オズの魔法使い The Wizard of Oz L・フランク・ボーム 著 翻訳: 武田正代 (pokeda@kcb-net.ne.jp ) + 山形浩生 (hiyori13@alum.mit.edu ) テキスト(sjis)版はhttp://www.genpaku.org/oz/wizoz.txt (c) 2003-2006 武田正代+山形浩生 本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可を とったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる 形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁 無断複製」とかいうのはダメだぞ) プロジェクト杉田玄白 正式参加作品。詳細はhttp://www.genpaku.org/を参照 のこと。 ------------------------------------------------------------------------ 目次 第 1 章  竜巻 <#ch1> 第 2 章  マンチキンたちとの会談 <#ch2> 第 3 章  ドロシー、かかしを救う <#ch3> 第 4 章  森をぬける道 <#ch4> 第 5 章  ブリキの木こりを救出 <#ch5> 第 6 章  臆病ライオン <#ch6> 第 7 章  えらいオズへの旅 <#ch7> 第 8 章  おそるべきケシ畑 <#ch8> 第 9 章  野ネズミの女王さま <#ch9> 第 10 章  門の守護兵 <#ch10> 第 11 章  すばらしいオズのエメラルドの都 <#ch11> 第 12 章  邪悪な魔女をさがして <#ch12> 第 13 章  救出 <#ch13> 第 14 章  翼ザルたち <#ch14> 第 15 章  おそろしきオズの正体 <#ch15> 第 16 章  大ペテン師の魔術 <#ch16> 第 17 章  とびたつ気球 <#ch17> 第 18 章  南の国へ <#ch18> 第 19 章  たたかう木に攻撃される <#ch19> 第 20 章  優美なせとものの国 <#ch20> 第 21 章  ライオン、獣たちの王に <#ch21> 第 22 章  カドリングたちの国 <#ch22> 第 23 章  よい魔女グリンダ、ドロシーの願いをかなえる <#ch23> 第 24 章  おうちに帰る <#ch24> ------------------------------------------------------------------------ 1 竜巻  ドロシーは農夫のヘンリーおじさん、その奥さんのエムおばさんと一緒にカン ザスの大草原の真ん中で暮らしていました。家は、建てるための木材をずっと遠 くから荷馬車で運んで来なければならなかったので、小さなものでした。四つの 壁と、屋根と床が一つずつあって、それで一つの部屋でした。この部屋にはすす けたレンジ、お皿の戸棚とテーブルが一つずつと、三つか四つの椅子とベッドが ありました。ヘンリーおじさんとエムおばさんの大きいベッドが隅に一つ、別の 隅にドロシーの小さなベッドが一つありました。屋根裏部屋も、地下室も(通り 道にあるどんな建物も押しつぶしてしまうほど強い旋風が起きた時、家族が入る ための地面に掘った竜巻用地下室と呼ぶ小さな穴のほかには)ぜんぜんありませ んでした。穴は床の真ん中にある落し戸につながっていて、そこからはしごが小 さな、暗い穴へと降りていました。  ドロシーが戸口に立って見まわすと、どっちを向いても灰色の大草原しか見え ません。見渡す限りの広い平原はどの方角へも空の端まで続き、木の一本、家の 一軒もありませんでした。太陽が耕地をからからにして、小さなひびの入った灰 色の土地にしてしまいました。草でさえ緑色ではありませんでした。太陽は他の どこでもと同じぐらい灰色になるまで、長い葉の表面を焦がしてしまったので す。いちど家に色を塗っても、太陽がペンキをぶかぶかにして、雨が洗い流して しまい、今では他の何もかもと同じぐらい灰色で退屈になってしまったのでした。  エムおばさんがそこに来て住み始めた時、おばさんは若くてきれいな奥さんで した。そのおばさんも、太陽と風が変えてしまいました。おばさんの目から輝き を奪って、地味な灰色にしてしまいました。おばさんの頬と唇から赤みを奪い、 それも灰色にしてしまいました。おばさんは細くやつれて、今では決して笑わな いのでした。孤児だったドロシーがおばさんのところに初めて来た時、エムおば さんは子供の笑い声にとてもびっくりして、ドロシーの明るい声が耳に届く度に キャッと叫んで胸の上に手を押し付けたものでした。それでもまだおばさんは、 何か笑うようなことを見つけられた小さな女の子を不思議そうに見つめたのでした。  ヘンリーおじさんは決して笑いませんでした。朝から晩まで懸命に働いて、喜 びが何なのかを知りませんでした。おじさんも長い髭から粗いブーツの先まで灰 色で、頑固でまじめくさった顔をして、めったにしゃべりませんでした。  ドロシーを笑わせて、まわりと同じ様な灰色になるところを救ってくれたのは トトでした。トトは灰色ではありませんでした。トトは小さな黒い犬で、毛はつ やつやで長く、ひょうきんでちっちゃい鼻の両側に小さな黒い目が陽気にきらめ いていました。トトは一日中遊び、ドロシーも一緒に遊んでトトをとても可愛が りました。  でも今日は、遊んではいませんでした。ヘンリーおじさんは戸口の段に座っ て、いつも以上に灰色な空を心配そうに眺めていました。ドロシーもトトを抱い て戸口に立ち、空を眺めました。エムおばさんはお皿を洗っていました。遥か北 の彼方から風が低くむせぶ音が聞こえ、ドロシーとヘンリーおじさんには長い草 が嵐を前に波打っていたのが見えました。今度は鋭い風がヒューヒューと南から きて、目をそちらに向ければ、草原のさざなみがその方角からもきているのが見 えたのです。  ヘンリーおじさんは突然、立ちあがりました。 「竜巻が来るぞ、エム」おじさんはおばさんに言いました。「家畜を見てく る。」そうしておじさんは牛と馬を飼っていた小屋へ走って行きました。おばさ んは仕事をやめて戸口に来ました。おばさんはひと目で危険が迫っていると知り ました。 「ドロシー、早く!」おばさんは叫びました。「地下室へ走りなさい!」  トトがドロシーの腕から飛び出てベッドの下に隠れてしまったので、ドロシー はトトを捕まえようとしました。ひどく怯えたエムおばさんは、床の落し戸を振 り上げて、小さな暗い穴の中へ梯子を降りていってしまいました。ドロシーは やっとトトを捕まえて、おばさんの後をついて行こうとしました。ドロシーが部 屋の半ばまで横切った時、風の甲高い音が聞こえ、家が激しく揺れたのでドロ シーは足場をなくして、急に床の上に座り込んでしまいました。  そして奇妙なことが起こりました。  家は二、三度ぐるぐる回ってゆっくりと宙に昇ってゆきました。ドロシーは風 船の中で昇っていっているような感じがしました。  家が立っているところで北と南の風がぶつかって、竜巻のちょうど真ん中に なってしまいました。ふつう竜巻の真ん中の空は静かなのだけれど、風が強い圧 力で家を取り巻いて、どんどん高く、竜巻のてっぺんまで持ち上げたのです。家 はそのまま、まるで羽毛を飛ばすぐらいすんなりと、ずっとはるか遠くに運ばれ てしまいました。  とても暗くて、ドロシーの周りでは恐ろしく風がうなっていました。でもドロ シーは、かなり安々と乗っかっていたことに気付きました。初めに家が何度か旋 回した後に、もう一度ひどく傾いた時、ドロシーはゆりかごの中の赤ん坊みたい に優しく揺られているように感じました。  トトはこれが嫌でした。うるさくほえながら、部屋中あっちこっち走りまわり ました。でもドロシーは床にじっと座って、成り行きを見守っていました。  一度、トトが開いた落し戸に近づきすぎて中に落ちてしまった時、最初少女は トトを失ってしまったと思いました。でもすぐに、トトの片方の耳が穴の中から 突き出ているのが見えました。空気の圧力がトトを持ち上げていて、落ちなかっ たのです。ドロシーは穴まで這っていって、トトの耳をつかんで部屋の中に引き ずり戻しました。その後で、もう事故が起こらないように落し戸を閉じました。  何時間も経って、ドロシーはゆっくりと恐れを乗り越えました。でもとても寂 しかったのでした。風が周りでとてもうるさい金切り声を上げたので、ドロシー はほとんど耳が聞こえなくなったくらいです。最初ドロシーは家が落ちたらこっ ぱみじんにされてしまうんじゃないかと思いました。でも何も恐ろしいことが起 こらずに何時間か過ぎたので、ドロシーは心配するのを止めて、落ち着いて何か が起こるのを待とうと決めました。ついにドロシーは揺れる床を自分のベッドま で這ってゆき、その上に横になりました。そしてトトも続いてドロシーのそばに 横たわりました。  家が揺れ、風はむせび泣いていたのに、ドロシーはすぐに目を閉じてぐっすり と眠入ったのでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 2 マンチキンたちとの会談  ドロシーは震動で起こされました。とても突然で激しかったので、もし柔らか いベッドの上に寝ていなかったら、けがをしていたかもしれないほどです。そん なふうでしたから、ドロシーはその衝撃に息をのんで、何が起こったのだろうと 思いました。トトは冷たい小さな鼻をドロシーの顔におしつけて、クンクンと情 けなく鳴きました。ドロシーは起きなおって、家が動いていないことに気づきま した。暗くもありませんでした。明るい太陽の光が窓から入ってきて、小さな部 屋に満ちていたのです。ドロシーはベッドから飛び出て、トトをすぐ後ろに続か せて走り、戸を開けました。  少女は驚きの叫び声をあげてあたりを見渡し、その素晴らしい景色を見た目は 大きく、大きくなりました。 とてつもなく美しい土地の真ん中に、竜巻はとても静かに(竜巻にしては、です が)家を降ろしました。立派な木々が濃厚で甘美な果実をたわわに実らせてい る、美しい芝生の区画がそこらじゅうに広がっていました。四方八方には見事な 花々の土手があり、鮮やかで珍しい羽根の鳥たちは木々や茂みの間をはためき舞 い、歌をうたっていました。少し離れた所には、緑の土手の間に沿って小川がサ ラサラときらめき流れ、乾いた灰色の大草原に長いこと住んでいた少女にはとて も心地よく響いたのでした。  ドロシーは珍しくてきれいな光景に目をみはって立っていると、今までに見た こともないような奇妙な人々の一団がドロシーの方にやってくるのに気づきまし た。彼らはドロシーがいつも見馴れていた大人達ほど大きくはなかったけれど、 とても小さいというほどでもありませんでした。実際、年のわりには大きいドロ シーと同じくらいの背の高さなのに、見た目は何歳も年上のようでした。 みんな奇妙な恰好をしていて、三人が男の人で一人は女の人でした。三十センチ ぐらいの高さのとんがり帽をかぶっていて、動くたびにつばの周りの小さな鈴が かわいらしく鳴るのでした。男の人の帽子は青で、小さな女の人の帽子は白でし た。女の人は白いガウンを、ひだをつけて肩から羽織っていました。ガウンには 小さな星がまき散らしてあって、太陽の光のなかでダイヤモンドのようにきらめ きました。男の人たちは帽子と同じ色合いの青い服を着て、ぴかぴかに磨いた ブーツは上のほうの深い折り返しが青色でした。そのうち二人はひげをはやして いたので、男の人たちはヘンリーおじさんと同じくらいの年なのだとドロシーは 思いました。でも小さな女の人は間違いなく、もっと年上でした。顔はしわだら けで髪はほとんど白く、ずいぶんぎこちなく歩いていました。  彼らはドロシーが戸口に立っている家に近づくと、立ち止まって内緒ばなしを して、まるでこれ以上近づくのをためらうようでした。でも小さなお婆さんはド ロシーの所までやって来ると、深くおじぎをして優しい声で言いました。 「ようこそマンチキンの国へ、気高い魔術師さま。あなたが東の邪悪な魔女を殺 してくれたので、人々は魔女の隷属から解放され、たいへん感謝しています」  ドロシーはこのあいさつを不思議に思いながら聞きました。いったいぜんたい ドロシーが魔術師だなんて、それに東の邪悪な魔女を殺したですって、この小さ な女の人は何を言っているのでしょう。ドロシーはずっと遠くの故郷から竜巻で 運ばれてきた、純真で無邪気な少女で、今まで決してなにも殺したことはありま せん。  どうやら小さな女の人はドロシーの返事を待っているようでしたので、ドロ シーはためらいがちに言いました。 「ご親切にありがとう。でもきっと何か誤解されてます。あたしは何も殺してま せん」 「とはいえ、あなたの家が、殺したのですよ」小さなお婆さんは笑いながら言い ました。「だから同じことでしょう、ほら、」家の角を指さして、続けて言いま した。「つま先がまだ木材の下から突き出てますよ」  ドロシーは見ると、ぎょっとして小さく叫び声をあげました。本当に、家を支 える大きな横材の角の下から、銀色のつま先がとがった靴を履いた足が二本、突 き出ていました。 「あら! まあ、まあ!」ドロシーはおろおろして両手をにぎりしめ、言いまし た。「家がこの人の上に落ちちゃったんだわ。どうしましょう」 「どうしようもないわ」小さな女の人は、落ち着きはらって言いました。 「でも、この人は誰なの?」ドロシーは聞きました。 「東の邪悪な魔女ですよ。さっき言った通り、」小さな女の人は答えました。 「彼女は何年もマンチキンたちをしばりつけて、奴隷にして朝から晩まで働かせ ていたのよ。今ではみんな自由になって、あなたの親切に感謝しているの」 「マンチキンって?」 「東の邪悪な魔女が支配していた、この東の国に住む人たちのことよ」 「あなたはマンチキン?」ドロシーは尋ねました。 「いいえ、でも彼らの味方よ、私は北の国に住んでいるのだけどね。マンチキン たちは東の魔女が死んだとみると、私に急ぎの使いをよこしてきて、それで私が すぐにやって来たの。私は北の魔女よ」 「まあ、すごい!」ドロシーは叫びました。「あなた本物の魔女?」 「ええ、そうよ」小さな女の人は答えました。「でも私はみんなから好かれる、 いい魔女よ。ここを支配していた東の魔女ほどの力はないけれど。そうじゃな かったら、自分で彼らを自由にしてあげていたわ」 「でも、魔女はみんな悪い人だと思ってたわ」少女は本物の魔女に向かっていた ので、なかば恐がって言いました。 「まあ、それは大きな間違いだわ。オズの世界の魔女は四人だけで、北と南に住 む二人はいい魔女なのよ。これは本当よ、私がその一人なんだから間違いない わ。本当に邪悪なのは、東と西に住む魔女よ。でも今あなたが一人殺したから、 オズの世界の邪悪な魔女は西の魔女一人だけになったわ」 「でも」ちょっと考えてから、ドロシーは言いました。「エムおばさんは、魔女 はみんなずっとむかしに死んだって言ってたわ」 「エムおばさん?」小さなお婆さんは尋ねました。 「カンザスに住んでいるあたしのおばさんよ。そこから来たの」  北の魔女は少しの間、考えているようでした。顔をうつむかせて、目は地面を 見つめていました。そして顔を上げると、言いました。 「どこにあるのかも知らないわ、カンザスなんて今まで聞いたこともないからね え。でも、ひとつ教えて。それは文明の進んだ国なのかしら?」 「ええ、そうよ」ドロシーは答えました。 「それで説明がつくわね。文明化された国にはもう魔女はいないと思うわ。魔法 使いも、魔術師も、奇術師もいないのよ。でもね、オズの国はいちどだって文明 化されたことなんてないでしょう、他の世界からは切り離されているのだもの。 だからここにはまだ魔女や魔法使いがいるのよ」 「魔法使いは誰なの?」 「オズその人です、えらい魔法使いですよ」声をひそめながら、魔女は答えまし た。「オズは私たちみんなが束になってもかなわない力をお持ちなのよ。エメラ ルドの都に住んでいらっしゃるの」  ドロシーがもうひとつ質問をしようとした時、静かにそばに立っていたマンチ キンたちが大きな叫び声をあげて、邪悪な魔女が倒れていた家の角を指差しました。 「どうしたの?」小さなお婆さんは聞きました。そして目を向けると、笑いだし ました。死んだ魔女の足は全部消えて、銀の靴だけが残っていました。 「だいぶ年寄りだったから、」北の魔女は説明しました。「太陽ですぐにひから びちゃったのよ。もうこの人もおしまいよね。これで銀の靴はもうあなたのもの よ、あなたが履くべきだわ」そして手を伸ばして靴を拾いあげ、ほこりを払って ドロシーにわたしました。 「東の魔女はこの靴がご自慢でした」マンチキンの一人が言いました。「何か魔 法がかかっているのです。それが何なのか、私たちには分からずじまいでしたが」 ドロシーはその靴を家の中へ持って入り、テーブルの上に置きました。そしてマ ンチキンたちの所へもどってくると、言いました。 「あたし、どうしてもおばさんとおじさんの所へ戻りたいの。心配しているに違 いないわ。どうやったら帰れるのかしら」 魔女とマンチキンたちはお互いの顔を見合わせ、ドロシーの顔を見て、首を振り ました。 「東の方には、」一人が言いました。「ここからそう遠くない所に広い砂漠が あって、誰も生きては通れませんよ」 「南も同じ、」もう一人が言いました。「そこに行ってこの目で見てきたもので ね。南はカドリングたちの国ですよ」 「聞くところによると、」三人目が言いました。「それは西も同じようです。 ウィンキーたちが住む国は、邪悪な西の魔女に支配されていて、そこを通り過ぎ ようものなら、奴隷にされてしまうということですよ」 「北は私の故郷よ」お婆さんは言いました。「そのはずれにもやっぱり砂漠が あって、このオズの世界を取り囲んでいるのよ。かわいそうだけど、私たちと一 緒に暮らすしかないようだわね」  ドロシーはこれを聞いて、すすり泣きだしました。こんな見知らぬ人たちのな かで、一人ぼっちに思えたのです。ドロシーの涙は、優しい気だてのマンチキン たちを悲しませたようです。彼らもすぐにハンカチを取り出し、泣きはじめまし た。小さなお婆さんのほうは、おごそかな声で「いち、にの、さん」とかぞえな がら、帽子を脱いでてっぺんを鼻の先に上手にのせました。帽子はあっという間 に黒板になって、白いチョ―クでこう書かれていました。 「ドロシーをエメラルドの都へ」  小さなお婆さんは鼻から黒板をとって読むと、聞きました。 「あなたの名前はドロシーというの?」 「はい」ドロシーは涙をふきながら顔を上げて答えました。 「ではあなたはエメラルドの都へ行かなくては。もしかすると、オズが助けてく ださるかもしれないわ」 「それはどこにあるの?」ドロシーは聞きました。 「この世界のちょうど真ん中にあって、あなたに話した、えらい魔法使いのオズ に支配されているのよ」 「オズはいい人なんですか?」ドロシーは心配そうに、たずねました。 「いい魔法使いよ。人なのかどうか、私は会ったことがないからわからないけれど」 「どうやったらそこへ行けるの?」ドロシーは聞きました。 「歩かなくてはいけないわね。ときには楽しく、ときには暗くて恐ろしい所も通 る、長い旅になるわ。でも、私の知る限りの魔法を使って、あなたを守ってあげ ましょう」 「一緒にきてくれませんか?」小さなお婆さんをただ一人の友達だと思いはじめ た少女は、お願いしました。 「それはできないわ」魔女は答えました。「でもあなたにキスをしてあげましょ う。北の魔女からキスを受けた人には、だれも手出しできないのよ」  魔女はドロシーに近づいて、額に優しくキスをしました。ドロシーはすぐ後で 気づいたのですが、魔女の唇がふれた所には、丸く光る跡が残っていました。 「エメラルドの都への道は、黄色いレンガが敷かれているから、」魔女は言いま した。「道を見失うことはないわ。オズのところに着いたら、怖がらずに事情を 話して、助けてもらうようにお願いなさい。さようなら、おじょうさん」  三人のマンチキンはドロシーに深くおじぎをして、よい旅になりますようにと あいさつしたあと、木々の間をぬけて歩いていってしまいました。魔女はドロ シーに優しげに小さくうなずき、左足のかかとを立てて、三回ぐるぐるっと回る と、あっという間に姿を消してしまいました。これにはトトがびっくりして、魔 女が消えたあとに向かってうるさく吠えました。というのも、魔女がいたときは 恐くて吠える事さえできなかったのです。  でもドロシーはお婆さんが魔女だと知っていましたし、魔女はそういうふうに 消えるものだと思っていたので、ちっともおどろきませんでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 3 ドロシー、かかしを救う  ひとりきりで取り残されると、ドロシーはおなかがすいてきました。そこで食 器棚のところへいって、パンを何枚か切り、バターを塗りました。それを少しト トにもあげると、棚からバケツをとって、小さな小川におりると輝くきれいな水 で満たしました。トトは木々のほうに駆けだして、そこにとまった鳥たちに吠え だしました。ドロシーはトトをつかまえにいきましたが、木の枝から実においし そうな果物がぶら下がっていたのでいくつか取りました。ちょうど朝ご飯の材料 に好都合だったからです。  それから家に戻り、トトといっしょに冷たいきれいな水をのんでから、エメラ ルドの都に向けて旅のしたくを整えはじめました。  ドロシーは他に一着しか服をもっていませんでしたが、それがちょうど洗濯し たてで、ベッドの横の釘にかかっていました。青と白のチェック模様のギンガム で、青は洗濯を重ねるうちにちょっとあせていましたが、それでもきれいなワン ピースです。ドロシーは念入りに顔を洗うと、きれいなギンガムを着て、ピンク の日よけボンネットをかぶってひもをゆわえました。小さなバスケットを取る と、食器棚のパンを詰め、そのてっぺんに白い布をかぶせます。それから足下を 見て、自分のくつがとても古くてボロボロなのに気がつきました。  「どう考えても長旅ではもたないわねえ、トト」とドロシーは言いました。ト トもその小さな黒い目でドロシーの顔を見上げ、尻尾をふっておっしゃるとおり ですという意味を伝えました。  そのときテーブルの上に、東の魔女のものだった銀のくつが置いてあるのが目 に入りました。 「あたしにあうかしら」とドロシーはトトに言いました。「長いこと歩くには ちょうどいいもの、だってすり減ったりしないから」  そこで古い革靴をぬいで銀のくつをはいてみると、あつらえたようにぴったり です。  最後に、ドロシーはバスケットを手に取りました。  「いらっしゃいな、トト。エメラルドの都にいって、どうすればカンザスにも どれるかをえらいオズにききましょう」  ドアを閉じて鍵をかけると、気をつけて鍵をドレスのポケットにしまいまし た。そして落ち着き払ってトコトコとついてくるトトをしたがえて、ドロシーは 旅に出たのです。  近くには道が何本かありましたが、黄色いれんが敷きの道はほどなく見つかり ました。じきにドロシーは元気よくエメラルドの都に向かって歩き、銀の靴は硬 い黄色い路面にあたって陽気にカタカタと鳴っています。いきなり自分の国から 連れ去られて、見知らぬ国の真ん中に置き去りにされた女の子ならずいぶんとこ わいだろうとお思いでしょうが、太陽はまばゆく鳥の声は甘く、ドロシーはちっ ともこわい気がしないのでした。  歩きながら、まわりの国がとてもきれいなのでドロシーは驚きました。道の両 脇にはきちんとした柵があって、きっちり青く塗られており、その向こうには穀 物や野菜の畑がたっぷりと広がっています。マンチキンたちはまちがいなくよい お百姓さんで、たくさん作物を作れたのでした。ときどき家の横を通ると、人が 出てきてドロシーたちを眺め、通り過ぎる彼女に深々とおじぎをします。という のもみんな、悪い魔女を始末してくびきから解放してくれたのがドロシーだとい うのを知っていたからです。マンチキンたちの家はへんな住まいでした。どれも 丸くて、屋根はおっきなドームになっていたのです。それがみんな青く塗ってあ ります。というのもこの東の国ではみんな青がいちばん好きだったからです。  夜が近くなると、ドロシーは長いこと歩いたので疲れてきて、今夜はどこです ごそうかと思案しはじめました。ちょうどそのとき、他のよりも大きめの家を通 りかかりました。その前の緑の芝生では、男の人や女の人がたくさん踊っていま す。バイオリン弾きが五人、思いっきり大きな音で演奏し、みんな笑っては歌 い、そして近くの大きなテーブルにはおいしそうな果物やナッツ、パイやケーキ などのすてきな食べ物が山積みになっていました。  みんなは親切にドロシーをむかえて、いっしょに晩ご飯を食べて今夜は泊まっ ていきなさいと招待してくれました。というのもこれはこの地でいちばん豊かな マンチキンの一人が住んでいる家で、その友だちが集まって、悪い魔女の支配か らかいほうされたのをお祝いしていたのです。  ドロシーは心づくしの晩ご飯を食べました。給仕をしてくれたのは豊かなマン チキン本人です。名前はボク。そして長いすにすわって、みんなが踊るのをなが めました。 ボクは銀の靴を見てこう言いました。 「あなたはとてもえらい魔女なんですね」 「どうして?」とドロシー。 「銀のくつをはいているし、悪い魔女を殺したからです。それにワンピースにも 白が入っていますね。白い服を着るのは魔女や女魔法使いだけですから」 「あたしのお洋服は青と白のチェックよ」とドロシーは、服のしわをのばしなが ら言いました。 「それを着てくださるとは親切ですね。青はマンチキンの色だし、白は魔女の色 です。だからそれを見ればあなたが親切な魔女なのはわかります」 ドロシーは何と答えていいかわかりませんでした。というのもみんなが自分を魔 女だと思っているようで、でも自分では、竜巻のおかげでたまたま不思議なとこ ろにやってきただけの、ただの女の子なのをよく知っていたからです。 踊りを眺めるのにも飽きると、ボクはドロシーを家の中に案内して、きれいな ベッドのある部屋を使うようにと言ってくれました。シーツは青い布で、ドロ シーは朝までぐっすりと眠り、トトはその横の青いじゅうたんの上で丸まってい ました。 朝ご飯をたっぷり食べ、ちっちゃなマンチキンの赤ちゃんをながめました。赤 ちゃんがトトと遊んでしっぽを引っ張り、声をたてて笑うようすは、ドロシーに はとても楽しいものでした。トトはみんなの好奇心の的です。というのも、みん なこれまで犬を見たことがなかったからです。 「エメラルドの都はどのくらい遠いんですか?」とドロシーはたずねました。  ボクは重々しく答えました。「知りませんなあ。というのもわたしは一度も いったことがないんです。用事がない限り、オズには近づかないにこしたことは ありません。でもエメラルドの都まではずいぶんとありますし、何日もかかりま す。ここの国は豊かで快適ですが、旅を終えるまでには厳しいきけんな場所も通 らなくてはなりませんよ」   これをきいてドロシーはちょっと心配になりましたが、でもカンザスに戻る のを助けてくれるのはえらいオズだけだというのを知っていたので、あともどり はしないぞ、とゆうかんに決意しました。   友人たちにさよならを言うと、また黄色いれんがの道をたどりはじめまし た。何キロか歩いて、ちょっときゅうけいしようと思いましたので、道の脇の柵 にのぼってすわりました。柵の向こうには広いトウモロコシ畑が広がり、すぐそ ばにかかしが高いさおのてっぺんにいて、鳥たちが熟したトウモロコシに近づか ないようにしていました。   ドロシーは手にあごをのっけて、考え深そうにかかしを見つめました。頭は わらをつめた小さな袋で、目や鼻や口を描いて顔にしてあります。どこかのマン チキンの持ち物だった、古い青いトンガリ帽が頭にのっかり、身体の残りも青い 服のひとそろいで、こちらもわらがつまっています。足には、この国の人がみん なはいているトップの青い古いながぐつがはかされていて、背中にさおが差し込 まれて全体がトウモロコシのくきの上に持ち上げられています。   かかしの奇妙な顔の絵を見つめていますと、片目がゆっくりとウィンクした のでドロシーはびっくりしました。最初はなんかのまちがいだろうと思いまし た。というのも、カンザスのかかしはどれもウィンクなんかしなかったからで す。でもこのかかしはやがてゆっくりと、こちらに会釈をしました。そこでドロ シーは柵をおりてかかしに近寄りました。トトはさおのまわりを走り回って吠え ています。 「こんにちは」とかかしはちょっとしゃがれた声で言いました。 「いま、しゃべった?」とドロシーはびっくりして言いました。 「もちろん」とかかしがこたえます。「ごきげんいかが?」 