは心理学上の単純なできごとです。思いつくべきでした。明快な話で、パラドックスも見事に説明できます。マシンを見ることも感じることもできないのは、回転する車輪のスポークが見えなかったり、空中を飛ぶ弾丸が見えないのと同じことです。もしあれが時間の中を、われわれよりも50倍、100倍の速度で旅しているなら、われわれにとっての1秒をかけて1分を通過するなら、それが生み出す印象ももちろん、時間の中を旅していないものに比べて、五〇分の一か百分の一になるわけです。簡単なことです」とかれは、マシンのあった空中に手を走らせて見せた。「ごらんなさい」とかれは笑った。
われわれはすわったまま、空っぽのテーブルを一分かそこら見つめていた。すると時間旅行者が、どう思うかみんなに尋ねた。
医師が答えた。「今夜のところは、いかにももっともらしく聞こえますな。でも明日まで待ってごらんなさい。朝の常識を待ってご覧なさい」
「本当のタイムマシンをごらんになりたいでしょうか?」と時間旅行者。そう述べたと同時に、ランプを手にとって、かれは長い風通しのよい廊下を通ってわれわれを研究室に先導した。ちらつく明かりと、かれの奇妙な幅広いシルエットになったかれの頭、陰の踊り、みんながふしぎに思って疑いつつも後に従ったこと、そして研究室の中に、先ほどわれわれの目の前から消え失せた小さな機構の拡大版を目にしたことを、はっきりと覚えている。一部はニッケル、一部は象牙、一部は明らかに、岩結晶から削りだしたか切り出したものだった。ほとんど完成していたが、結晶でできた棒が、図面何枚かの横に未完成のまま転がっていた。その一本をよく見ようと手に取った。どうやら水晶のようだ。
医師が述べた。「ねえあなた、本当に本気ですか? それともこれは手品ですかな――こないだのクリスマスに見せてくれた幽霊のように?」
時間旅行者はランプを掲げた。「あのマシンに乗って、わたしは時間を探検するつもりです。わかりますか? 生まれてこの方、これほど真剣だったことはありません」
一人残らず、どう受け取るべきかとまどっていた。
医師の肩越しにフィルビーの視線をつかまえた。かれはまじめくさってウィンクしてみせた。
そのときは、誰一人としてタイムマシンを完全に信じていたわけではないと思う。実のところ、時間旅行者は賢すぎて信用ならない種類の人物だったからだ。かれのすべてが見えたと思えることはなかった。かれの明るい開けっぴろげさの背後には、いつもちょっとした秘密、なにか待ち伏せしている小細工があるように思えるのだった。フィルビーがあの模型を示して、時間旅行者と同じせりふで状況を説明したのだったら、かれのことはこんなに疑ってかからなかっただろう。というのも、かれの動機が理解できたはずだからだ。ブタ肉屋でもフィルビーは理解できる。でも時間旅行者の性格は、気まぐれぶりが少々などというものではなかったので、みんなかれを信用しなかった。もっと賢さの劣る人物なら動かぬ証拠に思えることですら、かれの手にかかると小細工に見えた。何かを簡単にやってしまうのはまちがいだ。かれの言うことを本気にしたまじめな人々は、かれの振る舞いについて決して確信が持てなかった。みんな、かれについての評価に自分の評判をかけるのは、育児所に卵の殻のような瀬戸物を置くも同然だということをなぜか知っていた。だから、その木曜日と次の木曜日との間で時間旅行についてさほど口にした人間は、ほとんどいなかったと思う。とはいえ、その奇妙な可能性はまちがいなく、ほとんどみんなの頭の中を駆けめぐっていただろう。その実現可能性、その現実的な信じがたさ、それが示唆するアナクロニズムの奇妙な可能性と、完全な混乱。わたしはと言えば、あの模型のトリックがことさら頭を離れなかった。これについては、リンネ協会で金曜日に出会った医師と議論したのを覚えている。かれは似たようなものをチュービンゲンで見たと語り、ろうそくが吹き消されたことを特に強調していた。が、そのトリックの実際の仕掛けはかれも説明できなかった。
次の木曜日、わたしはまたリッチモンドに出かけた――たぶんわたしは時間旅行者をもっとも頻繁に訪れる客だっただろう――そしてちょっと遅れてついてみると、すでに客間に四、五人が集まっていた。医師は片手にかみ切れを、もう片手に時計を握っていた。わたしは時間旅行者を捜して見回した。そして――「もう七時半です。食事をしたほうがいいと思いますが?」と医師。
「――はどこです?」と家の主人の名前をわたしは挙げた。
「いまきたところですか? ちょっと変なのですよ。かれは何か避けがたいことで捕まっているそうです。このメモを残していて、7時にかれが戻っていなければ、わたしが主導して夕食を始めてくれというんです。戻ったら説明するから、と」
「夕食を無駄にするのももったいないですからな」と有名な日刊紙の編集者が言った。そしてそこで医師が鐘を鳴らした。
前のディナーに出席していたのは、医師とわたしをのぞけば心理学者だけだった。他の人々はブランク、すでに述べた編集者、あるジャーナリスト、そしてもう一人――物静かで物言わぬヒゲをはやした人物だ――わたしの知らない人で、かれはわたしが観察していた限り、その晩一度も口を開かなかった。時間旅行者の不在について、多少の憶測がディナーのテーブル上を飛び交った。わたしは冗談半分に時間旅行だろうと述べた。編集者は何のことか説明してくれと言い、心理学者が進み出て、その前の週の同じ日にわれわれが目撃した「正真正銘のパラドックスとトリック」について木で鼻をくくったような説明を始めた。その説明の真っ最中に、廊下側のドアがゆっくり無音で開いた。ドアの正面にいたわたしが真っ先に気がついた。「やあこんばんわ。やっとおいでですか!」そしてドアがもっと大きく開いて、一同の前に時間旅行者が立っていた。わたしは驚いて叫び声をあげた。次にかれを見た医師も叫んだ。「これはまた一体! どうしたんですか?」そしてテーブルの全員がドアの方を見た。
かれは驚くべき惨状だった。上着はほこりまみれで汚れ、袖は緑で汚れている。髪はぼさぼさで、ずっと灰色を増したように見えた――ほこりと土のせいか、それともその色が本当にあせたのだろうか。顔は恐ろしいほど真っ青だ。あごには茶色い切り傷がある――治りかけた傷だ。表情は激しい苦闘のせいかやつれて引きつっていた。一瞬、光で目がくらんだかのように戸口でためらった。それから部屋に入ってきた。足の悪い乞食のようにびっこをひいて歩いている。みんな黙ってかれを見つめ、何か言うのを待ち受けた。
かれは一言も言わず、痛々しい様子でテーブルのところまでくると、身振りでワインを示した。編集者はシャンペンをグラスに満たし、それをかれに押しやった。それを飲み干すとかなり落ち着いたようだ。テーブルを見回すと、かつての微笑の名残がその顔に浮かんだのだ。「いやあ、いったい何をやっておったのですか」と医師。時間旅行者はそれが耳に入らなかったようだ。「どうぞお構いなく」と言い、空のグラスを差しだして催促し、それをまた一気に飲み干した。「うまい」。目が輝きを増し、頬に少し血の気が戻った。その視線がわれわれの顔の上を走り、鈍くうなずくと、さらに暖かく快適な部屋を見回した。それからまた口を開いたが、一言一言探るような話し方だった。「ちょっと洗って着替えてきます。そうしたら戻ってきて説明しましょう……そのマトンをちょっと残しておいてください。ちょっと肉に飢えているもので」
かれは部屋の向こうの編集者をながめた。かれはここでは珍しい客だった。そしてかれの具合を尋ねた。編集者は質問を始めた。時間旅行者は答えた。「すぐに話します。わたしは――変なので! すぐにちゃんとしますから」
かれはグラスを下ろし、階段のドアに向かって歩き出した。再びわたしはかれがびっこをひいていることと、一歩ごとに柔らかいぴたぴたという音に気がついて、立ち上がってみると、部屋を出がけの足が目に入った。足は、千切れて血のしみた靴下しかはいていなかった。するとドアがかれの背後で閉まった。うわの空で後を追いかけようとしたが、かれが自分自身のことで騒がれるのをいかに嫌うか思い出した。一分ほどだろうか、わたしは内心で心を決めかねていた。そのとき「高名なる科学者の驚くべき振る舞い」と編集者が、(職業柄)見出しで考えて口に出すのが聞こえた。そしてこれが、明るいディナーテーブルに注意を引き戻した。
ジャーナリストが述べた。「何のゲームです? アマチュアCadgarでもやっていたんですか? なにやらさっぱりわかりませんよ」わたしは心理学者と目があったが、かれの目にもわたしと同じ考えが浮かんでいた。痛々しく上階に向かう時間旅行者のことを考えた。他にだれも、かれがびっこをひいていたのには気がつかなかったと思う。
この驚きから真っ先に完全に回復したのは医師で、かれは鐘を鳴らし――時間旅行者は、ディナーで召使いたちを待たせるのが大嫌いだった――熱い料理を持ってこさせた。同時に編集者がうなり声とともにナイフとフォークを手にとって、無言の男がそれに続いた。ディナーが再開された。会話はしばらくは声高で、驚愕のための間がときどきあった。すぐに編集者は好奇心を抑えきれなくなったようだった。「われらが友人は、その慎ましい所得をcrossingで補填なさっているのですか? それともネブカドネザル王的な狂乱の時期を定期的に迎えるわけですか?」とかれはたずねた。「まちがいなくこれは、かれのタイムマシンがらみの出来事でしょう」とわたしは、前回の会合について心理学者の話の続きをすませた。新しい客たちは、率直に不信を表明した。編集者は反論した。「その時間旅行とやらはいったいなんです? パラドックスの中をころげまわったところで、ほこりまみれにはならんでしょう」そして話が腑に落ちるにつれて、揶揄を始めた。未来には服のブラシがないのでしょうか? ジャーナリストも、絶対に信じようとはせず、その話全体に山ほど嘲笑を投げつけるという簡単な作業に、編集者とともにとりかかった。二人とも、あの新種のジャーナリストだったのだ――陽気で何も恐れない若者たちだ。「あさってのニュース特別取材班よりお伝えいたします」とジャーナリストが話しているところだった――むしろ叫んでいたというべきか――そこへ時間旅行者が戻ってきた。かれはふつうのイブニング用衣服を身につけ、わたしを驚かせたあの変化を思い出させるものは、かれのやつれた外見をのぞけば何もなかった。
編集者は冗談めかして言った。「なんですか、ここにいらっしゃる方々によれば、なにやら来週半ばあたりまで旅をしてらしたとか。ローズベリーのことを教えてくださいよ。くじなら何を買いなさるね?」
時間旅行者は、何もいわず自分の席についた。昔ながらのやり方でさっと微笑した。「わたしのマトンはどこだ? 肉に再びフォークを突き刺せるとは、なんとすばらしいことだろう!」
「話を!」と編集者が叫んだ。
「話なんかどうでもいい!」と時間旅行者。「食べ物をくれ。血管にペプトンを入れるまでは一言もしゃべらんぞ。ありがとう。それと塩をくれ」
