ロウソクの科学 The Chemical History of a Candle 著者:マイケル・ファラデー (Michael Faraday) 翻訳: 山形浩生 PostScript+tar+gzip版はhttp://www.genpaku.org/candle01/candle.tgz pdf版はhttp://www.genpaku.org/candle01/candle.pdf html版はhttp://www.genpaku.org/candle01/candlej0.html (C) 1999 山形浩生 本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をと ったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で 自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複 製」とかいうのはダメだぞ) プロジェクト杉田玄白 正式参加作品。詳細はhttp://www.genpaku.org/を参照のこ と。 ------------------------------------------------------------------------ 目次 第 1 章 ロウソクの炎はどこからきているんだろうか。 第 2 章 炎の輝き――燃焼に必要な空気――水の生成。 第 3 章 燃焼の産物――水の性質――化合物――水素 第 4 章 ロウソクの中の水素:燃えて水に――水の残りの部分:酸素 第 5 章 空中の酸素――大気の性質――二酸化炭素 第 6 章 呼吸はなぜ燃えるロウソクと似ているか。 あとがき 訳者あとがき ------------------------------------------------------------------------ 第 1 章 ロウソク:炎はどこからきているんだろうか。  ここでの出し物を見にくることで、みなさんはわれわれに大いなる栄誉を与えて くれたわけですから、そのお返しに、このレクチャーではこれからロウソクの化学 的ななりたちを示していきたいと思います。自然について考え方を勉強するとき、 ロウソクという物理現象に注目するのは、いちばんすぐれていて、いちばん開かれ た道なんですね。ロウソクという現象を見れば、この宇宙を仕切っている法則はす べて顔を出すし、関わってくるんです。だから、目新しいテーマを選ばずにロウソ クなんかを選んだけれど、それでみんなをがっかりさせるようなことはないはず。 これよりいいテーマはないし、これと肩を並べるくらいのものでも少ないでしょ う。 訳注:この頃は、「Science(科学)」ということばはまだ広まっていなくて、 Natural philosophyという言い方をしたんだそうな。ここでは「自然についての考 え方」としておいた。   さて、先に進める前に、もう一言言わせてください。われわれのテーマはとても 壮大だし、それを真摯に、まじめに、科学的に取り上げようというわれわれの意図 も壮大なものではあるんですが、でもわたし、われわれの中の年長者からは距離を おくつもりです。子供のみなさんには、自分も子供の一人として話すという特権を いただきましょう。これは前にもやったことだし、お気に召したらまた何度でもや ります。そしてここに立って、自分がしゃべることばが世間一般に向けてのものだ とわかってはいますが、それでもきみたちに話すときには、いちばん身近な人間に 話すときみたいな、親しみをこめた話し方をするようにします。  というわけで、少年少女のみなさん、まずはロウソクというのがなにでできてい るのかを説明しておきましょう。なかにはずいぶんと珍しいものもあって、たとえ ばアイルランドの沼地でとれる、キャンドルウッドっていう変な物質があります。 これは堅くて強い木なんだけれど、すごく明るく燃えるんですな。ロウソクみたい に燃えるので、これがとれるところではマッチの軸を作ったり、たいまつをつくっ たりして、すごくいい灯りになってます。そしてこの木のなかには、ロウソクの一 般的な性質が、最高に見事なかたちで詰まっていると言っていいでしょう。燃料の 供給のされかたとか、その燃料を化学反応の起こる場所まで持ってくるやり方と か、その反応場所――熱と光――への空気の供給とか、そのすべてがこの種の小さ な木ぎれにこめられて、まさに天然のロウソクになっているんです。  でも、ここでは店で売っているようなロウソクの話をしましょう。ここにあるの は、ディップ式っていうロウソクです。まず、それなりの長さの木綿糸を切って、 それにループをつくって引っかけて、とけた動物の脂肪にひたして(ディップし て)、それをとりだしてさまし、またつけなおす、というのを繰り返すうちに、木 綿糸のまわりに脂肪がだんだんついてきます。炭坑の炭坑夫たちは、すごく小さな ディップを使っていました。昔は、坑夫は自分でロウソクを用意しなきゃならなか ったんです。そして小さなロウソクのほうが、大きなロウソクにくらべて炭坑の坑 内ガスに燃え移りにくい、と思われていたんですね。これと、それにあとは値段の 問題もあって、坑夫はこの手のロウソクを持っていた――一ポンドで20、30、40、 60本くらいも買えるようなやつ。炭坑で使う明かりは、その後はスチールランプ (steel-mill)になって、それがさらにはデーヴィー安全灯とか、いろいろな安全 ランプに置き換えられていきましたが。 ここにもってきたのが、ペイズリー大佐が ロイヤル・ジョージ号(原注1)からとってきたといわれるロウソクです。もう何年も前 に海に沈んで、塩水の活動にさらされていました。ロウソクがどんなによく保つ か、これをみるとよくわかりますね。あちこちひびが入って、欠けたりもしてます が、火をつけるとこうして安定して燃え続けるし、脂肪分は火をつければすぐに、 自然な状態に戻ります。  ラムベスのフィールズさんが、ロウソクやその材料の見事なイラストをたくさん 提供してくれたので、これからそれを使っていきましょう。まずは牛脂です。これ は牛の脂肪だ――ロシアの脂肪だと思うけれど、それをゲイ・リュサックや、かれ の知識を受け継いだだれかが、あのステアリンという美しい物質に変換しました。 ご承知のように、いまのロウソクは、昔の脂肪式のロウソクみたいなベトベトした ものではなくて、もっときれいなものになっているから、そこからたれるしずくも ひっかけば、すぐに粉々になって簡単に落ちるし、それがついたところもほとんど よごれないでしょう。  ゲイ・リュサックが使ったのは、こういうプロセスです (原註2)。まず、油や動物の 脂肪を石灰で煮て、せっけんにします。それからそのせっけんを、硫酸で分解する と、石灰分がぬけて、脂肪がステアリン酸に組み替えられて残ると同時に、グリセ リンもたくさんできます。グリセリン――これはまぎれもない糖、あるいは糖に似 た物質です――がこの化学変化の途中で、脂肪からでてくるんですね。