「とても元気です、どうも」とドロシーは礼儀正しくこたえました。「そちらは ごきげんいかが?」 「あまりいい気分じゃないなあ」とかかしはにこにこしながら言いました。「昼 も夜もここのてっぺんでカラスを追い払うのはとっても退屈なんだよ」 「降りられないの?」とドロシー。 「いや、このさおが背中につきささってるから。このさおをぬいてもらえません か? そしたらすごく恩義に感じますよ」 ドロシーは両うでをのばして、かかしをさおからおろしてあげました。わらがつ まっているだけだったので、とても軽かったのです。   かかしは地面におりて言いました。「どうもありがとう。まっさらな人間に なった気分だ」   ドロシーは首をかしげました。というのもつめものをした人がしゃべるのを 耳にするのは変な感じでしたし、それがおじぎをして隣を歩いているとなればな おさらです。   「きみはどなた? どこへいくの?」 「あたしはドロシー。エメラルドの都にいって、えらいオズにカンザスに返して くれるようお願いするの」 「エメラルドの都ってどこにあるの? オズってだれ?」とかかしは追求しました。 「あら、知らないの?」ドロシーはおどろいてききかえします。 「うん、知らないんだよ。ぼくは何にも知らないんだ。だって、わらがつまって るだけだから、脳みそががないだよ」かかしは悲しそうに答えました。 「あら。それは本当におきのどくね」とドロシー。 「きみといっしょにエメラルドの都にいったら、えらいオズは脳みそをくれるか な?」 「わかんないわ。でもいっしょにきてもいいわよ。オズが脳みそをくれなくて も、いまより悪くなるわけじゃないでしょ」 「それもそうだ」とかかしは言いました。そしてないしょばなしをするように続 けます。「いやね、手足や胴体がわらでつまってるのはかまわないんだよ。けが をしないからね。だれかが足を踏んだりピンを刺したりしても、感じないからど うでもいいんだ。でもバカとは呼ばれたくないんだよ。きみみたいに頭に脳みそ が入ってないで、かわりにわらがつまっていたら、ぼくは何にも知ることができ ないでしょう」 「そのきもちはわかるわ」と少女は、本当にかわいそうに思って言いました。 「いっしょにきたら、オズにできるかぎりのことをしてくれるようにお願いして あげる」 「ありがとう」とかかしはうれしそうに言いました。 二人は道のほうに戻り、ドロシーはかかしが柵をこえるのを手伝ってあげて、そ して黄色いれんがの道をたどってエメラルドの都に出発しました。 トトは最初、一行に人が増えたのが気に入りませんでした。つめもの男をクンク ンかぎまわり、わらの中にネズミの巣があるかもしれないぞ、とでもいわんばか りでしたし、こわい感じでうなってみせます。 「トトのことは心配しないで。絶対かまないから」とドロシーは新しい友だちに 言いました。   かかしは答えました。「別にこわくはないよ。わらにきずをつけたりはでき ないし。そのバスケットはぼくが持とう。ぼくはかまわないんだよ、疲れたりで きないから。秘密を教えてあげよう」とかかしは、歩きながら続けます。「この 世でぼくがこわいものはたった一つしかないんだ」 「何なの? あなたを作ったマンチキンのお百姓さん?」とドロシー。 かかしは答えます。「いいや。火のついたマッチだよ」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 4 森をぬける道  何時間かたつと道が悪くなってきて、とても歩きにくくなったので、かかしは しょっちゅう黄色いれんがにつまづくようになりました。れんががここではとて もでこぼこしていたのです。それどころか、割れたりなくなっているところも あって、ぽっかりあいた穴をトトは飛び越えたしドロシーはよけて歩いたのでし た。かかしはというと、脳みそがないのでまっすぐそのまま歩き、穴に足をつっ こんで、固いれんがに思いっきり倒れます。でもそれでけがをしたりはしないの で、ドロシーが抱え上げてまた両足で立たせて、そして二人でかかしのへまぶり を陽気に笑うのでした。   このあたりでは、畑もさっきほどはきちんと手入れがされていません。家も 少なく、果樹も少なく、先に進むにつれてあたりは陰気で寂しくなってきました。   お昼になると、二人は道ばたに腰をおろし、ドロシーはバスケットを開けて パンを取り出しました。一切れかかしに進めましたが、断られました。 「ぼくは決しておなかがすかないんだよ。そしてそれは運がよかった。だってぼ くの口は描いてあるだけだから、食べられるように穴をあけたら中につまったわ らが出てきて、頭の形が台無しになっちゃうだろう」   ドロシーはすぐに、かかしの言う通りなのを理解しましたので、うなずいた だけで自分のパンを食べ続けました。 「きみのことを話してよ、それときみの国のことも」ドロシーが食事を終えると かかしは言いました。そこで、カンザスの話をしてあげました。そこでは何もか も灰色で、竜巻がこの不思議なオズの土地へと自分を運んできたことも。かかし は一心に耳を傾けてこう言いました。 「どうしてきみがこの美しい国を離れて、そのカンザスとかいう乾燥した灰色の 場所に戻りたいのかわかんないな」 「それはあなたに脳みそがないからよ」とドロシーは言いました。「家がどんな に陰気で灰色でも、血と肉でできたあたしたち人間は、他のどんなにきれいなと ころよりもカンザスで暮らしたいのよ。おうちほどすてきな場所はないんだから」   かかしはため息をつきました。 「もちろんぼくにはわからないよ。きみたちの頭もぼくみたいにわらがつまって いたら、たぶんみんな美しいところに住むことになって、カンザスにはだれもい なくなるだろうね。カンザスとしては、きみたちが脳みそを持っていてくれてあ りがたいことだね」 「せっかく休んでいるんだから、あなたもお話をしてくれないかしら?」と子供 は頼みました。   かかしはとがめるようにドロシーを見つめてから答えました。 「ぼくの一生は短すぎるから、ぼくは何一つ知らないんだよ。作られたのはほん のおとといだからね。その前にこの世で何が起きたかは、ぼくはぜんぜん知らな い。運のいいことに、お百姓さんがぼくを作ったときに、真っ先にやったのは耳 を描くことだったんだ。だから何がおきているか聞くことはできた。もう一人別 のマンチキンがいて、真っ先に聞こえたのはお百姓さんのこんなせりふだったん だ。 『この耳はどう思う?』 『ゆがんでるじゃないかよ』ともう一人のマンチキン。   するともう一人が『別にかまわんよ。耳は耳だ』と言ったんだけど、それは その通りだね。 『じゃあこんどは目だ』とお百姓さん。そして右目を描いたんだけど、それが完 成すると同時に、ぼくは大いに好奇心をもって、お百姓さんや身の回りすべての ものを眺めていたんだ。というのも、この世界を見るのはこれが初めてだったか らだよ。 『なかなかきれいな目だな』とお百姓さんの様子をみていたマンチキンが言っ た。『青ペンキは目の色としてはばっちりだ』 『もう片方の目はもっと大きくしよう』と百姓さんは言って、二番目の目ができ たときには、前よりずっとよく見えるようになった。それから鼻と口を描いたん だ。でもぼくはしゃべらなかった。というのも、そのときには口が何のためにあ るか知らなかったんだよ。二人がぼくの身体や腕や脚を作るところを眺めるのは 楽しかったなあ。そして最後に頭をくっつけたときには、とても誇らしい気分 だったよ。自分が他のだれにも負けないいっぱしの人になれたと思ったからね。 『こいつならすぐにカラスどもを脅かしてくれるぞ。人間そっくりじゃないか』 とお百姓さん。 『うん、まさに人間だ』と相手が言って、ぼくもまったく同意見だった。お百姓 さんはぼくを脇に抱えてトウモロコシ畑に連れ出して、高い棒の上にのせたん だ。きみが見つけてくれた場所だよ。それからお百姓さんは友だちとどこかへ 行って、ぼく一人をあとに残していったんだ。   こんな具合に一人にされるのはいやだったので、二人の後を歩いて追いかけ ようとしたけれど、足が地面に届かなくてだめだったので、あのさおの上にいる しかなかった。さびしい人生だったよ、というのも作られたばかりだったから、 何も考えることがなかったし。カラスなんかの鳥がトウモロコシ畑に飛んでき た。でもぼくを見たとたんに、ぼくがマンチキンだと思って飛び去った。これは 嬉しかったよ、自分がなかなか重要人物みたいな気持ちになれたからね。そのう ち年寄りカラスが近くに飛んできて、ぼくを注意深く眺めてから、肩にとまって こう言ったんだ。 『あの百姓は、わしをこんなまぬけなやりかたでだませるつもりだったのかね。 気の利くカラスならだれでも、おまえがわらをつめただけなのはすぐわかる』そ してぼくの足下に飛び降りると、好きなだけトウモロコシを食べた。他の鳥も、 カラスがぼくにやられないのを見て、みんなトウモロコシを食べにきたので、す ぐにぼくのまわりには大きな群れが集まった。   これは悲しかったよ。自分が実はあまりいいカラスじゃないってことだった から。でも年寄りカラスはぼくをなぐさめてくれたんだ。『おまえのおつむに脳 みそさえあれば、他のだれにも負けないくらいのいっぱしの人になれるんだが ね。そうなりゃ一部の連中よりましにさえなるだろうよ。カラスだろうと人だろ うと、この世で持つ価値があるものといったら脳みそだけだよ』   カラスがいなくなると、ぼくはこれをよく考えてみて、なんとかして脳みそ を手に入れようと思ったんだ。運のいいことにきみが通りかかって、棒から引っ 張りおろしてくれたし、きみの話だとえらいオズはエメラルドの都についたらす ぐに脳みそをくれるにちがいない」 「そうだといいわよねえ。そんなに脳みそがほしいんですもんね」とドロシーは 心から言いました。 「うん、ほしくてたまらないんだよ。自分がバカだと思うのはとっても心持ちが 悪いんだ」とかかしは答えます。 「それなら、いきましょう」とドロシーはバスケットをかかしにわたしました。   いまはもう道の両側には柵もなく、土地も荒れて畑になっていませんでし た。夜が近づくと大きな森にやってきました。木がとても大きく密生しているの で、枝だが黄色いれんがの道の上でくっついています。枝だが日光を遮るので、 木の下はほとんど真っ暗でした。でも旅人たちは立ち止まることなく、森の中に 入っていきました。 「入った道はどこかで出るはずだよ」とかかしは言いました。「そしてエメラル ドの都はこの道のつきあたりにあるんだから、どこへでもこの道をたどっていか ないとね」 「そんなのだれでもわかるわ」とドロシー。 「もちろん。だからぼくにもわかったんだよ。脳みそを使わないと思いつけない ようなことなら、ぼくには絶対にいえなかっただろうよ」とかかしが答えました。   一時間ほどして光がなくなると、ふたりはあちこちつまづきながら、真っ暗 な中を進んでいきました。ドロシーには何も見えませんでしたが、トトには見え ました。というのも犬はとても夜目がきくのです。そしてかかしは昼間と同じく らいよく見えると主張しました。そこでドロシーはかかしのうでにつかまって、 なかなか上手に先を進んだのです。 「家とか、一夜をすごせそうな場所を見つけたら絶対に教えてね。暗い中を歩く のはとても不安だから」とドロシー。   やがてかかしは足を止めました。 「右手に小さな小屋があるよ。丸太や枝だでできてる。入ってみようか?」 「ええ是非。もうくたくたよ」 そこでかかしは、ドロシーを連れて木の間をぬけて小屋にたどりつき、そこに入 ると片隅に乾いた葉っぱでできたベッドがありました。ドロシーはすぐにそこに 横たわり、トトをかたわらに、すぐにぐっすり寝てしまいました。疲れを知らな いかかしは、別の隅に立ったまま、朝がくるのを辛抱強く待ちました。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 5 ブリキの木こりの救出  ドロシーが目を覚ますと、木の間からお日様がかがやいていて、トトはとっく に起きて鳥やリスを追いかけていました。かかしはしんぼうづよく自分の隅に 立って、ドロシーを待っていました。 「水をさがしにいかないと」とドロシーはかかしにいいました。 「水って、なんのために?」とかかし。 「道中のほこりを顔からきれいに洗い流すのと、乾いたパンがのどにくっつかな いように飲むためよ」 「肉でできてるってのは不便だねえ」とかかしは考え深そうに言いました。「寝 なきゃいけないし、食べたり飲んだりしなきゃいけないんだもの。でも、きみに は脳みそがあるから、きちんと考えられるんならそれなりの苦労をするかいもあ るんだろうね」   二人は小屋をあとにして森の中を歩き、澄んだ水の小さな泉を見つけまし た。ドロシーはそこで水を飲み、水浴びをして朝ご飯を食べました。バスケット のパンは残り少なかったので、かかしが何も食べないのはありがたいなと思いま した。というのも、自分とトトの分だけで今日一日もつくらいしか残っていな かったのです。   ご飯を終えて、黄色いれんがの道に戻ろうとしたとき、近くで大きなうめき 声がしたので、ドロシーはとびあがりました。 「いまのは何?」とびくびくしてドロシーはたずねます。   かかしは答えました。「想像もつかないけど、調べにいこうか」   ちょうどそのとき、もう一度うめき声がしました。音は後ろからきているよ うでした。そこでふりむいて、森の中に一歩、二歩と入ってみたところ、ドロ シーは木の間に落ちるお日様の光で輝くものを見つけたのです。そこに向かって かけだしましたが、手前のところでおどろきの声をあげて立ち止まってしまいま した。   大きな木が一本、途中まで切られていて、その隣には斧を振り上げたままの 姿で、全身ブリキでできた男の人が立っていたのです。頭と腕と脚は胴体に関節 でつながっていましたが、まったく身動きせずに立ちつくし、少しも動けないか のようです。   ドロシーはあぜんとしてそれを見つめました。かかしもです。トトは鋭く吠 えて、ブリキの脚にかみつきましたが、歯をいためてしまいました。 「あなた、うめきましたか?」とドロシーはきいてみました。 「はい」とブリキの男は答えます。「うめきました。一年以上もうめきつづけて いるんですが、これまでだれもききつけてくれないし、助けにもきてくれなかっ たんです」 「何かお手伝いしましょうか?」とドロシーはそっとたずねました。その人の悲 しそうな声に胸を動かされたからです。 「油のカンを取ってきて、関節に油を差してください。ひどく錆びてしまって、 少しも動かせないんです。きちんと油をさせば、すぐに元通りになりますから。 油のカンは、わたしの小屋のたなにあります」   ドロシーはすぐに小屋にかけもどって油のカンを見つけ、ブリキの男のとこ ろに戻って、心配そうにたずねました。「関節はどこにあるの?」 「まずは首をお願いしますよ」とブリキの木こり。そこでドロシーが油をさしま した。そしてひどくさびていたので、かかしがブリキの頭をつかんで、ゆっくり 左右に動かしてあげて、やがて首は自由に動くようになりました。するとブリキ の木こりは、自分で首が動かせるようになったのです。 「こんどはうでの関節をお願い」と言われて、ドロシーはうでに油をさし、かか しが気をつけながらそれを曲げたり伸ばしたりしてあげると、さびが完全に取れ て、新品同様になりました。 ブリキの木こりは満足そうなため息をついて斧をおろし、木にたてかけました。 「いやあ、いい気分だ。さびついてからずっとあの斧をふりあげていたので、 やっとおろせてありがたい。さて今度はあしの関節に油を差していただけたら、 もう全部だいじょうぶになりますよ」 そこでみんなはあしにも油をさして自由に動けるようにしてあげました。ブリキ の木こりは助けてもらったことに何度も何度もお礼を申しました。とても礼儀正 しくて、とてもよろこんでいるようです。 「みなさんが通りかからなかったら、いつまでもあそこに立っていたでしょう よ。だからお二人はまちがいなく命の恩人です。どうしてこんなところへ?」 「エメラルドの都へ、えらいオズに会いにいくところよ。あなたの小屋で夜明か しをしたんです」とドロシー。 「どうしてオズに会おうなどと?」とブリキの木こり。 「あたしはカンザスに送り返してほしいから。そしてかかしは頭に少し脳みそを 入れてほしいのよ」とドロシーは答えました。   ブリキの木こりは、しばらく深く考えこみました。そしてこう言いました。 「オズはわたしに心をくれるでしょうか?」 「あら、くれるんじゃないかしら。かかしに脳みそをあげるのと同じくらい簡単 なはずよ」とドロシー。 「確かに」とブリキの木こりが答えました。「それなら、もし一行に加えていた だけるのでしたら、わたしもエメラルドの都にいって、オズに助けてもらいま しょう」 「いっしょにおいでよ」とかかしは真心こめていいました。そしてドロシーも、 いっしょにきてくれれば大歓迎だと言い添えました。そこでブリキの木こりは斧 を肩にかついで、みんなで森をぬけて、黄色いれんがを敷いた道にやってきました。   ブリキの木こりは、油のカンをバスケットに入れておいてくれるように頼み ました。「また雨にふられてさびてしまったら、油のカンがどうしてもいります から」   新しい仲間が加わったのはなかなか運のいいことでした。というのも、旅を 再開して間もなく、木や枝だが路上にあまりにびっしり茂って通れないところに さしかかったからです。でもブリキの木こりはすぐに斧をふるって上手にきりひ らいたので、やがて全員が通れるくらいの通路ができました。   ドロシーは歩きながら一心に考えごとをしていたので、かかしが穴にころが り落ちて、道のわきに転がってしまったのにも気がつきませんでした。かかし は、助けてくれとドロシーに呼びかけなくてはなりませんでした。 「穴をよけて通ればよかったのではありませんか?」とブリキの木こりはたずね ました。 「そこまで頭がよくないんだよ」とかかしは上機嫌で言います。「ほら、頭にわ らが詰まっているだろ。だからオズにいって、脳みそをくださいと頼むんだよ」   ブリキの木こりは言いました。「ああなるほど。でも結局のところ、脳みそ はこの世でいちばんいいものってわけじゃありませんから」 「きみは脳みそがあるの?」とかかしがたずねます。 「いいえ、頭はまったくの空っぽですよ。でも昔は脳みそもあったし、心もあっ たんです。両方試したうえで言うと、わたしは心のほうがずっとほしい」 「それはまたどうして?」とかかし。 「身の上話をしてあげましょう。そうすればおわかりいただけるはず」   そこで森を歩きながら、ブリキの木こりはこんなお話をしたのでした: 「わたしは森の木を切って材木を売る木こりの息子として生まれました。大きく なると、わたしも木こりになり、お父さんが死ぬと、年老いたお母さんの面倒を 死ぬまで見ました。それからひとりぼっちで暮らすより結婚したほうがさびしく ないだろうと思ったのです。   マンチキンの女の子の中に、実に美しい娘がおりまして、やがてわたしは心 のそこからその子を愛するようになりました。相手も、もっといい家を建てられ るほど稼げるようになったら、すぐにも結婚しようといってくれました。でもそ の子がいっしょに暮らしていた老婆は、だれとも結婚させたくなかったんです。 この老婆はなまけもので、彼女がずっといっしょにいて、料理や家事をやってほ しいと思っていたのです。そこでこの老婆は東の邪悪な魔女のところへ出かけ て、結婚をじゃましてくれたらヒツジ二頭とウシ一頭をあげると約束したんで す。そこで邪悪な魔女はわたしの斧に呪文をかけて、わたしが精一杯木を切って いると(というのも新しい家と妻を少しでもはやく手に入れたかったので)、斧 がいきなりすべって、左脚を切り落としてしまったのです。   これは最初、とても不幸なことに思えました。というのも片脚では木こりは あまりつとまりませんから。そこでブリキ職人のところへいって、ブリキで新し い脚をこしらえてもらいました。いったん慣れたら、脚は非常に具合がよい。で も東の邪悪な魔女はそれを見て腹をたてました。というのも、魔女は老婆にわた しがきれいなマンチキン娘とは結婚しないと約束していたからです。また木を切 りはじめると、またもや斧がすべって右足を切り落としました。またもやわたし はブリキ職人に頼んで、またもやブリキの脚を作ってもらいました。その後、魔 法のかかった斧は腕を一本ずつ切り落としてしまいましたが、わたしはくじけず に、ブリキの腕をつけました。すると邪悪な魔女は、またもや斧をすべらせて、 こんどはわたしの頭を切り落としました。これで自分もおしまいかな、と最初は 思いましたよ。でも折良くブリキ職人が通りがかって、ブリキで新しい頭を作っ てくれたんです。   これで邪悪な魔女を出し抜いてやったと思って、前にもまして仕事に精を出 しました。でも、敵がどれほど邪悪か見くびっていましたよ。魔女は、美しいマ ンチキン娘への愛を消す新しい方法を考え出して、また斧をすべらせました。こ んどは胴体が切りさき、からだがまっぷたつになってしまいました。またもやブ リキ職人が助けにきてくれて、ブリキの胴体を作って、ブリキの腕や脚や頭を関 節でくっつけてくれました。でも無念! もう心がなくなっていたので、マンチ キン娘への愛が完全になくなり、結婚なんかどうでもよくなってしまいました。 たぶんまだあの老婆といっしょに暮らしながら、わたしが迎えにくるのを待って いるでしょうに。   からだはお日様の下で実にピカピカで、わたしはとても誇らしかったし、も う斧がすべっても関係ありません。ブリキは斧で切れませんから。危険は一つだ け――関節がさびることです。でも小屋に油のカンを置いて、必要ならいつでも自 分の手入れをしていました。ところが、ある日これを忘れてしまい、夕立につか まって、しまったと思う間もなく関節がさびついて、そのまま森の中に立ってい たところへあなたたちがきて助けてくれたわけです。ひどい経験でしたが、その 間にいろいろ考えて、なくしたものの中でいちばん大きかったのは、心をなくし たことだなあ、と思ったんですよ。恋をしているときには、この世でいちばんの 幸せ者でした。でも、心がない人なんかだれも愛してくれません。だから、オズ に心をくれるよう是非ともお願いするんです。もらえたら、あのマンチキン娘の ところへいって、結婚するつもりです」   ドロシーもかかしも、ブリキの木こりのお話にとても感心しましたし、これ でなぜあんなに心をほしがるのかもわかりました。 「それでも、ぼくは心より脳みそをお願いするな。心があっても、バカはそれを どう使うかわからないだろうから」とかかしが言います。   ブリキの木こりは言い返しました。「わたしは心をとりますね。脳みそでは 幸せになれません。この世でいちばん大事なのは幸せなんですから」   ドロシーは何も言いませんでした。というのも、友だち二人のどっちが正し いのかわかりかねたし、それに自分はカンザスのエムおばさんのところに帰りさ えすれば、木こりに脳がなくてもかかしに心がなくても、あるいは二人が望み通 りのものを手に入れても、あまり関係ないわと思ったからです。   いちばん心配だったのは、パンがほとんどなくなりかけているということで した。トトと自分があと一回ご飯をたべたら、バスケットは空になってしまいま す。確かに木こりもかかしも何も食べませんが、ドロシーはブリキやわらではで きていないし、食べ物を食べないと生きられません。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 6 臆病ライオン  いままでずっと、ドロシーとその仲間たちは深い森の中を歩いていました。道 はまだ黄色いれんがが敷かれていましたが、木の枯れ枝や落ち葉でかなりおおわ れていて、歩くのもずいぶんと苦労します。   森のこのあたりには鳥がほとんどおりません。鳥はお日様のいっぱい当た る、開けた場所が好きなのです。でもときどき、木の間にかくれている野生の動 物がたてる深いうなり声が聞こえてきました。そういう音は、少女の心臓をどき どきさせました。どんな動物がその音をたてているかわからなかったからです。 でもトトにはわかりましたので、ドロシーのとなりにぴったりくっついて、吠え 返したりもしませんでした。 「森から出るまでにあとどのくらい?」と子供はブリキの木こりにたずねます。 「わかりません」というのが答えでした。「わたしはエメラルドの都に行ったこ とがありませんから。でもお父さんが昔、わたしが子供の頃にでかけて、危険な 国を通り抜ける長旅だったと言っていましたよ。でもオズの住む都の近くになる ときれいだとのことです。でも、油のカンがある限りわたしはこわいものなしで すし、だれもかかしにはけがをさせられません。あなたはおでこによい魔女のキ スのしるしをつけているので、害から守ってもらえますよ」 「でもトトは? トトは何が守ってくれるの?」と少女は心配そうに言いました。 「トトが危険にあったら、わたしたちが守ってあげないといけませんね」とブリ キの木こりが答えました。   そう言ったそのとき、森からおそろしい吠え声が聞こえて、次の瞬間に大き なライオンが道に飛び出してきました。前足の一撃で、かかしはクルクルとふっ とんで道の端に転がりました。それから鋭い爪をブリキの木こりに向かって振る いました。でもブリキには何の跡もつかず、木こりが道に倒れて動かなくなった だけだったので、ライオンはおどろきました。   小さなトトは、いまや直面すべき敵ができたので、吠えながらライオンにむ かっていきました。そして大きな獣が口をあけて犬にかみつこうとしたとき、ド ロシーはトトが殺されるのではないかとおびえて、危険もかえりみずに進み出る と、ライオンの鼻づらを思いっきりひっぱたいてこう叫びました。 「トトをかんだら承知しないから! 恥を知りなさい、あなたみたいな大きな獣 が、小さいあわれな犬をかむなんて!」 「かんでないよう」とライオンは、ドロシーにぶたれた鼻を前足でさすりました。 「でもかもうとしたでしょう。からだは大きいくせに、臆病ものね」とドロシー は言い返します。 「やっぱりそうか」とライオンは、恥ずかしそうに頭をたれました。「やっぱり ね。でもどうしようもないでしょうに」 「そんなの知らないわよ、まったく。あんなわらをつめた、あわれなかかしみた いな人を叩くなんて!」 「わらがつまってるの?」とライオンはおどろいて言いながら、ドロシーがかか しを助け起こして立たせる、ポンポンと叩いて形を整えるのを見つめました。 「決まってるでしょう」ドロシーはまだ怒っています。 「それであんなにかんたんに倒れたのか。あんなにコロコロころがっていったん で驚いたよ。もう一人もわら入りかい?」とライオン。 「いいえ。ブリキ製よ」とドロシーは木こりも助け起こします。 「それで爪がなまくらになりかけたのか。爪がブリキをひっかいたときには、背 筋がゾーッとしたよ。それとそのかわいがってる小さな動物は何?」 「あたしの犬のトトよ」とドロシー。 「それもブリキかわらなの?」とライオンがききます。 「いいえ、どっちでもないわ。トトは……えーと……肉の犬よ」と少女は言いました。 「ふーん、おもしろい動物だね、それにこうしてみるとえらく小さいや。わたし みたいな臆病者でもなければ、こんな小さな動物をかもうとはしないでしょう」 とライオンは悲しそうに続けます。 「どうしてそんなに臆病なの?」とドロシーは、不思議そうに巨大な獣を見つめ ました。というのも子馬くらいの大きさがある動物だったからです。   ライオンは答えました。「それはわからない。生まれつきそうだったんで しょう。森の他の動物たちは、当然わたしが勇敢なものと思ってるんだよ、とい うのもライオンはどこでも百獣の王だと思われてるからね。思いっきり吠えれ ば、他の生き物はみんなこわがって逃げ出すことがわかった。人間に会うと、い つもすごく怖くなるんだが、吠えるだけでみんな全速力で逃げ出す。ゾウやトラ やクマがわたしに刃向かおうとしたら、わたしも逃げ出すだろう――すごく臆病な んだよ。でもみんな、わたしが吠えるのを聞いたとたん、逃げだそうとするし、 わたしももちろんそれを見逃すんだ」 「でもそんなばかな。百獣の王が臆病だなんて」とかかし。 「そうなんだよ」とライオンは答えて、しっぽの先で目から涙をぬぐいました。 「それがわたしの大いなる悲劇で、おかげでとても不幸せな一生なんだよ。でも 危険に出会うたびに、胸がどきどきしてしまうんだ」 「心臓の病気かも知れませんよ」とブリキの木こり。 「そうかもしれない」とライオン。 「でももしそうなら、ありがたく思わなくっちゃ。心があることが証明されたん ですからね。わたしはといえば、心がないから、心臓病にもなれないんですよ」 とブリキの木こりは続けました。 「うーむ。心がなければ臆病者にならずにすむかもしれない」とライオンは考え こみます。 「脳みそは持ってるの?」