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Robert Todd Carroll

SkepDic 日本語版
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風水
feng shui

風水(中国語読みでは“phong schway”)は古代中国の自然哲学の一部である。風水は地勢から託宣を得る土占いの1種とされることが多いが、おもに自然と私たち人との関係を理解して、環境と調和して生きることに主眼を置いている。

風水では、自然に逆らうのではなく、むしろ自然と共存する方が人と環境双方にとって益となるという、たいへん道理にかなった概念と結びついている。また同時に、私たちの生命は私たちの置かれた肉体的・情緒的環境によって深い影響を受けているという、これまた賢明な概念とも結びついている。もし死や軽蔑や、雑音やさまざまな醜悪な存在など、生命と自然に対する無関心を意味するシンボルに囲まれて生きるなら、私たちはその過程で自滅してしまうのだとされる。もし美や気品、善行、共感、音楽、その他生命の甘美を表すものに囲まれて生きるなら、私たちはその環境とともに、自らを高めることができるのだとされる。

風水師たちは5つの根源的要素と、と砂(しゃ、気の流れを阻害するエネルギー。気の反対)という2つのエネルギーを知悉しているとされ、形而上学的なエネルギーを検知したり、それらを最適な方向へ導いたりすることができるといわれている。風水は、ある意味では建築界の鍼治療となっている:風水の魔導師や魔術師はビルや景観に入っていき、形而上学的なセンサーを働かせて“エネルギー”の流れの善し悪しを探索するのである。こうした雇われ導師たちは、やれ風呂場はどこにすべきだの、やれ玄関はどの方角にすべきだの、鏡はどこに吊るせだの、観葉はどの部屋に置けだの赤い花はどこに置けだの、ベッドの頭の向きはこっちにしろだのと、あれこれ宣言するのだ。彼らはこうしたことがらを、気の流れや電磁場や、その他雇い主が心配するエネルギーにたいする、自分自身の感覚にもとづいて決めている。(もしあなたとあなたの恋人にベッドルームで問題が生じているなら、風水師を呼んでみるといい。あなたは家具をいくつか動かして、ベッドルームの気の流れを整える羽目になるだろう。だが実際にどこをどうすべきかが解るのは、形而上学的センサーを持つ者だけなのだ。)

手っ取り早く言うなら、風水は西洋ではある種のインテリア装飾となっており、現在では風水師とされる人たちはドナルド・トランプといった連中に売り込んで、ドアをどっちに付けるかとか、あれをここに掛けろとかいったことを教えることで、相当な金を儲けているのだ。また風水は、半月と惑星の切り絵から柱に掛ける八角鏡にいたるまで、ニューエイジの形而上学的製品ラインナップの1つとして“エネルギー”詐欺のネタにもなっている。これらはあなたの健康増進の手助けとなり、潜在能力を最大まで引き出し、フォーチュンクッキー哲学の成就を約束してくれるのだ。

インドネシアのストリスノ・ムルティヨソによれば、風水信仰がいまだに根強い国々では、風水は迷信と検証不可能な思いつきのごった煮になっており、大学のカリキュラムでは建築学や都市計画の科学的原理となっているという。ムルティヨソ氏はインドネシア最大の新聞紙上に“インドネシア未来建築の原理原則としての風水信仰”なる記事を大学講師が書いたことについて、私に手紙をくれたのだ。ムルティヨソ氏はこのことにたいへん驚いたそうだ:“もしこれがいわゆる‘超常論者’の投稿だったら、私はこんなに驚いたりはしなかっただろう。だが彼は私の‘同業者’、つまり建築家なのだ...我が国の国民はこんな古代の呪術に束縛されながら、いったいどうやって新千年紀に直面しようというのか、想像することもできない。私たちはいったいどうやって...このテクノジャングルを生き抜いていけばいいのだろうか。”もし私がムルティヨソ氏だったら、私は建築家たちが物理の法則を無視してまで形而上学の原理を信奉しはじめるまでは、心配しないだろう。私たちは今でも、高層ビルの起工式では司祭を招き入れて聖水を撒いてもらったり、祈祷を唱えてもらったりしているのだ。今のところ、私が知る限りこうしたビルが倒壊したりしたことはない。それに、もし迷信深いことが進歩の障害となるのなら、私たちはみんなひげもじゃのご先祖たちのように、今でもサバンナをさまよっていることだろう。



参考文献

Copyright 1998
Robert Todd Carroll
Last Updated 12/13/98
日本語化 04/14/00

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