で、圧力を かけて残った油をぬきます。ここに、ホットケーキみたいなものがたくさんペチャ ンコになってますねえ。圧力をどんどん高くすると、不純物が油っぽい部分といっ しょに出ていってしまうのがみごとにわかります。そこで残った物質をとかして、 それを型に入れて、ここにあるようなロウソクにするわけです。わたしがいま持っ ているのは、ステアリン製のロウソクで、脂肪からいま説明したようなやり方で作 った、ステアリンでできています。  さてこちらはクジラロウソク。これはマッコウクジラの鯨油を生成した油でつく ってあります。こっちは黄色い蜜ロウと、精製した蜜ロウ。これもロウソクの材料 になります。さらにこっちには、あのパラフィンという変な物質があります。アイ ルランドの沼地でとれるパラフィンから、パラフィンロウソクなんてのも作られて ます。こっちには、日本からもってきた物質があります。なんせ最近われわれは、 あの僻地の国の入り口を、無理矢理こじあけてやりましたからな――親切な友だち が送ってくれた、一種のワックスですねえ。そしてこれは、ロウソク生産の新しい 材料になるものです。  で、ロウソクはどうやってつくるのか? ディップ式はもう話したから、こんど は型を使った作り方の話をしましょう。ここにあるロウソクが、型どりできるよう な材料でできてるとしましょう。「型どりって、ロウソクはとけるんだし、とける んなら型どりできるに決まってるじゃないの!」と思うでしょう。残念でした。製 造業が発達して、ほしい結果を得るためのいちばんいい方法を考えるなかで、これ まで予想もしなかったことが飛び出してくるってのは、実にすばらしいことです。 ロウソクは、いつも型どりしてつくれるとは限らないんです。ワックス製のロウソ クは、型に入れてつくることはできないんです。特別なやりかたでつくるんで、こ れはものの数分で説明できますが;いやでもあんまりそれに時間は割けないな。ワ ックスというのは、すごくよく燃えるし、ロウソクの中ですぐにとけるので、型に 入れられないんです。 でも、まずは型どりできる材料の話をしましょう。ここに枠 があって、その中に型がたくさん固定されています。まずは、その型に芯を通しま す。ここにあるような芯です――編んであって、だからロウソクが燃えていっても 芯を切らないですむようになってます(原注 3)――これはまっすぐ立ってるように、 針金でささえてあります。この芯を、まず型の底に通して、それをペグでとめます ――小さなペグが木綿糸をしっかりおさえて、あとはその糸口から液体がもれない ようにするわけです。てっぺんのところには小さな棒が横にわたしてあって、それ が木綿糸をピンと張らせて、型の中に固定しておくようになってます。それから脂 肪をとかして、型に流し込みます。しばらくして型が冷えると、余った脂肪を角の ところから流しだして、ロウソクをまとめて底をきれいにして、芯のよけいな部分 を切ります。これで、型のなかにはロウソクだけが残るので、ひっくり返すと、ゴ ロゴロッと出てくるわけですね。ロウソクはコーン型になっています。てっぺんが 細くて、根本が太くなっています。こういう形のせいもあるし、あとは冷えるとき にちょっと縮むのもあって、だからちょっとふってやると、ポコッとはずれます。 ステアリンやパラフィンのロウソクも同じようにつくります。  ワックスのロウソクのつくられかたは、とってもおもしろいです。木綿糸がたく さん枠にぶらさげられて、その先端に金属のタグがついて、ワックスが木綿にかか らないようにしてあります。で、これをワックスをとかすヒーターのところへ持っ ていきます。この枠はぐるぐるまわるようになっていて、まわっているところへ、 人がとけたワックスをすくって、一本ずつ順番にかけていくわけです。で、一回り して、それが十分に冷えたら、こんどはまた最初のにもどって、二巡目をいきま す。これを繰り返して、必要な厚みになるまで続けるんですね。これで芯の全部 が、まあ十分太ったというか、エサをもらったというか、とにかくその厚みまでき たら、それを枠からはずして、別のところにもっていきます。フィールズさんのご 厚意で、そういうロウソクをいくつかここに用意してあります。これなんか、まだ できかけのヤツですねぇ。これをこんどは、なめらかな石の板にゴロゴロころがし て丸くします。それでコーン型のてっぺん部分を、そういう形をつくってある型に おしこむことでつくるんです。それから底の部分を切って、余計な芯を切ります。 これを実にきれいにやるので、こういうやりかたで、重さが正確に4ポンドとか6ポ ンドとか、あるいは好きな重さのロウソクをつくれちゃうんですね。  でも、ただの作り方にこんなに時間をかけちゃいけませんね。もっと話を進めま しょう。まだ、豪華なロウソクについては話をしてませんね(といっても、ロウソ クに豪華もクソもないんですが)。これなんか、とてもきれいに色がついてます な。すみれ色、赤とか、最近発明された化学的な色素がなんでもロウソクに使われ ています。さらには、いろんな形が使われているのもわかるでしょう。こっちにあ るのは、溝がたくさんついていて、神殿の柱みたいで実にきれいな形です。さらに これはピアサルさんが送ってくれたロウソクですが、いろいろデザインで装飾して あって、だから火をつけるとそれが上空で輝く太陽になって、下の方には花束なん かがある、という具合です。しかしながら、きれいで美しいものが、必ずしも役に 立つとは限らないんです。こういう溝のついたロウソクは、きれいではあります が、ロウソクとしてはダメなロウソクです。ダメなのは、この外形のせいです。で も、こういうあちこちの友人が送ってくれた種類のロウソクを見せるのは、この方 面でどんなことが行われていて、なにができるかをお見せするためです。でもいま 言ったように、こういう洗練のためには、この実用性を多少犠牲にしなきゃならな いんです。   さて、ロウソクの火の話をしましょう。一、二本、火をつけてみましょう。そし て本来の機能を果たすように動かしてみましょう。こうしてみると、ロウソクはラ ンプとはぜんぜんちがっているのがわかるでしょう。ランプだと、油が少しあっ て、それを器に入れて、そこに人工なかたちで用意した、コケとか綿とかをいれ て、その芯のてっぺんに火をつけます。炎が綿をずっとおりてきて、油のところま でくると、そこで消えますが、油より上のところでは燃え続けます。さて、ここで みなさんまちがいなく不思議に思うでしょう。どうして油は、それだけでは燃えな いのに、その綿のてっぺんまできて燃えるんだろうか? これについてはすぐに見 ていきます。でも、ロウソクが燃えるのには、これようりもずっとすばらしい点が あるんです。ここにあるロウソクは、固体で、別に容器におさまったりしてません ね。それなのに、この固体の物質が、どうやって炎のあるところまでのぼっていく のか? 