とかかし。 「たぶんあるだろう。調べたことはない」とライオン。 「ぼくはえらいオズのところへいって、脳みそを少しくれるよう頼むんだ。ぼく の頭はわらがつまってるから」とかかしは言いました。 「そしてわたしは心をくれるよう頼むんだ」と木こり。 「そしてあたしは、トトといっしょにカンザスへ返してくれるよう頼むの」とド ロシーがつけ加えます。 「オズはわたしに勇気をくれると思うかい?」と臆病ライオンはたずねました。 「ぼくに脳みそをくれるくらい楽にね」とかかし。 「あるいはわたしに心をくれるくらい楽に」とブリキの木こり。 「それかあたしをカンザスに送り返すくらい楽に」とドロシー。 「それなら、もしよければ、いっしょに行かせてもらおう」とライオン。「多少 の勇気がないと人生が耐え難いんだよ」 「大歓迎よ、あなたがいれば、ほかの獣がよってこないもの。あなたを見てそん なにすぐに怯えるなら、他の動物たちのほうがずっと臆病なんじゃないかと思う んだけど」とドロシー。 「いやその通りなんだよ。でもそれでわたしが勇敢になるわけじゃないし、自分 が臆病だと知っている限りは不幸なんだ」とライオン。 そこで一行は旅に出発いたしまして、ライオンは堂々たる歩みでドロシーの横を 歩きました。トトはこの新しい仲間を最初は認めておりませんでした。というの も、ライオンの大きなあごでかみくだかれそうになったのを忘れてはいなかった からです。でもやがてもっとうちとけるようになり、すぐにトトと臆病ライオン はよい友だちになりました。   その日はもうそれ以上は、一行の平穏を乱すような冒険はありませんでし た。まあ一度だけ、ブリキの木こりが道を這っているカナブンをふんづけて、か わいそうな虫を殺してしまったことはありました。おかげでブリキの木こりはと ても悲しくなりました。いつも生き物を傷つけないように注意していたからで す。だから歩きながら、悲しみと後悔の涙を流しました。涙はゆっくりと顔をつ たい、あごのちょうつがいにかかり、さびさせてしまいました。やがてドロシー が質問をしたときにも、あごがしっかりとさびついてしまって口が開けません。 木こりはとてもこわくなって、ドロシーになんとかしてくれと身振りで伝えまし たが、わかってもらえませんでした。ライオンもまた、どうしたのか知りたがり ました。でもかかしが油のカンをドロシーのバスケットから取り出して、木こり のアゴに油を差し、まもなく木こりはまたしゃべれるようになりました。 「これでいい勉強になりましたよ。ちゃんと足下に注意しないといけませんね。 今度ムシやカナブンを殺したら、絶対にまた泣いてしまうし、泣くとアゴがさび て口がきけなくなってしまいます」と木こりは言いました。   それからというもの、木こりはとても気をつけて、道をしっかり見ながら歩 きまして、小さなアリがいっしょうけんめい歩いているときにもちゃんと上を乗 りこえて、傷つけないようにしました。ブリキの木こりは自分に心がないのをよ く知っていましたから、他のものに残酷なことをしたり、不親切なことをしたり しないように気をくばっていたのです。   木こりはこう言うのでした。「きみたち心ある人々は、導いてくれるものが あるんだから、まちがったことなんかすることもないでしょう。でもわたしは心 がないのだから、とても気をつけないと。オズが心をくれたら、こんなに気をつ けなくてもいいはずですが」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 7 えらいオズへの旅  その夜は、森の大きな木の下で野宿をするしかありませんでした。近くには家 がなかったのです。その木は夜露から守ってくれるすぐれた分厚い覆いとなりま したし、ブリキの木こりは斧でたくさん薪を切り倒したので、ドロシーはすばら しいたき火をたいて暖まり、さびしさもまぎれました。トトといっしょに最後の パンを食べてしまい、朝ご飯はどうしたらいいのかわかりませんでした。 「なんだったら、森にいってシカを殺してきてあげよう。火で焼くといい。きみ の舌はずいぶん奇妙だから、料理した食べ物のほうがいいんだろうからね。そう すればとてもおいしい朝ご飯になる」 「やめてください! お願いですから」とブリキの木こりが必死で頼みました。 「あなたがかわいそうなシカを殺したら、わたしはまちがいなく泣いてしまう し、そうしたらまたアゴがさびてしまう」   でもライオンは森の中にでかけて自分の晩ご飯を見つけ、それがなんだかだ れにもわかりませんでした。というのも、ライオンが話さなかったからです。そ してかかしはナッツでいっぱいの木を見つけて、それをドロシーのバスケットに 詰めましたから、ドロシーは当分おなかがすかなくてすむようになりました。ド ロシーは、かかしがとても親切でよく気がつくと思いましたが、かわいそうなか かしがナッツを拾い上げる様子がぶきっちょだったので、心底笑ってしまいまし た。詰め物の手はとても不器用で、ナッツはあまりに小さくて、バスケットに入 れるのと同じくらいこぼしています。でもかかしは、バスケットをいっぱいにす るのに時間がかかっても気にしませんでした。そのほうがたき火からはなれてい られるからです。火の粉がわらにかかったら、自分が燃えてしまうのでこわかっ たのです。だから炎から十分にはなれて、近くにきたのはドロシーが横になって 寝たときに、枯葉でふとんをかけてあげたときだけでした。おかげでドロシーは とてもぬくぬくとして、朝までぐっすり眠りました。   お日様がさすと、ドロシーは顔を小さなせせらぎで洗い、間もなく一行はエ メラルドの都に出発しました。   この日は一同にとってなかなか忙しい一日となりました。ほんの一時間ほど 歩いたどころで、道を大きな地割れが横切っていて、左右見渡す限り森をまっぷ たつに分けています。とても幅の広い地割れで、みんながおそるおそるふちに近 寄ってのぞき込むと、とても深いこともわかりましたし、底には大きなギザギザ の岩がたくさんありました。しかも裂け目は急になっていて、だれも斜面をつ たって降りることもできそうにありません。これで旅もおしまいかと思えたほど です。 「どうしましょう」とドロシーはがっかりして言いました。 「わたしにはなにも思いつかない」とブリキの木こりは申しますし、ライオンも もっさりしたたてがみを振って重々しい顔をしただけです。でもかかしはこう言 いました。 「飛ぶのは絶対に無理だね、まちがいない。このおおきな割れ目をつたって降り るのも無理だ。だから、とびこえられなかったら、ここで旅はおしまいだね」 「とびこえられそうだなあ」と臆病ライオンは、頭の中で注意深くはばをはかっ てみてから言いました。 「じゃあなんとかなるよ。きみならぼくたちみんな、一人ずつ背中にのせてとび こえられるもの」とかかし。 「まあやってみよう」とライオンは言いました。「だれから行く?」 「ぼくが行こう」とかかし。「万が一やってみてとびこえられなかったら、ドロ シーなら死んじゃうだろうし、ブリキの木こりは下の岩でベコベコにへこんじゃ うだろう。でもぼくがきみの背中にいても、特にまずいことはない。ぼくは落ち てもけがをしないからね」 「このわたしも、実は落ちるのがものすごくこわいんだ」と臆病ライオン。「で もためしてみるしかないようだね。では背中に乗ってくれ。やってみようじゃな いか」   かかしがライオンの背中にすわると、巨大な獣は裂け目のふちに歩みよっ て、しゃがみこみました。 「助走をつけて飛んだらどうだい?」とかかしがききました。 「ライオンはそういうふうには飛ばないんだよ」とライオンは答えました。そし てひとっ飛びで宙を横切り、ぶじに向こう側に着地しました。みんな、ライオン が楽々と飛べたので大喜びで、かかしが背中からおりるとライオンはまたこちら へとびこえてきました。   次は自分だと思ったので、ドロシーはトトをうでにかかえてライオンの背中 によじのぼり、片手でしっかりとたてがみにつかまりました。次の瞬間、空を飛 んでいるような感じがしました。そして、考える間もなく、ぶじに向こう側につ いていました。ライオンは三度目に戻り、ブリキの木こりをつれて戻ってきまし た。そしてみんなしばらくそのまますわって、ライオンにきゅうけいしてもらい ました。何度も大きなジャンプをして、ライオンは息を切らしていたからで、ま るで走りすぎた犬のようにぜいぜい言っていました。   割れ目のこちら側では森がずっと濃くて、暗く陰気な感じがしました。ライ オンが元気をとりもどすと、一同は黄色いれんがの道を先に進みましたが、みん な内心ではこのままいつまでたっても森が終わらずに、明るいお日様にも会えな いんじゃないかと心配していました。さらに不安に追い打ちをかけるように、森 の奥からはやがて奇妙な音が聞こえてきて、ライオンは国のこのあたりにはカリ ダが住んでいるんだ、と耳打ちしたのです。 「カリダって?」と少女。   ライオンは答えます。「クマみたいなからだとトラみたいな頭をした怪物み たいな獣なんだよ。爪も実に長くて鋭いから、わたしがトトを殺すのと同じくら い簡単に、このわたしをまっぷたつにしてしまえる。わたしはカリダがすごくこ わいんだ」 「それは無理もないわねえ。ずいぶんおそろしげな獣ですもんねえ」とドロシー は答えました。   ライオンが返事をしようとしたとき、またもや別の地割れにさしかかりまし た。こんどのはすごく広くて深く、ライオンも一目でとびこえられないのがわか りました。   そこでどうしようかとすわって思案いたしました。そしてしばらく真剣に考 えこんだあげく、かかしがいいました。 「割れ目にずいぶん近いところに、大きな木があるじゃないか。ブリキの木こり がこれを切り倒して、向こう側にまたがるようにすれば、楽々と歩いてわたれるよ」 「それはとびっきりの考えだ。その頭の中にはわらじゃなくて脳みそが入ってる んじゃないかと思うほどだよ」とライオン。   木こりはすぐに作業にかかり、斧も実に鋭かったので、木はほとんど切れる ところまできました。そしてライオンが強い前足に全力をかけて押したので、大 木はゆっくりとかたむいて、ドシーンと音をたてて割れ目にまたがるように倒 れ、向こう側にてっぺんの枝だがとどいています。   この変わった橋をわたりはじめたところで、鋭いうなり声がしたので、みん な顔を上げました。するとおそろしいことに、クマの胴体とトラの頭をした巨大 な動物が二頭、こちらへ走ってくるではありませんか。 「あれがカリダだ!」と臆病ライオンはふるえだしました。 「急いで! はやく渡ろう!」とかかし。   そこでドロシーは、トトをしっかりうでに抱いてわたりました。続いて木こ り、それからかかしです。ライオンは、こわがってはいましたが、ふりむいてカ リダと対決し、ものすごく大きくておっかない吠え声をたてましたので、ドロ シーは悲鳴をあげて、かかしも背中からひっくりかえってしまいましたが、おそ ろしい獣たちもその場で立ち止まり、びっくりしてライオンを見ています。   でも、自分たちのほうがライオンより大きいのを見たのと、自分たちは二頭 いてライオンは一頭だけなのに気がついたのとで、カリダたちはまた向かってき ます。ライオンはわたり終えて、カリダたちがどうするかを見ました。一瞬たり ともためらうことなく、おそろしい動物たちも木をわたりはじめ、ライオンはド ロシーにこう言いました。 「もうおしまいだ、やつらはまちがなくあの鋭いツメで、わたしたちを細切れに 引き裂いてしまうだろう。でもわたしのうしろについていなさい。命ある限り 戦ってみせよう」 「ちょっと待った!」とかかしがいいます。どうするのがいちばんいいかを考え ていたかかしは、割れ目にかかった木のこちら側を切ってくれと木こりに頼みま した。ブリキの木こりはすぐに斧をふるいはじめ、そしてカリダ二頭がわたり終 える直前に、木は大音響とともに深みに落ち込んで、いっしょに醜いうなるケダ モノたちも落下していきました。どちらも底にある鋭い岩でこなごなです。   臆病ライオンは、ほっとしてすごく長いため息をつきました。「いやはや、 これで寿命が少しのびたよ、ありがたい。たぶん生きられなくなったらとてもい やな気分だろうからね。あの生き物が実にこわかったから、心臓がまだどきどき しているよ」   ブリキの木こりが言いました。「いいなあ。わたしにもどきどきする心があ ればいいのに」   この冒険のおかげで、一行は前にもまして森をぬけだしたいと思いましたの で、とても急ぎ足で歩き、ドロシーはくたびれてしまってライオンの背中に乗ら なくてはなりませんでした。進むにつれて木がだんだんまばらになってきて、み んな大喜びでした。そして午後になると、とつぜん広い川にやってきました。目 の前に、勢いよく流れています。水の向こう側には黄色いれんがの道がのび、美 しい国へと続いています。そこでは緑の草原に明るい花が散り、道はどこもおい しそうな果物がいっぱいなった木の横を通っているのです。そんなすばらしい国 が目の前にあるので、みんなとてもうれしく思いました。 「川はどうやってわたりましょう?」とドロシー。   かかしが答えます。「それはかんたん。ブリキの木こりがいかだを作ってく れれば、みんなそれに乗って向こう側につけるよ」   そこで木こりは斧を取り出して、いかだ用に小さな木を切り倒しました。木 こりが精を出す間、かかしは川岸に立派な果物のたくさんなった木をみつけまし た。ドロシーは、一日中ナッツしか食べていなかったので大喜びで、熟した果物 を心ゆくまで食べました。   でも、ブリキの木こりほど仕事好きで疲れをしらなくても、いかだづくりに は時間がかかります。夜になってもまだ完成していませんでしたので。みんな木 の下の心地よい場所をみつけて、朝までぐっすり眠りました。そしてドロシーは エメラルドの都と善良な魔法使いオズのことを夢に見ました。オズはまもなくド ロシーを家に帰してくれることでしょう。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 8 おそるべきケシ畑  われらが旅人の群れは、すっかり元気になって希望にあふれ、ドロシーは川辺 の木の桃やすももでお姫様のような朝ご飯を食べました。うしろにはぶじに通り 抜けてきた暗い森がありました。そこではいろいろくじけそうなこともありまし た。でも目の前には美しい日差しに照らされた国があって、それがエメラルドの 都へとみんなを招いているようです。   確かに、いまは広い川がその美しい国への道をふさいでいます。でもいかだ は完成しかけていました。ブリキの木こりが丸太を何本か木って、木のピンでそ れをくっつけたので、出発の準備ができました。ドロシーはいかだの真ん中にす わって、トトをうでに抱きました。臆病ライオンがいかだに乗ると、ひどく傾き ました。ライオンはとても大きくて重かったからです。でもかかしとブリキの木 こりが反対側に立って安定させました。そして長いさおを持って、いかだを押す ことになっていました。   最初はなかなかうまく行きました。でも川の真ん中にさしかかると、急流が いかだを川下に押し流し、黄色いれんがの道からはどんどん離れてしまいます。 そして水もどんどん深くなって、長いさおが川底に届かなくなってしまいました。 「これは困った。岸につけないと、西の邪悪な魔女の国に流されてしまう。そう したら魔法にかけられて奴隷にされてしまうぞ」とブリキの木こり。 「そしたらぼくは脳みそがもらえない」とかかし。 「わたしは勇気がもらえない」と臆病ライオン。 「そしてわたしは心がもらえない」とブリキの木こり。 「そしてあたしはカンザスに帰れない」とドロシー。 「できることなら何としてもエメラルドの都にたどりつかないと」とかかしは続 けて、長いさおを思いっきり突き立てると、川底のドロにしっかりはまってし まって、抜くことも手を離すこともできないうちに、いかだが流されてしまった ので、あわれなかかしは川の真ん中で、さおにしがみついたままとなってしまい ました。 「さよなら!」とかかしはみんなに向かって叫び、みんなとしてもかかしを残し ていくのは大変に残念なことでした。ブリキの木こりは泣き出したほどですが、 ありがたいことに自分がさびるかもしれないと思い出して、涙をドロシーのエプ ロンでぬぐいました。   もちろんこれはかかしにとってよくないことでした。 「これじゃあドロシーに会ったときよりもひどいぞ」とかかしは思いました。 「あの時は、トウモロコシ畑の真ん中のさおにつきささっていたけれど、自分が カラスをおどかしているようなつもりには少なくともなれた。でも川の真ん中の さおにつきささったかかしなんて、絶対に何の役にもたたない。これじゃあ絶対 に脳みそなんか手に入らないぞ!」   いかだは川下に流れ、あわれなかかしはずっとうしろに取り残されてしまい ました。するとライオンが言います。 「なんとかしないと助からないぞ。わたしなら岸に向かって泳げるし、きみたち がしっぽの先につかまっていられれば、いかだを引っ張っていけるだろう」   そしてライオンは水に飛び込み、ブリキの木こりはしっかりとそのしっぽを つかんだので、ライオンは全力で岸めがけて泳ぎだしました。大きなライオンに とっても大変な仕事でした。でもだんだん一行は流れからぬけだして、そこでド ロシーはブリキの木こりの長いさおを手にしていかだを岸に押しやる手伝いをし ました。   やっと岸について、きれいな緑の草に足を下ろすと、みんなくたくたになっ ていましたし、またエメラルドの都に続く黄色いれんがの道からずっと遠くに流 されてしまったのもわかっていました。 「さてどうしよう?」とブリキの木こりは、草に横たわってお日様にあたってか らだを乾かそうとしたライオンにたずねました。 「まずはなんとかして道に戻らないと」とドロシー。 「いちばんいいのは川岸に沿って歩いて、道に戻ることだ」とライオン。   そこで元気が戻ると、ドロシーはバスケットを手にとって、草のはえた岸辺 を歩いて川に流される前の道に戻ろうとしました。美しい国で、花や果樹や日差 しはたっぷりあってとても元気が出たので、あわれなかかしのことさえ心配でな かったら、みんなとても幸せになれたでしょう。   みんな全速力で歩き、ドロシーはきれいな花をつむのに一度立ち止まっただ けでした。しばらくすると、ブリキの木こりが叫びました。 「見ろ!」   そしてみんなが川を見ると、そこには水の真ん中でさおにつかまっているか かしがいました。とても寂しそうでかなしげです。 「どうすれば助けてあげられるかしら」とドロシー。   ライオンと木こりは、どちらも首を振りました。助ける方法がわからなかっ たからです。そこでみんな川岸にすわって、切ない思いでかかしを見つめていま したが、そこへコウノトリが一同を見て、水辺で休みに足を止めました。 「あなたたちはだれ、どこへ行くの?」とコウノトリがたずねます。   少女は答えました。「あたしはドロシーです。こちらはお友だちのブリキの 木こりと臆病ライオン。みんなでエメラルドの都に行くところなんです」 「この道じゃないわよ」とコウノトリは、長い首をねじって鋭い目つきでこの風 変わりな一行を眺めました。 「知ってます。でも、かかしさんが置き去りになったので、どうすればとりもど せるかを考えていたところなんです」 「その人はどこにいるの?」とコウノトリ。 「そこの川の中です」と少女は答えます。 「あまり大きかったり重かったりしなければ、つれてきてあげましょうか」とコ ウノトリ。   ドロシーは熱心にいいました。「ぜんぜん重くないんです。だってわらが詰 まってるんですもの。連れ戻してくださったら、もういつまでも心から感謝します」 「まあやってはみますけどね。でも運ぶのに重すぎるのがわかったら、また川に 落とすしかありませんからね」とコウノトリ。   そこで大きな鳥は空に舞い上がり、水上を飛んで、かかしがさおにつかまっ ているところまでやってきました。そしてコウノトリはその大きなかぎ爪で、か かしの腕をつかまえると宙に運び上げて、ドロシーやライオンやブリキの木こり がすわっている岸辺に運んできてくれました。   かかしはまた友だちと一緒になれて、とにかく嬉しかったので、みんなを抱 きしめました。ライオンとトトすら抱きしめたほどです。そして歩きながら「ト ル・デ・リデ・オ!」と一歩ごとに歌うほど嬉しかったのでした。 「もうずっと川の中にいるのかと思ったよ。でも親切なコウノトリが助けてくれ た。もし脳みそをもらえたら、コウノトリをまた見つけて、お返しに何か親切な ことをするんだ」 「そんなのいいですよ」と一行と並んで飛んでいたコウノトリが言います。 「困っている人を助けるのは好きですからね。でもそろそろ行きませんと。赤ん 坊たちが巣でわたしを待っていますからね。エメラルドの都が見つかって、オズ が助けてくれるとよいですね」 「ありがとうございます」とドロシーが答えると、親切なコウノトリは空にまい あがってじきに見えなくなりました。   みんなはそのまま歩き続け、色のきれいな鳥たちの声に耳を傾けたり、どん どん密になってほとんど一面に咲き乱れている美しい花をながめたりしました。 大きな黄色や白や青や紫の花があって、その横には深紅のケシの大きな群れがあ り、それがあまりにまばゆくて、ドロシーは目が痛くなったほどです。 「きれいだと思わない?」と少女は、花の強い香りを吸い込みながらたずねました。 「そのようだね」とかかしは答えました。「脳みそをもらったら、もっと気に入 ると思う」 「心さえあれば、大好きになると思う」とブリキの木こりがつけ加えます。 「わたしは前から花が好きだ。か弱くて寄る辺ない感じで。でも森にはこれほど まばゆい花はない」とライオン。   だんだん、大きな深紅のケシの束が増えてきて、その他の花はどんどん減っ ていき、やがて一行は大きなケシの花畑の真ん中におりました。さて、こうした 花がいっしょにこれだけあると、その香りがあまりに強すぎて、吸い込んだらす ぐに寝てしまい、寝た人をそこから運び去らないと、いつまでも目を覚まさない ということはよく知られています。でもドロシーは知りませんでしたし、またま わり一面にある深紅の花から逃げるのは無理でした。だからやがてまぶたが重く なり、すわって休んで眠らないといけない気がしました。   でもブリキの木こりが、そうはさせまいとがんばります。 「急いで日暮れまでに黄色いれんがの道に戻らないと」と言って、かかしもそれ に賛成しました。そこでみんな歩き続けましたが、もうドロシーは立っていられ なくなりました。心ならずも目が閉じ、自分がどこにいるかも忘れて、ケシの中 に倒れて眠り込んでしまいました。 「どうしよう?」とブリキの木こり。 「放っておいたら死んでしまう」とライオン。「花の香りはわれわれみんなを殺 そうとしている。このわたしですら、ほとんど目を開けていられないほどだし、 犬はとっくに寝ている」   その通りでした。トトは女主人の横で寝てしまっていました。でもかかしと ブリキの木こりは、肉でできていなかったので、花の香りに悩むこともありませ んでした。 「走って、この恐ろしい花畑から急いで出よう。少女は運べるけれど、君が眠っ てしまったら、運ぶには大きすぎる」とかかしはライオンに言いました。   そこでライオンは力をふりしぼり、思いっきりはやく駆け出しました。間も なく見えなくなってしまいます。 「手で椅子をつくってドロシーを運ぼう」とかかしはいいました。二人はトトを 持ち上げてドロシーのひざにのせ、手を座面に、うでを椅子のうでにして、花の 中を眠る少女を運んでいきました。   二人は歩き続け、みんなを取り巻くおそろしい花のじゅうたんはいつまで 立っても終わらないかのようでした。川が曲がっているところを過ぎると、やっ と友だちのライオンのところにきましたが、ライオンはケシの中でぐっすり眠っ ています。花は巨大な獣にも強すぎて、ライオンはついにあきらめてしまい、ケ シ畑の終わりまであと少しというところで眠ってしまったのです。ケシ畑の向こ うには、すてきな草が緑の野原となって広がっていました。 「ライオンにはどうしてあげることもできない」とブリキの木こりは悲しそうに 言いました。「持ち上げるには重すぎる。ここでいつまでも眠り続けるまま残す しかない。ひょっとすると、やっと勇気を見つけた夢でも見るかもしれない」 「残念だよ。ライオンは、こんなに臆病なくせにとてもよい仲間だった。でも先 へいかないと」   二人は眠る少女を川辺のきれいな場所につれていきました。もうケシ畑から は十分遠くて、花の毒をそれ以上すいこむ心配のないところです。やわらかい草 の上に彼女をそっと横にして、新鮮なそよ風で目が覚めるのを待ったのでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 9 野ネズミの女王さま  「そろそろ黄色いれんがの道からさほど遠くはないはずだよ」と少女の横のか かしは言いました。「だって川に流されたのと同じくらいの距離を戻ってきたん だから」   ブリキの木こりが答えようとしたとき、低いうなり声が聞こえたので、頭を めぐらすと(ちなみにちょうつがい式で実に見事に動きました)、奇妙な獣が草 の上をぴょんぴょんと駆けてくるのが見えました。よく見ると大きな黄色いヤマ ネコです。何かを追いかけているようだな、と木こりは思いました。耳が頭に くっつくように寝ていて、口があんぐりと開き、みにくい歯が二列のぞいていま したし、赤い目が火の玉のようにかがやいていたからです。それが近づいてくる と、ブリキの木こりはその獣の前を走っているのが小さな灰色の野ネズミだとい うのを見て取りました。ブリキの木こりには心はありませんでしたが、ヤマネコ がこんなきれいで無害な生き物を殺そうとするのはまちがっているということは わかりました。   そこで木こりは斧をふりあげ、ヤマネコが横を駆けぬけるときにサッとふり おろすと、獣の頭は胴体からきれいに切り離されて、ヤマネコは二つにわかれて 足下に転がりました。   野ネズミは、敵から解放されたので立ち止まりました。そしてゆっくりと木 こりに近づくと、小さなキイキイ声でこう申しました。 「ああ、ありがとうございます! 命を助けてくださって本当にありがとうござ います!」   木こりは答えました。「なんのなんの、礼にはおよびません。ごぞんじのと おりわたしには心がありませんので、友人を必要としそうな方はすべて助けるよ うに気を使っているのですよ。それがただのネズミであってもね」 「ただのネズミ、ですって!」と小さな動物は憤然と叫びました。「わたしは女 王なんですよ――すべての野ネズミの女王なんですからね!」 「おやそうでしたか」と木こりはおじぎをしました。 「ですから、わたしの命を助けてくださったあなたは、勇敢だっただけでなく、 重要な役割を果たしたことにもなるのです」と女王はつけ加えました。 その瞬間に、何匹かのネズミがその小さな足の許す限りの速さで駆け寄ってきま して、女王を見てこう叫びました。 「ああ女王陛下、もう殺されておしまいになったかと思っておりました! あの 大きなヤマネコからいかにして逃れられたのですか?」そしてみんな、小さな女 王に向かって実に深々とおじぎをしたので、ほとんど逆立ちせんばかりでした。 「こちらの奇妙なブリキの方が、ヤマネコを殺してわたしの命を救ってくださっ たのですよ。ですから今後は、お前たちみんなこの方にお仕えして、どんな願い でもかなえてさしあげるように」と女王様は申します。 「御意!」とネズミたちはみんな、キイキイ声をあわせました。そしていっせい に四方八方に逃げ散りました。というのもそこでトトが目をさまして、まわりに ネズミがたくさんいるのを見ると、大喜びで吠えて群れの真ん中にとびこんだか らです。トトはカンザスにいるときはネズミを追いかけるのが大好きで、それが 何の問題もないことだと思っていました。   でもブリキの木こりはイヌを捕まえるとしっかりと抱えて、ネズミたちに呼 びかけました。「戻っておいで! 戻っておいで! トトは悪さはしないから」   これを聞いてネズミの女王は草むらから頭をつきだし、こわごわとたずねま した。 「本当に噛んだりしませんか?」 「このわたしが噛ませませんよ。だからこわがらないで」と木こり。   一匹、また一匹と、ネズミたちはおっかなびっくり戻ってきまして、トトは もう吠えようとはしませんでした。でも木こりのうでからは逃れようとしまし て、ブリキ製だと知らなければかみついていたことでしょう。とうとう、いちば ん大きなネズミの一匹が尋ねました。 「女王さまの命を助けて頂いたご恩に報いるため、何かできることはありますで しょうか?」   「何も思いつかないなあ」と木こりはいいましたが、かかしは、考えようと していたけれど頭にわらが詰まっているので考えられなかったのに、すぐにこう 言いました。 「いやありますあります。