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Robert Todd Carroll

SkepDic 日本語版
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聖痕
stigmata

手足や、ときには脇腹や頭に、キリストが磔刑で受けた傷を再現するような傷が現れること。

聖痕は、フィリピンで13日の金曜日のたびにおこなわれている磔刑の再現パフォーマンスと混同すべきではない。

聖フランシス・アッジシ(1182-1226)はキリストの人生を模倣しようと没頭したのだが、明らかに自ら傷を負って、聖痕を使った最初の詐欺をおこなった。それ以来、何百人もが聖痕で人々をペテンにかけた。その中にはスペインのマグダレーナ・デ・ラ・クルーズ(1487-1560、彼女は重病にかかって、詐欺行為を認めた)やババリアのテレーゼ・ノイマン(1898-1962)がいる。テレーゼは毎朝聖餐の``パン''を大量に食べるだけで35年間生きていたといわれている。最近の聖痕はジェームズ・ブルース神父のもので、彼はキリストの傷だけでなく、彼の前では涙を流す彫像も持っている。これは1992年に、不思議なことがよく起きるワシントン特別区の郊外での出来事である。いうまでもなく、彼は教会をたたむはめになった。彼は今、バージニア州の片隅で小さな教会を経営している。そこでは奇跡は起きていない。

自傷行動は、ある種の脳疾患を抱える人々にはよく見られることだが、傷を奇跡だと主張するのはまれだし、病疾患よりはむしろ、過剰な宗教嗜好に原因がある。もっとも、両者が複合的に現れる事例もいくつかある。

傷は病んだ魂によって引き起こされた心身疾患だと主張するものもいるが、こうした主張は傷をペテンだとする説ほどは説得力がない。聖痕が心身疾患ではなく自傷行動によるものだと信じる主な理由は2つある。一つは、今までなされた聖痕の主張のうち、最初から終りまで誰か他人がいるところで生じた例がひとつもないことである。血を流しはじめることができるのは、誰も見ていないところでだけなのである。(これには明らかな例外が1例ある)そしてもう一つは、``奇跡について''でヒュームが用いた原則である。これは奇跡が起きたという主張を聞いたとき、私たちはその奇跡が起きたと信じるだろうか、それとも私たちは騙されているだけだと考えるだろうか?2つの奇跡のうち、ありがちで蓋然性の高い方を選択して、今見ているのは奇跡などではなく、くだらないペテンなのだと結論づけるには合理性が必要だ。記録されているおよそ32例の聖痕は、ローマカトリックのものであり、そのうち4例をのぞけば、すべて女性だ。磔刑にされたイエスが西洋でキリスト教の標準イコンとなったのだ13世紀だが*、それ以前には聖痕が発生したとされる事例は存在しない。奇跡的でない説明をおこなうには、合理性が必要なのだ。

関連する項目:奇跡 (miracles)



参考文献

読者のコメント

Nickell, Joe. Looking For A Miracle: Weeping Icons, Relics, Stigmata, Visions and Healing Cures (Prometheus Books: Buffalo, N.Y., 1993). $21.67

"Miraculous" Phenomena, by Joe Nickell, in The Encyclopedia of the Paranormal edited by Gordon Stein (Buffalo, N.Y.: Prometheus Books, 1996). $104.95

Wilson, Ian. The Bleeding Mind: An Investigtion into the Mysterious Phenomenaon of Stigmata (London: Weidenfeld and Nicholson, 1988).

Copyright 1998
Robert Todd Carroll
Last Updated 04/22/00
日本語化 05/18/00

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