固体が、液体でもないのに、そこまでいけるのか? あるいは液体になっ たとしたら、どうしてバラバラにならずにいるのか? ロウソクのすごいのは、こ ういうところです。  さてここはずいぶん風がくるので、実験の一部ではそれが役にたつけれど、一部 ではちょっと風がいたずらすることになります。だからちょっと物事を一貫させ て、事態を単純にするために、炎をじっとさせておくことにしましょう。ものごと を観察しようってのに、それとは関係ない面倒がいろいろあってはじゃまですから ね。これは、市場にいる行商人や屋台売りが、野菜やジャガイモや魚を売るとき に、土曜の晩にロウソクをカバーするためのとても頭のいい発明です。わたしもよ く感心してこれを眺めるんですよ。ロウソクのまわりにランプのガラスをつけて、 それを一種の張り出しにのせて、必要に応じて上下できるようになってるんです な。同じようにランプ用のガラスを使って、炎はじっとさせておけるんです。これ ならながめて、じっくり観察することができます。家に帰ったらぜひやってみてく ださい。  で、ロウソクをしばらく燃やして、真っ先に気がつくのは、とってもきれいなく ぼみができていることです。空気がロウソクに近づくと、ロウソクの熱がつくる気 流のせいで、その空気は上に動きます。これで近づいてくる空気がワックスなり脂 肪なり燃料なりの側面を冷やして、はしっこのほうは、中の部分よりずっと冷たく なることになるんですね。炎は、消えるところまでずっと芯の下に向かってやって くるので、中の部分はとけるけれど、外の部分はとけないんです。もし気流を一方 向だけにすると、くぼみがゆがんでしまって、液体もどんどん流れ出します。世界 を一つにしている重力の力が、この液体を水平に保つから、もしくぼみが水平でな ければ、液体は当然ドボドボ流れ出すってことです。つまりですね、このくぼみ は、みごとに一様な空気の流れが、あらゆる方向からやってきて形成されて、そし てそれがロウソクの外側を冷やしておくというわけですな。  このくぼみをつくれない燃料は、どれもロウソクには使えません。ただしアイル ランドの沼地の木は別で、これは材料そのものがスポンジみたいになっていて、独 自の燃料を持っているわけです。これで、さっき見せたような、美しいけれど不整 形なロウソクを燃やすとろくでもないことになるわけが、わかるでしょう。不整形 でかたちがゆがんでいるので、ロウソクのすばらしい美しさである、このきれいな くぼみの縁ができないからです。これで、あるものの美しさというのは、そのプロ セスの完成度――つまりはその効用――のほうに大きく依存しているんだ、という ことがわかってもらえるといいんですがねえ。われわれにとっていちばん役に立つ のは、見た目にいちばんきれいなものではなくて、いちばんうまく機能するものな んですな。不整形なロウソクは、うまく燃えないロウソクです。まわりには、きた ならしくドボドボとロウがあふれます。それは空気の流れが一様ではなくて、だか らできるくぼみの形もまずくなるせいなんです。  この上昇気流の働きについては、きれいな例が見られますね(こうした例は見れ ばわかると思いますが)。ロウソクの側面に、ロウがたれてすじがついたところで は、ロウがほかのところより厚くなっています。ロウソクが燃え続けると、そのす じはそのまま残って、ロウソクの横っぱらに小さな柱みたいにして立ったままにな ります。ロウや燃料のほかの部分から上に出ると、空気がそのまわりをもっとたく さん通れるので、強く冷やされて、すぐ近くの(炎の)熱にも耐えやすくなるから です。これはロウソクの最大のまちがいや欠点です。でもほかのことでも言える話 ですが、そういう欠点に、われわれに対する教訓が含まれているんです。そういう まちがいや欠点が生じなければ、それに気がつくこともなかったでしょう。わたし たちがここに来たのは、自然哲学者(科学者)になるためです。だから、なにか結 果が起こったら必ず、特にそれが新しい結果なときには、「原因はなんだろう?  どうしてこうなるんだろう?」と考えるべきなんです。いずれその答えが見つかる でしょう。  さらに、このロウソクのおかげで答えのわかる質問がもう一つあります。それ は、なぜ液体がこのくぼみから出て、芯をのぼって、燃焼の起こっている場所にく るのか、ということです。ロウソクは、蜜ロウ、ステアリン、鯨油なんかでできて いて、その芯で火が燃えています。でもその火はワックスなんかのほうにすぐに下 りていって、それを溶かしてしまったりはしません。自分の場所にきちんとおさま っていますね。炎は、その下の液体からは遮断されているし、くぼみのふちに飛び 移ったりもしません。ロウソクのある部分が、ほかの部分をその行動のとことんま で活用するよう調整されているわけで、これほどに見事な例はほかに思いつきませ ん。こんな可燃物が、だんだんと燃えていって、絶対に炎に勝手なまねをさせない というのは、とても美しい光景です。これは、炎というのが実に強力なものだとい うのを知ればなおさらでしょう。炎はワックスをひとたびつかまえてしまえば、こ れをすぐに破壊してしまえますし、近くにきただけでも、ワックスはもとの形を失 ってしまいます。  でもそれなら、炎はどうやって燃料を確保するんでしょうか。これについては、 すばらしい説明があります。「毛管引力(原注4)」です。毛管引力というのは、英語だ と「髪の毛の魅力(capilary attraction)」になるので、なんじゃそりゃ、と思う 人もいるでしょう。まあ名前は気にしないでください。ずっと昔についた名前で、 実際にどういう力なのかがよくわからなかった頃の名前なんですから。燃料が、燃 焼の起こっているところまで運ばれて、そこに置かれるのは、この毛細管現象のお かげです。その置き方もいい加減ではなくて、その周辺で起きている燃焼活動の、 どまんなかに運ばれるんです。 さて、毛細管引力の例をいくつかあげてみましょ う。毛細管引力というのは、おたがいにとけあわない物体同士でもくっつけてしま う力です。手を洗うときには、手を十分にぬらします。ちょっとせっけんをつけ て、水がもっとよくつくようにします。すると手はぬれたままになります。これか ら話すのは、こういう力のことです。そうそう、もう一ついえば、もし手が汚れて いなければ(ふつうは生活の中で使うからいつも汚れているんですが)、温水をち ょっと用意してそのなかに指をつっこむと、水が指にそって多少あがってきます ね。いちいちそんなことを気にして、手をとめて観察したりしないかもしれません が。  ここに穴の多い物質があります――塩のかたまりでつくった柱です――こいつの 底のところの皿に、液体を入れてみましょう。これは見た目とはちがって、ただの 水じゃない。飽和食塩水で、これ以上は塩がとけない液体です。だからこれからお 目にかける現象は、液体で何かがとけたせいではないわけです。このお皿をロウソ クだと思って、塩が芯で、この溶液がとけたロウだと思ってください。(液体は着 色しておきました。