ケシ畑で眠っている、友だちの臆病ライオンを助けて くれませんか」 「ライオンですって! わたしたちみんな食べられてしまいますよ!」と小さな 女王が叫びます。 「いやいや、このライオンは臆病者ですから」とかかしは請け合いました。 「本当に?」とネズミ。 「だって自分でそう言ってますから。それにぼくたちの友だちであればだれも傷 つけたりしません。だからこのライオン救助を手伝ってくれたら、みなさんに手 荒な真似はしないと約束しますよ」とかかしは答えました。 「そういうことでしたら、あなたを信用しましょう。でもどうすればよいでしょ う?」と女王さま。 「あなたを女王さまとあがめて、命令にしたがうネズミはたくさんいるんですか?」 「ええ、そりゃもう。何千匹も」と女王さま。 「それなら、すぐにここにくるよう、みんなにおふれを出してください。そして みんな、長いひもを持ってくるように言ってください」   女王はおつきのネズミたちに向かって、すぐに臣民をみんな集めてくるよう に告げました。命令をきくがはやいか、みんなは一目散に四方へ散っていきました。 「さて、きみはあの川辺の森にいって、ライオンを運ぶ荷車を作ってくれよ」と かかしはブリキの木こりに言いました。   そこで木こりはすぐに森に向かって仕事にかかりました。そして大枝から 葉っぱや小枝を切り落とし、それを並べてすぐに荷台を作ります。それらを木の くいでつなぎあわせると、大きな木の幹を短くきって、車輪を四つ作りました。 木こりはこの仕事をとてもすばやく上手にやったので、ネズミたちが集まりはじ めた頃には、荷車はもうすっかりできあがっていました。   ネズミたちは四方八方からやってきて、何千匹もおりました。大きなネズ ミ、小さなネズミ、中くらいのネズミ。そしてそのそれぞれが、ひもをくわえて います。ドロシーが長い眠りからさめて目を開けたのはちょうどこの頃でした。 自分が草の上に横たわっていて、何千匹ものネズミがまわりを囲んでびくびくと こちらを見ているのを見て、ドロシーはとてもびっくりしました。でもかかしが すべてを説明しまして、えらい小さなネズミのほうを向くと、こう言いました。 「お許しがいただければご紹介しましょう、こちらが女王陛下でございます」   ドロシーは深々とおじぎをし、女王さまも会釈をしまして、その後ドロシー ととても仲良しになりました。   かかしと木こりは、ネズミたちが持ってきたひもを使って、ネズミを荷車に 結びつけはじめました。ひもの片方をそれぞれのネズミの首にゆわえて、もう片 方を荷車に結びます。もちろん荷車は、ひっぱるネズミのだれよりも千倍も大き かったのですが、ネズミがみんなで引っ張ると、楽々と動きました。かかしとブ リキの木こりが乗っかっても大丈夫なほどで、一行はこの奇妙な小さい馬たちに 惹かれて、ライオンが眠る場所に引かれていったのでした。   ライオンは重かったのでかなり苦労しましたが、なんとか荷台に載せまし た。そして女王さまは、急いでみんなに出発するように命じました。というのも ケシ畑にあまり長居したら、ネズミたちも眠ってしまうのがこわかったからです。   最初、この小さな生き物たちは、これだけ数がいても、重たい荷物を積んだ 荷車をほとんど揺らすことさえできませんでした。でも木こりとかかしが後ろか ら押したので、なんとかうまくいきました。やがて一同はライオンを、ケシ畑か ら緑の野原へと運び出し、花の有毒な香りではなく、甘くさわやかな空気が呼吸 できるようにしてあげたのでした。   ドロシーが出迎え、仲間を死から救ってくれたことについて、暖かくお礼を いいました。ライオンがとても好きになっていたので、助かったことをとても嬉 しく思ったのです。   それからネズミたちは荷車からほどいてもらって、草の中を自分たちの家へ とカサコソと帰っていきました。ネズミの女王さまは最後まで残っていました。 「こんどまたお役にたてることがあれば、野原に出てきて呼んでください。聞き つけて、お手伝いに参りますよ。ごきげんよう!」 「さよなら!」とみんな答え、女王様は駆け去っていきまして、ドロシーはトト をしっかりと抱きしめて、イヌが女王さまの後をおいかけてこわがらせたりしな いようにしました。   それからみんなは、ライオンが目を覚ますまでその横にすわっていました。 そしてかかしはドロシーに近くの木から果物をもってきて、ドロシーはそれを晩 ごはんにしたのでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 10 門の守護兵  臆病ライオンが目をさますまでにはしばらくかかりました。というのも、ケシ の中にかなりいて、そのおそろしいにおいを吸い込んでいたからです。でもやっ と目を開けて台車からころげおちると、自分がまだ生きているのを知ってとても 喜びました。 「なるべく早く走ったんだけれどね」とライオンはすわってあくびをしました。 「でも花が強すぎた。どうやってわたしを連れ出したんだい?」   そこでみんなは野ネズミの話をしまして、野ネズミたちが親切にもライオン を死から救ってくれたのだと教えました。すると臆病ライオンは笑って言いました。 「前から自分が大きくておそろしいと思っていたもんだが。でも花のような小さ なものがわたしを殺しかけて、ネズミのような小さな動物が命を助けてくれる。 なんとも不思議なことだ! でも同志のみんな、これからどうしよう?」 「旅を続けてまた黄色いれんがの道を見つけないと。そうすればエメラルドの都 への旅を続けられるわ」とドロシー。   そこで、ライオンもすっかり元気を取り戻し、気分もよくなったので、また もや旅に出発し、柔らかく新鮮な草の上を楽しんで歩いていきました。そしてほ どなく黄色いれんがの道にたどりつき、えらいオズの暮らすエメラルドの都に向 かって進みはじめたのです。   いまや道は平らできれいに舗装されていましたし、まわりの国は美しいもの でした。だから旅人たちは、森を遠く後にできて大喜びで、いっしょにその陰気 な陰で出くわした多くの危険とも喜んでお別れしたのでした。ふたたび、道の脇 には柵があるのが見えました。でもこれは緑色に塗られていて、明らかにお百姓 さんが住んでいる小さな家に通りかかりましたが、これも緑色です。午後の間に そうした家を何軒か通り過ぎましたし、ときには人々が戸口まで出てきて、なに かききたそうにこちらを見ています。でも大きなライオンがいるせいで、だれも 近寄りませんし話しかけてもきません。みんなライオンがとてもこわかったので す。人々はみんな美しいエメラルドグリーンの服をきていて、マンチキンたちと 同じようなトンガリ帽子をかぶっていました。 「ここがオズの国にちがいないわ。まちがいなくエメラルドの都にも近づいてい るはずよ」とドロシー。   かかしが答えました。「そうだね。ここでは何でも緑なんだね。マンチキン たちの国では、青がお気に入りの色だったけれど。でもここの人はマンチキンた ちほどは人なつっこくないよだし、今晩泊まる場所も見つけられそうにないよ」 「果物以外に何か食べたいわ。トトも腹ぺこのはずだし。次の家に寄って話をし てみましょうよ」と少女はいいました。   そこで大きめの農家にやってくると、ドロシーは大胆に戸口にいって戸を叩 きました。婦人がかろうじて外が見えるくらいに戸を開き、こう言いました。 「何の用だね、小さいの。それとあのでかいライオンは何をしてるんだい?」 「お許しいただければ一晩泊めていただきたいんですけど。それとライオンはあ たしの友だちで同志ですし、絶対に危害を加えたりはしません」 「おとなしいかい?」と婦人はもう少しだけ戸を開けました。 「そりゃもう。それにとっても臆病なんですよ。あなたがライオンをこわがるよ りも、ライオンのほうがあなたをこわがってるんです」   婦人は思案して、もう一度ライオンを見ました。「ふむ。そういうことなら お入り。ごはんと寝るところをあげよう」   そこでみんな家に入りましたが、そこには婦人のほかに子供ふたりと男性が おりました。男性は脚にけがをしていて、すみの長いすに横になっています。み んなこんな不思議な一行を見てとても驚いておりまして、婦人が忙しくテーブル の用意をする間、男性がたずねました。 「みんな、どこへいくんだね?」 「エメラルドの都です。えらいオズに会うんです」とドロシー。   男性は声をあげました。「ああなるほど! でもオズは本当に会ってくれる のかい?」 「会わないとでも?」 「だって、オズは絶対にだれにも会わないと言われているだよ。わたしはエメラ ルドの都には何度もったし、美しくてすばらしいところだよ。でも一度もえらい オズにはあわせてもらえなかったし、生きている人でオズに会ったという人もだ れも知らん」 「オズは外には出ないんですか?」とかかし。 「決して。毎日宮殿の大きな玉座の間にすわって、身の回りの世話をする人たち でも、直接顔を合わせることはないそうだよ」 「どんな人なんですか?」と少女。 「それはなかなか答えにくいな」と男性は考え込んでいいました。「つまりオズ はえらい魔法使いなので、どんな姿にでもなれるんだよ。だからある人は、鳥み たいだという。ある人はゾウみたいだと。ネコみたいだという人もいる。美しい 妖精の姿だったり、お菓子になったり、思いのままどんな姿にでもなるんだ。で も本当のオズが、その本来の姿のときに何者なのかは、生きている人で知る者は ないんだ」 「それはとても不思議ね。でも何とかして会わないと。さもないとこれまでの旅 が無駄になっちゃうわ」とドロシー。 「どうしておそろしいオズに会いたいんだね?」と男性。 「ぼくは脳みそをもらいたいんです」とかかしは熱心に言いました。 「ああ、オズなら簡単なことだろう。自分で要るよりたくさん脳みそを持ってる んだから」男性はきっぱりと言います。 「わたしは心がもらえないかと」とブリキの木こり。 「造作もないこと。オズはありとあらゆる大きさと形の心を集めてるから」と男 性は続けます。 「そしてわたしは勇気がもらいたい」と臆病ライオン。 「オズは玉座の間で勇気を大きなおなべに入れてあるんだ。そして金のお皿でふ たをして、あふれないようにしてある。喜んであんたにわけてくれるだろう」 「そしてあたしはカンザスに送り返してほしいんです」とドロシー。 「カンザスってどこ?」と男性はびっくりしてたずねました。 「わかんないんです」ドロシーは悲しそうに言います。「でもあたしのおうち で、どっかにはあるはずなんです」 「なるほどそうだろう。まあオズならなんでもできる。だからカンザスも見つけ てくれるだろう。でもまずはオズに会わないとな。これはなかなかむずかしい。 大魔法使いはだれにも会いたがらないし、いつも自分の流儀を通すお方だから な。ところでおまえは何がほしいんだい?」と男は、続けてトトに話しかけまし た。トトはしっぽをふっただけでした。というのも、こう言うのも変な話です が、トトはしゃべれなかったのです。   ここで婦人が、夕食ができたと呼びましたので、みんなテーブルのまわりに 集まりまして、ドロシーはおいしいおかゆと、いりたまごと、すてきな白パンを 食べ、食事を楽しみました。ライオンもおかゆを少し食べましたが、気に入ら ず、これは大麦でできているが大麦はウマの食べ物であってライオン向きじゃな いと言いました。かかしとブリキの木こりは何も食べません。トトは何でも少し ずつ食べて、またおいしい夕食にありつけたのでありがたく思っていました。   さて婦人は今度はドロシーに眠るベッドを与えてくれまして、トトはその横 に寝て、ライオンはその部屋の入り口をまもって邪魔されないようにしました。 かかしとブリキの木こりはすみに立って一晩中静かにしていましたが、もちろん 眠りはしませんでした。   翌朝、日が昇ると同時に、みんな出発して、やがて前方の空に美しい緑の輝 きが見えてきました。 「あれがエメラルドの都にちがいないわ」とドロシー。   歩き続けると、その緑の輝きはますます明るくなって、ついに旅も終わりに 近づいているようでした。でも、都をとりまく大きな壁にたどりついたのは、午 後になってからのことでした。壁は高く分厚く、まばゆい緑でした。   その前の、黄色いれんがの道の終点には大きな門があって、一面にエメラル ドがちりばめられて、太陽の中でぎらぎら輝いたので、絵の具で描いただけのか かしの目ですらくらみそうになったほどです。   門の横には呼び鈴があって、ドロシーがボタンを押すと、中で金属っぽいカ ラカラいう音が聞こえました。すると大きな門がゆっくりと左右に開いて、みん なが中に入ると、そこは天井の高いアーチになった部屋で、その壁も無数のエメ ラルドで輝いています。   目の前にいるのはマンチキンたちと同じくらいの大きさの小男でした。頭の てっぺんからつま先まで全身緑ずくめで、肌の色さえちょっと緑がかっていまし た。その横には大きな緑の箱がありました。   ドロシーと仲間たちを見て、その人がこう言いました。 「エメラルドの都に何のご用かな?」 「えらいオズにお目にかかりにきたんです」とドロシー。   男はこの答えにびっくりしすぎて、すわって考え込んでしまいました。 「オズにお目にかかりたいという人がきたのは何年ぶりだろうか」と、とまどっ て首をふっています。「オズは強力でおそろしい方だし、大魔法使いの賢い思索 をどうでもいいつまらない雑用でじゃましにきたら、腹を立てて一瞬であんたた ちを消し去ってしまうかもしれんぞ」 「でもつまらない雑用じゃないし、どうでもよくなんかないんです」とかかしは 答えました。「だいじな用なんです。それにオズはよい魔法使いだとききました」 「確かにその通り」と緑の男は言います。「そしてエメラルドの都を賢く立派に 治めておいでだ。でも正直でない者や、好奇心で会いたがる者に対してはとても 恐ろしいので、直接会いたいと頼む勇気を持った人はほとんどいない。わしは門 の守備兵で、あんたたちが大オズに会いたいというからには、宮殿にお連れしな ければならん。でもまずはこのメガネをかけていただこう」 「どうして?」とドロシーはききました。 「メガネをしないと、エメラルドの都のまばゆさと栄光で目がつぶれてしまうん だよ。都に暮らす人々でさえ、昼も夜もメガネをせにゃならん。みんな鍵をかけ てあるんだ。都が最初に作られたときにオズがそう命じたからな。はずすための 鍵を持っているのはわしだけだ」 そして大きな箱を開けると、それはあらゆる形と大きさのメガネでいっぱいでし た。どれも緑のガラスがはまっています。門の守備兵は、ドロシーにぴったりの ものを見つけてかけさせました。金のベルトが二本、頭のうしろにまわるように なっていて、それを閉める鍵は、門の守備兵が首にかけた鎖につながっているの でした。それをかけると、ドロシーがはずしたくてもはずせなかったのですが、 でももちろんエメラルドの都の輝きで目がつぶれるのはいやでしたから、何も言 いませんでした。   そして緑の男はかかしとブリキの木こりとライオンと、そして小さなトトに さえもメガネをあわせてかけさせまして、みんなしっかりと鍵をかけられました。   それから門の守備兵は自分でもメガネをかけて、宮殿まで案内する準備がで きたと話しました。壁の釘にかけた大きな黄金の鍵を手にとると、守備兵は別の 門をあけて、みんな後に続いてその門を通り、エメラルドの都の通りにふみだし たのです。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 11 すばらしいオズのエメラルドの都  緑のメガネで目を保護しても、ドロシーと友人たちはすばらしい都のまばゆさ でくらくらしました。通りに面して美しい家が並び、どれも緑の大理石でできて いて、そこらじゅうに輝くエメラルドがはめ込んであります。同じ緑の大理石で できた舗装道路を歩き、ブロックの継ぎ目にはエメラルドが一列にきっちりとは めこんであって、太陽の光の中で輝いています。窓は緑のガラスでした。都の上 の空でさえ緑がかっていますし、日ざしも緑でした。   人がたくさん歩き回っています。男も女も子供も。みんな緑の服をきて、 緑っぽい肌をしていました。みんな、ドロシーとその風変わりな連れの組み合わ せを不思議そうに見つめ、子どもたちはライオンを見るとみんな逃げ出してお母 さんのうしろに隠れるのでした。でも、だれも話しかけてきません。通りにはお 店がたくさんあって、並んでいるものはどれも緑色でした。緑のキャンデーや緑 のポップコーンが売られていて、他に緑のくつや緑の帽子、緑の服もいろいろ売 られています。あるところでは、緑のレモネードを売っている人がいましたし、 子どもたちがそれを買うところを見ると、支払いも緑の硬貨でされていました。   馬も、その他どんな動物もいないようです。人々は小さい緑の手押し車を押 して物を運んでいます。みんな幸せそうで、満足して栄えているようでした。   門の守備兵に導かれて大通りを進むうちに、都のど真ん中にある大きな建物 にやってきました。これが大魔法使いオズの宮殿でした。ドアの前には兵隊がい て、緑の制服を来て長い緑のひげをはやしています。 「ここにいる知らない者たちが、偉大なオズにお目通りを願っている」と門の守 備兵が言いました。 「中に入りなさい。伝言を伝えよう」と兵隊が答えます。   そこで一行は宮殿の門を通って、大きな部屋に通されました。そこには緑の じゅうたんと、エメラルドのはまった美しい緑の家具セットが置かれていまし た。兵隊は、部屋に生える前に緑のマットでみんなに足をふかせました。そして みんながすわると、礼儀正しくこう言いました。   「玉座の間のドアに赴いて、オズにあなたがたのご来訪を告げますので、く つろいでお待ちください」   兵隊が戻ってくるまでずいぶん待たされました。やっと戻ってきた兵隊に、 ドロシーは尋ねました。 「オズには会えましたか?」   兵隊は答えます。「いえいえ、わたしはオズを見たことがありません。で も、ついたての向こうにすわったオズに話して、ご伝言を伝えましたよ。望みと あらば話をきいてやろうとのことです。でも、部屋にはみなさんそれぞれお一人 ずつで入ること。そして一日にたった一人の話しかきかないとのことです。した がいまして、みなさんこの宮殿に何日かとどまるしかないので、旅のあとで心地 よく休めるお部屋に案内させましょう」   「ありがとうございます。オズは親切な方ですね」と少女は答えました。   兵隊がこんどは緑の笛をふくと、すぐにきれいな緑の絹のガウンを着た娘が 部屋にまいりました。美しい緑の髪と緑の目をしていて、ドロシーの前で深くお じぎをしながらこう言いました。 「おいでください、お部屋にご案内いたします」   そこでドロシーは、トト以外の友だちみんなにさよならを言って、犬をうで に抱えると、廊下七本をぬけ、階段を三階分のぼりまして、宮殿の正面側の部屋 にやってきました。実にすてきな小部屋で、ふかふかの気持ちいいベッドには、 緑の絹のシーツと緑のビロードのカバーがかかっています。部屋の真ん中には小 さな泉があって、宙に緑の香水を吹き上げており、それが見事に彫刻された緑の 大理石の池にまた落ちてくるのでした。美しい緑の花が窓に並び、小さな緑の本 が並んだ本棚もあります。後でドロシーがその本を開いてみると、風変わりな緑 の絵がいっぱいで、それがおかしすぎてドロシーは笑い出してしまいました。   たんすの中には、絹やサテンやビロード製の緑の洋服がたくさんありまし た。そしてどれもドロシーにぴったりです。   「何も遠慮はいりません。もし何か入りようでしたらベルを鳴らしてくださ い。オズは明日の朝にお迎えをよこしますので」と緑の少女が言いました。   緑の少女はドロシーを一人残して、他の一行のところに戻りました。そのそ れぞれを部屋に案内し、みんな自分が宮殿のとても快適な部屋に泊まることに なったのを知りました。もちろんこんな礼儀正しさは、かかしには何の意味もな いことでした。部屋にひとりきりになると、かかしは戸口を入ってすぐのところ にバカみたいにじっと突っ立って、朝を待っていたのでした。横になっても休ま るわけじゃないし、目も閉じられません。だから一晩中、部屋の隅で巣を作って いる小さなクモを眺めてすごし、ここが世界でもっともすばらしい部屋の一つだ なんてことはおかまいなしです。ブリキの木こりは、単に習慣でベッドに横にな りました。肉でできていた頃のことを覚えていたからです。でも眠れませんでし たので、一晩中関節を上げたり下げたりして、それがきちんと動くようにして過 ごしたのです。ライオンは、森の中の枯葉のベッドのほうがよかったし、部屋に 閉じこめられるのもいやでした。でもそんなことを心配するには賢すぎました。 そこでベッドに飛び乗るとネコのように丸くなり、ものの数分でのどを鳴らしな がら眠ってしまいました。   翌朝、朝ごはんの後で、緑の女中がドロシーを迎えにきまして、すばらしく きれいなガウンを着せてくれました――緑のひだつきサテンでできているのです。 ドロシーは緑の絹のエプロンをして、トトの首に緑のリボンを巻き、偉大なオズ の玉座の間に向かったのでした。   まずは大広間にやっていました。そこには宮廷の数多くの紳士淑女がいて、 みんな豊かな衣装を身につけています。この人たちは、おしゃべりするしかやる ことがありませんでしたが、でも毎朝玉座の間の外に毎朝集まるのでした。もっ とも、オズとの面会を許されたことは一度もなかったのでした。ドロシーが部屋 に入ると、みんな好奇心いっぱいで彼女をながめ、その一人がこうささやきました。   「本当に恐るべきオズの顔を目の当たりにするのかね?」   少女は答えました。「もちろんです。オズが会ってくださるなら」   「そりゃ会ってくれますよ」魔法使いに伝言を伝えてくれた兵隊が言いまし た。「でもオズは、人に会って欲しいと言われるのがあまりお好きではないんで す。実は、最初はずいぶん腹をたてて、追い返してしまえとおっしゃったんです よ。でもそこで、どんな風体なのかと尋ねられまして、あなたの銀のくつの話を すると、とても興味をお示しになりました。最後にあなたのおでこのしるしにつ いて話しますと、面会を許そうと決意なさったのです」   ちょうどそのとき、鐘がなって緑の少女がドロシーにこう言いました。 「あれが合図です。お一人で玉座の間に入らなくてはなりません」   少女が小さなドアを開けたので、ドロシーは勇気を出してそこを通ってみる と、すばらしい場所に出ました。大きな丸い部屋で天井は高いアーチになってお り、壁や天井や床はぎっしり並べた大きなエメラルドでおおわれています。天井 の中心には太陽と同じくらいまばゆい光があって、そのためにエメラルドがとて も見事にきらめきます。   でもドロシーがいちばん興味をひかれたのは、部屋の真ん中にそびえる緑の 大理石製の大きな玉座でした。椅子のような形をしていて、その他のすべてと同 じく宝石で輝いています。椅子の真ん中には、巨大な頭があるのですが、それを 支える身体もなければ、腕や脚もまるっきりありません。この頭には髪の毛もあ りませんでしたが、目や鼻や口はあって、ものすごい巨人の頭よりも大きいのです。   ドロシーが不思議そうにおびえながらこれを見上げていると、目がゆっくり と動いて、ドロシーを鋭くじっと見つめました。それから口が動いて、こんな声 がドロシーには聞こえました。 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私 を求めるのか?」   大きな頭からの声としては、思っていたほどひどい声ではありませんでし た。そこで勇気を出してこう答えました。 「あたしはドロシー、小さくてか弱い者です。助けていただきたくてまいりました」   目は、まるまる一分間もドロシーを考え深げに見つめました。それから声が こう言いました。 「その銀のくつはどこで手に入れた?」 「東の邪悪な魔女から手に入れたんです、あたしの家が魔女の上に落っこちて、 魔女を殺したときに」とドロシーは答えました。 「おでこのしるしはどこでついた?」と声はたずねます。 「これは北のよい魔女が、あたしにさよならを言ってあなたを訪ねに送り出した ときにキスしてくれたところです」と少女。   またもや目はドロシーを鋭く見つめましたが、いまの話が本当だと見極めま した。そしてオズは訪ねました。 「私に何を望むのだ?」 「カンザスに送り返してください。エムおばさんとヘンリー叔父さんのいるとこ ろへ」とドロシーは心の底から答えます。「あなたの国はとても美しいけれど、 でも好きじゃないんです。それにエムおばさんも、あたしがこんなに長いこと留 守にして死ぬほど心配してると思うんです」   目は三回まばたきして、それから天井を見上げ、床を見下ろし、さらに実に 奇妙な感じできょろきょろしたので、部屋の隅々まで眺め回しているようでし た。そしてやっと、再びドロシーを眺めました。 「なぜ私がお前のためにそんなことをせねばならんのだ?」とオズは訪ねます。 「だってあなたは強くてあたしは弱いんですもの。あなたはえらい魔法使いで、 わたしはただの寄る辺ない女の子でしかないんです」とドロシー。 「だがおまえは東の邪悪な魔女を殺すだけの力を持っていたではないか」とオズ。 「あれは成り行きです。どうしようもなかったんです」とドロシーはきっぱり答 えました。   頭は言いました。「そうか。私の答えを伝えよう。カンザスに送り返せとい うからには、かわりに私のたのみをきかなくてはならない。この国では、自分の 手に入れるものについてはすべてそれなりの代償を支払うのだ。私の魔法の力を 使って家に送り返してほしいのであれば、まずは私のためにやらなくてはならな いことがある。私を助けてくれたら、私もおまえを助けよう」 「何をしなくてはいけないのでしょうか?」と少女はたずねます。 「西の邪悪な魔女を殺すがいい」とオズが答えました。 「でもそんなの無理です!」とドロシーは大いに驚いてさけびました。 「おまえは東の魔女を殺したし、おまえのはいている銀のくつは強力な魔法を 持っている。いまやこの地に残る邪悪な魔女はたった一人。それが死んだと言え るようになったら、カンザスに送り返してやろう――だがそれまではだめだ」   少女は泣き出しました。本当にがっかりしてしまったのです。すると目はま たまばたきして心配そうに彼女を見つめました。まるでえらいオズが、ドロシー さえその気になれば自分を助けてくれるのに、とでも思っているかのようでした。 「あたしはわざと生き物を殺したことは一度もないんです」とドロシーはすすり 泣きました。「それに殺したくったって、どうすれば邪悪な魔女なんか殺せるん ですか? 偉大でおそろしいあなたですらご自分で殺せないものを、どうやって あたしに殺せとおっしゃるんですか?」   頭は言いました。「知らんな。だがそれが私の答えだ。そして邪悪な魔女が 死ぬまでは、おまえはおじさんにもおばさんにも会えぬのだ。忘れるな、この魔 女は邪悪だ――とんでもなく邪悪だ――だから死なねばならぬのだ。さあ行け、そし て仕事を終えるまではもう私に会おうとしてはならぬ」   ドロシーは悲しくてたまりませんでしたが玉座の間を去り、ライオンやかか しやブリキの木こりがオズの返事を聞こうと待っているところへ戻りました。 「もう何の希望もないわ。オズは西の邪悪な魔女を殺すまではおうちに返してく れないんですって。そんなの無理よ」ドロシーは悲しそうに言います。   友達みんな、ドロシーをかわいそうに思いましたが、どうにも手助けしよう がありません。だからドロシーは部屋に戻ってベッドに横たわり、泣きながら 眠ってしまいました。   翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がかかしのところにやってきてこう言いました。 「いっしょにいらしてください。オズがお呼びです」   そこでかかしは後にしたがい、大玉座の間に通されました。するとそこのエ メラルドの玉座にすわっているのは、実に美しい女性でした。緑の絹のガーゼを 身にまとい、流れる緑の巻き毛の上に宝石をちりばめた王冠をかぶっています。 その肩からは翼が生えていて、豪華な色合いをして実に軽く、ごくわずかな風に でも吹かれるとそよぐのです。   この美しい生き物の前でかかしが、そのわらの詰め物で可能な限りきれいに おじぎをしてみせると、女性は優しくかかしを見下ろしてこう言いました。 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在です。お前は何者ですの、そして何故 私を求めるのですか?」   さてかかしは、ドロシーが話してくれた巨大な頭に会うものと思っていたの で、とてもびっくりしていました。でも勇気を出してこう答えました。 「ぼくはただのかかしで、わらが詰まっているだけです。ですから脳がないの で、頭にわらのかわりに脳を入れてくれるようお願いしにまいったのです。