「一言だけ。時間旅行をしてきたのですか?」とわたし。
「はい」と時間旅行者はほおばりながらうなずいた。
「そのままの様子を書いてくれたら一行あたり一シリング払いますよ」と編集者。時間旅行者はグラスを物静かな男のほうに押しやり、爪ではじいた。するとかれの顔を見つめていた静かな男は、身震いとともに飛び上がって、ワインを注いだ。ディナーのその後は居心地が悪かった。わたしはといえば、いきなり質問が口をついて出そうになり、それはほかのみんなも同様だったと断言しよう。ジャーナリストは緊張を和らげようとして、へティ・ポッターの小話をした。時間旅行者は食事にだけ関心を向け、乞食まがいのガツガツぶりを示した。医師はタバコを吸って、まつげ越しに時間旅行者をながめた。物静かな男はいつもよりさらに動転しているようで、不安のあまりシャンペンを繰り返し決然と飲み干していた。とうとう時間旅行者は皿を押しやり、一同を見回した。「謝らねばなりません。ただとにかく空腹だったもので。とんでもない時間を過ごしていたのです」かれは葉巻に手を伸ばして、その一端を切った。「だが喫煙室にきてください。脂まみれの皿越しに語るには、長すぎる話ですから」そして通りすがりに鐘をならしつつ、かれは隣室へと一同を先導した。
「ブランクとダッシュとチョーズに、マシンの話をなさったんですか?」とかれは安楽椅子に身を沈め、新参の客を名指しつつわたしに尋ねた。
「だがあんなのはただのパラドックスだ」と編集者。
「今晩は議論できません。お話はできますが議論はできません。もしお望みなら、何が起きたかはお話しますが、でも割り込むのはご遠慮を。わたしも話したいのです。それもひどく。ほとんどはウソに聞こえるでしょう。ならそれでもいい! そう思われようと、全部本当なのです――一つ残らず。四時に研究室にいて、それ以来……わたしは八日間を過ごしたのです……どんな人間もこれまで過ごしたことのないような日々を! もう疲れ果てていますが、この話をみなさんにするまでは眠りますまい。話したらベッドに行きます。でも中断しないでください! ご了解いただけますか?」
「了解」と編集者が述べ、残りのみんなも「了解」と反響した。そしてそれとともに時間旅行者は、以下に記したようにその物語を語りはじめた。最初は椅子に深くもたれて、疲れ切った人物のように話をした。その後、だんだん生き生きとしてきた。それを書き記すにあたって、わたしはその語り口を表現するペンとインクの至らなさを――そして何よりもわたし自身の至らなさを――実に切実に感じている。みなさんはおそらく、十分に慎重に読んでくださるだろう。でも小さなランプの明るい輪の中に浮かぶ、話者の白い率直な顔も見られなければ、かれの声の抑揚も聞こえない。物語の展開につれてのかれの表情の推移もわからない! われら聞き手のほとんどは影の中にいた。というのも喫煙室のロウソクには火がともされず、照らされているのはジャーナリストの顔と、物静かな男のひざから下の脚だけだったのだ。最初のうちは、みんなお互いに何度も顔を見合わせた。しばらくするうちにそれもやめ、みんな時間旅行者の顔だけを見つめていた。
「先週の木曜日に、みなさんの一部にはタイムマシンの原理をおはなしして、実物を未完成の状態で工作室でお目にかけました。いまここにあるものです。ちょっと旅でくたびれていますが。そして象牙のバーの一つはひびが入り、真鍮のレールが曲がっています。でも残りはちゃんとしっかりしています。金曜日に完成させるつもりでしたが、金曜に組み立てが終わりかけたところで、ニッケルのバーの一つがちょうど1インチ短いことに気がついて、これを作り直させなければなりませんでした。ですからマシンは、今朝まで完成しなかったのです。初のタイムマシンがその第一歩を記したのは、今朝の十時でした。わたしは最後の一たたきを加え、ねじを全部締め直して、水晶ロッドにもう一滴油をさして、サドルにすわりました。次に何がくるのだろうかというわたしのその時の気分は、自分の頭に拳銃をあてた自殺者さながらだったでしょう。片手に軌道レバーを握り、停止レバーをもう片方で握って、最初のを押して、そのほぼ一瞬後に二番目のを押しました。くらっときたようです。落ちていくような、悪夢のような感覚がしました。そして見回すと、研究室はまったく前のままです。何か起きたのでしょうか? 一瞬、頭が混乱したのかと思いました。それから時計に気がつきました。一瞬前と思えた時点では、時計は十時一分過ぎかそこらでした。いまそれは、ほぼ三時半になっていました!
わたしは深呼吸して歯を食いしばり、両手でスタートレバーを握ると、ズンッという音をたてて出発しました。研究室は霞がかったようで暗くなりました。ワッチェットさんが入ってきて、どうやらわたしが見えないようで、そのまま庭のドアに向かいました。たぶんここを横切るのに一分もかかったでしょうか。でもわたしには、ロケットのように部屋を突進して横切るように見えました。レバーを目一杯先へ進めました。ランプを消したようによるがやってきて、一瞬で明日がやってきました。研究室は幽かで霞がかったように見え、それからだんだん薄れてきました。明日の夜が真っ暗になってやってきて、それから昼、また夜、また昼、それがどんどん速度を増しました。渦巻くつぶやきが耳を満たし、奇妙なめくらめっぽうの混乱が意識にふりかかってきました。
時間旅行の奇妙な感覚は、どうもお伝えしようがありません。とんでもなく不快なものです。スイッチバックの鉄道にのった時とまさに同じ感覚があります――どうしようもない真っ逆さまな移動の感覚です! やがて衝突するという、同じ恐ろしい予想も感じました。勢いを増すにつれて、昼と夜が黒い翼の羽ばたきのように入れ替わります。研究室を示唆するおぼろな様子は、すぐに崩れ去り、そして天を高速に太陽が横切るのが見えました。一分ごとに空をよぎり、一分ごとに一日が記されるわけです。たぶん研究室は破壊されて、空き地になったのでしょう。なにか建築の足場のような印象が漠然とありましたが、動くものを識別するにはすでにあまりに高速に動いているところでした。這いずるきわめて低速なカタツムリですら、わたしには速すぎた。闇と明かりのきらめく連続は、目にはあまりに苦痛でした。それから間欠的な闇の中で、月が新月から満月までの月齢で急速に回転するのが見え、そして回転する星もかすかにうかがえました。速度を増しつつ進むにつれて、やがて昼と夜の点滅は、一つの連続的な灰色へと融合しました。空はすばらしく深見のある青となりました。夕暮れすぐに、あのすばらしく明るい色です。とびまわる太陽は、炎の帯となり、輝くアーチとなって宙に浮かびます。月はもっとかすかに点滅する帯です。そして星は、空の青の中でちょっと明るい円がときどき一瞬ともるのを除けば、まったく見えませんでした。
風景は霧がかってぼんやりとしていました。わたしは相変わらず、この家が今も建っている斜面におりまして、斜面の肩が頭上に灰色くぼやけてそびえていました。木々が蒸気の固まりのように、成長して変化するのが見えました。茶色になったと思えば緑になり。育ち、広がり、ふるえ、そして枯れます。巨大な建物が幽かに美しく立ち上がり、夢のように消えるのを見ました。地表面のすべてが変わったようです――目の前で溶けて流れるかのよう。わたしの速度を記録するダイヤルの針は、ますます速く回転しています。すぐに太陽の軌道が、一分以下で夏至から夏至へと上下するのに気がつきました。つまりわたしの速度が、一分一年に相当すると言うことです。そして一分ごとに白い雪が世界にちらついては消え、そしてまばゆく短い春の緑に取って代わられました。
出発したときの不快な感覚は、もうさっきより収まっていました。最後にそれは、一種のヒステリックな陽気さへと煮詰まっていったのです。マシンの説明のつかない奇妙な揺れについては申し上げました。でも意識が混乱しすぎて、それに対処することもできず、一種の狂気にとらわれて、わたしは未来に飛び込んでいったのです。当初は、止まろうとはほとんど思わず、こうした新しい感覚以外のことはほとんど考えませんでした。でもすぐに、新しい一連の印象が心中にふくれあがり始めました――一種の好奇心と、それにともなうある種の恐怖です――そしてそれがついには完全にわたしを圧倒しました。目の前を駆け抜けては変動する、おぼろでぼやけた世界を間近で見れば、いかに奇妙な人類の進歩、われわれの未発達な文明からいかにすばらしい進歩が実現したかを見られるかもしれない! 巨大ですばらしい建築、われわれの時代のどんな建物よりもはるかに壮大なものがまわりに建ちましたが、それは輝きと霧でできているかのようでした。もっと豊かな緑が斜面を流れるように登り、冬らしき中断なしにそこにとどまりました。わたしの混乱のヴェールを通してでさえ、地球はとても平穏に見えました。そしてわたしの頭はやっと、止まるにはどうしようかという問題にたどりついたのです。
ここで固有の危険性は、わたしまたはマシンが占有する空間に別の物質が存在するという可能性でした。時間の中を高速で移動する限りにおいては、これはほとんど問題になりませんでした。わたしは、いわば薄まっていました――間に入る物質のすき間を蒸気のようにすりぬけていたわけです! でも停止するには、わたし自身を分子ごとに、なんであれわたしの行く手のあるモノの中に押し込むことになるわけです。つまり、わたしの原子を障害物の原子と非常に密接な接触状態に持ち込むわけで、すさまじい化学反応――ヘタをすると大規模な爆発――が生じ、わたしと我が装置をあらゆる次元から未知の世界へと吹き飛ばす可能性があります。この可能性は、マシンを作っている時に何度も何度も頭に浮かんだのですが、そのときは仕方がないリスクだと思って喜んでそれを受け入れたのです――男として引き受けるべきリスクだと! いまやリスクが回避不能となって、わたしはかつてほど嬉しげにはそれを考えられなくなりました。実際問題として、すべてのものの異様な奇妙さ、マシンの気分が悪くなりそうな振動と揺れ、何よりも果てしなく落ち続けているような感覚のおかげで、知らぬ間に神経が完全におかしくなってしまったのです。このまま絶対止まれないんだと自分に言い聞かせると、かんしゃくを爆発させたようにわたしはすぐに止まろうと決意しました。あわてた愚か者のように、わたしはレバーの上にlugして、するとマシンはだらしなく横転して、そしてわたしは宙を投げ出されました。
耳の中で雷のような音がしました。一瞬気絶していたかもしれません。まわりには無情にもヒョウがうなって降り、わたしは横転したマシンの前の柔らかい土盛りにすわっていました。すべてはまだ灰色に見えましたが、すぐに耳の混乱が消えたことに気がつきました。見回すと、どうも庭園の小さな芝生らしきところにいて、それがシャクナゲの茂みに囲まれています。そしてその深紫と薄紫の花が、降り注ぐヒョウに打たれて次々に落ちてゆくのに気がつきました。地面にはねて踊るヒョウは、マシンの上空にクモ状にかかって煙のように地面にたたきつけます。一瞬後にはびしょぬれになっていました。「おまえたちを見に数え切れない年月を旅してきたのに、大した歓迎だよ」とわたしはつぶやきました。