そのほうが、動きがよくわかるでしょう)。ごらんのように、 こうして液体をそそぐと、それがだんだんと塩の中を、上へ上へとゆっくりあがっ ていきます。そしてこの柱がひっくり返らなければ、てっぺんまで液体があがって きます。もしこの黒い液体が燃えるものだったら、この塩のてっぺんに芯をつける と、その芯の塩の付け根のところで燃えます。  こういう現象が起きているのを見るのは、実におもしろいもんです。そしてそれ をとりまく状況というのがどんなに風変わりかを見るのも。手を洗うでしょう。タ オルで水気をとりますね。そうやってぬれることで、というか、そのときタオルが 水でぬれるようにする力のおかげで、ロウソクの芯もロウでぬれるわけです。手を 洗ってタオルでふいて、そのタオルを洗面器にかけておくと、やがてそれが水を全 部洗面器から吸いだして、床に流してしまった、という不注意な少年少女たちがい ます(いや、不注意でない人たちもやることですが)。タオルがちょうど、サイホ ンの機能を果たすように、洗面器のふちにかかってしまったからですな(原注5)。  物質がお互いにどういうふうに作用するかをもっとよく理解してもらうために、 金網でつくった容器に水をいっぱい入れてみました。これはその働きからして、あ る意味では綿に似ているし、ある意味では布に似ているでしょう。実は芯を一種の 金網でつくることもあります。ごらんのとおり、この容器は穴だらけです。水を上 からちょっと注ぐと、下から出てきます。だからこの容器がどんな状態で、中にな にが入っていて、なぜそれがそこにとどまっているのか、ときいたら、たぶんしば らくまごつくでしょう。この容器は水でいっぱいです。でも、空っぽであるかのよ うに、水はこいつを通り抜けます。証明するには、こうやって空けてみればいいだ けですね。理由はこういうことです。針金は、一回ぬれると、ぬれたままです。金 網の目が小さすぎて、液体が両方から強く引きつけられます。だから穴だらけなの に水は容器の中に残るわけです。同じように、とけたロウの分子は綿をのぼってて っぺんにたどりつきます。ほかの分子は、分子同士の引力でそれにしたがいます。 そして炎にたどりつくと、順番に燃えていくわけです。  同じ原理を使ったものをもう一つ。これは籐製の杖の一部です。道ばたで男の子 たちが、大人ぶってみようと焦って、杖の端っこに火をつけて、葉巻のふりをして 吸ってみたりしていますねえ。あの子たちがそういうことをできるのは、杖が一方 向に水を通すのと、そしてそれが毛細管になっているからです。この杖を、カンフ ィン(性質はパラフィンととてもよく似ています)の皿にたてると、あの黒い液体 が塩の柱をのぼっていったのとまったく同じようにして、この液体も杖をのぼって いきます。側面には穴がないので、液体は横からは逃げられずに、ずっと端から端 までいくしかありません。さっそく液体が、杖のてっぺんまできました。これで火 をつけると、こうしてロウソクがわりに使えます。液体は、この杖のかけらの毛細 管引力であがっていったわけで、ロウソクの芯の綿とまったく同じです。  さて、ロウソクが芯にそってすぐに下まで燃えてしまわないのは、ただ一つ、と けたロウが炎を消してしまうからです。ごぞんじのように、ロウソクをひっくりか えして、燃料が芯にそってたれるようにすると、火は消えちゃいます。その理由 は、炎が燃料を熱して燃えるようにするだけの時間がなかったからです。ロウソク が上を向いていれば、燃料は芯から少しずつ運ばれて、熱による影響をフルに受け ることになるわけです。  ロウソクについては、学ぶべき点がもう一つあります。これなくしては、ロウソ クの科学について十分に理解できません。それは、燃料が蒸気の状態になっている ということです。これを納得してもらえるように、とってもすてきな、だけれど実 にどこでもできる実験をしてみましょう。うまいことロウソクをふき消すと、そこ から蒸気があがっているのが見えます。ロウソクを吹き消したときのにおいは、み んないつもかいでますね――はい、実にいやなにおいです。でもうまく吹き消す と、ロウという固体が変換した蒸気がとてもはっきり見えます。このロウソクを一 本、そういうふうに吹き消してみましょう。息を吹き続けてまわりの空気を乱さな いようにするのがコツです。さて、ここで芯から5センチかそこらのところに火をつ けた棒をもってくると、空中を火が走って、ロウソクまで届くのが見えるでしょ う。これはちょっとどうしても手早くやらなくてはなりません。蒸気が冷える時間 をあげたら、それは液体か固体になってしまうか、あるいは燃える物質の流れが中 断してしまいますから。  こんどは、炎の形の話をしましょう。ロウソクをつくる物質が、芯のてっぺんで どういう状態になっているのか、というのも、われわれがとっても知りたいことな のです――燃焼や炎しか生み出せない、すばらしい美しさと輝きの生まれるところ ですね。金や銀はピカピカしてきれいだし、ルビーやダイヤモンドなどの宝石の輝 きは、それにも増して輝いてます。でもそのどれも、炎の輝きと美しさと張り合え るもんじゃあありません。炎みたいに輝けるダイヤがありますか? 夜にダイヤが 輝くのは、それに光を投げかける炎あってのことです。炎は闇の中でも輝きます が、ダイヤの放つ光というのは、炎がそれに光を投げかけるまでは存在せず、光を もらってやっと輝くようになるんですね。ロウソクは自分だけで、自分のために、 というか材料を集めてきてくれた人のために輝くんです。  さて、ガラスの覆いの下で見るように、炎の形をちょっと見てやりましょう。安 定していて均等ですね。そしてだいたいの形は、この図にかかれたようなもので す。ただ空気が乱れると炎の形も乱れます。さらにはロウソクの大きさによっても 変わります。明るい長方形になっていますね――てっぺんのほうが、下の部分より も明るくなっています――芯が真ん中にあって、底のほうにはもっと暗い部分があ ります。火のつきかたが上ほど完全ではない部分です。  ここにある図面は、何年も前にフッカーが観察したときにつくったものです。こ れはランプの炎の図ですけれど、でもロウソクの炎にもあてはまります。ロウソク のロウのくぼみ部分は、容器というか、器の部分です。とけた鯨油は油で、芯はど っちも同じですね。そこにフッカーは、小さな火をともして、そして真実を描き出 したのです――その炎のまわりには、ある程度の物質がたちのぼっているんです。 これは目には見えないし、この講義に前にきたりしてこの対象になじみがなけれ ば、気がつかないものです。かれは、取り巻いている空気の部分を描いたんです ね。そしてこの空気の部分は、炎にとってかかせないもので、必ず炎には存在して いるものなんです。気流ができて、それが炎を外側に引き出します――みんなの見 ている炎は、実はその気流のおかげで引き出されて、さらにはかなりの高さまで引 き上げられているわけです――まさにフッカーが、この図で気流がのびている様子 を描いていますが、この通りです。