そう すればあなたの領土にいるだれにもまけないいっぱしの人物になれるでしょうから」 「なぜわたしがそんなことをしなければいけませんの?」と婦人がたずねます。 「だってあなたは賢くで強力でいらっしゃるし、ほかにだれもぼくを助けられる 人はいないんです」とかかしは答えました。 「おかえしなしに願いを聞き届けたりはしませんのよ」とオズ。「でもこれだけ は約束しましょう。わたしのために、西の邪悪な魔女を殺してくれたら、大量に 脳みそを差し上げましょう。それも実によい脳みそで、オズの国で最高の賢者に なれるようなものを」 「魔女を殺せというのはドロシーに頼んだことじゃないんですか」かかしは驚い て言いました。 「頼みましたよ。だれがあの魔女を殺そうとかまわないのです。でもあの魔女が 死ぬまでは、望みはかなえてあげません。さあ行きなさい、そしてその求めてや まない脳みそを勝ち取るまでは、もうわたしに会おうとしてはなりません」   かかしはとても悲しい気持ちで友人たちのところへ戻り、オズの言ったこと を話しました。ドロシーは、大魔法使いが自分の見たような頭ではなく、美しい 婦人だったときいてびっくりしました。 「そうは言ってもね、あの女性はブリキの木こりに負けないくらい心が入り用だ ね」とかかし。   翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がブリキの木こりのところにきて言いました。 「オズがお呼びです。こちらへどうぞ」   そこでブリキの木こりは後について大きな玉座の間にやってきました。オズ が美しい婦人になるか頭になるかは知りませんでしたが、美しい婦人だといい な、とは思いました。「だって、もし頭なら絶対に心なんかもらえないだろう。 頭には心臓がないから、ぼくに同情したりはできないはずだ。でも美しい婦人な ら、とにかく拝み倒して心をもらうんだ。ご婦人方はみんな心優しいというか ら」と木こりは自分に言い聞かせました。   でも木こりが大きな玉座の間にはいると、そこにいたのは頭でもなければ婦 人でもありません。オズは実におそろしい獣の姿をしていたのです。大きさはゾ ウほどもあって、緑の玉座でもその重みをささえきれるか怪しそうです。獣はサ イのような頭をしていましたが、顔には目が五つもあります。体からは長い腕が 五本生え、長く細い脚も五本はえています。前進をぶあついもじゃもじゃの毛が 覆っていて、これ以上はないというくらい恐ろしげです。ブリキの木こりに今の ところ心臓がなかったのは幸運でした。あったら恐ろしくてすごい音でドキドキ したでしょうから。でもただのブリキの木こりはちっともこわくありませんでし た。ただとてもがっかりしただけです。 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私 を求めるのか?」と獣は、すさまじい咆哮のような声で一息に言いました。 「わたしは木こりで、ブリキでできています。だから心がなく、愛することがで きません。お願いですから心をください。ほかの人々と同じようになりたいのです」 「なぜそんなことを私がせねばならんのだ?」と獣が問いただします。 「わたしがお願いするからです。そしてこの望みをかなえられるのはあなただけ だからです」と木こりは答えました。   オズはこれを聞いて低くうなりましたが、不機嫌そうにこう言いました。 「本当に心を望むのであれば、それを勝ち取らねばならない」 「どうやって?」と木こりがききます。   獣は申します。「ドロシーが西の邪悪な魔女を殺すのを手伝え。魔女が死ん だら戻ってこい。そうしたらオズの国で最大の最も親切で愛に満ちた心をくれて やろう」   そこでブリキの木こりは仕方なく悲しい思いで友達のところに戻り、自分の 見た恐ろしい獣のことを話しました。みんな、大魔法使いがいろいろな姿を取れ ることを大いに不思議がりました。するとライオンは言いました。 「わたしが会見するときにオズが獣だったら、思いっきり吠えて怖がらせて、望 みをかなえさせよう。そして美しい婦人だったら、飛びかかるふりをして、こち らの要求にしたがうようにさせよう。そして大きな頭だったら、こっちの思うつ ぼだ。部屋中その頭をゴロゴロ頃がして、こちらの願いを叶えると約束するまで やめない。だから友人諸君、元気を出したまえ。すべてはまだよくなる見込みが あるんだから」 翌朝、緑のヒゲの兵隊がライオンを大きな玉座の間に案内し て、オズにお目通りするよううながしました。 ライオンはすぐにドアを入り、 見回して目に入ったのは、驚いたことに玉座の前にいる火の玉でした。実に強烈 に燃えて輝いていたので、ほとんど正視できません。最初、オズがうっかり自分 に火をつけてしまって炎上しているのかと思いました。でも近づこうとしてもあ まりに熱がすごくて、ヒゲが焦げてしまったので、ライオンはふるえながらコソ コソと、ドアに近い場所に戻りました。 すると火の玉から低く静かな声がし て、こう申しました。 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者ですか、そして何 故私を求めるのですか?」そしてライオンはこう答えます。 「わたしは臆病ライオンで、すべてがこわいのです。勇気を与えてくださいとお 願いに参りました。そうすれば人間たちが呼ぶような百獣の王に本当になれるか らです」 「なぜ勇気をやらねばならないのでしょう?」とオズが問いただします。 「あらゆる魔法使いの中であなたが最も偉大ですし、この望みをかなえられるの はあなただけだからです」とライオンは答えました。   火の玉はしばし強烈に燃え上がり、そして声がこう言いました。 「西の邪悪な魔女が死んだという証拠を持ってきなさい。そうしたら一瞬で勇気 をあげます。でも魔女が生き続ける限り、おまえも臆病なままです」   ライオンはそう言われて腹がたちましたが、何も返答できず、だまって火の 玉を見つめているうちにそれがとんでもなく熱くなってたので、しっぽを巻いて 部屋から逃げ出しました。すると友人たちが待っていてくれたのでうれしく思い まして、この魔法使いとの恐ろしい面談の話を聞かせました。 「じゃあどうしましょう?」とドロシーが悲しそうにたずねました。 「できることは一つしかない」とライオンが答えます。「それはウィンキーたち の国に行って、邪悪な魔女を探し出して倒すことだ」 「でもできなかったら?」と少女。 「そうしたらわたしは決して勇気をもてないだろう」とライオンが宣言しました。 「そしてぼくは決して脳みそをもてない」とかかしが言い足します。 「そしてわたしは決して心を持てない」とブリキの木こり。 「そしてあたしは二度とエムおばさんやヘンリーおじさんに会えないのね」と 言ってドロシーは泣き出しました。   緑の少女が叫びました。「気をつけて! 涙がその緑の絹のガウンに落ちた らしみになりますよ」   そこでドロシーは涙をふいて言いました。 「やるしかないようね。でもあたしは絶対にだれも殺したくないのよ、エムおば さんにまた会うためとはいえ」 「わたしもいっしょに行こう。でも臆病すぎて魔女を殺せないだろうが」とライ オン。 「ぼくも行くよ」とかかしが宣言します。「でもあまり役には立てないだろうな あ、こんなにバカだから」 「わたしは魔女を殺せるほどの心臓すらないんだよ」とブリキの木こりが言いま す。「でもきみが行くなら、わたしも是非とも行こう」   そういうわけで、翌朝出発することに決めまして、木こりは緑の砥石で斧を 研いで、間接に全部きちんと油をさしました。かかしは新鮮なわらを詰め直し、 ドロシーが目をきれいに描き直してもっとよく見えるようにしてあげました。み んなにとても親切だった緑の少女は、ドロシーのバスケットにおいしい食べ物を たくさん詰めてくれて、トトの首に緑のリボンで小さな鈴をつけてくれました。   みんなずいぶん早く寝て、日が昇るまでぐっすり眠りましたが、宮殿の裏に すむ緑のオンドリのときの声と、緑の卵を産んだめんどりのコッコという鳴き声 で目が覚めました。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 12 邪悪な魔女をさがして  緑のひげをはやした兵隊は、エメラルドの都の通りを案内して、一同は門の守 備兵の住む部屋にやってきました。この係官はみんなのめがねの鍵をはずし、大 きな箱に戻すと、礼儀正しくわれらが友人たちのために門を開けてくれました。 「西の邪悪な魔女のところに行く道はどれですか?」とドロシーがたずねました。 「そんな道はないな。そっちの方に行きたがる人はだれもおらんから」と門の守 備兵が答えました。 「じゃあどうやって魔女をさがせというの?」少女は問い詰めます。 「それなら簡単だ。あんたらがウィンキーたちの国に入ったことを知ったら、魔 女のほうがあなたたちを見つけて、みんな自分の奴隷にしてしまうだろうから」 「そうはいかないかも。ぼくたちは彼女をたおすつもりなんだ」とかかし。 「それなら話は別だ」と門の守備兵は言いました。「これまで彼女を倒した人は いないので、わしは当然あなたたちもほかのみんなと同じように奴隷にされるも のと思ってたからな。でもご注意を。魔女は邪悪で兇暴だから、簡単には倒され ないかもしれんぞ。日が沈む西のほうに向かえば、まちがいなく見つかるだろう」   みんなは守備兵にお礼をいって、さよならをいうと西に向かい、あちこちに ヒナギクやバターカップが散った柔らかい草原を歩き出しました。ドロシーはま だ宮殿で着たきれいな絹のドレスを着ていましたが、おどろいたことにそれは今 や緑ではなく、真っ白なのでした。トトの首に巻いたリボンもまた緑色が消え て、ドロシーの服と同じく白くなっていました。   エメラルドの都はやがてはるか後ろになりました。前に進むにつれて、地面 はだんだんでこぼこして坂道になってきました。というのもこの西の国には畑も 家もなく、地面は耕されていなかったのです。   午後になると太陽が暑くみんなの顔に照りつけました。蔭を作ってくれる木 もありません。だから夜になる前に、ドロシーとトトとライオンは疲れてしま い、草の上に横たわって寝てしまいました。木こりとかかしは見張りをつとめます。   さて西の邪悪な魔女は片目しかありませんでしたが、その目は望遠鏡のよう に強力で、どこでも見ることができました。だから自分の城の戸口にすわった魔 女がたまたまあたりを見回していると、横になって眠っているドロシーと、それ を取り巻く友だちを見つけました。みんなずいぶん遠くにいたのですが、邪悪な 魔女はみんなが自分の国にいるので腹をたてました。そこで首にかけた銀の笛を 一回吹いたのでした。   すぐに四方八方から大きなオオカミの群れが走ってきました。みんな長い足 をおっかない目と鋭い歯をしています。 「こいつらのところへいって、細切れに引き裂いておしまい」と魔女は言います。 「奴隷にするんじゃないんですか?」とオオカミの首領がたずねました。 「いや。ひとりはブリキで、ひとりはわらだ。一人は女の子で一人はライオン。 どれも仕事にはむいてない。だから細切れに引き裂いてかまわないよ」と魔女は 答えました。 「わかりました」とオオカミは言うと、全速力で駆け出し、ほかのみんなも後に 続きます。   運のいいことに、かかしと木こりが起きていてオオカミの来襲を聞きつけま した。   木こりがいいました。「これはわたしの戦いだ。みんな後ろへ。わたしがや つらのお相手をしよう」   木こりはとても鋭くした斧をつかみまして、オオカミの首領が飛びかかって くると、ブリキの木こりは腕を振るい、頭を胴体から切断したので、オオカミは すぐに死んでしまいました。また斧をふりあげると共に、次のオオカミがとびか かり、これもブリキの木こりの武器がもつ鋭い刃の下に倒れました。オオカミは 四〇匹おりまして、一匹ずつオオカミが殺されること四〇回。とうとうみんな、 木こりの前に山をなして死んでしまいました。   そして木こりは斧をおろしてかかしの横にすわると、かかしは「みごとな戦 いだったよ」と言うのでした。   二人はドロシーが翌朝目を覚ますのを待ちました。少女は毛むくじゃらのオ オカミが大きな山になっているのを見てとてもこわがりましたが、ブリキの木こ りがすべてを話しました。ドロシーは助けてもらったお礼をいうと、腰をおろし て朝ご飯をたべ、その後みんな旅を続けました。   さてその同じ朝、邪悪な魔女はお城の戸口にやってきて、遠くまで見渡せる 片目であたりを眺めました。オオカミたちがみんな死んで、見知らぬ連中がまだ 自分の国を旅しているのを見ました。これで魔女は前よりもっと腹をたてたの で、銀の笛を二回吹きました。   すぐさま野生のカラスの大きな群れが魔女のほうにやってきて、それがあま りに多くて空が暗くなってしまうほどでした。   そして邪悪な魔女はカラスの王さまに言いました。「すぐにあのよそ者たち のところへ飛んでいけ。目玉を突きだして引き裂いておやり」   野生のカラスたちはすぐに大きな群れを作って、ドロシーと仲間たちのほう へ飛んでいきました。少女はカラスの来襲を見ると怖くなりました。   でもかかしがこう言うのでした。「これはぼくの戦いだ。脇に伏せていれば けがをせずにすむよ」   そこでかかし以外のみんなは地面に伏せました。かかしは立ち上がって腕を のばします。そしてカラスがかかしを見ると、みんなおびえました。鳥というの はかかしを見るとこわがるものだからです。そして近づこうとはしません。でも カラスの王さまはいいました。 「あれはただの詰め物をした人だぞ。オレが目玉を突きだしてやる」   カラスの王さまがかかしに向かって飛ぶと、かかしはその頭をつかまえて首 をひねって殺してしまいました。そして次のカラスが飛びかかると、かかしはま た首をひねります。カラスは四〇羽、かかしが首をひねること四〇回、やがてみ んなかかしの横に死んで横たわっていました。それからかかしは仲間たちに立ち 上がるように言いまして、みんな旅を続けたのでした。   邪悪な魔女がまた見渡して、自分のカラスたちがみんな山になって死んでい るのを見ると、カンカンに起こってしまい、銀の笛を三回吹き鳴らしたのでした。   たちまち宙にすさまじいブンブン言う音がして、黒いハチの群れが飛んでき ました。   「よそものたちのところにいって刺し殺しておしまい!」と魔女が命じる と、ハチたちは向きをかえて、歩いているドロシーと友人たちのところにやって きました。でも木こりはそれを見つけておりましたし、かかしは手を考えてあり ました。 「ぼくのわらを取り出して、女の子と犬とライオンにかぶせるんだ。そうしたら ハチは刺せない」とかかしは木こりに言いました。木こりはその通りにして、ド ロシーはライオンのすぐ横に横たわってトトをうでに抱いていると、わらがみん なを完全に覆いました。   ハチたちは着いてみると、刺せる相手が木こりしかおりませんでしたので、 みんな木こりに群がりましたが、針がブリキに当たって折れてしまい、木こりは 痛くもかゆくもありません。そしてハチは針が折れると生きていけないので、黒 いハチたちはそれで一巻の終わりとなり、みんな木こりのまわりに、細かい石炭 の小さな山のように積み上がって散乱しているのでした。   ドロシーとライオンは立ち上がり、少女はブリキの木こりと一緒に、かかし にわらをつめなおしてあげたので、かかしも前と変わらないくらいになりまし た。そしてみんな、また旅を続けたのです。   邪悪な魔女は、自分の黒いハチたちが細かい石炭の小さな山のようになって いるのを見て、とんでもなく腹をたて、足をふみならして髪の毛をひきぬき、歯 をガチガチいわせました。そして奴隷のウィンキーたち十二人を呼び、鋭い槍を 渡すと、よそ者たちのところへいって倒してこいといいました。   ウィンキーたちは勇敢な人々ではありませんでしたが、言われた通りにする しかありません。そこで行進してドロシーの近くにやってきました。するとライ オンがすさまじく吠えてウィンキーたちのほうへ躍りかかりましたので、かわい そうなウィンキーたちはふるえあがって、一目散に駆けもどってきたのでした。   一同が城に戻ると邪悪な魔女はベルトで思いっきりみんなを殴りつけてから 仕事に戻し、次にどうしようかすわって考えたのでした。よそ者たちを倒そうと する計画がどれも失敗したのはなぜなのか、どうしても解せません。でもこれは 邪悪なばかりでなく強い魔女でもあったので、やがてどうしようか腹を決めたの でした。   魔女の食器棚のなかには金の帽子があって、ふちはダイヤとルビーが取り巻 いています。この金の帽子には呪文がかかっています。これを所有する人はだれ でも三回だけ翼ザルを呼び出せるのです。翼ザルは、どんな命令にでもしたがい ます。でも、三回以上命令できる人はだれもいません。邪悪な魔女はすでに二 回、この帽子の呪文を使っていました。一回目はウィンキーたちを奴隷にしてこ の国を自分が支配するようにしたとき。これを手伝ったのが翼ザルでした。二回 目は、えらいオズ自身と戦って、かれを西の国から追い出したとき。これまた翼 ザルに助けがあったのです。この金の帽子を使えるのはあと一回でしたから、他 の力を使い果たすまでは、魔女としてもこれを使いたくはありませんでした。で も、凶暴なオオカミや野生のカラスや刺すハチたちがいなくなり、奴隷たちが臆 病ライオンにおどかされて追い払われたので、ドロシーと友人たちを倒すにはこ れしかないと考えたのです。   そこで邪悪な魔女は食器棚から金の帽子を取り出して頭にかぶりました。そ れから左足で立つと、ゆっくりとこう言いました: 「エッペ、ペッペ、カッケ!」   それから右足で立ってこう言います: 「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」   その後、両足で立って大声でさけびました。 「ジッジー、ズッジー、ジク!」   すると呪文が効きはじめました。空が暗くなり、低いとどろくような音が聞 こえてきます。たくさんの翼がばさばさと音を立て、おしゃべりや笑い声がたく さん聞こえて、そして暗い空から太陽が顔を出すと、邪悪な魔女はサルの群れに 囲まれていましたが、そのサルたちはみんな、肩に巨大で強力な翼を一対はやし ているのです。   中でもずっと大きな一匹が、どうやら首領のようです。それが魔女の近くに 飛んできました。「三回目、最後の呼び出しですよ。ご命令は?」 「あのあたしの国にいるよそ者たちのところへいって、ライオン以外みんな倒し ておしまい」と邪悪な魔女は申しました。「獣はここへ連れておいで。馬みたい につないで働かせようと思うから」 「ご命令通りにいたします」と首領は言いました。そして、かなりの笑いとお しゃべり声と騒音をたてながら、翼ザルたちは飛び立ってドロシーと友だちが歩 いているところへやってきました。   サルの一部はブリキの木こりをつかまえると宙を運び、鋭い岩でいっぱいの 土地にやってきました。そしてかわいそうな木こりをそこに落とすと、遙か上か ら岩に落ちた木こりはボコボコになってへこんでしまい、動くどころかうめくこ ともできなくなりました。   他のサルはかかしをつかまえ、長い指で服と頭のわらを全部引っ張り出して しまいました。帽子とながぐつは小さな束にして、高い木のてっぺんの枝に放り 投げてしまいました。   後のサルたちは、強い縄をライオンのまわりに投げかけて、胴体と頭とをぐ るぐる巻きにしたので、もう噛んだりひっかいたり抵抗したりできなくなりまし た。それからそのライオンをかかえあげて、魔女の城に飛んで戻り、逃げられな いように高い鉄の柵をつけた小さな庭に入れられたのでした。   でもドロシーには指一本触れませんでした。トトを抱いたまま、仲間たちの 悲しい運命をながめて、間もなく自分の番だわと思って立ちつくしておりまし た。翼ザルの首領は飛んでドロシーに近寄ります。その長い毛深い腕をのばし、 醜い顔は恐ろしい笑いを浮かべていました。でもおでこのよい魔女のキスのしる しを見ると、ぴたりと止まって、他のサルたちにも手を出すなと合図をしました。 「われわれはこの少女を傷つけられないぞ。この子は善の力で守られている。善 の力は悪の力より強いんだ。邪悪な魔女の城に運んで、そこに置いてくるしかな い」と翼ザルの親玉はみんなに言いました。   そこで注意深くそっと、翼ザルたちはドロシーを抱え上げて、さっと宙を運 んで城に戻ると、入り口の階段におろしました。そして親玉は魔女に言いました。 「できる限りご命令にはしたがいました。ブリキの木こりとかかしは破壊され、 ライオンはしばって中庭につれてきました。少女は傷つけることはできないし、 この子が抱いている犬にも手がだせません。われらが群れに対するあなたの力は これで終わりであり、あなたはもう二度とわれわれに会うことはありません」   そして翼ザルはみんな、かなりの笑いとおしゃべり声と騒音をたてながら宙 に舞い上がると、やがて見えなくなりました。   邪悪な魔女は、ドロシーのおでこのしるしを見て、びっくりして不安になり ました。というのも、翼ザルも自分自身も、これではまったくドロシーに手が出 せないのがわかったからです。ドロシーの足を見下ろして銀の靴を見ると、魔女 はこわくてふるえだしました。その靴が実に強力な呪文をそなえているのを知っ ていたからです。最初、魔女はドロシーから逃げ出したくなりました。でも子供 の目をのぞきこんでみると、その背後にある魂が実に単純であることを知り、銀 の靴が与えてくれるすばらしい力のことも知らないとわかりました。そこで邪悪 な魔女はこっそり笑ってこう思いました。「力の使い方を知らないんだから、ま だ奴隷にはできるわね」そしてドロシーに、冷たく厳しくこう言いました。 「こっちにおいで。何でも言われた通りにするんだよ。さもないと、おまえも一 巻の終わりだよ、ブリキの木こりやかかしと同じ目にあわしてやる」   ドロシーは魔女のあとについて、お城の美しい部屋をたくさん通り抜けて台 所にやってきました。そこで魔女はドロシーにおなべややかんを洗わせて、床を 掃かせ、火にたきぎをくべさせたのでした。   ドロシーは元気なく仕事にかかり、とにかくがんばって働こうと結審しまし た。魔女に殺されないだけましだと思ったのです。   ドロシーがいっしょうけんめい働いているので、魔女は中庭にいって臆病ラ イオンを馬のように縄につなごうとしました。ドライブにいくときに、馬車をラ イオンにひかせたら絶対におもしろかろうと思ったのです。でも門をあけるとラ イオンは大きく吠えて、思いっきり魔女に飛びかかったので、魔女は怖くなって 駆けだし、また門を閉じてしまいました。 「おまえを縄につけられないなら、飢えさせてやろう。こっちの言うことをきく までは何もたべさせなからね」と魔女は、門の鉄格子の間からライオンに言いま した。   そしてその後は、とらわれのライオンには何も食べ物をあげませんでした。 でも毎日魔女はお昼に門のところにやってきて、こうきくのでした。「馬みたい に縄につながれる用意はできたかえ?」   するとライオンは答えます。「いいや。もしこの庭に入ってきたら、かみつ いてやるからな」   ライオンが魔女の言うことをきかなくてよかったのは、毎晩この女が眠って いる間に、ドロシーが食器棚から食べ物をライオンに運んでいたからなのです。 食べ終わったらライオンはわらの寝床に横になり、ドロシーもその横に寝て、頭 をその柔らかいもじゃもじゃのたてがみにもたせかけ、そして二人は苦労を語り 合って、逃げ出す方法を計画しようとしました。でも城から逃げ出す方法は見つ かりません。いつも黄色いウィンキーたちに守られていたからです。ウィンキー たちは邪悪な魔女の奴隷で、魔女の命令に背くのをこわがっていました。   少女は昼間はいっしょうけんめい働かなくてはならず、魔女はしょっちゅ う、いつも手に持っている古い傘でなぐってやるとおどかすのでした。でも実 は、おでこのしるしのおかげで、魔女は決してドロシーを叩くことはできないの でした。子供はこれを知らなかったので、自分とトトのためにおびえきっていま した。あるとき、魔女はトトを傘でなぐりつけ、勇敢な犬はおかえしに飛びか かって脚にかみつきました。魔女はかまれても血が出ませんでした。邪悪すぎ て、体内の血が何年も前に干上がってしまったからです。   カンザスやエムおばさんのところに戻るのが前よりずっとむずかしくなった ことがだんだんわかってきて、ドロシーの暮らしはとても悲しいものとなりまし た。ときには何時間もおいおいと泣き、それをトトが足下にすわって顔を見上 げ、女主人のためにとても悲しいのだと示すために、惨めに鼻をクンクン鳴らし ておりました。トトは実は、カンザスにいようとオズの国にいようとどうでもよ くて、ドロシーさえいっしょならよかったのです。でも少女が悲しいのがわかっ たので、自分も悲しくなってしまいました。   さて邪悪な魔女は、少女がいつもはいている銀の靴を自分のものにしたくて たまりませんでした。ハチもカラスもオオカミたちも、みんな山になってひから びつつありますし、銀の帽子の力も使い切ってしまっていますが、もし銀の靴さ え手に入れば、失ったものすべてに勝るだけの力を手に入れられるのです。そこ でドロシーを注意深く見張って、靴をぬがないかと待っていました。そうしたら 盗んでやろうと思ったのです。でもこの子はきれいな靴が誇らしくて、夜とお風 呂のとき以外はぬぎませんでした。魔女は暗闇がとてもこわかったので、靴のた めでも夜にドロシーの部屋には入りたくありませんでしたし、水は暗闇よりもっ とこわかったので、ドロシーがお風呂に入っているときには決して近寄りません でした。実はこの年寄りの魔女は決して水にさわらず、水が自分に触れることも 決して許さなかったのでした。   でもこの邪悪な生き物はとてもずるがしこいので、欲しいものを手に入れる ための手口を考えつきました。台所の床の真ん中に鉄の棒をおいて、魔術を使っ てその鉄が人間の目には見えないようにしました。だからドロシーが床を横切る と、その棒が見えなかったのでつまづいて、思いっきりころんでしまいました。 けがはしませんでしたが、ころぶときに銀の靴が片方ぬげてしまいました。そし てそれに手をのばすより先に、魔女がうばいとって自分のやせた足にはいたので した。   邪悪な女は自分の手口がうまくいったのでとげもご満悦でした。靴が片方あ れば、その呪文の力の半分は手に入れたわけですし、ドロシーがその力を使えた としても、魔女を倒すのには使えないからです。   少女は、きれいな靴を片方なくしたのに気がついて腹を立てて魔女に言いま した。「靴を返して!」   魔女は言い返しました。「いやなこった。これはもうあたしの靴であって、 おまえんじゃないんだからね」 「ひどい生き物ね、あなたって! あたしの靴を取っていいはずがないでしょ う!」とドロシーは叫びます。   魔女は笑いながら言いました。「それでも靴はもらっとくよ。いつの日か、 もう片方もお前からとってやる」   これでドロシーはカンカンに腹をたてまして、近くの水のバケツをつかむと 魔女にぶちまけて、頭からつま先までびしょぬれにしてしまいました。   すぐに邪悪な女は恐怖の叫び声をあげて、そしてドロシーがびっくりして見 つめる中で、魔女は縮んでつぶれはじめたのです。 「なんてことをしてくれたんだい! あと一分であたしゃとけちまうよ」と魔女 は叫びました。 「本当にごめんなさい」ドロシーは、魔女が目の前で黒砂糖みたいに本当にとけ ていくのを見て、心底怯えていたのでした。 「水にあうとあたしがおしまいだって知らなかったのかえ?」と魔女は、哀れっ ぽい悲しそうな声で尋ねました。 「もちろん知らなかったわよ。知ってるはずがないでしょう」とドロシー。 「ふん、あと数分であたしは完全にとけちゃうよ。城はおまえのものだ。あたし は邪悪な生涯を送ったが、おまえみたいな娘っこにとかされて、邪悪な行いを終 えさせられようとは思ってもいなかったよ。ほらごらん――消えちゃうよ!」   そう言うと同時に、魔女は茶色いドロドロの形なきかたまりになって、きれ いな台所の床板の上に流れだしました。本当に魔女がとけて消えたのを見ると、 ドロシーはバケツの水をもういっぱい持ってきて、その汚れにかけました。それ からみんなまとめて戸口から掃き出してしまいました。老婆が後に残した唯一の ものである銀の靴をひろうと、それを洗って布でかわかし、また自分の足にはき ました。そして、やっと自分の好きにできるようになったので、中庭にかけだし て、西の邪悪な魔女はもうおしまいで、自分たちも異国の地の囚人ではなくなっ たことをライオンに告げたのです。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 13 救出   臆病ライオンは、邪悪な魔女がバケツの水でとけてしまったときいて大喜び でした。