ゲティスバーグ演説

The Gettysburg Address, Gettysburg, Pennsylvania, November 19, 1863

エイブラハム・リンカーン

岡田晃久+ 山形浩生 訳

原文は以下にある:http://showcase.netins.net/web/creative/lincoln/speeches/gettysburg.htm
また結城浩氏 <http://www.hyuki.com> より、翻訳にあたって有益なコメントをいただいた。感謝する。
© 2000 岡田晃久 プロジェクト杉田玄白正式参加
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Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

4世代(*1)と7年前に私たちの祖先たちはこの大陸に、自由の理念から生まれ、全ての 人が平等に創られているという命題に捧げられた一つの新しい国を生み出しました。

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure.

今、私たちは大きな内戦の最中にあります。そしてこの内戦は、その国が、あるいはそのような理念から生まれ、そのような命題に捧げられたいかなる国もが、長い間持ちこたえられるものかどうかという試練なのです。

We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

私達は、その戦争の大戦場で一堂に会しています。わたしたちがやってきたのは、その国が生き延びるようここで自分の生命を犠牲にした人々に、最後の安息の地としてその戦場の一部を捧げるためです。私達がそうするのは、全く適切でありふさわしいことです。

But, in a larger sense, we can not dedicate -- we can not consecrate -- we can not hallow -- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract.

しかしより広い意味でいえば、私達はこの大地を捧げられない−神聖化しえない− 清められないのです。ここで奮闘した勇敢な者たちは、生ける者も死せる者たちがすでにここを神聖化してしまい、なにかを足したり取り除いたりするわれわれの貧弱な能力など、それにまったくおよばないものだからです。

The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

世界は私達がここで言うことなどほとんど気に留めたないでしょうし、それを長く 記憶にとどめることもないでしょう。でも、彼らがここで為したことを決して忘れることができないのです。

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced.

われわれ生きる者の使命とはむしろ、ここで戦った人々がこれまで気高く前進させた、この未完の仕事に身を捧げることなのです。

It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us -- that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion -- that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain -- that this nation, under God, shall have a new birth of freedom -- and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

ここにいるわれわれの使命とはむしろ、かれらが 最後の完全な献身を捧げた理念に対し、この名誉ある死者たちから一層の 熱意を持って、われわれの前に残された偉大な任務に専念することなのです。 その任務とは、あの死者たちの死を無駄にはしないとわれわれがここに固く決意し、 この国が神のもとで新しい自由を生み出すことを決意し、そして人々を、人々自身の 手によって、人々自身の利害のために統治することを、この地上から消え去さらせはしない、と決意することなのです(*2)。


訳注

(*1) score=20年。適切な用語がないため、ここでは世代を20年と同義として 訳した。Four score and seven years ago をまとめて「87年」と訳すのが普 通らしいが、原文の感じがでるのではないかと思ったのでこうした。

(*2) government of the people, by the people, for the people. 「人民の、人民による、人民のための政府」と訳すのがふつうなんだが、なんとなく耳あたりはよいのでみんな流してきいてしまう一方で、これがどういう意味かをきちんと考え、説明できる人は少ない。特にいちばん最初の「of the people」の部分。ふつうはみんな、「人民の」というので、「人民が所有する」という意味だと思っている場合がほとんど。そうではなく、これは統治される対象が人民であることを指しているのだ。

 アメリカ建国以前の政府というのは、人民(という統治される対象)を、官僚や貴族たち(という統治する主体なり実体)が、王さまや教会(という統治の旗印なりなんなり)の利害のために支配する、という形態だったわけだ。それとの対比で考えてもらうと理解しやすいかと。