この気流を見るには、ロウソクに火をつけて日 向において、その影を紙に映してみるといいでしょう。ほかのものに影をつくれる ほど明るいものが、白い紙にそれ自身影を落とせるというのは、実にすごいことで す。これで、炎の一部ではないものが炎のまわりでうずをまいて、炎から上昇しつ つ、炎を上に引っ張り上げているのが実際に目に見えるようになるわけです。  ここでは、太陽のかわりに、電灯にボルタ電池をつけてまねをしてみましょう。 ごらんのとおり、これがわたしたちの太陽で、すごく明るいですね。そしてこれと スクリーンとの間にロウソクを置くと、炎の影ができます。ロウソク自身の影と、 芯の影がわかりますね。そしてここに暗い部分があります。さっきの図の通りで す。そして炎のもっとはっきりした部分もあります。でもおもしろいことに、影で 見ると炎でいちばん暗くなっている部分というのは、実は炎のいちばん明るい部分 なんですね。そしてここんとこに、上に立ちのぼっているのが、フッカーが示した のと同じ、熱い空気の上昇気流で、これが炎を引き上げて、空気を供給して、とけ た燃料のくぼみ側面を冷やしているわけです。  ここでもうちょっと、炎が気流にそって上がりも下がりもするんだということを お見せしましょうか。ここに炎があります。ロウソクの炎じゃないですが、もうそ ろそろ、物事を一般化して、いろんなもの同士を比較できるようになっているでし ょう。なにをするかというと、炎を上に引っ張っている上昇気流を、下降気流に変 えてやろうというわけです。これは、ここにあります仕掛けを使えば簡単です。使 う炎は、いまも言ったように、ロウソクの炎じゃありません。アルコールの炎なの で、あまり煙が出ません。さらに、別の物質で炎に色をつけます(原注6)。アルコール だけだと、炎がほとんど見えないので、その向きがぜんぜんわからないからです。 さて、このお酒の成分アルコールに火をつけると、こうして炎が出ます。見ての通 り、空中においておくと、それは自然に上に向かっています。なぜふつうの状況で は炎が上に向かうのか、いまならみんな、簡単にわかりますよね――燃焼のおかげ でできた空気の流れのせいですね。でも、炎を下に吹いてやれば、ごらんのとお り、こうして炎はこのちっちゃな煙突に入っていきます――気流の向きが変わった からです。この講義の最終回までに、炎は上昇して煙は下に向かうようなランプを 見せてあげましょう。あるいは炎が下に向かって煙は上昇するようなのもできま す。つまり、われわれはこういうふうにして、炎をいろんな向きに変えてやれるだ けの力を持っているんです。  さて、示しておくべきポイントが、ほかにもいくつかあります。ここで見た炎 は、まわりのいろんな方向から吹きつけてくる空気の流れしだいで、形がいくらで も変わります。でも、やりたければ炎が固定しているようにさせることもできる し、それを写真にも撮れます――いや、写真に撮るしかないんです――われわれの 目にそれが固定されて、炎についてのすべてがわかるようにするには。  でも、わたしが言いたいのはそれだけじゃない。もし炎を十分に大きくすれば、 それはあの均質で一定の形には保たれなくて、とてもすばらしい活力をもって燃え 上がります。ここでは別の燃料を使いますが、でもこれはロウソクのワックスやロ ウをまさしくきちんと代替できるものです。で、こちらには大きな綿の玉。これを 芯に使いましょう。そしてこれをアルコールにひたして火をつけます。ふつうのロ ウソクとどこがちがっているでしょうか? 一見して大きくちがっている点があり ますね。この炎は活発で力を持っていて、それはロウソクでできる光とはまったく ちがった美しさと活力を持っています。こうやって、小さな炎の舌が舞い上がるの が見えるでしょう。下のほうでは上に向かって、炎のかたまりがだいたいできてい ますけれど、それに加えて、それが小さな舌みたいに分かれてまき起こっていま す。これはロウソクでは見られません。さて、なぜこうなるんでしょう。これは説 明しておかなくてはなりませんね。これをきちんと理解すれば、この先わたしが申 し上げることが、もっとよくわかるようになるからです。  たぶんここにいる何人かは、わたしがこれから示す実験を自分でやったことがあ るでしょう。ここにいる人で、スナップドラゴンをやったことがある人は? 炎の 科学をしめし、その性質の一部を明らかにするのに、スナップドラゴンよりもいい 例は思いつきませんね。まず、お皿を用意します。そして、スナップドラゴンをち ゃんとやるなら、お皿は暖めて置かなくてはいけません。さらには干しぶどうとブ ランデーを暖めておきます。でもこれは今日は用意していませんが。ブランデーを お皿に入れます。これはロウソクのくぼみと燃料ですね。そしてそのお皿に干しぶ どうを入れると、これがまさに芯の役目を果たしているではないですか。で、干し ぶどうを投げ込んで、お酒に火をつけると、さっき言った美しい炎の舌が見られま す。  この舌をつくるのは、お皿のふちから入ってくる空気です。なぜ舌になるかっ て? それは、空気の流れと、炎の動きが均質でないのとで、空気が均質な気流一 本で入ってこないからです。空気の入ってきかたが不規則すぎて、本当なら一本に なるはずのものが、いろんな形にわかれるんですな。そしてこの小さな舌のそれぞ れが、独立した存在となるんです。まさに、独立したロウソクがたくさんあるん だ、と言ってもいいかもしれない。  こういう舌が同時に見えるからと言って、炎がこういう形をいつもしているんだ と思ってはいけません。炎はこういう形に見えても、それぞれの時点ではちがうん です。炎の本体は、さっきの脱脂綿の玉からあがっていた炎のような、目に見える ような形であることはありません。それは無数のちがった形からできていて、それ が次から次へと高速に連続しているので、目はそれを同時に認識するしかできない んですね。それが同時に起きているわけではない。ただ、それぞれの形が高速に連 続しているから、それが同時に存在しているように見えるだけなんです。  スナップドラゴン遊びまでしかこられなくて残念です。でもなにがあっても、あ なたたちを時間外まで引き留めるようなことはしてはいけませんね。これからは、 こんな例証ばかりに時間を使わずに、ものごとの法則にもっと専念することとしま しょう。これはわたしのこれからの課題ですな。 註: 原注 1:  ロイヤル・ジョージ号は、1782 年の 8 月 29 日にスピットヘッドで沈没。 ペイズリー大佐は、1839 年 8 月に、残骸を火薬で爆破し除去する作業の指揮 をとった。したがってファラデー先生がここで示したロウソクは、塩水の活動 に 57 年以上もさらされていたことになる。 原注 2:  脂または脂肪は、脂肪酸とグリセリンの化学結合でできている。石灰はパル ミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸と結合して、グリセリンを分離する。