すぐに、そもそもびしょぬれになったこと自体が愚かだと気がつきました。立ち上がってあたりを見回しました。すると巨大な像が、明らかに何か白い石から刻まれて、霧がかった降水を通じてシャクナゲの向こうにぼんやりとそびえています。でも世界のその他のものは何も見えませんでした。
そのときの感覚を説明するのはむずかしい。降り注ぐヒョウの柱が細くなるにつれて、白い像はもっとはっきり見えるようになりました。銀の樺の木がその肩に触れていたから、かなり大きなものです。白い大理石でできていて、何か羽の生えたスフィンクスのような形ですが、その羽は脇に垂直についているのではなく、広げられていたので、滑空しているように見えました。台座は見たところ、ブロンズ製で、緑青に覆われていました。たまたまその顔がこちらに向いていました。何も見ていないその目は、わたしを見ているかのようです。その唇にはかすかに微笑が浮かんでいました。かなり風化していて、それが病気のような不快な印象を与えていました。しばらくは立ちつくしてそれを眺めていました――三〇秒ほどでしょうか、それとも三〇分だったか。降り注ぐヒョウが強まったり弱まったりするたびに、こちらに向かってきたり下がったりするように見えました。やっとわたしは一瞬そこから視線を引きはがし、そしてヒョウのカーテンがかなりか細くなり、空が明るんできて太陽の約束が見えてきていることに気がつきました。
うずくまる白い像を再び見上げると、自分の旅の無鉄砲さが一気に認識されてきました。この霧のようなカーテンが完全に消え去ったら、何が現れることだろう。人類には、ありとあらゆることが起こった可能性がある。人類共通の情熱として残虐さが発達していたらどうしよう? この期間に人類がその人間らしさを失って、何か非人間的で、共感しがたい、圧倒的に強力なものに発達していたらどうしよう? わたしなんか、旧世界の野蛮な獣にしか見えず、共通の類似点のためになおさら恐ろしく嫌悪すべき存在にすら見えるかもしれない――即座に殺してしまうべき醜悪な生き物と思われるかもしれない。
すでに他の大きな形が目に入っていました――嵐がやむにつれて、入念なパラペットや高い柱を持った巨大な建物に、森の茂った斜面がぼんやりと迫ってきます。わたしはパニック状の恐怖に襲われました。タイムマシンのほうにあわてて向き直り、調整し直そうと苦闘したのです。そうするうちに、雷雨の中に日光の筋が差し込んできました。灰色の降水は脇へ押しやられ、幽霊のひきずる衣装のように消え失せました。頭上には、濃い青の夏空が広がり、かすかな茶色い雲の切れ端が、やがて渦巻いては消え失せました。周辺の大きな建物は、はっきりと目立つように浮かび上がり、雷雨にぬれて輝き、その途中でくっついた溶けていないヒョウのために、白い模様がついています。見知らぬ世界で裸になった気分でした。澄んだ空気の中で、頭上に鷹が羽ばたいていて急降下してくるのを知っている鳥のような気分だったかもしれません。恐怖は狂乱にまでふくらみました。わたしは深く息を吸い込んで、歯をくいしばると、またもやひじと膝を使って、マシンと必死で格闘しました。わたしの必死の努力にあって、マシンは根負けしてひっくり返りました。それが派手にアゴにあたりました。サドルに片手をかけ、片手をレバーにのせて、はあはあと荒い息をついてそこに立ったわたしは、再びマシンに乗り込もうとしました。
でもマシンを起こしてちょっと安堵がもどってきたので、勇気も回復しました。この遙かな未来世界を、もっと好奇心をもっておびえずに眺めてみました。手近な家の壁高くにある丸い空き地に、豊かで柔らかいローブに身を包んだ一団が見えました。向こうもわたしを見て、その顔がまっすぐこちらを見ています。
そのとき、近づいてくる声がしました。白いスフィンクスの隣のしげみをやってくるのは、走ってくる人々の頭と肩でした。その一人が、わたしがマシンの横に立っている小さな芝生にまっすぐつながる小道にあらわれました。かれは小さな人物でした――身長一メートル20センチくらいでしょうか――紫のチュニックをきて、それをウェストで革ベルトにより締めています。サンダルかバスキン――どっちかははっきりわかりませんでした――を履いています。脚はひざまでむきだしで、頭も毛がありません。それを見たとき、わたしは空気が実に暖かいことに初めて気がつきました。
かれは見るからに美しく優雅な生き物でしたが、何とも言いようがなく脆弱な感じでした。紅潮した顔は、肺病患者の美しいほうを思わせました――かつてわれわれがよく耳にした、あの消耗病の美です。かれを見て、わたしは急に安心感が戻ってくるのを感じました。そしてマシンから手を離しました」
「次の瞬間、われわれは向かい合って立っていました。わたしと、この未来からきた繊細そうな生き物です。かれはまっすぐにこちらに歩み寄って、目を見て笑いかけてきました。かれの振る舞いに恐怖の徴がまるでないことがすぐにわかって驚きました。それからかれは、後に続いていた二人のほうを振り返り、奇妙なとても甘く液状のことばで語りかけたのです。
他の人々もやってくるところで、すぐにこうしたexquisiteな生き物たち8人から10人ほどに囲まれました。一人がこちらに話しかけます。奇妙なのですが、自分の声がかれらにはきつくて深すぎるのではないか、という考えが浮かびました。そこでわたしは頭をふって、耳を指さすとまた首を振りました。かれは一歩進み出て、ためらうと、わたしの手に触れました。すると、他にも柔らかく小さな手が背中や肩に触れるのが感じられました。わたしが本物かどうか確かめているのです。これにはまったく怖いことはありませんでした。このきれいな小さい人々には、何か安心させるようなものがありました――優雅な穏やかさ、なにか子供じみた警戒心のなさ。さらにみんな実にか弱く見えて、九柱儀のように一ダースくらいまとめて放り投げられそうでした。でもかれらの小さなピンクの手がタイムマシンをいじっているのを見たとき、急に動いて警告しました。ありがたいことに、手遅れに成る前に、わたしはこれまで忘れていた危険に思い当たり、マシンのバーの上にかがむと、マシンを動かす小さなレバーをねじってはずし、ポケットにおさめました。それからなんとか意思疎通ができないかと思いつつ振り返りました。
それからかれらの姿形をもっとしっかり見てやると、かれらのドレスデン磁器じみたきれいさに、さらに奇妙なところをいくつか見つけました。髪はみんなカールしていましたが、首とほおのところで急になくなっていました。顔には毛がまったく見あたらず、耳は不思議なくらい小さいものでした。口も小さく、唇は明るい赤でいささか細く、小さなほおがとがっていました。目は大きくて優しく、そして――これはこちらのエゴのように思えるかもしれません――期待したほどの興味を示してくれていないようにさえ思えたのです。
かれらはわたしと意思疎通をしようという努力をまったく見せず、単にまわりに立ったまま柔らかいクークー言う音で話し合っているだけだったので、こちらから会話を切り出しました。タイムマシンと自分を指さしました。それから時間をどう表現したものかちょっと躊躇してから、太陽を指さしました。すぐに紫と白のチェックを着たふうがわりにきれいな小人物がわたしの仕草を真似て、雷の音を真似てこちらを驚かせてくれました。
一瞬ひるみましたが、かれの身振りの含意は単純きわまりないものでした。いきなり、ある疑問が頭に浮かびました。この生き物どもはバカなのではないか? これがどんなにショックだったか、なかなかおわかりいただけないと思います。二八〇〇年かそこらの人々は、知識の面でも技芸の面でも、あらゆる点ですさまじく進歩しているだろうと昔から思っていたのです。ところがその一人がいきなり、現在の五歳児並の知的水準しかないことをうかがわせる質問をするのですから――要するに、わたしが雷雨にのって太陽からやってきたのか、ときいたのです! かれらの服装や、か細い軽い手足、細い姿を見ても保留していた判断が、本格的によみがえってきました。失望の流れが心を横切りました。一瞬、タイムマシンを作ったのは無駄だったのかと感じました。
わたしはうなずくと太陽を指さして、雷鳴を実に真に迫って真似て見せたので、みんな怯えたようでした。みんな一歩かそこら下がると頭を下げます。それから、一人がこちらに笑いながらやってきて、まるで見たことのない花の輪を持ってきて首にかけてくれました。このアイデアは、楽しげな拍手で迎えられました。そしてすぐに、みんなあちこと走り回って花を探し、笑いながらそれをわたしに投げかけて、花びらで窒息死そうなほどでした。ご覧になったことのない皆さんは、数え切れない年月にわたる育成が作り出した花の繊細さやすばらしさが想像もつかないでしょう。そしてだれかが、おもちゃを手近な建物で展示しようと思いついたようで、わたしは白い大理石のスフィンクス(それはずっとこちらを観察し、驚きぶりに微笑するようでした)の横を通って、腐食した石造の広大な灰色の建築物につれてこられました。連れだって歩くうちに、圧倒的に深遠で知的な子孫への確信をもった期待がふと思い出され、我ながらおかしくてたまりませんでした。
建物は巨大な入り口をしていて、全体はとてつもない大きさでした。もちろん一番興味をひいたのは、増える一方の小さな人々の群衆で、また目の前で影をつくりなぞめいた様子で口を開ける、大きな開いた入り口も興味をおぼえました。かれらの頭上ごしに見た世界の全般的な印象は、美しい茂みや花のごちゃごちゃした荒れ地、長く放置されていたのに雑草のない庭園、というものでした。背の高い奇妙な白い花が突出しているのをたくさん見かけました。たぶんすべすべの花びらは、差し渡しで30センチはあったでしょうか。それは色とりどりの茂みの中、あちこちに散らばって生え、野生のようでしたが、でも申し上げたように、そのときにはじっくり観察はしませんでした。タイムマシンはシャクナゲの中の土盛りの上に、無人で残されました。
入り口のアーチは豊かに彫られていましたが、もちろんその彫刻をあまり細かく見はしませんでした。ただし通過するときに、古いフェニキア装飾のなごりを見たような気はして、さらにそれがひどく壊れていて風化しているのに驚かされました。明るいふくを着た人々がもう何人か戸口でわたしを迎え、みんなで中に入りました。わたしはむさくるしい一九世紀の衣服をまとって、それだけでもグロテスクなのに、花で飾り立てられて、明るく柔らかな色合いのローブと輝く白い手足のうねる集団に囲まれ、メロディアスな笑いと楽しげな会話の渦中にいたのです。