そしてドロシーはすぐに牢屋の門の鍵をあけてライオンを外に出してあ げたのです。二人は城にいって、ドロシーがまずやったのは、ウィンキーたちみ んなによびかけて、もう奴隷じゃなくなったと教えてあげることでした。   黄色いウィンキーたちは大喜びでした。というのも、邪悪な魔女のために何 年にもわたってつらい仕事を強いられてきたのですから。魔女はいつもみんなを とても残酷に扱ったのでした。ウィンキーたちはこの日をそれからずっと祝日と して、お祝いと踊りに費やしたのでした。 「友だちのかかしとブリキの木こりさえいたらなあ。そうすれば文句なしに幸せ なのに」とライオンがいいました。 「助けてあげられないものかしら?」少女は熱心に尋ねました。 「やってみようか」とライオンは答えます。   そこで二人は黄色いウィンキーたちを呼び出して、友だちを助けるのを手 伝ってくれないかと頼みますと、ウィンキーたちは自分たちをくびきから解放し てくれたドロシーのためなら、喜んで全力をつくしましょうと申しました。そこ でいちばん賢そうなウィンキーたちを何人か選ぶと、みんなで出発しました。そ の日一日と翌日の半ばまで旅して、ブリキの木こりがボコボコになってひしゃげ ている岩地にやってきました。斧は近くにありましたが、刃がさびて、柄も折れ て短くなっています。   ウィンキーたちは木こりをそっとうでに抱えあげ、黄色い城へ運んで戻りま した。道中、ドロシーは旧友の悲しい運命に涙を少し流し、ライオンは生まじめ で悲しそうな様子でした。城につくと、ドロシーはウィンキーたちに言いました。 「この中にブリキ職人はいませんか?」 「ええいますよ。とても腕のいいブリキ職人が何人かいます」とみんなは言いま した。 「じゃあその人たちをつれてきて」とドロシー。そしてブリキ職人が、道具をみ んなかごに入れてやってくると、ドロシーは問いただしました。「ブリキの木こ りのへこみをなおして、曲げて元通りにして、壊れたところはハンダづけできま すか?」   ブリキ職人たちは木こりを慎重に検分すると、新品同然に修理できると思 う、と述べました。そこでみんなは、城の大きな黄色い部屋で作業にかかり、三 日と四晩にわたり働いて、ブリキの木こりの脚や胴体や頭を叩いたりひねったり 曲げたりハンダづけしたりして、やがてついにまっすぐもとの姿に戻り、関節も 新品同様に働くようになりました。確かに、何カ所かつぎはあたっていました が、ブリキ職人はいい仕事をしていましたし、木こりは見栄っ張りではなかった ので、つぎが当たっていてもまったく気にしませんでした。   とうとう木こりがドロシーの部屋に歩いてきて、助けてくれた礼を申したと きには、木こりはあまりに有頂天で喜びの涙を流したので、ドロシーは関節がさ びないように、涙を注意深く全部エプロンでぬぐってあげなくてはなりませんで した。同時に、ドロシー自身の涙も旧友に再会できた喜びのために大量に流れ出 しましたが、こちらはぬぐいさる必要はありませんでした。ライオンはという と、目を何度もぬぐいすぎたしっぽの先がびしょぬれになってしまい、おかげで 中庭に出て、乾くまで日にかざさなくてはなりませんでした。 「かかしさえいっしょならなあ。そうすれば文句なしに幸せなのに」ドロシーが できごとをすべて話して聞かせ終えると、ブリキの木こりはそう言いました。 「なんとか見つけなくては」と少女。   そしてドロシーはウィンキーたちを呼んで助けを求め、一行はその日一日と 翌日半日にわたり歩いて、翼ザルたちがかかしの服を投げた枝を持つ背の高い木 のところにやってきました。   とても高い木で、幹はつるつるだったのでだれも登れません。でも木こりは すぎに言いました。「わたしが切り倒そう。そうすればかかしの服が取り戻せる」   さてブリキ職人が木こり自身をなおす作業をしている間に、ウィンキーたち の中の黄金職人は純金の斧の柄を作り、古い折れた柄のかわりに木こりの斧には めたのでした。別のウィンキーは斧の刃を磨いたので、さびも取れ、磨いた銀の ように輝きました。   せりふを言い終わるがはやいか、ブリキの木こりは斧をふるいだし、じきに 木がドシンと倒れると、かかしの服が枝から飛び出して、地面に転げ落ちました。   ドロシーはそれをひろうと、ウィンキーたちに城まで運ばせまして、きれい な上等のわらを詰めてもらいました。するとどうでしょう! かかしは新品同様 になり、助けてくれてありがとうと何度もお礼を言っていました。   これでみんなが再会できたので、ドロシーと友人たちは黄色いお城で幸せに 何日か暮らしました。そこには快適に暮らすためのものが何でもそろっていたの です。   でもある日、少女はエムおばさんのことを思い出してこう言いました。「オ ズのところにもどって、約束を果たしてもらわないと」 「そうだね。わたしはついに心が手に入るんだ」と木こり。 「そしてぼくは脳みそが手に入る」とかかしが嬉しそうにつけ加えます。 「そしてわたしは勇気を手に入れる」とライオンは思慮深げに言います。 「そしてあたしはカンザスに戻るのよ!」とドロシーは手を叩きながら叫びまし た。「ね、明日にもエメラルドの都に向かって出発しましょうよ!」   みんなそうしようと言いました。翌日、みんなはウィンキーたちを呼び集め てさよならを言いました。ウィンキーたちはみんなが行ってしまうのを残念が り、ブリキの木こりがたいへんに気に入ったので、お願いだから自分たちと西の 黄色い国を治めてくれと頼みます。でもみんなが出発しようと決意しているのを 知って、ウィンキーたちはトトとライオンにそれぞれ金の首輪をあげました。そ してドロシーには、ダイヤをちりばめた美しいブレスレット。そしてかかしには 転ばないように、黄金の握りがついた杖を。そしてブリキの木こりには、金を 張って宝石をはめこんだ銀の油さしをあげたのでした。   旅人たちみんな、お返しにウィンキーたちにすてきな演説をして、みんな腕 が痛くなるほど握手を続けました。   ドロシーは魔女の食器棚にいって、バスケットに道中の食べ物をつめました が、そこで金の帽子を目にしました。かぶってみると、ぴったりです。黄金の帽 子の呪文のことは何も知りませんでしたが、きれいだと思ったので、それをかぶ ることにして、それまでの日よけボンネットはバスケットに入れて運ぶことにし ました。   そして旅の準備が整ったので、一行はエメラルドの都に向かって出発しまし た。そしてウィンキーたちは万歳三唱して、よい旅の祈りで見送ったのでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 14 翼ザルたち   邪悪な魔女とエメラルドの都との間には道が――小道すら――なかったのをご記 憶でしょう。四名が魔女をさがしにでかけたときには、魔女が一行を見つけて、 翼ザルを送り出して自分のところにつれてきたのでした。運ばれるのに比べる と、バターカップや黄色のひなぎくの大きな草原を通って帰り道を見つけるのは とてもむずかしいのでした。もちろん、まっすぐに日の昇る方角の東に向かえば いいのだということは知っていました。そして正しい方向には出発したのです。 でも昼には太陽が頭の真上にあって、どっちが東でどっちが西かわからなくな り、このために大草原の中で一行は迷子になってしまったのです。でもみんな歩 き続け、夜になると月が出て明るく輝きました。そこで一行はあまい香りの黄色 い花の中に横たわり、朝までぐっすりと眠りました――かかしとブリキの木こり以 外のみんなは。   翌朝、太陽は雲の後ろに隠れていましたが、みんな自分の向かう方向に自信 があるかのように出発しました。 「とにかく歩いていれば、いずれどこかにたどりつくにちがいないわ」とドロシー。   でも一日、また一日と過ぎても、一行の前には相変わらず深紅の草原が広 がっているだけでした。かかしはちょっとぶつくさ言い始めました。 「まちがいなく迷子になったぞ。エメラルドの都にたどりつけるような道をみつ けないと、ぼくは絶対に脳みそが手に入らなくなる」 「わたしの心もだ。オズのところに着くのが待ちきれないほどなのに、この旅は どう考えてもあまりに長い」   ライオンも泣き言を言います。「なあ、わたしもどこにも行き着くあてがな いのに、いつまでも歩き続けるほどの勇気はないよ」   するとドロシーも意気がくじけてしまいました。草にすわって仲間を見まし たが、みんなもすわってドロシーを見返すだけですし、トトは生まれて初めて、 頭の横を飛んでゆくちょうちょを追い駆けられないほど疲れているのに気がつき ました。だからベロを突きだしてはあはあ言うと、どうしましょうというように ドロシーを見上げました。 「野ネズミを呼んだらどうかしら」とドロシーは提案しました。「たぶんエメラ ルドの都への道を教えてくれるわ」 「そりゃ確かに教えてくれるはずだ。どうして今まで思いつかなかったんだろ う?」とかかしが叫びます。   ドロシーは、ネズミの女王にもらってからずっと首にかけていた小さな笛を 吹きました。ほんの数分で、パタパタと小さな足音が聞こえて、小さい灰色のネ ズミたちがたくさんドロシーのほうにやってきました。その中には女王さまご自 身もいて、小さなキイキイ声でこうたずねました。 「何かお役にたてることは、わがご友人たち?」 「迷子になったんです。エメラルドの都はどこにあるか教えてくださいます か?」とドロシー。 「もちろんですよ」と女王さまは言いました。「でもずいぶん遠いところです よ。だってあなたがたはいままでずっと、反対方向に歩き続けてたんですものね え」そのとき女王さまはドロシーの黄金の帽子に気がつきまして、こう言いまし た。「その帽子の呪文を使って、翼ザルを呼べばよろしいのに。オズの都まで一 時間もせずに運んでくれますよ」 「呪文があるとは知らなかったわ」とドロシーは答えます。「どんな呪文なんで すか?」   ネズミの女王さまは答えました。「金の帽子の内側に書いてありますよ。で も翼ザルを呼ぶんならわたしたちは逃げないと。あのサルたちはいたずらが大好 きで、わたしたちをいたぶって大いに楽しむ連中ですからね」 「あたしたちを傷つけたりしないかしら」と少女は不安そうにたずねました。 「いえいえ、帽子の主の言うことにはしたがわなくてはならないんですよ。ごき げんよう!」そして女王さまはさっさと見えなくなり、ねずみたちもみんなその 後に急いでしたがいました。   ドロシーが金の帽子の中をのぞくと、ふちのところに何か書いてあります。 これが呪文にちがいないわと思ったので、指示を注意深く読んでから、帽子をか ぶりました。 「エッペ、ペッペ、カッケ!」と左足で立っていいます。 「いま、何て言ったの?」ドロシーが何をしているのか知らないかかしがたずね ます。 「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」とドロシーは右足で立って続けました。 「こんにちは (ハロー)!」ブリキの木こりが落ち着いて答えました。 「ジッジー、ズッジー、ジク!」と両足で立ったドロシーが言いました。これで 呪文を唱え終わったのですが、するとすさまじいおしゃべりと羽ばたきが聞こ え、翼ザルの群れが飛んできました。   王さまはドロシーの前で深くおじぎをしてたずねました。「ご命令は?」 「エメラルドの都にいきたいんだけど、迷子になっちゃったんです」と子供はい いました。 「われわれがお運びしましょう」と王さまが答えるがはやいか、サルが二匹ドロ シーをつかまえて、飛び去りました。他のサルたちがかかしや木こりやライオン を運び、小さなサルがトトをつかまえて一行を追いかけます。でもトトは、なん とかサルにかみつこうとするのでした。   かかしとブリキの木こりは、前に翼ザルにどんなにひどい目にあわされたか 覚えていたので、ちょっとこわがっていました。でも危害を加えるつもりはない ことを知ると、意気揚々と空を飛び、はるか眼下のきれいな庭園や森を見下ろし て楽しい時をすごしました。   ドロシーは、いちばん大きなサル二匹の間で楽々と飛んでおりました。片方 は王さま自らです。二匹は手で椅子をつくり、ドロシーを傷つけないように注意 していました。 「あなたたち、どうして金の帽子の呪文にしたがわなくてはいけないの?」とド ロシーはたずねました。 「話せば長くなります」と王さまは翼つきの笑いとともに答えました。「でもこ れから長旅ですし、お望みなら暇つぶしにおはなししましょうかね」 「是非きかせてください」と彼女は返事しました。   首領は語り始めました。「むかしむかし、われわれも自由で、大森林で幸せ に暮らし、木々の間を飛び、木の実や果物を食べ、だれをも主人とあおがずに勝 手気ままにすごしていたのです。中には、ときにいたずらが過ぎるものもいたか もしれません。空から降下して翼のない動物のしっぽを引っ張ったり、鳥を追い かけたり、森の中を歩く人に木の実を投げつけたりしていました。でもみんな気 苦労もなく幸せで楽しさいっぱいで、一日の一瞬毎を満喫しておりました。これ はずっと昔の、オズが雲の間からやってきてこの地を支配するようになるはるか 前のことです。   その頃、この国のはるか北には、美しい王女さまが住んでおりまして、この 方は強力な女魔法使いでもありました。魔法はすべて人助けに使われ、善人を傷 つけたことは一度もないとされていました。名前はゲイレットといい、ルビーの 大きな固まりでできたすてきな宮殿に暮らしていたのです。だれもがこの方を愛 しておりましたが、この方の一番の悲しみは、愛し返せる相手がだれも見つから ないということだったのです。というのもこれほど美しく賢い方と添うにして は、男たちはみんなあまりにバカで醜すぎたからでしあ。でもついに、ハンサム で男らしくて歳以上に賢い少年が見つかりました。ゲイレットは、この子が男に なったら夫にしようと決意して、ルビーの宮殿につれて帰ると、魔法の力をあ りったけつかって、どんな女性で願える最大限に強く善良で美しくしたのでし た。その子が成人して大人になると、クエララという名前でしたが、この国で最 高の最も賢い男だといわれまして、一方でその男らしい美しさは相当なものだっ たのでゲイレットは心底かれを愛し、結婚式の準備を万端にしようと急いだので した。   ゲイレットの宮殿近くにすんでいた翼ザルの王さまは、当時はわたしのおじ いさんでした。そしておじいさんは、三度の食事よりも冗談が好きだったので す。ある日、結婚式の直前に、おじいさんが仲間と飛んでいると、川辺をクエラ ラが歩いているのを見かけました。ピンクの絹とむらさきのビロードでできた高 価な衣装を着ていたので、おじいさんはちょっとからかってやろうと思いまし た。そして一言命令すると、仲間たちはまいおりるとクエララをつかみ、運び抱 えて川の真ん中上空に連れ出して、水の中に落としたのです。 『おしゃれな旦那、泳いであがっといで。水でお洋服にしみができたかみてごら ん』とおじいさんは叫びました。クエララはそこで泳がないほどバカではありま せんでしたし、これまで幸運な目にあってもお高くとまったりはしていませんで した。水面に浮かび上がると笑って、岸まで泳ぎ着いたのです。でもゲイレット がクエララのほうに駆けだしてくると、絹やビロードが川で台無しになったのが わかりました。   王女さまはとてもお腹立ちで、もちろんだれの仕業かもごぞんじでした。翼 ザルをみんなつれてこさせて、最初はみんなの翼をしばって、クエララに対する 仕打ちと同じように、川に落としてやると言いました。でもおじいさんは必死で お願いしました。サルたちは翼をしばられたら川の中でおぼれてしまうのがわ かっていたからです。そしてクエララも、翼ザルたちを取りなしてくれました。 そこでゲイレットはやっと翼ザルを許したのですが、その条件として、それから 金の帽子の持ち主の命ずることを三回かなえるように決めたのです。この帽子は クエララの結婚式のおくりものとして作られたもので、王女さまはこのために国 の半分を支払ったと言われています。もちろんおじいさんやその他のサルたちは すぐにその条件に同意して、それでわれわれはその金の帽子の持ち主に対し、だ れでも三回は奴隷をつとめなくてはならなくなったのです」   「そしてそれからどうなったの?」ドロシーはこのお話にとても興味を持っ たのでたずねました。 「金の帽子の最初の持ち主は、クエララになりました」とサルは答えました。 「最初にわれわれに願いをかなえさせたのはクエララです。その花嫁はわれわれ を見るのもいやだったので、クエララは彼女と結婚してすぐに、森の中でわれわ われを呼び出して、つねに花嫁が翼ザルを目にしないようなところにいるよう命 じました。これはわれわれも喜んでしたがいました、というのもみんな彼女がこ わかったからです。   われわれがしなければいけないのはそれだけだったのですが、やがて金の帽 子は西の邪悪な魔女の手に落ちてしまい、この魔女はわれわれを使ってウィン キーを奴隷にし、それからオズその人を西の国から追い出させました。いまや金 の帽子はあなたのものですし、願いをかなえさせる権利も三回手に入れたわけです」   サルの王さまがお話を終えて、ドロシーが見下ろすと前方にエメラルドの都 の緑の輝く壁が見えました。サルの飛行の速さにドロシーは感心しましたが、旅 が終わったことをありがたく思いました。不思議な生き物たちは旅人たちを慎重 に都の門の前におろし、王さまはドロシーに深くおじぎをすると、すぐに飛び去 り、その後にサルの群れ全員がしたがうのでした。 「よい道中だったわね」と少女。 「うん、面倒がさっさと片づいたな」とライオンが答えました。「きみがあのす ばらしい帽子を持ってきたのは実に運がよかったよ!」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 15 恐ろしきオズの正体   四人の旅人たちは、エメラルドの都の大門に歩みよって、呼び鈴を鳴らしま した。何度か鳴らしたあとで、前に会ったのと同じ門の守備兵が開けてくれました。 「なんと! 戻ってきたのかい?」と守備兵はおどろいてたずねました。 「ごらんの通りですよ」とかかし。 「でも西の邪悪な魔女を訪ねていったと思ったが」 「確かに訪ねましたよ」とかかし。 「あの魔女がだまって帰してくれたと?」守備兵は不思議そうにたずねます。 「魔女はそうするしかなかったんですよ。だってとけちゃったんですから」とか かしが説明します。 「とけた! なんと、それは実によいしらせだ。だれがとかした?」 「ドロシーだよ」とライオンが重々しく言いました。 「信じられん!」と男は叫び、ドロシーの前に深々と頭を下げました。   それから小さな部屋に案内して、ちょうど前と同じように、大きな箱のメガ ネをみんなの目に鍵をかけてはめました。その後で、みんなは門を通ってエメラ ルドの都に入ったのです。門の守備兵から、ドロシーが西の邪悪な魔女をとかし てしまったときくと、人々はいっせいに旅人たちのまわりにむらがって、大群衆 となってオズの宮殿までついてきました。   扉の前では緑のひげの兵隊がまだ見張りをしていましたが、すぐに一行を入 れてくれて、またもやあのきれいな緑の少女に迎えられ、これまたすぐに各人を 前と同じ部屋に案内してくれて、オズが一行に会う準備ができるまで休憩できる ようにしてくれました。   兵隊はドロシーをはじめとする旅人たちが、邪悪な魔女をたおして戻ってき たことをすぐにオズに伝えました。でもオズは何も返事をしません。みんな、大 魔法使いがすぐに呼びにくると思っていましたが、そうはなりませんでした。次 の日も何もなく、その次の日も、その次の日も。待っているのは退屈でつかれて しまいますし、とうとうみんな、オズの命令のためにつらい思いをして奴隷にま でされたのに、こんなひどい仕打ちを受けたことで頭にきてしまいました。そこ でかかしはついに緑の少女に、オズに次のメッセージを伝えてくれと頼みまし た。オズがすぐにみんなを入れて会ってくれなければ、翼ザルを呼んで助けても らい、オズが約束を守ったかどうか調べるぞ、という伝言です。魔法使いはこの 伝言をきくと縮み上がって、すぐに翌朝九時を四分過ぎた時刻に玉座の間にくる ようにと伝えてよこしたのでした。オズは翼ザルと西の国で対決したことがあ り、二度とそれをくりかえしたくはなかったのです。   四人の旅人たちは眠れぬ夜をすごしました。みんな、オズが自分に与えると 約束してくれた贈り物のことを考えていたのです。ドロシーは一回まどろんだだ けで、そのときにもカンザスにいる夢を見ました。そこではエムおばさんが、少 女が家に戻ってきてくれてどんなにうれしいかを語っていたのでした。   翌朝九時きっかりに、緑のひげの兵隊がやってきて、四分後にみんな大オズ の玉座の間に通されました。   もちろんみんなそれぞれ、前に会った姿で魔法使いが出てくると期待してい ましたので、見回しても部屋にだれもいないのを見てみんなとてもおどろきまし た。戸口の近くで四人は固まっていました。というのも、空っぽの部屋の静けさ は、それまで見たオズのどんな姿よりもおそろしかったからです。   すぐにみんな、重々しい声を耳にしました。どうも大きなドームのてっぺん あたりからきているようです。それがこういいました。 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。何故私を求めるのか?」   みんなもう一度部屋のすみずみまで見渡しましたが、だれもいませんので、 ドロシーはたずねました。「どこにいるんですか?」   すると声が答えます。「わたしはあらゆるところにいる。だが一介の凡人の 目には我が姿は見えぬ。いまからわたしは玉座に腰をおろし、お前たちがことば をかわせるようにしてやろう」。確かに声は、その時にはまさに玉座からまっす ぐきているようでした。そこでみんな玉座のほうに歩いていき、その前に一列に 並びまして、ドロシーはこういいました。 「オズよ、わたしたちは約束を果たしてもらいにやってまいりました」 「何の約束だ?」とオズ。 「邪悪な魔女をたおしたら、カンザスに送り返してくれるって約束しました」と 少女。 「そしてぼくには脳みそを約束してくれた」とかかし。 「そしてわたしには心をくれると約束してくれた」とブリキの木こり。 「そしてわたしには勇気をくれると約束してくれた」と臆病ライオン。 「邪悪な魔女は本当に倒されたのか?」と声がいいましたが、ドロシーはそれが ちょっとふるえているように思いました。 「はい。バケツの水でとかしました」   声はいいました。「これはなんと。こんなにすぐにとは! じゃあ明日また 戻っておいで、わたしも考える時間がいるのだ」 「もう考える時間ならたっぷりあっただろう」とブリキの木こりは怒ったように いいました。 「もうこれ以上一日たりとも待たないぞ」とかかし。 「約束は守ってちょうだい!」とドロシーが叫びます。   ライオンは、魔法使いをおどかしてやるといいかもしれないと思って、大き く激しく吠え、それがあまりに恐ろしげで壮絶だったので、トトはびっくりして ライオンからとびのいて、すみっこのついたてを倒してしまいました。それがド シンと音を立てて倒れたのでみんなはそちらを見て、次の瞬間、みんなあっけに とられてしまいました。というのも、ついたてに隠されていたまさにその場所に は小さな老人が立っていて、頭ははげて顔はしわくちゃで、その人もこちらに負 けず劣らずびっくりしていたようだったのです。ブリキの木こりは斧を振り上げ て小さな男のほうに駆け寄って叫びました。「おまえはだれだ?」 「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である」とその小男はふるえる声でい いました。「でも斧で打たないで――おねがいだから――そしたら望みはなんでもき くから」   われらが友人たちは、おどろいたやらがっかりしたやらでその男を眺めます。 「オズは大きな頭だと思ったのに」とドロシー。 「ぼくはオズはきれいな女性だと思っていた」とかかし。 「そしてわたしはオズがおっかない獣だと思っていた」とブリキの木こり。 「そしてわたしはオズが火の玉だと思っていたよ」とライオンが叫びます。 「いやいや、みなさんまちがっておる」と小男はよわよわしくいいました。「そ れはわしがでっちあげたんじゃよ」 「でっちあげた!」とドロシーは叫びました。「あなた、大魔法使いじゃないん ですか?」 「静かに、おじょうちゃん。そんなに大声を出したら人に聞かれちまう――そした らわしは破滅だ。わしは大魔法使いだってことになってるんだから」 「じゃあちがうの?」とドロシー。 「ぜんぜんちがうとも、おじょうちゃん。わしはふつうの人間じゃよ」 「ふつうどころじゃないよ」とかかし。「あんたはペテン師だ」 「まさにその通り!」と小男は、そういわれて嬉しいかのように手をこすりあわ せました。「わしはペテン師だ」 「でもそりゃひどい。それなら心なんかとうてい手に入らないじゃないか」 「あるいはわたしの勇気は?」とライオン。 「あるいはぼくの脳は?」とかかしは嘆きつつ、上着の袖で目の涙をぬぐいます。 「わが友人諸君」とオズ。「お願いだからそんなつまらん話をせんでおくれ。わ しのことも考えて送れ、ばれたらわしがどんなにまずい立場に置かれることか」 「ほかにあなたがペテン師だと知ってる人はいないの?」とドロシーはたずねま した。 「あんたたち四名――そしてこのわし以外はだれも知らんよ。ずっとみんなをだま してきたもんで、絶対にばれないと思ったんだがな。あんたたちをこの玉座の間 に通したのは大失敗だったよ。いつもは臣民たちにすら会わないから、みんなわ しを恐ろしい存在だと信じてくれるんだ」 「でも、ちょっとわかんないんですけど」とドロシーはわけがわからなくなって たずねました。「どうしてあなたは、大きな頭に見えたの?」 「そりゃわしの手品の一つなんだよ。こちらへどうぞ、全部話してあげよう」   そういうとオズは、玉座の間の奥にある小部屋にみんなを案内したので、み んなそのあとについていきました。オズが指さした隅っこには、あの大きな頭が 転がっていましたがそれはいろんな厚さの紙でできていて、顔が入念に描いて あったのです。 「これを針金で天井からつるしたんだよ。そしてわしはあのついたての後ろに 立って糸をひき、目玉を動かしたり口をぱくぱくさせたりしたんじゃ」 「でも声はどうなの?」とドロシーは追求します。 「ああ、わしゃ腹話術師なんだよ」と小男はいいました。「声をどこにでも飛ば せるから、あんたも声が頭から出ているように思ったわけだ。あんたたちをだま すのに使った仕掛けはこれだ」かかしには、きれいな女性のふりをしたときに着 たドレスと仮面を見せました。そしてブリキの木こりは、自分の見たおそろしい 獣が毛皮をたくさん縫い合わせただけのもので、脇腹をふくらませる小割板が 入っているだけなのを見ました。そして火の玉はというと、にせ魔法使いはそれ も天井からぶら下げていたのです。実は綿の玉でしかなかったのですが、油を注 ぐとその玉がごうごうと燃えるのです。  かかしがいいました。「まったく、こんなペテンばかりで恥ずかしく思わない のかい」 「いや――まったくその通り」と小男は悲しそうにいいました。「でもわしには他 にどうしようもなかったんだよ。お座り、おねがいだから。椅子ならたっぷりあ る。わしの身の上話をしてあげよう」   そこで腰をおろしたみんなが聞かされたのは、こんなお話でした。 「わしはオマハ生まれで――」 「まあ、カンザスからそんなに遠くないところよ!」とドロシーは叫びました。 「うん、だがここからはずっと遠いんじゃよ」とオズは悲しそうに頭をふりなが ら言いました。「大きくなってから腹話術師になって、これはえらい師匠に鍛え てもらったんじゃよ。どんな鳥でも獣でも真似ができる」ここでオズはほんとに 子ネコそっくりにニャアと鳴いて見せたので、トトは耳をあげて、ネコがどこに いるのかそこらじゅうを見回しました。「しばらくしてそれにも飽きて、わしは 気球師になったんじゃ」とオズは続けます。 「というと?」とドロシー。 「サーカスの日に気球で空にあがり、人をたくさん集めてサーカス見物にお金を 出させるんだよ」とオズは説明しました。 「ああ、あれね」とドロシー。 「うん、ある日気球で上がると、綱がよじれて降りられなくなったんだよ。気球 は雲のはるか上にあがって、あがりすぎたので気流にあたって何キロも流された んだよ。丸一昼夜も空中を旅して、二日目の朝に目を覚ますと、気球は見慣れな い美しい国の上をただよっていたんじゃ。   気球はだんだんおりてきたので、わしは怪我一つなかった。でもまわりは見 慣れぬ人ばかりで、その人たちは雲からおりてきたわしを見て、大魔法使いだと 思ったんじゃよ。もちろん、わしはその誤解をといたりはしなかった。