そ れを洗い流してから、水にとけない石灰石鹸は、熱い希釈硫酸で分解される。 すると、脂肪酸がとけだして、分離器に入れて分離するとそれが油になって表 面に浮いてくる。そしてそれをもう一度洗って、薄い皿状にして固める。冷え てからそれを、ヤシ製のマットを何層も重ねた間に入れて、強力な水圧をかけ る。するとやわらかいオレイン酸がしぼりだされ、かたいパルミチン酸とステ アリン酸だけが残る。これをさらに、高温で圧力をかけて、暖かい希釈硫酸で 洗って精製したものが、ロウソクに使えるようになる。この酸はもとの脂肪よ りもずっと硬く、白くて、さらにもっときれいで燃えやすい。 原注 3:  芯が燃えた灰が落ちるように、ホウ砂や燐酸を加えておくこともある。 原注 4:  毛管引力、または毛管斥力というのは、毛細管の中の液体の上昇や下降を起 こす原因となる力。温度計の管の部分をとって、その両側を空けて、その片方 を水にいれると、水はすぐに管をのぼって、外の水の高さよりずっと高くな る。ところがこれを水銀でやると、引力ではなく斥力が出て、水銀の高さは外 の水銀より低くなる。 原注 5: 故サセックス公爵は、この原理を使ってエビが洗えるかもしれないと思いつい た最初の人物だった。エビのしっぽの羽根状の部分をとって、それを水の入っ たコップに入れ、頭の部分は外側にぶらさがるようにしておけば、水は毛管引 力でしっぽから吸い上げられて、頭から流れ出し続けて、いずれコップの中の 水面が低くなって、しっぽがそこにつからなくなるまで続く、というわけだ。 原注 6:  アルコールには塩化銅が溶かしてあった。このおかげで、美しい緑の炎がで きる。 ------------------------------------------------------------------------ 第 2 章 炎の輝き――燃焼に必要な空気――水の生成  こないだは、ロウソクの液体になった部分の一般的な性質や仕組みについて考 え、さらにその液体が燃える場所までくる様子にばかり気をとられていました。ロ ウソクが均質で安定した空気の中できれいに燃えているときは、ごらんのように、 この図にあるような形をしています。性質はとてもおもしろい炎ですが、形は均質 ですね。  さてこんどは、炎のここの場所で、それぞれなにが起きているかを見極めるため の手段について考えてみましょう。さらには、いろんな場所でなぜそういうことが 起こるのか。起こる結果としてどうなるのか。そして最終的に、ロウソク全体はど こへいってしまうのか。というのも、よーくご存じのように、ロウソクを目の前に もってきて火をつけたら、きちんと燃やせばそれは消えてしまうからで、あとには ロウソクの泥一つさえ残らないでしょう。これはなかなか不思議なことなのです。  というわけで、このロウソクを注意深く調べるために、いろいろ道具を用意しま した。使い方は、わたしが先に進むにつれてわかってきます。ここにロウソクがあ ります。このガラス管のはしっこを、炎の真ん中につっこみます――老フッカーの 図で、かなり暗く書かれているところですね。あまり息をかけたりしないで、注意 深くロウソクを観察すれば、いつでも見える部分です。この暗い部分からまず見て いきましょう。  さあこの曲がったガラス管を持って、その炎の暗いところにかたっぽをつっこん でやりましょう。するとすぐに、炎から何か出てきているのがわかります。ガラス 管の反対側のところですね。で、そこにフラスコをおいて、しばらく放っておく と、炎の中程のところからくるものが、だんだん引き出されて、ガラス管をとおっ てフラスコに入り、そこで開けた場所とはまったくちがったふるまいをしているの がわかります。ガラス管の端から出てくるだけでなく、フラスコの底に落ちていき ますね。まるで重い物質のようです。そしてこれは、本当に重い物質なんです。こ れはロウソクのワックスが、液体の蒸気になったものであって、気体ではないこと がわかっています(気体と蒸気とのちがいはおぼえておいてください。気体は気体 のまんまですが、蒸気はいずれ凝集します)。ロウソクを吹き消すと、すごくいや なにおいがします。これは蒸気が凝集したせいです。これは、炎の外にあるものと は、かなりちがいます。これをもっとよくわかってもらうためには、この蒸気をも っと大量につくって火をつけてみましょう――というのもロウソクの中にあるのは ほんのわずかで、これを十分に理解するには、科学者としては、必要なら大量に作 ってみて、いろんな部分を調べて見なくてはならないんです。   というわけで、この蒸気がいったい何なのかを見せてあげましょう。こちらはガ ラスのフラスコにワックスをちょっと入れました。さあ、これをランプにかけて熱 くしましょう。ロウソクの炎の中は熱いですからね。芯に入ったロウだって熱い。 さあ、中にいれたロウがとけてきたのがわかります。ちょっと煙も出ています。ま もなく蒸気があがってきますよ。どんどん熱くしましょう。もっと蒸気がでます。 これで、この蒸気をフラスコからこのたらいに文字通り流し出して、そこで火をつ けることができます。   で、これはまさに、ロウソクの真ん中にある蒸気とまったく同じ蒸気なんです。 それをみんなに納得してもらいたいので、このフラスコの中にあるのが、ロウソク の真ん中から出てきた燃える蒸気なのかどうか、試してみましょう。ほら、こうし て燃えますね。さて、これはロウソクの真ん中の蒸気で、自分自身の熱でつくられ ているものです。そしてこれは、ロウソクが燃えるまでの進行と、それがくぐりぬ ける変化の中で、真っ先に考えるべきことの一つです。  こんどは炎の中に別のガラス管を注意して差し込んでみましょう。そしてちょっ と気をつければ、この蒸気がガラス管を通って反対側に出てきて、そこに火をつけ てやれば、ずっと離れたところにまさにロウソクの炎そのものをつくってやれるん じゃないかな、と思うでしょう。ほーらごらん。とってもきれいな実験じゃないで すか! ガスを引くって言うけれど――ロウソクだってこうやって引けるわけです な! そしてここからわかるのは、二種類のちがった活動がここにはあるってこと です。一つは蒸気の生産で、もう一つは蒸気の燃焼です。そしてそのそれぞれが、 ロウソクの中の別々の場所で起きているわけです。  すでに燃えた場所からは、蒸気はとれません。ガラス管を、炎の上の方に持って いってみましょう。さっきの蒸気が出きってしまったら、あとから出てくるもの は、もう燃えません。燃えたあとのものなんですね。どういうふうに燃えたのか?  えー、それはこういう具合です。炎の真ん中には、この燃える蒸気があります。 炎の外側には、あとで見ますが、ロウソクが燃えるのに必要な空気があります。そ の中間で、激しい化学反応が起こっていて、そこでは空気と燃料がお互いに作用し あっていて、光が得られるのと同時に、中の蒸気も破壊されるんですね。ロウソク の熱がどこにあるかを調べると、とてもおもしろい配置になっていることがわかり ます。