巨大な入り口は、それに比例して巨大な広間に出ました。そこは薄暗くなっていました。屋根は影になっていて、窓は部分的には色つきガラスで覆われ、部分的にはガラスなしでしたが、抑えた光を通していました。床は何かとても堅い白い金属の大きなブロックでできていました。プレートでもスラブでもありません――ブロックで、しかもかなりすり減っていました。たぶん過去の世代が行ったり来たりしたせいで、通り道の部分は深くえぐれています。その広間の長手方向に沿って、磨いた石のスラブでできたテーブルが無数にあって、それが床から30センチほど持ち上がっており、そのてっぺんには果物の山がありました。一部は、一種の肥大したラズベリーとオレンジだと見受けられましたが、ほとんどは見たことのないものです。
テーブルの間にはものすごい数のクッションが散乱しています。そのクッションの上に、わたしの先導者たちはすわり、わたしにもすわれと身振りで示します。見事なまでに何の儀式もなく、かれらは手づかみで果物を食べはじめ、皮や芯などはテーブルのまわりの丸い空地に投げ捨てています。わたしもかれらの顰みに習うのはやぶさかではありませんでした。のどが乾いて腹も減っていたからです。そしてそうしながら、暇を見てはその広間を観察していました。
そして何よりも驚いたのは、その荒れ果てた様子だったかもしれません。ステンドガラスの窓は、幾何学模様しか示していませんでしたが、あちこちで割れていて、その低い部分にかかっているカーテンにはほこりが厚くこびりついています。そして手近な大理石のテーブルのかどが砕けているのも目につきました。それでも、全般的な雰囲気はきわめて豊かで壮麗でした。その広間で食事をしているひとは、数百人ほどだったでしょうか。そのほとんどが、できるだけわたしの近くにすわり、興味津々でわたしをながめ、食べている果物の上で小さな目を輝かせています。みんな同じ、柔らかいのに強い絹状の材質を身にまとっていました。
ちなみに、かれらの食事は果物だけでした。遙か未来のこの人々は厳格な菜食主義者で、かれらといっしょにいる間は、ある程度の肉体的な渇望にもかかわらず、わたしもまた果物だけ食べるしかありませんでした。実はあとでわかったのですが、馬も、牛も、羊も、イヌも、すべてイクシオザウルスの後を追って絶滅してしまったのでした。でもその果物はすばらしくおいしいものでした。特にわたしがいた間ずっとシーズンだったらしき果物――三面のさやに入った小麦粉状のものです――は特においしくて、それがわたしの主食でした。最初はこうした各種の奇妙な果物や、目にした奇妙な花にとまどいましたが、やがてその重要性が理解できるようになってきました。
でも、いまは遙か未来の果物の夕食の話をしていたんでしたっけ。やがて食欲が少しおさまり、わが新しい人々のことばを断固として学ぼうという決意をしたのです。明らかにそれが次にやるべきことでした。手始めにその果物を使うのがお手軽そうでしたので、それを持ち上げて、一連の問いただすような音や身振りを開始しました。いわんとするところを伝えるのはずいぶん苦労しました。最初のうち、その努力はオドロキの凝視か、とめどない笑いをもって迎えられたのです。でもやがて、金髪の小さな生き物がこちらの意図を理解して、名前を何度も繰り返しました。連中はぺちゃくちゃしゃべって、何が行われているかを延々とお互いに説明しあわなければすまないようで、その言語の見事なかわいい音をたてようという最初の試みは、すさまじくおもしろがられたのでした。でも、自分が子供たちの中の校長先生のような気分になって、辛抱強く続けるうちに、やがていくつかの名詞句を使いこなせるようになりました。それから指示代名詞、そして「食べる」という動詞もものにしました。でもそれは遅々としてはかどらず、小さな人々はやがて退屈して、こちらの質問から逃げようとしはじめます。そこでわたしは、むしろ必要にかられて、向こうの気が向いたときにすこしずつ教えてもらおうと決めたのです。そしてすぐに、それがいかに少しずつかを思い知ることになりました。というのも、これほど怠惰ですぐに疲れる人は見たことがなかったくらいだったのです。
この小さなご主人たちについてすぐに気がついた奇妙な点は、かれらが関心を持っていないということです。かれらは子供のように、驚きの叫びをあげつつやってきますが、子供のようにやがてこちらを調べるのをやめて、ほかのおもちゃをおいかけてふらふらと向こうにいってしまいます。夕食と会話の発端がおわって気がつくと、こちらを囲んでいた人々はほとんど全員いなくなっています。またわたし自身、すぐにこの小さな人々を無視するようになったのも奇妙なことです。飢えがおさまると同時に、入り口を通って日に照らされた外に出ました。これら未来の人々にはさらに続々と会いましたが、みんなしばらくついてきて、ぺちゃくちゃしゃべっては笑い、親しげに微笑して身振りをしてみせると、またわたしを放ってどこかへ行ってしまいます。
大ホールから出ると、夕暮れの穏やかさが世界を覆いつつあり、あたりは夕日の暖かい光に照らされていました。最初、ものごとは実に困惑させるものでした。何もかも、自分の知っている世界とはまるでちがっています――花でさえも。後にしてきた大建築は、広い川による峡谷の斜面に立っていましたが、テームズ川は現在の位置から一マイルほどもずれていたでしょう。二キロかそこら離れたところにある丘のてっぺんに上ってやろうと思いました。そこからなら、紀元802千2701年の地球をもっと広く見渡せるでしょう。ちなみに、タイムマシンの小さなダイヤルが記録していたのはそういう日付けでした。
歩きながら、世界のおかれた豪華な廃墟状態をなんとか説明するのに役立つどんな印象でもいいから探し回ったものです――というのも、廃墟状態にはちがいなかったからです。たとえばちょっと丘をあげると、巨大な大理石の山が大量のアルミのかたまりでまとめられていて、急な壁の広大な迷路やくしゃくしゃの山があって、その中に非常に美しいパゴダのような植物――イラクサかもしれません――があったのですが、それが葉のまわりがすばらしい茶色に染まっていて、トゲもないのです。なにやら巨大な構造物の倒壊した残骸なのは明らかでしたが、何のために建てられたものかは見極められませんでした。後になって、非常に奇妙な体験を運命付けられていたのはここでした――もっと奇妙な発見に初めて出くわすことになるのです――が、その件についてはまた折りを見て話すことにしましょう。
突然思いついて、しばらく休んでいたテラスからあたりを見回すと、小さな家がどこにも見あたらないのに気がつきました。明らかに戸建て住宅や、それどころか世帯そのものが消えたようです。緑の中のあちこちに、宮殿のような建物がありましたが、わがイギリスの風景で実に特徴的な性質を形成している家屋や小屋は、消えていました。
「共産主義か」とつぶやきが口をついて出ました。
そしてそこからの連想で別の思いつきが浮かびました。わたしは、後についてきた半ダースほどの小さな姿を見ました。そして一瞬で、その全員が同じ形の服装をし、同じ柔らかい毛のない顔立ちと、同じ女の子じみた丸みを帯びた手足をしていることに気がつきました。今までこれに気がつかなかったのは奇妙に思えるかもしれません。でも何もかもがあまりに奇妙だったのです。いまや、事態がはっきりと見えてきました。服装でも、その他現在では両性のちがいを示す各種の特徴や装束の差においても、この未来の人々はまったく同じだったのです。そして子どもたちは、わたしの目には親のミニチュア版にしか見えませんでした。その時点で、この時代の子どもたちは少なくとも肉体的には実に早熟だと判断しましたが。後にこの見解の裏付けは山ほど得られました。
この人々が暮らしている安楽さと安全性を見ると、男女がそっくりなのも考えてみれば予想がつくなと感じました。男の強さと女の柔和さは家族のための制度であり、職業の区分は物理的な力の時代において圧倒的だった必要性にすぎないのです。人口がおちついて豊富になれば、多産は国にとっては喜びではなく悪となります。暴力がほとんど生じず、子どもたちが安全なところでは、効率のいい家族の必要性は下がり――いやまったく不要となり――子供のニーズに応えるために性の役割特化も消えます。われわれの時代ですらその萌芽は見られますし、この未来の時代にはそれが完成されたのです。申し上げておきますが、これはその時点でのわたしの推測です、後に、これがいかに現実に及ばないものだったかを思い知らされることになるのですが。
こうしたものをおもしろがって眺めているうちに、きれいな小構造物に目が向きました。キューポラの下の井戸のようなものです。いまだに井戸があるというのは不思議だな、とふと思いましたが、また思索を続けました。丘のてっぺんには大きな建造物はなく、そしてわたしの歩行力はどうやらすさまじいものだったようで、じきに初めて一人にしておいてもらえました。自由と冒険の奇妙な感覚を持って、わたしは頂上まで登りました。
そこにはなにやら見たこともない黄色い金属の座席があって、それがあちこちピンクがかったさびで腐食し、柔らかいコケで半分覆われています。腕置きは、グリフィンの頭を模して鋳造・彫刻されています。そこにすわり、その長い一日の日暮れの下に広がる、われらが古き世界の広い眺めを見渡しました。それはこれまで見たこともないほど甘く美しい眺めでした。太陽はすでに地平線の下にもぐり、西の空は燃えるような黄金で、そこにいくつか紫と深紅の水平の雲がたなびいています。眼下にはテームズ川の峡谷で、そこに川が磨かれた鉄のように横たわっています。すでに濃淡様々な緑のあちこちに点在するすごい場所についてはお話しました。一部は廃墟、一部はまだ居住されています。あちこちに、地球の荒れた庭の中に白や銀色の人影が浮かび、あちこちに何かキューポラやオベリスクの鋭い垂直線が見かけられます。生け垣もなければ財産権のしるしもなく、農業の存在もうかがえませんでした。全地球が庭園になってしまったのです。
そうやって眺めつつ、わたしは見てきたものについて、自分なりの解釈をあてはめ出しました。そしてその晩にわたしの頭の中で形成された解釈は、こんなものでした(後に、自分の理解が半分しか正しくなかったこと――というか、真実のごく一面をほんのかいま見たにすぎなかったことを知るのですが)。
自分がたまたま人類衰退期にやってきたのだと思えました。赤い日没が、人類の没落を連想させたのです。初めてわたしは、現在われわれが取り組んでいる社会的な努力の奇妙な帰結を認識しはじめました。でも、考えてみれば、それは確かに論理的な帰結ではあります。強さは必要性の結果として生じます。安全性は、弱さを有利にします。人生の条件を改善しようと言う作業――人生をますます安全にする、真の文明化プロセス――はゆっくりとクライマックスに到達したのです。人類連合は自然に対し、一つ、また一つと勝利をおさめました。現在ではただの夢でしかないことが、意図的に取り組まれ、勧められるプロジェクトとなりました。そしてその成果がわたしの見ていたものだったのです!