みんなわ しを恐れて、こちらの望みを何でもかなえると約束してくれたもんでな。  単なる座興と、善良な人々を手持ちぶさたにしないために、わしはみんなにこ の都と宮殿を造るように命じたんじゃ。みんな喜んで立派に仕上げてくれたよ。 そしてわしは、この国が緑にあふれて美しいので、エメラルドの都と呼ぼうと考 えた。そしてその名前にもっとふさわしいように、みんなに緑のメガネをかけさ せたので、見たものがすべて緑色に見えるようになったわけだ」 「でもここでは何でも緑色じゃないんですか?」とドロシーがたずねました。 「いやいや、他の都市と同じだよ」とオズ。「でも緑のめがねをかけたら、まあ もちろん目に入るものはなんでも緑色に見えるわな。エメラルドの都はもう何年 も前に建てられたんだよ、わしが風船に運ばれてきたときには若者だったし、い まやもう老人だ。でもここの人々はもう長いこと緑のめがねをかけているので、 ほとんどの人は本当にここがエメラルドの都だと思っているし、確かにここは美 しい場所で、宝石や貴金属もたくさんあって、人を幸せにするよいものならなん でもある。わしは人々によくしてきたし、みんなわしが好きじゃ。でもこの宮殿 ができてからというもの、わしは閉じこもってだれにも会っていない。   わしがとてもおそれていたのが魔女たちだ。わしは何の魔力も持ってはいな いが、魔女たちは本当に不思議なことができるのだということがやがてわかった からな。この国には四人の魔女がおり、それぞれ東西南北に住む人々を支配して おる。ありがたいことに、北と南の魔女たちはよい魔女だし、わしに危害を加え ないのもわかっとった。だが東と西の魔女はとんでもなく邪悪で、わしが自分た ちより強力だと思わなければ、まちがいなくわしを倒しただろう。そんなわけ で、わしは何年もびくびくしながら暮らしておった。だからあんたの家が東の邪 悪な魔女の上に落っこちたときいて、わしはどんなにうれしかったかわかるじゃ ろ。あんたがここへきたとき、わしはもう片方の魔女さえかたづけてくれればど んな約束でもするつもりだった。でもあんたが西の魔女をとかしたいま、恥ずか しながら約束は果たせんのだよ」 「あなたはとても悪い人だと思うわ」とドロシー。 「いやいやおじょうちゃん。わしはとても善人だよ。ただダメな魔術師ではある ことは認めねばならんな」 「ぼくに脳をくれることはできないんですか?」とかかしがたずねました。 「そんなものいらんよ。あんたは毎日何かを学んでおる。赤ん坊は脳みそを持っ ているが、大してものを知らん。知識をもたらすのは経験だけだし、この世にい れば経験は確実に手に入る」 「それはその通りかもしれないけれど、でもあんたが脳みそをくれるまでぼくは 不満だな」とかかし。   にせ魔法使いは、じっくりとかかしをながめました。 「ふむ」とオズはため息をつきながら言いました。「わしは言ったとおり、大し た魔術師ではない。でも明日の朝にここにきたら、あんたの頭に脳みそをつめて やろう。でもその使い方は教えられんぞ。それは自分で見つけるしかない」 「ああ、ありがとう――ありがとうございます!」とかかしは叫びました。「使い 方なら見つけますとも、ご心配なく!」 「でもわたしの勇気はどうなる?」とライオンは不安そうにたずねます。 「勇気ならたっぷりお持ちだよ、まちがいなく」とオズは答えました。「あとは 自信を持てばいいだけのことだ。危険に直面したときにこわがらない生き物なん かいやしない。本当の勇気とは、こわくても危険に立ち向かうということなんだ よ。そういう勇気なら、あんたはたっぷり持ってるじゃないか」 「そうかもしれないが、それでもやっぱりこわいんだよ。自分がこわいことを忘 れられるような勇気をもらわないかぎり、わたしも大いに不満だぞ」とライオン。 「しょうがない。では明日、その手の勇気をあげよう」とオズが答えます。 「わたしの心は?」とブリキの木こり。 「なんと、それはだな、心をほしがるほうがまちがっとると思うぞ。ほとんどの 人は心のおかげで不幸になっとる。それを知ってれば、心がなくて運がいいのも わかる」とオズ。 「それは人それぞれの意見ってやつでしょう」とブリキの木こり。「わたしはと いえば、心さえもらえたら不幸なんかいくらでも文句をいわずに耐えましょう」 「しょうがない」とオズは弱々しそうにいいました。「明日おいで。そうしたら 心をあげる。もう何年も魔法使いを演じてきたんだから、もう少し続けることに しようかね」 「そしてあたしはどうやってカンザスに帰れるの?」とドロシー。 「それはちょっと考えてみないとな」と小男は答えました。「二三日考えさせと くれ。なんとか砂漠をこえてあんたを運ぶ手を考えてみよう。その間、あんたた ちはわしのお客として扱われ、この宮殿に暮らす間はわが臣民たちがあんたたち に仕え、どんな望みにでもしたがってくれる。この手助けのかわりとしてわしが お願いするのはただ一つ――こんなざまなもんでな。わしの秘密を守って、ペテン 師だとだれにもいわないでほしい」   みんな、ここで知ったことを何も言わないことに同意して、期待に胸をおど らせて部屋に戻りました。ドロシーですら、彼女の呼ぶ「ひどい大ペテン師」が 自分をカンザスに送り返す方法を見つけてくれるという希望をいだいていました し、もしそれができれば、すべてを許してあげてもいいと思っていました。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 16 大ペテン師の魔術   翌朝、かかしは友人たちにこういいました。 「お祝いしておくれ。これからオズのところにいってついに脳みそをもらうん だ。戻ってきたら、他の人並みになってるぞ」 「もともとそのままのあなたが気に入っていたのに」とドロシーはあっさりいい ました。 「かかしを気に入ってくれるとはご親切にどうも。でも新しい脳みそが生み出す すばらしい考えをきいたら、ぼくにまちがいなく一目おくようになるよ」とかか しは言って、みんなに楽しげにさよならを告げると玉座の間にむかい、ドアを叩 きました。 「お入り」とオズ。   かかしが部屋に入ると、小男は窓辺にすわってじっと考えこんでいます。 「脳みそをもらいにきましたよ」とかかしは、ちょっと不安に思いながらも言い ました。 「おおそうだね。そこの椅子におすわり。ちょっと失礼してあんたの頭をはずす が、脳をちゃんとした場所に入れるにはこうするしかないもんでな」 「かまいませんよ。次に取り付けたときにましなものになってるなら、どうぞ頭 をはずしてくださいな」とかかし。  そこで魔法使いはかかしの頭をはずし、わらを全部取り出しました。そして裏 部屋に入ると飼料(しりょう) をいっぱい取り出して、そこにたくさんの針やピ ンを混ぜました。それをしっかりゆすって混ぜると、かかしの頭のてっぺんにそ の混ぜものを詰めてから、残りの部分にわらをつめてそれを固定しました。   かかしの頭を胴体につけなおすと、オズはこう告げました。「これからあん たは偉大な人物になるぞ、あんたにあげたのは思慮(しりょう)深い脳みそだか らな」   かかしは最大の望みがかなえられたので嬉しくもあり、誇らしくもありまし たので、オズに心から感謝して友だちのところに戻りました。   ドロシーはおもろそうにかかしをながめました。頭のてっぺんが脳みそでか なりふくれあがっているのです。 「気分はいかが?」   かかしはまじめそうに答えました。「実に賢い気分だよ。脳みそになれたら もうなんでもわかるはず」 「なんで頭から針やピンが突きだしてるんだい?」とブリキの木こり。 「鋭い頭の証拠だよ」とライオン。 「ではわたしもオズに心をもらってこなければ」と木こりは言いました。そして 玉座の間に向かうと戸を叩きました。 「お入り」とオズが呼ぶと木こりは部屋に入って「心をもらいにきました」と言 いました。 「よかろう」と小男。でも胸を切って穴をあけないと、心をちゃんとした場所に 入れられないんだよ。痛くないといいがな」と小男は言いました。 「いやいや。何も感じませんよ」と木こり。   そこでオズは金切りばさみを取り出して、ブリキの木こりの胸の左側に、小 さな四角い穴を開けました。それからひきだしのついたたんすのところへ行く と、きれいな心を取り出しました。それは全部絹でできていて、おがくずがつ まっています。 「なんともきれいじゃないか?」   木こりはおおいに喜びました。「ええ、本当にきれいです! でもやさしい 心なんでしょうか?」 「ああそりゃもう!」とオズは答えて、心を木こりの胸に入れると、切り抜いた ブリキをもとに戻して切り口をきれいにハンダづけしました。 「そら。これであんたはだれでも誇りに思うような心の持ち主だ。胸に継ぎをあ てなきゃならなかったのはご愁傷様だが、ほかにどうしようもなくてな」 「継ぎはかまいませんよ」と幸せな木こりは叫びました。「心から感謝します よ、ご親切は決して忘れません」 「なんのなんの」とオズは答えます。   そしてブリキの木こりは友人たちのもとへと戻り、みんな木こりの幸運を心 底喜んであげたのでした。   こんどはライオンが玉座の間に向かい、ドアを叩きました。 「お入り」とオズ。 「勇気をもらいにきましたよ」とライオンは部屋を入るなり宣言しました。 「よろしい。あげよう」と小男は答えます。   オズは食器棚へ行くと、高い棚にある四角い緑のびんをおろして、その中身 を美しい彫り物のされた緑金色のお皿に注ぎました。それを臆病ライオンの前に おくと、ライオンはそれをくんくんかいで気に入らない様子でしたが、魔法使い はこう言いました。 「お飲み」 「これはなんです?」とライオン。 「うむ。あんたの中にあったらこれは勇気になる。もちろんご存じの通り、勇気 はつねにその人の中にあるんだよ。だからこれはあんたが飲まないと勇気とはい えない。というわけで、さっさと飲むようにおすすめするぞ」   ライオンはもうためらうことなく、お皿を飲み干しました。 「気分はどうだね」とオズ。 「勇気りんりん」とライオンは答え、大喜びで友だちのどころに戻って身の幸運 を語るのでした。 オズは一人になると、かかしやブリキの木こりやライオンに、ずばり自分たちが ほしいと思ったものをあげるのに成功したことを考えてにっこりしました。「こ ういう連中がみんな、できないとだれでも知ってることをやらせようとするんだ から、こっちだってペテン師になるしかないだろうが。かかしとライオンと木こ りを幸せにするのは簡単だった。だって、わしが何でもできると思いこんでおっ たからな。でもドロシーをカンザスに送り返すには、想像力だけじゃ無理だし、 どうすればいいのかわからないことしかわからんぞ」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 17 とびたつ気球   三日にわたって、ドロシーにはオズから何の連絡もありません。少女にとっ ては悲しい日々でした。でも友だちはみんな、とっても幸せで満足していまし た。かかしは、頭の中にすばらしい考えがわいてくると話します。でも、自分以 外にはだれもわからないから、とそれを話してはくれません。ブリキの木こりが そこらを歩くと、胸の中で心がガタガタ言っているのが感じられました。そして 木こりに言わせると、それは木こりが肉だった頃にもっていたものよりも優しく 繊細な心なのだそうです。ライオンはもうこの世の何もこわくなく、どんな軍隊 でもおそろしいカリダを一ダースでも喜んで相手にするぞと宣言しました。  こうして一行のそれぞれは、ドロシー以外みんな満足しておりましたが、ドロ シーは前にもましてカンザスに帰りたくてたまりませんでした。   四日目に、オズがよびにきたのでドロシーは大喜びでした。そして玉座の間 に入ると、オズは気持ちよく歓迎してくれました。 「おすわり、おじょうちゃん。ここから連れ出してあげる方法が見つかったと思 うよ」 「カンザスに戻れるの?」ドロシーはわくわくしてたずねました。 「うーん、カンザスかどうかはわからん。それがどっちにあるものやら、皆目見 当もつかないもんでな。でもまずは砂漠を越えることだ。そうすれば家に帰り着 くのは簡単だろう」 「どうやって砂漠を越えるの?」ドロシーは問いつめます。 「うん、思うにだな、この国にわしがきたときは気球にのってやってきた。あん たも竜巻に運ばれて、空からやってきただろう。だから砂漠越えのいちばんいい 方法は、空だと思うんだ。さて、竜巻を起こすのはわしの手には余る。だがよく 考えてみたんだが、気球なら作れると思うんだよ」 「どうやって?」とドロシー。 「気球は絹でできていて、ガスを逃がさないようにのりを塗ってあるのだよ。こ の宮殿に絹はたくさんあるから、気球づくりは簡単だ。でもこの国中のどこに も、気球を浮かすのに詰めるためのガスがない」 「浮かばなければ役には立たないわ」とドロシーがいいます。 「その通りだよ。でも浮かばせる方法がもう一つあって、それは熱い空気を入れ ることだ。熱い空気はガスほどはよくない。空気が冷えたら、気球は砂漠におり てしまって、わしらは迷子になっちまう」 「わしら!」と少女は叫びました。「あなたもいっしょにくるんですか?」 「うんもちろん。わしもこんなペテン師でいるのは飽きた。この宮殿から外に出 たら、やがて臣民たちはわしが魔法使いでないのを知って、だましたわしに腹を たてるだろう。だから一日中ここの部屋に閉じこもってなきゃならんので。退屈 でかなわん。いっしょにカンザスに戻ってサーカスに入るほうがずっといい」 「喜んでごいっしょにどうぞ」とドロシー。 「ありがとう。さて、絹を縫うのを手伝ってくれないか。気球づくりにとりかか ろう」   そこでドロシーは針と糸を手にとって、オズが絹の帯を正しい形に切るがは やいか、それをきれいに縫い合わせたのです。最初は薄緑の絹で、次は濃い緑の 帯、そしてエメラルドグリーンの帯。というのもオズは気取って、風船をさまざ まな濃さをもった身の回りの色にしようと思ったからです。帯を全部ぬいあわせ るには三日かかりましたが、完成すると長さ7メートル以上の大きな緑の絹の袋 ができました。   それからオズは内側にうすい糊をぬって膜をつくって空気がもれないように して、それから気球ができたと宣言しました。 「でもわしらが乗るためのかごがないとな」というと、緑のひげを持った兵隊 に、大きなせんたくかごをを持ってこさせまして、それをたくさんの縄で気球の 底につなぎました。   準備万端ととのうと、オズは臣民に対して、雲の中に住む大兄弟魔法使いを 訪ねると宣言しました。そのしらせは町中にすぐ広まって、みんなそのすばらし い光景を見物にきました。   オズは気球を宮殿の前に運ばせて、みんな物珍しそうにそれをながめます。 ブリキの木こりが薪の山を切ってきて、たき火をおこし、オズは気球の底を火の 上にもってきて、そこからたちのぼる熱い空気が絹の袋に入るようにしました。 やがて気球はふくれあがって宙に浮き、とうとうかごがやっと地面にふれている だけとなりました。   そしてオズはかごに入ってから、みんなに大声で言いました。 「ではこれから訪ねるので出かけるぞ。留守のあいだはかかしがみんなを治め る。わたしにしたがうのと同じようにかかしにもしたがうよう命令する」   そのときにはもう気球は地面につなぐ縄を強く引っ張っていました。中の空 気が熱くて、外の空気よりもずっと重さが軽くなっていたので、空にあがりたく て引っ張るのです。 「ドロシー、おいで!」と魔法使いが叫びました。「急いで、気球が飛んでしま う!」 「トトが見つからないのよ!」ドロシーは子犬を残していきたくはなかったので す。トトは子ネコに吠えようとして群衆の中にかけこんでしまい、ドロシーは やっとのことでそれを見つけました。そして抱え上げると気球のほうに走ってい きました。   あと数歩というところまできて、オズがかごに入るのを助けようと手を伸ば していたのですが、そこで縄がぷつん! と切れて、気球はドロシーを待たずに 宙にまいあがりました。 「戻ってきて! あたしも行きたいの!」とドロシーは叫びました。 「無理だよ、おじょうちゃん」とオズはかごから言います。「さようなら!」 「さようなら!」とみんなも叫び、みんなかごに乗った魔法使いのほうを見上 げ、それが一瞬毎にどんどん空に上がっていくのを見送りました。   そしてみんながすばらしい魔法使いオズを見たのはそれが最後でした。オマ ハに無事ついたのかもしれませんし、いまもそこにいるのかもしれませんね。で もここの人々はみんな愛情をこめてオズを思い出しながら、こう言い合ったもの です。 「オズはいつでもわれわれの友だなあ。ここにいたときにはこの美しいエメラル ドの都を作ってくれたし、去ったときには国を治めるのに賢いかかしを残してく れたんだから」   それでも、何日にもわたってみんなすばらしい魔法使いがいなくなったこと を嘆き、なかなか元気になりませんでした。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 18 南の国へ   ドロシーは、またもやカンザスに戻る希望が消えたのでおいおいと泣きまし た。でも考え直してみると、気球で空に舞い上がらなくてよかったと思いまし た。そしてオズがいなくなって悲しく思いまして、それは仲間たちも同じでした。   ブリキの木こりがやってきて言いました。 「美しい心をくれた人物のために嘆かなかったら、まさに恩知らずになってしま う。オズがいなくなったので少し泣きたいので、さびないように涙をぬぐってく れないかな」 「喜んで」とドロシーは答えてすぐにタオルを持ってきました。そしてブリキの 木こりは数分ほど泣きまして、ドロシーは注意して涙を見張り、タオルでぬぐっ てあげました。終わると、木こりはていねいにお礼をいって、宝石をちりばめた 油さしでたっぷりと油をさし、まちがいが起こらないようにしたのでした。   かかしはいまやエメラルドの都の支配者で、魔法使いではなくても人々はか かしをほこりに思っていました。「だって世界中どこをさがしても、詰め物をし た人が治める町なんか二つとないからな」と言って。そしてかれらの知る限り、 これはまさにその通りでした。   気球がオズといっしょに昇天した次の朝、四人の旅人たちは玉座の間に集 まって話し合いました。かかしは大きな玉座にすわり、ほかのみんなは敬意をこ めてその前に立っています。  新しい支配者は言いました。「ぼくたちは別に運が悪いわけじゃないよね。こ の宮殿とエメラルドの都はぼくたちのものだから、好き勝手にしていいんだし。 ほんの少し前にはお百姓さんのトウモロコシ畑の中でぼうに突き刺さっていたの を思い出し、それがいまやこの美しい町の統治者だと思うと、ぼくは自分の身の 上に大満足だよ」 「わたしもまた、自分の新しい心に大満足だ。そして実際、世界で他に何一つ望 むものはなかった」 「わたしはといえば、自分がこの世に生まれたどんな獣に勝るとも劣らないくら い勇敢だと知るだけで満足だよ」とライオンは慎ましくいいました。 「あとはドロシーさえエメラルドの都に暮らすのに満足なら、みんな幸せになれ るのになあ」とかかしが続けました。 「でもあたしはここには住みたくないのよ。カンザスにいって、エムおばさんと ヘンリーおじさんといっしょに暮らしたいの」とドロシーは叫びます。 「うーん、だったらどんな手があるかな?」と木こりがききました。   かかしは考えることにしました。そしていっしょうけんめい考えたので、針 やピンが脳みそから飛び出してきました。ついにこう言いました。 「翼ザルを呼んで、砂漠の向こうまで運んでもらったらどう?」   ドロシーは嬉しそうにいいました。「それは思いつかなかったわ! まさに それよ! すぐに金の帽子を取ってくる」   それを玉座の間にもってきて呪文を唱えると、すぐに翼ザルの群れが開いた 窓から飛び込んできて横に立ちました。 「二度目のお呼びですよ」とサルの王さまは、少女の前でおじぎしました。「お 望みは?」 「いっしょにカンザスまで飛んでちょうだい」とドロシー。   でもサルの王さまはかぶりをふりました。 「それはできません。われわれはこの国だけの存在なので、ここを離れることは できないのです。カンザスは翼ザルの居場所ではないから、いままでいたことが ありませんし、今後もないと思いますよ。できる限りのお手伝いは喜んでします が、砂漠を越えることはできないのです。さようなら」   そしてもう一度おじぎをすると、サルの王さまは翼を広げて窓から飛び去 り、群れもそのあとにしたがいました。   ドロシーはがっかりして泣きそうでした。「金の帽子の呪文をむだづかいし ただけだったわ。翼ザルは役にはたてないって」 「それは残念至極だねえ」と心優しい木こりは言いました。   かかしはまた考えこんで、頭が実にひどくふくれあがったので、破裂するん じゃないかとドロシーははらはらしました。 「緑のひげの兵隊を呼んで、意見をきこう」とかかし。   そこで兵隊がよばれて、びくびくしながら玉座の間にやってきました。オズ が生きているうちは、戸口から中に入ることは決して許されなかったからです。 かかしは兵隊にいいました。「この女の子は砂漠をこえたいんだって。手はある かな?」   兵隊は答えました。「わたしにはわかりません。オズご自身以外はだれも砂 漠をこえたことがないのですから」 「もうだれも助けてくれないのかしら」ドロシーは心からたずねました。 「グリンダならあるいは」と兵隊が提案しました。 「グリンダって?」とかかしがききます。 「南の魔女ですよ。あらゆる魔女の中で最強で、カドリングたちを治めていま す。それにグリンダの城は砂漠のふちに建っているから、越える方法も知ってい るかも」 「グリンダは確かよい魔女だったわよね?」と子供はたずねました。 「カドリングたちはよい魔女だと思っていますよ。みんなに親切ですし。聞いた ところでは、グリンダは美しい女性で、何年も生きているのに若いままでいられ る方法を知っているとか」と兵隊。 「その城にはどうすれば行けるの?」とドロシーがききました。 「まっすぐ南へ道をとるんです。でも旅人にとっては危険だらけの道だそうです よ。森には野生の獣がいるし、国をよそものが通るのをきらう変な人たちの種族 もいるとか。だからカドリングはだれもエメラルドの都にきたことがないんです」   そして兵隊がそこを後にすると、かかしは言いました。 「どうも、危険はあるにしても、ドロシーにとっていちばんいいのは南の国に旅 してグリンダに助けてもらうことのようだね。だってもちろん、ここにいたらド ロシーは絶対にカンザスに帰れないものね」 「おやまた考えてたな」とブリキの木こり。 「そのとおり」とかかし。 「わたしはドロシーと行くよ。もうこの町は飽き飽きだ。森やいなかにまた行き たくてたまらないんだよ。わたしはホントは野生の獣なんだからね。それにドロ シーはだれかがまもってやらないと」   ブリキの木こりも同意します。「確かにその通り。わたしの斧も役にたつだ ろうから、わたしもいっしょに南の国へ行こう」 「ぼくたちの出発はいつだい?」とかかしがたずねます。 「きみも行くの?」みんなびっくりしてききました。 「もちろん。ドロシーがいなければ、ぼくは絶対に脳みそを手に入れられなかっ ただろう。あのトウモロコシ畑のさおから持ち上げて、エメラルドの都につれて きてくれたんだ。だからぼくのツキはすべてドロシーのおかげだし、無事にカン ザスに送り出すまではずっとついててあげるんだ」   ドロシーは感激して言いました。「ありがとう。みんなとても親切ね。でも できるだけはやく出発したいの」   かかしはすぐに答えました。「明日の朝に出発だ。ではみんな準備にかかろ う。長旅になるぞ」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 19 たたかう木に攻撃される   次の朝、ドロシーはきれいな緑の少女にお別れのキスをして、みんな緑のヒ ゲの兵隊と握手をし、兵隊は門のところまでついてきてくれました。またもや出 会った門の守備兵は、この美しい町をあとにしてまた面倒ごとにでかける一同を とても不思議に思いました。でもすぐにめがねの鍵をはずして、緑の箱におさ め、道中の無事をたっぷり祈ってくれたのです。 「あなたはもうわたしたちの支配者でいらっしゃるのですから」と守備へはかか しに言いました。「できるだけはやく戻ってきてくださいよ」 「できるなら確かにそうしよう。でもまずはドロシーがおうちに帰るのを助けな いと」とかかしは答えました。   ドロシーは人のいい守備兵に最後のお別れをするにあたって、こう言いました。 「この美しい町ではとても親切な扱いを受けましたし、みんなとてもよくしてく れました。どれほど感謝しているか、口では言えないほどです」 「言うまでもないよ、おじょうさん」と守備兵は答えました。「わしたちもあん たに残って欲しいんだが、カンザスに戻りたいというんなら、道がみつかります ように」そして外壁の門を開けたので、みんな前進して旅に出発しました。   友人たちが南の国に顔を向けると、太陽がまばゆく照ります。みんな意気揚 々で、笑ってはおしゃべりしました。ドロシーは再び家に帰れるという希望いっ ぱいで、かかしとブリキの木こりはドロシーの役にたてるのがうれしかったので す。ライオンはというと、新鮮な空気を喜んでかぎ、いなかにまたこられたとい う純粋な喜びでしっぽを左右にふるのでした。そしてトトはみんなのまわりを 走ってガやチョウを追いかけ、いつも楽しげに咆えていました。 「都会の暮らしはまったく性に合わんよ」とライオンは、足早に歩きながら言い ました。「あそこに暮らしてだいぶ肉が落ちたから、ほかの獣に自分がどれだけ 勇敢になったかを見せたくてたまらないんだ」   みんなふりかえってエメラルドの都を最後にもう一度ながめあした。見えた のは、緑の壁の向こうにある塔や屋根のかたまりだけで、他のすべてのずっと上 にはオズの宮殿の尖塔やドームが見えました。 「考えてみればオズはそんなに悪い魔法使いじゃなかった」とブリキの木こり は、胸の中でカタカタいう心を感じながらいいました。 「ぼくに脳みそをくれる方法も知ってたしね。それもとってもいい脳みそだよ」 とかかし。 「わたしにくれたあの勇気を、オズも自分でのめばよかったんだ。そうすれば勇 敢な人物になれたのに」とライオン。   ドロシーは何も言いませんでした。オズはドロシーとの約束は果たしてくれ ませんでしたが、できるだけのことはしてくれたので、許してあげることにした のです。オズが自分でも言っていたように、だめな魔法使いではあっても、善人 ではあったのですから。   初日の旅は、エメラルドの都の四方に広がる緑の草原と明るい花畑を通るも のでした。その夜は草の上で眠り、頭上には星しかありません。そしてみんな しっかりと休みました。   朝になってみんなが旅を続けるうちに、深い森にやってきました。目の届く 限り左右に広がっているので、よけて通るわけにもいきません。それに、迷子に なるのがこわかったので、旅の方向は絶対に変えたくありませんでした。そこで 森に入るのに楽そうな場所を探しました。   先頭にいたかかしは、やっとのことで枝を大きく広げた木を見つけました。 広がった枝の下はみんなが通れそうなくらい開いています。そこでその木に向 かって歩きましたが、最初の枝の下にきたとたん、それが曲がって下りてきて、 かかしにからみつき、次の瞬間には地面から持ち上げられて、頭から旅仲間たち のところに放り出されてしまいました。   かかしはけがはしませんでしたが、びっくりはしまして、ドロシーが助け起 こしたときにもちょっと目を回している様子でした。 「木のすきまならこっちにもあるぞ」とライオン。 「まずはぼくが試そう」とかかしが言いました。「ぼくは投げられても痛くない から」そう言いながら別の木のほうに歩きましたが、その枝もすぐにかかしをつ かまえて、また投げ戻します。 「変ねえ。どうしましょう」とドロシー。 「木はわれわれと戦って、旅をじゃまするつもりらしいぞ」とライオン。 「ではわたしが試してみよう」と木こりは斧をかついで、かかしを手荒に扱った 最初の木のところに向かいました。大きな枝が曲がってくると、木こりは思いっ きり斧で斬りつけてまっぷたつにしてしまいました。すぐに木は、痛がっている かのように枝をぜんぶふるわせだし、ブリキの木こりはその下を安全に通り抜け たのです。 「おいで、急いで!」と木こりは他のみんなにどなりました。みんな走ってけが もせずに木の下を通り抜けましたが、トトだけは小さな枝につかまって、遠吠え するまでゆすぶられました。でも木こりはすぐにその枝を切り落とし、子犬を自 由にしてあげました。   森の他の木は何もじゃまするようなことはしませんでしたので、枝を曲げら れるのは最初の列の木だけなんだと思いました。