このロウソクに、こうして紙切れを近寄せますよね。そうしたら、炎の熱は どこにあるでしょう。炎の内部にあるんじゃないってことがわかりませんか? 熱 は輪になってるんですね。まさにわたしが、化学反応が起きている場所だと言った ところに。いまやったこの実験は、あまりちゃんとやってはいないんですけれど、 でもあまり炎が乱れなければ、必ずこの輪っかができます。   これはみんな、家でやってみるのにいい実験ですね。紙切れを一枚用意して、部 屋の中の空気が静かになるようにして、その紙切れを炎の真ん中にこう、横切らせ ます――(この実験中はわたしもしゃべっちゃいけませんね)――そうしたらそれ が 2 カ所で焦げているのがわかるでしょう。そして真ん中の部分はぜんぜん、とい うかほんのちょっとしか焦げないのがわかるでしょう。そしてこの実験を1、2回や って、きちんとできるようになったら、その熱があるのがどの部分なのか知りたく なるでしょう。見てやると、それは空気と燃料がまざりあうところなんですな。  これは、わたしたちのテーマについて進めるうえで、すごくだいじなところで す。空気は、燃焼には絶対必要なんです。さらにもっといえば、ただの空気じゃな くて、新鮮な空気が必要なんだということを、ぜひとも理解してもらわなきゃいけ ません。さもないと、理論展開や実験のうえで、不完全になっちゃいます。   ここに、空気の入ったびんがあります。これをロウソクにかぶせると、最初はき れいに燃えますねえ。だからわたしが言ったのが真実だってことがわかります。で も、やがて変化が起きます。ほら、炎がだんだんたてにのびて、すぐにうすれて、 ついには消えちゃいました。そして、なぜ消えたんでしょうか。単に空気がいるか らというだけじゃないですね。びんにはいまでも、空気がいっぱい入ってます。炎 は純粋で新鮮な空気がほしいんです。びんにいっぱい入っている空気は、一部は変 化して、一部は変わっていません。でも、ロウソクの燃焼に必要な新鮮な空気は、 じゅうぶんにはないんです。これはどれも、若き化学者としてわれわれがまとめあ げなくてはならない点です。そして、こういう活動をもうちょっと詳しく見たら、 とってもおもしろい理由づけのステップが見つかることになります。   たとえばここには、前に見せた灯油ランプがあります――われわれの実験用には 最高のランプです――昔ながらのアルガン灯です。これを、ロウソクみたいにして みましょう(と、炎の中心への通気口をふさぐ)。ここに綿があって、ここに灯油 があがってきます。そしてここにコーン状の炎がありますね。でも、あまりよく燃 えません。空気がかなり制限されているからです。炎の外側からしか空気がこない ようにしたので、あまりよく燃えないわけです。外からはこれ以上空気は入れられ ません。この芯がでかいからです。でも、アルガンがとても賢くやったように、炎 の真ん中に空気を通すような通路をあけたら、ほら、こんなにずっときれいに燃え ますね。空気をとざすと、煙が出ます。でもなぜでしょう? さあ、研究にとても おもしろい点が出てきました。まず、ロウソクの燃焼の問題があります。空気が足 りなくてロウソクが消えるという問題があります。そして今度は、不完全燃焼の問 題があります。これはわたしたちにしてみれば、すごくおもしろいので、最高の状 態で燃えているロウソクのことと同じくらい、これもじゅうぶんに理解してほしい んです。   さあ、でっかい炎を作ってみましょう。実証するにはできるだけ大きいほうがい いですからね。ここに大きな芯があります(と綿の玉で松ヤニ脂を燃やす)。こう いうのは、だいたいロウソクと同じことです。もし芯がでっかいなら、空気ももっ とたくさん供給してあげないと、不完全燃焼が起こります。ほらほら、こうやって 黒い物質が空気中にあがってますね。しかもそれがずっと筋になって続いていま す。ここに、不完全燃焼している部分を分ける装置を用意しました。さもないと (くさくて)みんながいやになっちゃいますからね。ほら、炎からすすが飛んでま すねぇ。不完全燃焼ってのがよくわかるでしょう。空気が十分にないからです。す ると、なにが起きているんでしょうか。ロウソクが燃えるのに必要なものが、いく つか欠けてるんです。だから結果として、ろくでもない結果が出てくるんです。で も、ロウソクが純粋できちんとした状態の空気の中で燃えると、どうなるか見てく ださい。さっき、紙のこっち側が焦げる実験をしたときに、あの紙の裏側をひっく り返して見せてあげたほうがよかったですね。ロウソクが燃えると同じようなすす ができるのがわかったでしょう――黒炭や、カーボンみたいな。  でもそれを見せる前に、まず話しておくべきことがあります。わたしたちの目的 のためには是非とも必要なことです。ロウソクを使うと、ふつうの結果としては、 こういう炎の形で燃焼が起こりますね。でも、燃焼が必ずこういう形になるのか、 それとも別の状態の炎があり得るのかどうか、確かめなきゃいけません。そしてす ぐにわかりますが、別の状態があるんです。そしてそれはわたしたちにとって、と てもだいじなんだということもわかるでしょう。たぶん、われわれ子供にとって、 こういうののいちばんいい例というのは、ぜんぜんちがった結果が出てくるところ を目の前で見せることでしょう。こちらにあるのは、火薬が少々。火薬は、炎をあ げて燃えます――まあ、炎といって問題はないでしょう。火薬には炭素やその他の 成分があって、それがいっしょになって、炎をあげて燃えるようにするんですな。 さてこちらは鉄粉、つまりは鉄にやすりをかけた粉です。さて、こいつらをいっし ょにして燃やしてみましょう。ここにちょっとモルタルがあるので、混ぜます。 (この実験をはじめるまえに、おもしろがってこの実験を自分で再現してみようと いう人は、注意してやってくださいね。こういう物質はみんな、きちんと注意して 扱えば思い通りになるけれど、でも不注意だとひどいことになるから)。   さてそれじゃ、ここに火薬がちょっと。これをこの木の入れ物の底にいれます。 そして鉄粉をそれに混ぜましょう。わたしは、火薬が鉄粉に火をつけて空中で燃え るようにしたいんです。そうして炎をあげて燃えるものとそうでないもののちがい をお見せしたいわけです。   さあまぜましたよ。そして火をつけるから、燃焼を見ていてくださいよ。二種類 の燃焼があるのがわかりますから。火薬が炎をあげて燃えて、鉄粉が上にまきあが ります。鉄粉も燃えますが、炎は出ませんから。それぞれ独立して燃えます。 [ここで講師、混合物に火をつける]   はい、火薬がありますね、炎をあげて燃えています。そしてこっちは鉄粉です が、燃焼の形がちがいます。ほら、二つがまったくちがっているのがわかりますね ー。そして明かりをとるのに使う炎の効用と美しさは、すべてこのちがいに基づい ているんです。油やガスやロウソクを照明に使いますけれど、それが照明に適して いるのは、こういう燃焼の種類のちがいからくるんですな。  