なんと言っても、今日の衛生状態と農業はまだ未熟な段階でしかありません。現在の科学は、人間の病気のごく一部を克服しただけですが、それでもその活動範囲を着実にたゆまず進めています。われわれの農業や園芸は、ほんのちょっとした雑草を破壊して、ごく少数の豊かな植物を耕作しますが、その他多くは勝手にバランスを実現するに任せています。ごく少数の――考えてみれば、何とも少ない数です――お気に入りの植物や動物をゆっくりと選択交配によって改善します。こんどは新しい向上した桃、こっちではもっと便利な牛の種類。ゆっくりとしか改善できないのは、われわれの理想が漠然としてうつろいやすく、また知識がとても限られているからです。というのも自然も、われわれも不器用な手の中では引っ込み思案でのろいからです。いつの日か、このすべてはもっとうまく案配されて、それがますます改善されるでしょう。よどみや逆流はあっても、それが流れの方向性です。全世界が知的で教育を得て、協力するようになります。物事は自然を支配すべくますます速度を増して動くでしょう。最後には、賢く慎重にわれわれは、人類のニーズにあわせて動植物のバランスを調整しなおすことになるでしょう。
この調整が、思うに実施され、そして成功したにちがいありません。それもわたしのマシンが跳び終えたあらゆる時間すべて、時間の幅のどこかで。空気にはブヨはいないし、地表には雑草もキノコもありません。いたるところに果物と、甘く美しい花があります。美しいチョウがひらひら飛んでいます。理想的な予防薬が実現されました。滞在中ずっと、伝染病がある様子はまったく見受けられませんでした。そして腐敗と分解のプロセスでさえ、こうした変化によって根本的な影響を被っていたようだ、と後で言わざるをえません。
社会的な勝利も影響を受けていました。わたしが見たのはすばらしい家屋に住んで、華々しく着飾った人類でしたが、いまのところかれらが何ら労働にいそしんでいるところは見あたりませんでした。苦労のかけらもありませんし、社会的・経済的な闘争もないようです。店舗、広告、交通など、われわれの世界を構成するあらゆる商業は消え失せていました。そしてその黄金の午後に、ここが社会的パラダイスだという発想にとびついたのも当然でしょう。人口増からくる困難も解決されたようで、人口は増加をやめたようでした。
でもこうした条件の変化には、必ずその変化への適応が伴います。生物科学が何もかも間違っていれば話は別ですが、人類の知性や強さの原因はなんでしょうか? 苦労と自由です。活発で強く賢いものが生き延び、弱い者が押しやられるための条件です。有能な人々の忠実な連合、自己抑制、辛抱、意志決定に報いる条件です。そして家族制度とそこから生じる感情、強い嫉妬、子供への優しさ、親の自己献身は、すべて幼き者たちにさしせまった危険があればこそ、正当化も支持もされるのです。さて今や、その差し迫った危険はどこにあるでしょうか? すでに夫婦間の嫉妬、強すぎる母性、あらゆる強い情熱をよくないものとする感情が生じていて、それは今後さらに成長するでしょう。いまやこれは必要ないし、われわれを不快にするだけだし、野蛮な残存物で、洗練された快適な生活における不協和音なのです。
ここの人々の肉体的な脆弱さ、知性の欠如、そしてあの巨大で豊富な廃墟群のことを考えました。そして、自然が完全に征服されたのだという信念は強化されました。というのも戦いの後には静寂が訪れます。人類は強く、エネルギッシュで、知性的であり、その豊富な活力を総動員して、自分の暮らす環境を変えようとしてきました。そしていまや、その変化した条件に対する反応がやってきたのです。
この完全な快適さと安全という新しい条件の下では、われわれにとっては強みであるあの落ち着かないエネルギーは、弱点になるのです。われわれのこの時代ですら、かつては生存に必要だったある種の傾向や欲望は、絶え間ない失敗の原因となっています。たとえば肉体的な勇気や戦闘への愛は、文明人には大して役に立ちません――むしろ足を引っ張るかもしれない。そして肉体的なバランスと安全の状態にあっては、力は、肉体的なものも知的なものも、場違いです。数え切れないほどの年月にわたり、戦争や個別暴力による危険はなかったのだろう、とわたしは判断しました。野獣からの危険もなく、体質の強みを必要とする無益な疫病もなく、苦役の必要もない。そんな人生にとって、われわれが弱者と呼ぶ者たちは、実はもはや弱くはない。かれらのほうが適応しているのです。強者ははけ口のないエネルギーに悩まされることになりますから。わたしの見た建物のすばらしい美は、いまや無意味となった人類のエネルギーの最後の盛り上がりによるものだったのでしょう。でもその後人類は、生存条件との完璧な調和に落ち着いたのです――その勝利の反映が、最後の偉大なる平和を始めたのでした。これは昔から安全のもとでのエネルギーの運命ではありました。それはアートとエロティシズムに向かい、やがて怠惰と退廃に向かうのです。
この芸術的な勢いすらやがては死に絶えます――わたしの見た時代ではほぼ死に絶えていました。日光の下で自らを花で飾り、踊り、歌う――芸術精神で残ったのはそれだけ、他には何もありません。それさえも、いずれは満足しきった無活動の中に消え去るでしょう。われわれは苦痛と必要性という砥石のおかげで鋭敏でいるのであり、その憎むべき砥石はここではついに壊されたのです!
深まりゆく闇の中に立ちつくしながら、わたしはこの単純な説明で世界の問題を見切ったと思ったのです――こうした興味深い人々の秘密すべてを理解したと。おそらくかれらが人口増を防ぐために考案した仕組みがあまりに成功しすぎて、人口は一定に保たれるどころか減少傾向となったのでしょう。それで遺棄された廃墟も説明がつく。きわめて単純な説明だし、実にもっともらしい――まちがった理論の常として!」
「この人類の完璧すぎる勝利について考えながら立っていると、北東の空に満月が黄色く立体感をもって上がってきて、銀色の光をあふれさせていました。下では明るい小さな姿がうろつくのをやめ、無音のフクロウが横を飛びすぎ、そして夜の冷気でわたしは身震いしました。下りて寝場所を探すことにしました。
見覚えのある建物を探しました。そしてブロンズの台座に乗った白いスフィンクスの姿に目が映りました。スフィンクスは、昇った月の光が強くなるにつれてはっきりしてきます。それに触れた銀のカバノキも見えます。シャクナゲのもつれた茂みが、淡い光の中で黒く見え、そして小さな芝生がありました。その芝生を見ました。奇妙な疑念がわたしの安心感に冷や水を浴びせました。「いやちがう」とわたしは強く自分に言い聞かせました。「あの芝生じゃない」
でもまさにその芝生だったのです。なぜならあばたのできたスフィンクスの白い顔がそちらに向いていたのです。この確信が腑に落ちたときのわたしの気分が想像つくでしょうか? 無理でしょう。タイムマシンは消えていたのです!