たぶんあれは森のおまわりさん で、よそものを閉め出すためにあのような不思議な力を与えられているのでしょう。   旅人四人は楽々と木の間を歩きましたが、やがて森の向こう端にたどりつき ました。すると驚いたことに、そこには高い壁があって、どうも白いせともので できているようです。お皿の表面のようにつるつるで、みんなの頭よりも高い壁 でした。 「さあどうしましょう?」とドロシー。 「はしごを作るよ。これはどうしても壁を越えるしかないもの」とブリキの木こ り。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 20 優美なせとものの国   木こりが森で見つけた木ではしごを作っている間、ドロシーは歩きっぱなし で疲れていたので横になって眠りました。ライオンもまた丸まって眠り、トトは その横に寝ていました。   かかしは働く木こりをながめながら、こう話しかけました。 「どうしてこの壁がここにあるのか、何でできているのか、さっぱりわからないよ」   木こりは言いました。「頭をやすめて壁のことは心配するなって。のりこえ たら、向こう側に何があるかわかるんだから」   しばらくしてはしごが完成しました。見栄えはしませんでしたが、ブリキの 木こりはそれがしっかりしていて、目的には十分だと確信していました。かかし はドロシーとライオンとトトを起こして、はしごができたと告げました。かかし が最初にはしごをのぼりましたが、とてもぶきっちょだったので、ドロシーがす ぐ後ろからのぼって、かかしが落ちないようにしてやらなくてはなりませんでし た。壁のてっぺんから頭を出したところで、かかしは「あらまあ!」と言いました。 「止まらないでよ!」とドロシーがうながします。   そこでかかしはさらにのぼって、壁のてっぺんにすわり、ドロシーもまた壁 の上に頭を出して、かかしと同じように「あらまあ!」と叫びました。   そしてトトがあがってきて、すぐに吠えはじめましたが、ドロシーがそれを じっとさせました。  次にライオンがはしごにのぼりまして、ブリキの木こりが最後でした。でも二 人とも壁の向こうを見たとたんに「あらまあ!」と叫びました。壁のてっぺんで 一列にすわり、見下ろしていたのはとても不思議な光景だったのです。  目の前には、広い国が広がっていましたが、そこには大きなお皿の底みたいに すべすべで輝く白い床がありました。全部せとものでできた家がそこらじゅうに あって、実に明るい色で塗られています。とても小さな家で、最大のものでもド ロシーの腰ほどしかありません。それにきれいな納屋もあって、せとものの柵で 囲ってあります。そしてウシやヒツジやウマやブタやニワトリもたくさんいて、 みんなせともの製で、群れになって立っているのです。   でもいちばん奇妙なのは、この変わった国に住む人々でした。乳しぼりの娘 や羊飼いの娘たちがいて、明るい色のコルセットをつけて、上着のそこらじゅう に金の斑点がついています。そして実に豪華な銀や金やむらさきのフロックを着 たお姫さまたち。そして羊飼いたちはひざまでの半ズボンをはき、そこにピンク と黄色と青のしまが縦に走っていました。くつの留め金は金色です。そして頭に 宝石のついた冠をのせた王子様たちもいまして、アーミン毛皮のローブとサテン のダブレットを着ています。そしてしわくちゃの外とうを着たおもしろい道化師 たちは、ほっぺたに丸い赤い斑点をつけて、背の高いトンガリ帽をかぶっていま す。そして何よりも不思議だったのは、これらの人はみんな、服もなにも全部せ とものでできていて。とても小さくていちばん背の高い人でもドロシーのひざほ どしかないということです。  だれも最初は旅人たちに見向きもしません。ただとても大きな頭をした小さい むらさきのせともの犬が壁のところにやってきて、小さな声で吠えていました が、その後でまた駆け去ってしまいました。 「どうやっておりましょうか?」とドロシーがたずねました。   はしごは重すぎて引っ張り上げられませんでしたので、かかしが壁からころ げおちて、みんなはかかしの上に飛び降りて、硬い床で足をけがしないようにし ました。もちろんみんな、かかしの頭の上に着地して針が足にささらないよう苦 心はしました。みんなが安全に降りてから、みんなは胴体がかなりぺしゃんこに なったかかしを助け上げて、わらをたたいて元通りの形にしてあげました。 「反対側に出るには、この不思議な場所を横切るしかないわ。まっすぐ南に向か う道以外をいくのは賢明でないものね」とドロシー。   みんなはこのせともの人たちの国を歩きだしまして、最初に出会ったのはせ とものの乳しぼり娘がせともののウシの乳をしぼっているところでした。近づい てみると、ウソはいきなり蹴りつけて、椅子とバケツと当の乳しぼり娘をけたお しまして、それがみんなせとものの地面に落ちてがちゃがちゃ大きな音をたてま した。   ウシの脚が折れてしまい、バケツもいくつもの小さなかけらになって転がっ ていたので、ドロシーはそれを見てショックを受けました。かわいそうな乳しぼ り娘も左のひじに傷がついていました。 「ちょっと!」と乳しぼりの娘は怒っていいました。「何してくれたのよ! ウ シの脚が折れちゃったから、修理屋にいってのり付けしてもらわなきゃじゃない の。ここにきてうちのウシをおどかすなんて、どういうつもりよ!」 「本当にごめんなさい。許してね」とドロシーは答えました。   でもきれいな乳しぼりの娘は、カンカンで返事もしません。むっつりと脚を ひろいあげるとウシを追い立てて、そのあわれな動物は三本脚でひょこひょこと 歩いていきます。離れながらも、乳しぼりの娘は肩越しになんども恨めしげな視 線をぶきっちょなよそ者に向けて、傷ついたひじをわきにしっかり抑えていました。   ドロシーはこの事故を大いに悲しく思いました。 「ここではとても気をつけないと」と心の優しい木こりがいいました。「このき れいな人々を傷つけたら立ち直れなくなるぞ」   ちょっと先には実にきれいな衣装のお姫さまがいましたが、よそ者たちを見 ると手前で立ち止まり、逃げだしました。   ドロシーはもっと王女さまを見たかったので、走って追いかけました。でも せとものの女の子はこう叫びました。 「追いかけないで! 追いかけないで!」   その声は実におびえた小さな声だったので、ドロシーは立ち止まってききま した。「どうして?」 「どうしてって」と王女さまも、安全なだけ離れたところで立ち止まってこたえ ました。「走ったら転んで壊れるかもしれないでしょう」 「でも修理できないの?」と少女。 「そりゃできますとも。でも修理の後では前ほどきれいじゃなくなりますから」 と王女さまは答えました。 「それもそうね」とドロシー。 「ほら、あそこにジョーカーさんがいるわ。うちの道化師の一人よ」とせともの の婦人は続けました。「いつもさかだちしようとしているのよ。もう何度もこわ れすぎて百カ所くらい修理されたから、ちっともきれいじゃないでしょう。ほら きた。ご自分の目でごらんなさいな」  確かに、陽気で小さな道化師が二人のほうに歩いてきまして、赤と黄色と緑の きれいな服をきてはいても、そこらじゅうひびわれだらけで、それが前後左右あ らゆる方向に走り、いろんな場所を修理されていることをはっきり示していました。  道化師はポケットに手を入れて、ほっぺたをふくらませて生意気そうにうなず いてみせたあとで、こう言いました 「きれいなおじょうさん  なぜこのあわれな老ジョーカーさんを  じろじろごらんになるんだね?   しかもまるで身動きもせず 妙にすましかえって 火かき棒でも飲み込んだかね?」 「おだまりなさい! この人たちはよそものなんだから、敬意をもって扱うべき なのよ!」 「なるほどこれが敬意でごぜーい」と道化師はきっぱり言って、すぐにさかだち しました。 「ジョーカーさんは気にしないでね」とお姫さまはドロシーに言いました。「頭 にひどくひびが入っていて、そのせいでバカになってるのよ」 「あら、あたしはちっとも気にしないわ。でもあなたはとっても美しいわね」と ドロシーは続けました。「とってもだいじにしてあげられると思うの。カンザス に持って帰って、エムおばさんの暖炉の上に置かせてもらえませんか? バス ケットに入れて運んであげられるわ」 「そうしたらあたしはとても不幸せになるわ」とせとものの王女さまは答えまし た。「というのも、この国にいれば思いのままに暮らせて、好き勝手にしゃべっ たり動いたりできるわ。でもあたしたちがここから連れ去られると、関節がすぐ にカチカチになって、まっすぐ立ってきれいに見えることしかできなくなるの。 もちろん、暖炉やたなや居間のテーブルに置かれているときにはそれ以上のこと は期待されてないのだけれど、でもこの自分たちの国にいたほうがずっと快適に 暮らせるわ」 「あなたを不幸せにするなんて死んでもできないわ!」とドロシーは叫びまし た。「だからさようならと言うだけにします」 「さようなら」と王女さまが答えました。   みんなは注意してせとものの国を通り抜けました。小動物や人々もみんな、 よそ者にこわされるのをおそれて、われさきに道をあけます。そして一時間かそ こらで、旅人たちは国の反対側について、またせとものの壁につきあたりました。   でも最初のものほどは高くなかったので、ライオンの背中に立つとみんなな んとかてっぺんによじ登れました。それからライオンがうんとしゃがんで、壁に とびのりました。でもちょうど飛んだところで、しっぽでせとものの教会をひっ くり返し、こなごなに砕いてしまいました。 「あらあら」とドロシー。「でも本当のところ、ウシの脚を折って教会をつぶし だけで被害がすんだのは運がよかったと思うわ。みんなとってももろいんだもの!」   かかしも言いました。「確かにそうだね。じぶんがわら製で簡単にはこわれ なくてありがたいよ。世の中にはかかしでいるよりひどいことってのがあるんだ なあ」 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 21 ライオン、獣たちの王に   せとものの壁からおりた旅人たちは、沼や湿地だらけで、背の高い不愉快な 草におおわれた、あまり気持ちのよくない国にやってきました。歩くとすぐに泥 だらけの穴にはまってしまいます。草がおいしげっているので、穴が見えないか らです。でも、注意深く道を探すことで、みんな安全に動き続けてしっかりした 地面にまでやってきました。でもそこは前にもまして荒れていて、下草の中を長 いことくたくたになりながら歩いたあとで、みんなはまた森にやってきました が、そこの木はこれまで見たどれよりも大きくて古いのでした。 「この森は実にすばらしい」とライオンはうれしそうにあたりを見回してきっぱ り言いました。「これほど美しいところは見たことがない」 「陰気に見えるけど」とかかし。   ライオンは答えました。「そんなことはぜんぜんない。ここでずっと暮らせ たらなあ。足の下の落ち葉もやわらかいし、古い木にくっついたコケも深くて緑 だろう。野生の獣としてはこれ以上に快適なうちは望めないよ」 「いまもこの森に野生の獣がいるかも」とドロシー。 「いるだろうね。でも一匹も見あたらない」とライオンは答えます。   暗くて前に進めなくなるまで、一行は森の中を歩いてゆきました。ドロシー とトトとライオンは横になって眠り、木こりとかかしはいつも通り見張りをしま した。   朝になると、また出発です。さほど行かないうちに、低いざわめきが聞こえ ます。野生の動物がたくさんうなっているかのようです。トトはちょっと鳴き声 をあげましたが、他のみんなはだれもこわがりませんで、踏み固められた道をた どるうちに、森の中の広場にやってきましたが、そこでは何百匹ものありとあら ゆる種類の獣が集まっておりました。トラやゾウやクマやオオカミやキツネや自 然の中のあらゆる動物がいて、一瞬だけドロシーはおびえました。でもライオン は、動物たちが集会を開いているのだと説明しまして、みんなのうなり声やうめ き方からみて、みんなずいぶん困っているなと言います。   ライオンが話していると、獣たちのいちぶがそれを目にして、大集会は魔法 のようにすぐに静まりかえりました。いちばん大きなトラがライオンのところに きて、おじぎをしてこう言います。 「百獣の王よ、ようこそ! われらの敵と戦って、森の動物に再び平和を取り戻 していただくのに、実によいときにおいでくださいました」 「何を困っているのかね」とライオンは静かにいいます。   トラは答えました。「われわれみんな、最近この森にやってきた兇暴な敵に おびやかされているのです。実に巨大な化け物で、大きなクモのようで、胴体は ゾウのように大きく、脚は木の幹のように長いのです。その長い足を八本持つこ の怪物は、森の中を這いまわって、脚で動物をつかまえて口元に運び、クモがハ エを食べるように食べてしまうのです。この兇暴な生き物が生きているうちは、 われわれだれも安全ではありませんので、どうやって身を守ろうかと集会を開い たときに、あなたが通りかかったのです」   ライオンはちょっと考えました。 「この森にはほかにライオンはいるのか?」とたずねます。 「いいえ。前はいましたが、化け物がみんな食べてしまいました。それに、その どれも大きさといい勇敢さといいあなたにはかないません」 「わたしがその敵を始末したら、みんなわたしにひざまづいて、森の王者として 言うことをきくか?」とライオンはたずねました。 「よろこんでそうしましょう」とトラは答えました。そして他の獣たちもすさま じい声をあげました。「そうしましょう!」 「このでかいクモとやらは、いまどこにいる?」とライオンはたずねました。 「あちらの、カシの木の向こうです」とトラは前足で方向を示しました。 「このわたしの友人たちの面倒をみておいてくれ。わたしはすぐにこの化け物と 戦いにいこう」とライオンは言いました。   仲間にさよならを言うと、敵と戦うためにほこらしげにでかけていったので した。   大グモは、ライオンが見つけたときには横になって寝ていました。実に醜い 姿だったので、その対戦相手は気持ち悪くて鼻をそむけたほどです。脚はトラが 言う通り長いものでしたし、からだはゴワゴワの黒い毛でおおわれています。大 きな口には、長さ30センチもある鋭い歯が並んでいます。でもその頭とふくれた 胴体とをつないでいる首は、ハチのウェストくらいの細さしかないのです。これ を見て、ライオンはこの生き物を攻撃するいちばんいい方法を思いつきまして、 目をさました相手よりは寝ている相手のほうが戦いやすいと承知していたので、 大きくジャンプするとすぐに化け物の背中に着地しました。そしてその鋭い爪を むきだした、重い前足をひとふりして、クモの頭を胴体からたたき落としてしま いました。そして飛び降りてから、その長い脚がうごめかなくなるまで眺め、 ちゃんと死んだことを確かめたのです。   ライオンは、森の獣たちが待っている広場に戻ると、誇らしげに言いました。 「もう敵をおそれる必要はないぞ」   すると獣たちはライオンに王として頭を下げまして、ライオンはドロシーが 無事にカンザスに向かったらすぐに戻ってきて君臨することを約束しました。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 22 カドリングたちの国   旅人たち四人は森の残りを安全にぬけて、暗い中から抜け出して見ると、目 の前には急な丘があって、てっぺんからふもとまで大きな岩だらけです。 「これはのぼるのがむずかしそうだ。でもこの丘をこえるしかないなあ」とかかし。   そこでかかしが先にたち、ほかのみんなが後に続きます。最初の岩にたどり つきかけたとき、荒っぽい声が叫びました。「下がれ!」 「きみはだれ?」とかかしがききました。   すると岩の上から頭がのぞいて、さっきの声がいいました。「この丘はおれ たちのもんだ、だれにも通らせないぞ」 「でもどうしても通らないと。カドリングたちの国にいくんだよ」とかかし。 「いかせはしないぞ」と声は答え、岩のうしろから出てきたのは、旅人たちが見 たこともないほどヘンテコな人でした。   とても背が低くてどっしりしていて、大きな頭をもち、そのてっぺんは平ら で、しわだらけの太い首がついています。でも腕はなくて、これを見たかかし は、こんな手も足も出せないような生き物ならみんなが丘にのぼるのを止めるこ とはできないだろうと思いました。そこで「ご希望にそえないのは残念だけれ ど、きみたちがどう思おうと、ぼくたちはこの丘をこえなきゃならないだよ」と 言うと、大胆に前進しました。   電光石火、男の頭が跳びだして、首がのび、平らな頭のてっぺんがかかしの 胴体にぶちあたりまして、かかしはごろごろと丘を転がり落ちてしまいました。 跳びだしてきたのと同じくらいすばやく頭は胴体に戻り、男はおそろしげに笑っ ていいました。「思ったほどかんたんじゃないぞ!」   騒々しい笑い声がほかの岩から聞こえまして、ドロシーがみまわすと、何百 人もの腕なしトンカチ頭たちが、どの岩のかげにも一人ずついるのでした。   ライオンはかかしの不幸で生じた笑いに腹をたてまして、雷のようにとどろ く大きな吠え声をたてると、丘をかけあがりました。   またもや頭がすごい勢いでとびだしてきて、大きなライオンは、大砲の弾で 撃たれたかのように丘を転げ落ちてしまいました。   ドロシーはかけおりて、かかしを助け起こしました。ライオンも、かなりボ ロボロで疲れた感じでそこにやってまいりまして「頭の飛び出す連中と戦っても 無駄だよ。だれにも耐えられない」と言います。 「じゃあどうしましょう?」とドロシー。 「翼ザルを呼ぼう。あと一回だけ命令できるんだから」とブリキの木こりが提案 しました。 「そうね」とドロシーは金の帽子をかぶって魔法の呪文をとなえます。サルたち はいつもながらすばやく、すぐさま群れのみんながドロシーの前に立っていました。 「ご命令は?」と翼ザルの王さまが低くおじぎをしました。 「丘をこえてカドリングの国まで運んで」と少女は答えます。 「おおせのままに」と王さまはいって、すぐに翼ザルたちは四人の旅人とトトを 腕にかかえ、いっしょに飛び去りました。丘の上を飛ぶとトンカチ頭たちは腹を たててどなりまして、頭を空高くうちあげましたが、翼ザルたちには届きません で、ドロシーと仲間たちは安全に丘をこえて、美しいカドリングの国におろされ たのです。 「あなたがわれわれを呼び出せるのはこれが最後でした。ですからさようなら、 ご幸運を」と首領がドロシーに言いました。 「さよなら、どうもありがとう」と女の子は答えました。サルたちは空にまいあ がって、一瞬でかき消えてしまいました。   カドリングの国は豊かで幸福そうです。どこまでも畑が広がって、穀物が 実っています。その間にはきちんと舗装された道路が通り、きれいなさざめく小 川にはしっかりした橋がかかっています。柵や家や橋はみんな真っ赤に塗られて います。ウィンキーの国が黄色に塗られ、マンチキンの国が青だったのと同じで す。当のカドリングたちは、小さくて太って、ぽちゃぽちゃして気のいい人々の ようでしたが、みんな赤い服を着ていて、それが緑の草と黄色に熟しつつある穀 物によく映えています。   サルたちはみんなを農場の近くにおろしてくれたので、旅人四人はその農家 にいってドアを叩きました。それを開けたのは農夫の奥さんで、ドロシーが何か 食べ物をくださいというと、その婦人はおいしい夕食をみんなに食べさせてくれ て、ケーキは三種類、クッキーも四種類、トトにはミルクをくれたのでした。 「グリンダの城まではどのくらいですか?」と子供はたずねます。 「すぐそこだよ。南への道をいったらすぐに着くよ」と農夫の奥さんは言いました。  善良な婦人にお礼をいってから、みんなは元気を取り戻して、畑の横を歩き、 きれいな橋をわたるうちに、目の前にとてもきれいなお城が見えてきました。門 の前には娘が三人いて、金のふちどりをつけた、かっこいい赤い制服を着ていま す。ドロシーが近づくと、その一人がこう呼びかけました。 「南の国に何のご用?」 「ここを治めるよい魔女にお目にかかりに」とドロシーは答えました。「連れて 行ってくれますか?」 「お名前をどうぞ。グリンダに、お会いになるかきいてきますので」そこでみん なは名を名乗り、兵隊娘は城に入っていきました。そしてすぐに出てくると、ド ロシーとその仲間たちはすぐに中に通されることになったと言いました。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 23 よい魔女グリンダ、ドロシーの願いをかなえる   でもグリンダに会いにいくまえに、みんなは部屋の一室に通されて。ドロ シーは顔をあらって髪をとかしましたし、ライオンはたてがみからほこりをはら い、かかしは自分をたたいて精一杯かっこうよくして、木こりはブリキをみがい て関節に油をさしたのです。   みんな見栄えがするようになると、兵隊娘の後について、グリンダがルビー の玉座にすわる大きな部屋にやってきました。   グリンダは見るからに美しくて若かったのでした。髪は豊かな赤で、くるく ると流れるように肩にかかっています。ドレスは純白ですが、青い目は優しそう に少女を見下ろしました。 「どうしたの、おじょうちゃん?」とグリンダはたずねました。   ドロシーは魔女に何もかも話しました。竜巻がオズの国につれてきたこと、 仲間にどうやって出会ったか、そしてみんなが直面したすばらしい冒険のことなど。 「いまのあたしがいちばん望むのは、カンザスに戻ることなんです。エムおばさ んはたぶん、何かあたしにひどいことが起きたんじゃないかと思うでしょうし、 そうなったら喪に服そうとするでしょう。そして収穫が去年よりよくならないか ぎり、ヘンリーおじさんにはとてもそんなお金はないはずなんです」   グリンダはかがみこんで、心優しい少女の上向きの優しい顔にキスしました。 「その優しい心に祝福を」とグリンダ。「カンザスに戻る方法なら確かに教えて あげられますよ」でもこうつけ加えました。「でも教えたら、金の帽子をわたし にくださいな」 「よろこんで!」とドロシーは叫びました。「だいたいもうあたしには役にたち ませんし、あなたはこれを手に入れたら、翼ザルに三回だけ命令ができるんです」 「そしてたぶんわたしが翼ザルたちの助けがいるのも、ちょうど三回だけだと思 うわ」とグリンダはにっこりして答えました。   そしてドロシーは金の帽子をわたして、魔法使いはかかしに言いました。 「ドロシーがいなくなったらどうするの?」 「エメラルドの都に戻ります。オズが支配者にしてくれたし、みんなもぼくが気 に入っているんです。たった一つ心配なのは、トンカチあたまの丘をどうやって こえようかということです」 「金の帽子を使って、翼ザルたちにあなたをエメラルドの都の門まで運ばせま しょう。人々からこんなにすばらしい支配者を奪ってはいけませんものね」とグ リンダ。 「ぼくは本当にすばらしいんですか?」とかかしがたずねます。 「非凡ですよ」とグリンダが答えました。 ブリキの木こりのほうを向くとグリンダはたずねます。「ドロシーがこの国を 去ったらあなたはどうするのかしら?」   木こりは斧によりかかってしばらく考えました。それからこう申しました。 「ウィンキーたちはとても親切にしてくれたし、邪悪な魔女が死んだあとはわた しに国を治めてほしがっていました。わたしはウィンキーたちが好きですので、 西の国に戻れたら、ずっとあの国を治められたらと思うのですが」 「翼ザルへの第二の命令は、あなたをウィンキーたちの国に安全に運ぶことで す。脳みそはかかしのものほどは目に見えて大きくないかもしれません。でもま ちがいなく輝かしいですし――特に磨いたときにはね――ウィンキーたちをまちがい なく賢明かつ上手に治めることでしょう」   それから魔女は大きな毛むくじゃらのライオンを見ました。「ドロシーが自 分のおうちに戻ったら、あなたはどうするの?」 「トンカチあたまの丘の向こうには、壮大な古い森がありまして、そこに暮らす 獣たちはわたしを王さまにしてくれました。あの森に帰れさえしたら、そこで余 生をとても幸せに過ごせるでしょう」 「翼ザルへの第三の命令は、あなたを森に運ぶことです。そうしたら金の帽子の 力を使い果たしてしまいますから、帽子をサルの王さまに与えましょう。そうす れば翼ザルの群れは今後ずっと自由になれますから」 かかしとブリキの木こりとライオンは、よい魔女の親切に心からお礼をいいまし た。そしてドロシーも感激しました。 「あなたはお美しいだけでなく本当に善良なんですね! でもまだカンザスへの 帰り方を教えてくれていません」 「その銀のくつが砂漠をこえてあなたを運んでくれますよ」とグリンダが答えま した。「その力を知っていれば、この国についたその日にでもエムおばさんのと ころに戻れたんですよ」 「でもそうしたらぼくはこのすばらしい脳みそをもらえなかった!」とかかしが 叫びました。「お百姓さんのトウモロコシ畑で一生をすごしていたかもしれない」 「そしてわたしも美しい心が手には入らなかった。あの森に立ってさびたままこ の世の終わりを迎えたかも」とブリキの木こり。 「そしてわたしは永遠に臆病だったかもしれない。森中のどんな獣も、わたしに ついて何もいいことを言ってくれなかったかもしれない」とライオンもきっぱり 言いました。 「みんなその通りだわ」とドロシー。「そしていいお友だちのお役にたてたのは うれしいと思う。でもこれでみんな、いちばん欲しかったものが手に入ったんだ し、それにみんな治める王国を持てて喜んでいるんだから、あたしはそろそろカ ンザスに戻りたいんです」  よい魔女はいいました。「その銀のくつにはね、不思議な力がいろいろあるの よ。なかでもいちばんおもしろいのは、それが世界中のどこへでも三歩で運んで くれることで、その三歩のそれぞれは一瞬のうちに起こるのよ。あなたはかかと を三回うちあわせて、靴にどこへでも行きたいところへ運べと命令すればいいだけ」 「それなら、すぐにカンザスにつれて帰ってくれるように頼むわ」と子供は嬉し そうにいいました。   ドロシーは腕をライオンの首にまわすとキスをして、大きな頭をやさしくな でました。それからブリキの木こりにもキスをしましたが、こちらは関節にとっ て実に危険な形で泣いています。でもかかしのペンキの顔にはキスをしないで、 やわらかいわらをつめたからだを抱きしめることにしまして、気がつくと愛すべ き仲間たちとの悲しい別れで、ドロシー自身も泣いているのでした。   よいグリンダはルビーの玉座から立ち上がっておりてくると、少女にさよな らのキスをして、ドロシーはグリンダが友人たちや自分に示してくれたいろいろ な親切のお礼を言いました。   さてドロシーは重々しくトトをうでに抱きかかえると、最後にもう一度さよ ならを言ってから、くつのかかとを三回うちつけてこう言いました。 「おうちのエムおばさんのところにつれて帰って!」   すぐに彼女は宙を舞い、それがあまりに速すぎて、見えるのも感じられるの も耳をかすめる風の音だけでした。   銀のくつはたった三歩進んだだけで、そしてあまりに急に止まったので、草 の上で何回か転げるまで自分がどこにいるのか気がつきませんでした。   でもゆっくりと、ドロシーは起きあがってあたりを見回しました。 「まあどうしましょう!」と叫びました。   というのもドロシーはひろいカンザスの平原にすわっていて、目の前にはヘ ンリーおじさんが、古い家を竜巻にもっていかれた後で建てた新しい農家があっ たからです。ヘンリーおじさんは納屋でウシの乳しぼりをしていて、トトはドロ シーの腕からとびだして、すさまじく吠えながら納屋のほうに走っていきます。   立ち上がってみると、足はストッキングだけのはだしでした。銀のくつは空 中飛行の途中でぬげてしまい、砂漠の中へ永遠に失われてしまったのです。 目次にもどる <#toc> ------------------------------------------------------------------------ 24 おうちへ帰る   エムおばさんはちょうど、キャベツに水をやりに家から出てきたところでし たが、顔をあげると自分に向かって走ってくるドロシーが目に入りました。 「愛しい子!」と叫んで、おばさんは少女を抱きしめて顔中にキスをしました。 「いったいぜんたいどこからきたんだね?」 ドロシーは重々しく申しました。「オズの国からよ。そしてトトもいるわ。そし て、ああエムおばさん! おうちに帰れてほんとうによかった!」 おしまい ------------------------------------------------------------------------- このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス の下でライセンスされています。