いきなり、顔をひっぱたかれたかのように、自分自身の時代を失うのではないか、この奇妙な新世界に寄る辺なく残されてしまうのでは、という可能性が頭に浮かびました。それを考えるだけで、本当に肉体的な反応が生じました。それがわたしののどを締め上げ、息を止めるのが感じられました。次の瞬間、わたしは恐怖の発作におそわれ、斜面を大股に駆け下りていました。一度、前のめりに転んで顔を切ってしまいました。でも血をぬぐう暇もなく、とびおきて走り続け、ほおとあごになま暖かい液体が流れるままにしました。走りながらずっと、「ちょっと動かしただけだろう、茂みの中のじゃまのならないところに押しやっただけだ」と自分に言い聞かせ続けていました。それでも、必死で走り続けました。その間ずっと、過剰な恐怖に時々伴う確信をもって、わたしは自分の考えが気休めにすぎず、マシンがわたしの手の届かないところに移動されたことを直感的に悟っていました。呼吸するのも苦しかった。丘のてっぺんから小さな芝生までの、おそらく3キロほどを10分もかからずにカバーしたでしょう。そしてわたしは若くはないのです。走りながら、マシンを置いて去った自分の自信たっぷりの愚行を声高にののしり、おかげで息がきれる始末。おおごえで叫んでも、だれも答えてくれません。月に照らされた世界では、生き物一匹たりとも動いていないようです。
芝生にたどりつくと、最悪のおそれが現実のものとなっていました。タイムマシンはあとかたもありません。黒く生い茂ったやぶの中の、空っぽの空間に直面したときには、気が遠くなって身震いがしました。それがすぐそこに隠してあるかもしれないというようにあわててその周りを駆け回り、 急に立ち止まって、手で髪をかきむしりました。頭上にはスフィンクスが、ブロンズの台座の上にそびえ、白く、穴だらけで、上ってきた月の光に照らされています。わたしの絶望をばかにしてほほえんでいるかのようです。
あの小さな人々が、わたしのために機械をどこかにしまってくれたのだと想像することで慰めを得られたかもしれません。でも、わたしはかれらが肉体的にも知的にもそんなことはできないのを感じ取っていました。だからこそわたしはがっかりしたのです。これまではうかがいしれなかった力があって、それが介入してわたしの発明品は消えてしまいました。でも、一つだけ確信できたことがありました。別の時代にあの完全な複製品が生まれない限り、あのマシンは時間内を動いたはずはありません。レバーの取り付け方――後で仕組みはごらんに入れます――のおかげで、それを取り外したら、何人たりともそれを操作することは不可能なのです。あれが移動して隠されたのは、空間内だけのこと。でもそれなら、いったいどこにあるのでしょう?
たぶん何か狂乱状態に陥ったのでしょう。スフィンクスをずっと取り巻く、月に照らされた茂みすべてに、あらっぽく駆け込んでは飛び出していたのを覚えています。そしてそれにより、何か白い動物をびっくりさせたことも。薄明かりの中で、それは小さな鹿に思えました。またその晩遅く、げんこつを握りしめて茂みを殴りつけ、こぶしが折れた小枝のために傷ついて血が出ていたのも覚えています。そして心が千々に乱れる中で泣いては怒鳴りつつ、わたしは巨大な石造建築のほうに下っていきました。巨大な広間は暗く、静かで、無人でした。でこぼこの床ですべり、クジャク石のテーブルの一つの上に倒れこんで、ほとんど脛を折りそうになりました。マッチをともして、すでにお話したほこりまみれのカーテンを通りすぎました。
そこには二番目の大ホールがあって、そこもクッションに覆われ、おそらく二〇人ほどの小さな人々が眠っていました。かれらがわたしの二度目の登場をずいぶん奇妙に思ったのはまちがいありません。いきなり静かな暗闇からあらわれて、わけのわからない騒音をたて、マッチの音と炎を手にしているのです。というのも、かれらはマッチも忘れ去っていました。『わたしのタイムマシンはどこだ?』とわたしは腹をたてた子供のように叫び、かれらを捕まえるとまとめて揺さぶりました。かれらにしてみれば、ずいぶん奇妙に思えたでしょう。何人かは笑いましたが、ほとんどは心底おびえた様子でした。まわりに立っているかれらを見たとき、恐怖の感覚を呼び覚まそうとするなんて、自分がいまの状況で最高に愚かしいことをやっていると自覚しました。というのもかれらの日中の振る舞いから判断して、わたしはかれらが恐怖を忘れたにちがいないと思ったのです。
あわててわたしはマッチをおろし、一人を突き倒しつつも、また巨大な食堂をよろよろと抜けて、外の月光の下に出ました。恐怖の声と、かれらの小さな足があちこちで走っては転んでいる音が聞こえました。月が空に上るにつれて自分のやったことをすべて覚えているわけではありません。たぶん、狂乱してしまったのは、まったく予想もしない形でマシンを失ってしまったからなのでしょう。わたしは自分の同類たちから絶望的に切り離された気がしました――未知の世界での奇妙な動物になってしまったのです。あちらへこちらへとさまよい、神と運命に向かって泣き叫びました。絶望の長い夜が過ぎるにつれて、ひどい疲労におそわれた記憶があります。絶対にあり得ないような場所をあちこちのぞいたことも。月に照らされた廃墟の中を闇雲につかみ回り、黒い影の中の奇妙な生き物に触れたことも。最後に、スフィンクスの近くの地面に横たわって、圧倒的な悲嘆にくれて泣いたことも。それからわたしは眠りに落ちました。目をさますと、真っ昼間で、土盛りの上ではツバメが二羽、手の届くところで飛び跳ねていました。
わたしは朝の新鮮さの中で身を起こし、自分がどうやってここにたどりついたか、なぜ自分がこんなにも深い孤独と絶望を感じているのか、思い出そうとしました。すると頭の中がはっきりしてきました。ふつうのまともな日光の元で、わたしは自分の状況を真正面から公平に見ることができたのです。夜間の狂乱ぶりがとんでもなく愚かしかったことも悟りましたし、自分で自分に合理的な説明もできました。『最悪の場合を想定してみようか。仮にマシンが丸ごと失われ――あるいは破壊されていたら? 当然ながらわたしはおちついて辛抱強くなり、ここの人々の風習を学んで、マシンがどのように失われたかはっきり理解しようとして、材料や道具を手に入れる手段を身につけねばならない。そうすればいずれ、もう一台マシンを作れるかもしれない』それが唯一の希望かもしれませんが、でも絶望よりはましです。それになんと言っても、ここは美しくおもしろい世界ではあったのです。
でもおそらく、マシンは単にどこかへ運び去られただけでしょう。それでも落ち着いて辛抱強くその隠し場所を見つけ、力づくか籠絡かによってそれを取り戻さなくてはなりません。そう思ってわたしはさっと立ち上がってあたりを見回し、水浴びできる場所がないかと思いました。朝の新鮮さのおかげで、自分も同じくらい新鮮な気分になりたいと思ったのです。興奮するのには疲れてしまいました。作業を始めるにつれて、前日のすさまじい興奮ぶりを我ながら不思議に思っているほどでした。小さな芝生のまわりの地面を慎重に調べてみました。通りがかった小さな人々の一部に、そうしたことを精一杯伝えようとして、無駄な質問時間をとられてしまいました。だれもわたしの身振りを理解してくれませんでした。一部はぽかーんとその場に突っ立って、一部はそれが冗談だと思って笑いました。その笑うかわいい顔につかみかかりたいのを抑えるのは、実に至難の業ではありました。ばかげた衝動ではありましたが、恐怖と目もくらむ怒りに憑かれた悪魔は抑えがきかず、いまだに我が困惑につけ込もうとしていたのです。地面のほうが優れた情報を与えてくれました。スフィンクスの台座と、到着時にひっくり返ったマシンと格闘したわたしの足跡との間の半ばくらいに、溝が引き裂くように刻まれていたのです。それ以外にも移動のしるしがありました。ナマケモノがつけたと思えるような、奇妙な狭い足跡などです。これで関心がこの台座にしぼられました。それは、すでに申し上げたと思いますが、ブロンズ製でした。ただの箱ではなく、どの面も深いふちどりつきのパネルで入念に装飾されていました。叩いてみると、台座は空洞になっていました。パネルを慎重に調べると、それが枠とは分離しているのがわかりました。取っ手も鍵穴もありませんでしたが、もしこのパネルが思ったように扉であるなら、中から開くのでしょう。一つだけまちがいないことがありました。わがタイムマシンが台座の中にあると推測するのは、大してむずかしくありませんでした。でもなぜそれがそこに入ったのかは、別の問題です。
オレンジの服をまとった人の頭が二つ、茂みの中を通って、花に覆われたリンゴの木の下をこちらにやってくるのが見えました。かれらにほほえみかけると、こちらに差し招きました。かれらがくると、わたしはブロンズの台座を指さして、これを開けたいのだという願いを伝えようとしました。でもこれを初めて身振りでつたえたとき、かれらの振る舞いは実に奇妙なものでした。その表情をどうお伝えしたらいいものやら。繊細な心を持った女性に、とんでもなく不適切な身振りをしてみせたとしましょう――そのときの女性の表情です。二人は、これ以上の侮辱はあり得ないとでもいうようにその場を去りました。白い服の優しそうな人物も試してみたが、結果は全く同じでした。なぜか、かれの様子を見てわたしは自分が恥ずかしくなりました。でも、ご承知のとおりタイムマシンを取り戻したかったので、もう一度その人物に働きかけてみました。かれが他のみんなと同じように背を向けると、ついカッとなってしまいました。たった三歩で追いつくと、そのローブのゆるい首周りをつかんで、スフィンクスのほうに引きずっていきかけたのです。でも、その表情に浮かんだ恐怖と嫌悪を見て、突然放してやりました。
でもわたしはまだ負けてはいませんでした。ブロンズのパネルをげんこつで殴りつけました。何かが中で動くのが聞こえたような気がしました――正確には、何かくすくす笑いのような音が聞こえたような気がしたのです――でもこれは気のせいでしょう。それから、川で大きな石を拾ってくると、それを持って殴りつけ、おかげで装飾の渦巻きが一つつぶれ、緑青が粉状のかけらになって落ちてきました。繊細で小さな人々は、遠くからでもわたしが荒っぽい激情に駆られて殴りつけているのが聞こえたにちがいありませんが、何も起こりませんでした。斜面に集団がいて、こっそりこちらを見ているのがうかがえました。とうとう暑くて疲れてしまったので、わたしは座ってその場を眺めました。でも、長く見物しているほどの落ち着きはありません。わたしは長い夜警をするにはあまりに西洋人すぎるのです。ある問題に何年も取り組むことはできますが、二四時間何もせずに待つとなると――それは話が別です。
しばらくして起きあがると、あてもなく茂みの中を、丘に向かって歩き出しました。そして自分に言い聞かせました。『あわてるな。マシンに再会したければ、あのスフィンクスには手を出さないことだ。もし連中がマシンをどこかへ持ち去る気なら、ブロンズのパネルを壊しても何の役にもたたないし、持ち去らないなら、いつか頼めばすぐに返してもらえるだろう。あんなわけのわからないものの中で、あんなふうにパズルの前ですわりこんでいるのは絶望的だ。その先には偏執狂があるだけだ。この世界に直面しろ。その方法を学んで、観察し、その意味についての性急な憶測には気をつけろ』。すると、状況のおかしさが頭に浮かびました。何年もかけて研究と苦労を重ねて未来に到達しようとしてきたのに、いまや必死でそこから脱出しようとしている。わたしは人類がこれまで考案したこともないほど複雑で、最も絶望的なわなを自分に仕掛けてしまったのです。対象は自分自身でしたが、どうにも抑え切れませんでした。わたしはげらげら笑い出してしまいました。
巨大な宮殿の中を通るうちに、どうも小さな人々がわたしを避けているように思えました。ただの思いこみかもしれないし、ブロンズの門を叩いていたのと何か関係があるのかもしれません。でも避けられているのは、まちがいないと感じました。でもわたしは、注意して何の懸念も見せないようにして、かれらを追いかけようとは絶対にしないことにしました。そして一日の終わりには、一人か二人が昔通りにやってくるようになりました。わたしは言語でも多少なりとも進歩をとげ、さらにあちこちで探求を深めました。細かい点が理解できなかっただけかもしれませんが、かれらの言語はとてつもなく単純でした――ほとんど具体名詞と動詞だけしかありません。抽象用語はほとんど、あるいはまったくなく、描写的な言語はほとんど使われません。文はふつうは単純で単語二つしかなく、主張や提案はきわめて単純なものしか伝えることも理解することもできませんでした。タイムマシンとスフィンクスの下のブロンズの戸に関する謎は、なるべく記憶の片隅におしやろうと決意しました。知識が増えれば、自然とそこにまた導かれるだろうと思ったのです。でも到着地点から半径数キロの範囲内にいると、ある種の感情にさいなまれたことはご理解いただけるでしょうか。
わたしの見た限り、世界はすべて、テームズ峡谷と同じすばらしい豊かさを示していました。上ったすべての丘からは、同じように壮大な建物がたくさん見え、そのどれも材質や様式が果てしなく異なり、同じく緑が生い茂り、どこも花咲く木や樹木だらけです。あちこちで水面が銀のように輝き、彼方では土地は青い波打つ丘陵となり、やがて空の美しさにのみこまれていきました。すぐに目を引いた奇妙な特徴として、ある丸い井戸がいくつかあって、かなり深いもののようでした。一つはわたしが初めて歩いた丘の上の小道の横にありました。 他のと同じく、これもブロンズでふちどられ、妙にすり減っていて、小さなキューポラで雨から守られています。こうした井戸の横にすわり、竪穴の暗闇を見下ろしても、水の反射はまったく見られませんし、マッチで明かりをつけても、反射が見えるわけでもありません。でもそのすべてで、ある音が聞こえました。ズンズンズン、というような巨大な動力機関の鼓動のようです。そしてマッチの炎のたなびきかたから、この竪穴にはずっと空気が流入し続けていることがわかりました。さらに紙切れを一つに投げ込んでみると、ひらひらとゆっくり落ちていくかわりに、さっと急速に引き込まれて見えなくなってしまいました。
またしばらくして、わたしはこれらの井戸を、斜面のあちこちに立っている高い塔と結びつけて考えるようになりました。というのもそのてっぺんには、しばしば強い日差しにさらされた砂浜で見られるようなかげろうが見られたからです。いろいろ総合して考えると、複雑な地下換気システムがあるという強い示唆が得られました。その本当の重要性は想像が困難だった。まずはそれを、この人々の衛生装置と関連づけようと思いました。すぐ思いつく結論ですが、圧倒的にまちがっていました。
そしてここで、排水や電話や輸送手段などの利便施設については、この真の未来での期間中にほとんど学べなかったということは白状せねばなりますまい。ユートピアのビジョンや来るべき世界の描写は読んだことがありますが、そこには建物や社会的な仕組みなどについて、莫大な細部が書き込まれています。でもこうした細部は、全世界が想像の中に収まっているときにはすぐにわかるものですが、ここで見いだしたような現実のさなかにいる本物の旅行者には、まるで手の届かないものです。中央アフリカから出てきたばかりの黒人が、ロンドンについて自分の部族にどんな話を持って帰るか想像してみてください! 鉄道会社だの、社会運動だの、電信電話線だの、小包配達会社だの、為替だの等々についてかれに何がわかるでしょうか? でもわれわれは、少なくともそうしたことをかれに喜んで説明してやるべきでしょう! そしてわれわれの知っていることのうちで、この旅慣れぬ友人に理解させる、あるいは信じさせられるのはどの程度でしょうか? そして、いまの時代において黒人と白人の差がいかに小さいかを考えてみてください。そしてわたしとこの黄金時代の間隙がいかに大きいかも! わたしはほとんど目には見えないけれど、わたしの快適さに貢献していた多くのものがあることを感じていました。でも自動化された仕組みがあるという漠然とした印象以外には、その差についてほとんどお伝えできないのではないかと思います。
たとえば葬儀の面では、火葬場や墓を思わせるものはいっさい見つけられませんでした。でも、ひょっとしたら自分が探検した範囲外に墓(または火葬場)があるのかもしれない、と思いつきました。これもまた、意図的に自分に投げかけた疑問で、わたしの好奇心はこの点で完全に敗北したかのようでした。この物体はわたしを不思議がらせ、そこからわたしはさらにある発見を行い、それでさらに不思議さはましました。この人々の中には、高齢者や体の不自由な人々がまったくいなかったのです。
白状しますと、自動化された文明と退廃した人類に関する最初の理論についての自己満足は、長続きしませんでした。でも、それ以外には思いつきませんでした。何が難しかったかご説明しましょう。探検した巨大な宮殿のいくつかはただの生活場所で、大きな食堂と就寝用アパートでした。機械も、装置も、まったく見つかりません。それなのにこれらの人々は快適な布を身にまとっています。これも時には更新が必要でしょう。そしてかれらのサンダルは、装飾こそありませんが、かなり複雑な金属細工の成果でした。こうしたものがどうにかして作られなければならないはずです。でもこの小さな人々は、創造性のかけらも見せません。店もなく、工房もなく、お互いの交易の様子すらうかがえません。みんなひたすら穏やかに遊んで時間を過ごすばかり。川で水浴びしたり、遊び半分に愛を交わしたり、果物を食べて眠ったり。どうやって物事が運営されているのか、さっぱりわかりませんでした。
そして再び、タイムマシンのことがあります。正体はわかりませんが、何かがそれを白いスフィンクスの空洞の台座に運び込みました。なぜでしょう。どう考えても想像つきません。あの水のない井戸も、あのかげろうを発する円筒も。ヒントが欠けているように思いました。感じたのは――どう言ったらいいでしょうか。たとえば何か書き付けを発見して、ここそこでごく普通の立派な英語で文章が書かれているのに、その間に単語や、ひょっとして文字すら、まったく見たこともないようなものが混じっている、という感じでしょうか。とにかく訪問の三日目には、80万2千701年の世界はわたしにはそう見えたのです!
またその日は、一種の――友だちもできました。たまたま、浅瀬で水浴びをしているこうした小さな人々を見ていると、一人が足をつらせて、下流に漂いはじめたのです。本流はかなり急でしたが、そこそこの泳ぎ手でもそんなに強いとは感じなかったでしょう。ですから、目の前で溺れている弱々しく泣き叫ぶ者をだれもまるで助けようとしなかったというのは、これらの生き物に見られる奇妙な欠陥について何事かを物語るものでしょう。これに気がついて、急いで服を脱ぎ捨て、もっと下流の地点で水に入ると、可哀想なやつをつかまえて、彼女を安全な陸地へと引き戻しました。手足をちょっとさすってやると、すぐに息をふきかえし、彼女をあとにしたときにはもう大丈夫だというのがわかって、わたしは満足でした。彼女の種族について実に低い評価しかしていなかったので、感謝はまったく期待していませんでした。でもこの点でわたしはまちがっていました。
これが起きたのは朝でした。午後に探検から自分のセンターに戻りかけていたとき、あの小さな女性だと思われる女性にでくわし、そして彼女は喜びの声をあげてわたしを迎え、大きな花束を差し出しました――明らかにわたし一人だけのために作られたものです。それはわたしの想像力に訴えかけるものでした。たぶん寂しい気持ちがあったせいものあるのでしょう。いずれにしても、その贈り物がうれしいことを精一杯伝えました。やがてわれわれは小さな石のあずまやに並んで腰掛け、もっぱら微笑みあいから成る会話に没頭しました。この生き物の人なつっこさは、まさに子供と同じような形でわたしに影響しました。お互いに花をやりとりして、彼女がわたしの手にキスをしました。わたしも同じことを彼女の手にしました。それから話そうとして、彼女の名前がウィーナということを知りました。これは、意味はわかりませんでしたが、なぜか彼女にふさわしいように思いました。これが奇妙な友情の発端でした。一週間続いて、そして終わりは――これからお話しします!
彼女はまさに子供のようでした。いつもわたしと一緒にいたがります。どこにでもついてこようとして、次に出かけてうろつく探索行にでかけたときには、彼女を疲れ果てさせ、ついには疲れ切っていささか悲しげにわたしの後から叫ぶまま後に残していくのは、胸が痛みました。でも世界の問題は理解しなくてはなりません。未来にやってきたのは、些末な恋愛ごっこのためじゃないんだ、とわたしは自分に言い聞かせました。でも後に残していったときの彼女の悲嘆はすさまじく、別れるときの説得ぶりは時に狂乱の域に達していて、彼女の献身ぶりからは、喜びと同じくらいの困惑を得たものです。それでも彼女は、なぜか実に大きな喜びをもたらしてくれたのです。彼女がわたしにくっついてきたのは、単なる子供じみた愛情のせいだと思っていました。手遅れになるまで、彼女を後にしたときにわたしが彼女にどんな危険をもたらしていたのか、はっきりとは理解できませんでした。手遅れになるまで、自分にとって彼女が何なのかはっきりとは理解できていませんでした。というのも、単にわたしのことを気に入った様子を見せ、弱々しく無意味な形でわたしを気にかけてくれているのを示すうちに、このかわいらしい生き物はまもなく、白いスフィンクスのあたりに戻ってくるのが帰宅に等しいような気分を作り出してくれたのです。そして丘を越えると同時に、わたしは彼女の白と金色の小さな姿を探すようになりました。
世界から恐怖が消えたわけではないというのを学んだのも、彼女からでした。彼女は昼間は恐れ知らずでしたし、実に不思議なことに、わたしをえらく信用していました。一度、ちょっとふざけて彼女に脅かすようなそぶりをしてみせたのですが、笑い飛ばされただけでした。でも彼女は闇を恐れ、影を恐れ、黒いものを恐れていました。唯一彼女にとって恐ろしいものは、暗闇でした。それはずばぬけて情熱的な感情であり、わたしはそれでずいぶん考え込み、さらに観察を重ねました。そして、いろいろ発見したことの一つとして、こうした人々が日暮れ以降は大きな家に集まっていて、群れて眠るということがありました。明かりを持たずにこうした家に入ると、かれらは不安がって大騒ぎします。一人として日が暮れてからは外に出ず、屋外で一人で眠る者もいません。でも、わたしは頭がかたすぎて、その恐怖が教えてくれるものに気がつかず、そしてウィーナのおびえにもかかわらず、わたしはこの大群の眠りから離れて眠ることにこだわったのでした。
彼女は大いに困惑しましたが、最終的にはわたしに対する奇妙な好意が勝利をおさめ、われわれが知己を得た五晩、最後の夜も含め、彼女はわたしの腕を枕にして眠りました。が、彼女の話をするとつい話がそれます。彼女の救出の前の晩だったはずですが、夜明け頃に目が覚めました。溺れて、イソギンチャクがその柔らかい触手で顔をなでまわしているという実に不快な夢を見ていてうなされていました。びくっとして目を覚ましましたが、なにやら灰色がかった動物がたった今部屋から飛び出していったという奇妙な印象が残ったのです。もう一度眠ろうとしましたが、落ち着かず不愉快な感じでした。物事がちょうど闇からゆっくり抜け出そうとする、薄暗い灰色の時間で、何もかも色彩を欠いて明瞭で、それなのに非現実的に見えるのです。起きあがり、大広間に入り、さらにそこを出て宮殿の前の旗台に出たのです。そこで用を足すとともに、日の出を見ようと思いました。
月が沈もうとしていて、消えゆく月光と夜明けの最初の明かりが混じって、不気味な薄明かりとなっていました。茂みはインキのように真っ黒で、地面は重々しい灰色、空は無色で陰気です。そして斜面の上のほうに、幽霊が見えたような気がしました。斜面を見渡すたびに、そこに何度か白い姿が見えたのです。二度は白いサルのような生き物がいささか素早く丘を駆け上っているのが見えたような気がしたし、一度は廃墟の近くで、それが三人一組でなにやら黒っぽい物体を運んでいるのが見えました。動きは素早く、それがどこへ向かったのかはわかりませんでした。茂みの間に消え失せたようです。夜明けはまだ明瞭ではなかったことをご理解ください。ちょうどみなさんもご承知かもしれない、あの寒い自信のない早朝の雰囲気を感じていたのです。自分の目が信用できませんでした。
東の空が白むにつれ、昼の光が強まって、その鮮やかな彩色が再び世界の上に戻ってくるにつれて、わたしは風景の中を熱心に探し回りました。でも、あの白い人影は影も形もありません。あれは単に、おぼろな光の生き物だったのかもしれません。「幽霊だったんだろう。いつ死んだんだろうか」とわたしは口に出しました。というのも、グラント・アレンの奇妙な発想がふと思い浮かび、おもしろいなと思ったのです。各世代が死んで幽霊を残すなら、世界はやがて幽霊過密になってしまうだろう、とかれは論じました。その理論にしたがえば、80万年ほど後では幽霊は文字通り無数になっていたでしょうし、だから4匹一度に見たところで何の不思議もありません。でもその冗談は満足のいかないもので、わたしは朝の間ずっとあの姿のことを考えていたのですが、そこでウィーナが救いにあらわれて、それを頭から追い払ってくれました。わたしはそれを、初めて熱心にタイムマシンを探したときに脅かした、あの白い動物となぜかしら結びつけていたのです。でも、ウィーナの方が考えるには気分がよかった。とはいえ、それらはやがて、わたしの意識に遥かに恐ろしい形で取り憑くことになるのです。
この黄金時代の天候が、われわれの時代よりずっと暑かったことは申し上げたかと思います。理由はわかりません。太陽が暑くなったのか、地球が太陽に近づいたのか。将来は太陽がどんどん冷却化すると考えるのが通例のようです。でも若きダーウィンのような考察に慣れていない人々は、惑星はいずれ一つずつ母星に落下して戻らなくてはならないのだ、ということを忘れてしまいます。こうした転変地異が起こるにつれて、太陽はエネルギーを更新してまた燃えさかるでしょう。そして、いくつか内側の惑星がこうした運命を迎えたのかもしれません。理由は何であれ、太陽はいまよりもずっと暑かったというのは事実です。
とにかく、とても暑いある朝――たしか四日目だったと思います――眠って食事をする大きな家に近い、巨大な廃墟の中で、熱と陽光から逃れようとしているとき、奇妙なことが起こりました。煉瓦の山を登っているうちに、狭いギャラリーに出たのですが、その端とスライド式の窓が倒れてきた石の山でブロックされています。屋外の明るさに比べて、最初はそこは入るのもはばかられるほど真っ暗に思えました。明るいところから暗いところに変わって、目の前に色のついた点がちらちらしているほどだったので、手探りでその中に入りました。急にわたしは、呪文にかかったように凍り付きました。外の日光を反射して輝く目が二つ、暗闇の中からこちらを見ているのです。
昔ながらの本能的な野獣に対する嫌悪がわき起こりました。手を握りしめると、ぎらつく目玉をしっかりとにらみつけました。背を向けるのはこわかった。そのとき、人類が絶対的な安全の中に暮らしているように思えたことが頭に浮かびました。そして暗闇に対する奇妙な怯えも。多少は自分の恐れを克服して、わたしは一歩進み出て話しかけてみました。その声がきつくて、抑えが効いていなかったことは認めざるを得ません。手をのばすと、何か柔らかいものに触れました。すぐに目は横に飛び退いて、何か白いものが脇をすりぬけていきました。わたしは死ぬほど驚いて振り返り、そして奇妙な小さいサルのような姿が、独特の形で頭を下げ、背後の陽に照らされた空間を駆け抜けるのを目にしたのです。それは花崗岩のかたまりにぶつかって、よろめき、そして一瞬で別の壊れた煉瓦壁の山の下にある、黒い影の中にかき消えてしまいました。
それについてのわたしの印象は、もちろん不完全なものです。でもそれが鈍い白で、奇妙に大きな灰色がかった赤の目をしているのはわかりました。さらに頭と背中にかけて亜麻色の毛もありました。でも申し上げたように、はっきり見て取るにはあまりに素早かった。それが四つ足で走ったのか、前の腕をとても低く下げていただけなのかもわかりませんでした。一瞬ためらってから、わたしはそいつの後を追って二つ目の廃墟の山に入っていきました。最初はそいつを見つけられませんでした。でもその広大な茫漠の中でしばらくするうちに、すでにお話ししたあの丸い井戸のような開口部の一つに出くわしました。これが倒れた柱によって半分閉じています。いきなりひらめきました。あの生き物は、この竪穴の中に消えたんじゃないか? わたしはマッチをともし、見下ろすと、小さな白い動く生き物が見え、そいつが大きな明るい目で、退却しつつもこっちをじっとにらんでいました。実に人間グモのようでした! そいつはかべをはい降りつつあって、いまや初めてその竪穴に金属の足場がたくさんついていて、そこを降りるはしご代わりとなっているのがわかりました。そのときマッチの火が指を焼き、手から落ちて、落下するうちに消えてしまい。そしてもう一本マッチを擦る頃には、小さな怪物は消えていました。
その井戸の中を、どれほどのぞきこんでいたのかはわかりません。自分が見たものが人間だったと言うことを自分に納得させるのに成功するまで、かなりの時間がかかりました。でもやがて、真実が見えてきました。人類は一つの種のままではなく、二種類のちがった動物へと差別化していったのです。地上世界の我が優雅な子どもたちは、われわれの世代の唯一の子孫ではなく、わたしの目の前を駆け抜けた、あの漂白されて醜悪な夜行性の代物も、この時代を通じてずっと子孫だったのだ、と悟ったのです。
わたしはちらつく小塔と、自分の地下換気理論のことを考えました。かれらの真の意義がわかってきたのです。そしてこのレムールは、完全にバランスのとれた組織という我が図式の中で何をしていたのでしょうか? 美しい地上世界人たちの怠惰な静穏とどう関係しているのだろう? そしてあの縦穴の底、地下には何が隠されているのだろう? わたしは井戸のふちにすわって自分に言い聞かせました。とにかく何も恐れることはないのだ、と。そして我が困難の解決のためには、あそこに下って行かなくてはならないのだ、と。 そしてそれにもかかわらず、わたしはそこに行くのが心底怖かった! ためらううちに、美しい地上世界の人々が二人走ってきて、日光の中を影から影へと走る、かれらの優雅なスポーツをやっていました。男が女を追いかけ、走りながら花を投げつけています。
かれらは、ひっくり返った塔に腕をかけて井戸をのぞいているわたしを見つけて、おびえたようでした。どうやらこうした装置について言及するのはよくないことと思われていたようです。というのも、これを指さして、かれらの言語でそれについての質問をしようとすると、かれらはいっそうおびえて、背中を向けてしまいました。でもマッチには興味を持ったようで、かれらを楽しませるために何本か擦ってやりました。井戸についてもう一度きいてみましたが、また失敗です。そこで、じきにかれらを後にして、ウィーナのところに帰ろうと思いました。彼女なら何か教えてくれるかもしれません。でも頭の中はすでに大混乱していました。憶測や印象が揺れ動いては変動し、新しいところにおさまろうとしていたのです。いまやこうした井戸や換気塔、そして幽霊たちの謎についてヒントが得られました。そしてもちろん、ブロンズの門の意義やタイムマシンの行方について