炎にもいろいろあって、中にはとても変わっているので、燃焼の種類を識別する のにかなりの知恵と繊細な区別が必要になります。たとえば、ここにある粉はとっ てもよく燃えます。これはいろんな小さな粉でできていてヒゲノカズラ粉末(原注2-1) というものです。この粉のそれぞれが蒸気をつくりだせて、それぞれが炎をつくれ ます。でもいっしょにして燃やすと炎が一つしかないように見えます。さあ、粉を まとめて火をつけてみましょう。どうなるでしょう。雲みたいな炎が見えて、一見 一つの炎です。でも音を聞いてください [と、燃えるときの音を聞かせる]。このパ チパチいう音は、これが連続した炎ではなく、均質な炎でもないことを証明するも のです。これはパントマイムの人形劇で使う雷ですけれど、雷の代用としてはなか なかのもんですね。[この実験は、ヒゲノカズラをガラス管からアルコールランプに 吹きこんで繰り返された。] さて、これはわたしがさっきまで話をしていた鉄粉の 燃焼とはちがったものです。ここらで話を鉄粉に戻しましょうか。   ロウソクをもってきて、いちばん明るく見える部分を調べてみたとします。する とほら、こういう黒い粒子が出てきます。炎から何度もあがってきたのを見た、あ の黒い粒子です。これをいまから、別のやりかたでつくって見ましょう。さあこの ロウソクをとって、ロウがたれたあとをきれいにします。これは空気の流れのせい でできるんでしたね。ここでガラス管をもってきて、このいちばん明るいところに うまく入れてみましょう。最初の実験と似てますが、場所が少し高めです。ほら見 てください。さっきみたいな白い蒸気が出てくるかわりに、こんどは黒い蒸気が出 てきます。ほーら見てください、インキみたいに真っ黒ですねえ。前の白い蒸気と はぜんぜんちがってます。そして火をつけてみても、燃えませんね。むしろ火が消 えちゃいます。   さて、この粒子は前にも言いましたが、ロウソクの煙なんですな。そしてこれ は、スウィフト学長が召使いたちの暇つぶしに奨めた練習を思い出させてくれま す。つまり、部屋の天井にロウソクで自分の名前を書いて見ろ、という練習です。 でもこの黒い物質はなんなんでしょう。これは、ロウソクの中にあるのと同じ炭素 なんです。なぜロウソクから出てくるんでしょうか? ロウソクの中にあったのは まちがいないですね。そうでなければ、ここに出てきたわけはありませんから。さ て、これからする説明は、よーく理解してくださいよ。あなたたち、ロンドンの町 中を飛び交っている、すすだの黒いほこりだのといった物質が、炎の美しさと生気 のまさに源泉だなんて思いもしないでしょう。そしてそういうすすや黒いほこり が、ここで燃やした鉄粉みたいな形で、炎の中で燃えているんだというのもわかり ませんね。ここに金網があります。炎はこれを通り抜けられません。さあ、これを 炎のとても明るい部分にまで下げていくと、金網がふれたところはすぐに炎がなく なって、そこから煙があがってきますね。  さあ、これから話すことをよく理解してください――何かが燃えるとき、火薬の 炎の中で燃える鉄粉でもそうですが、蒸気状態にならずに燃えることができます (液体になるか固体のままかは関係ありません)。このとき、それは大量の光を出 します。ここでロウソク以外の例を 3 つか 4 つお見せしましたが、それはこの点 をはっきりさせておきたかったからです。いま言ったことは、あらゆる物質にあて はまります。燃えるものでも燃えないものでも――固体のままであれば、すごく明 るい光を出します。そして、ロウソクの炎が明るく輝くのも、こういう固体粒子が 存在しているからなんですね。  これはプラチナの針金です。これは熱しても変化しない物質なんです。これをこ の炎の中で熱してみると、ほーら、とても明るく輝くようになります。ちょっと炎 をおさえて暗くしてみましょう。それでも、炎がプラチナ線に与える熱のおかげ で、その熱源の熱よりもずっと低くても、プラチナ線をもっと明るく光る状態に持 っていけるんですね。炎には炭素が入ってます。でも、炭素が入っていない例もや ってみましょう。あの容器の中にある材質は、一種の燃料です――蒸気、ガスのど っちと言ってもいいです。固体粒子は入っていません。そこでこれを、固体をいっ さい含まない炎の例として使いましょう。ここにこうして固体を入れてみると、す ごい熱が出ているのがわかりますね。固体が輝いてますから。このパイプを通じ て、あのガスが運ばれてくるわけです。このガスは、水素と呼ばれます。これにつ いては、次回お目にかかるときになにもかもお話しましょう。さてこちらは酸素と いう物質で、これがあることで、水素も燃えられるんです。そしてこの両者を混ぜ ると、ロウソクなんかよりもずっと高温の炎が得られるんですけれど(原注2-2)、でも 光はぜんぜん出てきません。ところが、固体を持ってきて中に入れてみると、強い 光が出てきます。   石灰石を持ってきましょう。これは燃えないし、熱しても蒸気になりません(そ して蒸気にならないので、固体のままで、ひたすら熱くなります)。これを炎にい れてみると、輝き具合がやがてわかります。水素と酸素が混ざって燃えているの で、強烈な熱が出ています。でも光はぜんぜんありません――別に熱がないからじ ゃありませんね。固体のままでいられる粒子がないからです。でも、酸素の中で燃 える水素の炎に、こうして石灰岩を入れてみましょう。ほら、こんなに光ります!  これはまばゆいライムライトというやつで、電気の光にも匹敵し、ほとんど日光 くらい強いものです。   ここにあるのは、炭素または木炭のかけらです。これは、ロウソクの中で燃えた のと同じように、燃えるしまったく同じく光も出します。ロウソクの炎の中にある 熱は、ワックスの蒸気を分解して、炭素の粒子を解放します。それが熱されて上昇 して、これと同じようにかがやいて、それから空中に入ります。でもその粒子は燃 えると、ロウソクから炭素の形で出ていったりはしません。まったく目に見えない 物質になって、空中に出ていきます。これについてはまたあとで調べましょう。  こんなプロセスが起きているというのは、すごいことではないですかね。そして 木炭のような汚らしいものが、こんなに光り輝く状態になるとは。結局のところ は、こういうことです――すべての明るい炎には、こういう固体の粒子が含まれて いるんです。そして、燃えて固体の粒子をつくるもの――これはロウソクみたい に、燃えている最中につくってもいいし、火薬と鉄粉の場合のように燃えた直後で もいいんですけれど――そういうのはすべて、このすばらしく美しい光を放つんで す。  いくつか見本を。ここにあるのは燐のかけらで、明るい炎をあげて燃えます。よ ろしいですね。ということはですよ、燐は燃える瞬間か、あるいはその後で、固体 粒子をつくるはずだと結論していいはずですね。じゃあこうして燐に火をつけて、 出てきたものを逃がさないように、こうしてガラスで覆いをしておきましょう。こ の煙はなんでしょう。煙はまさに、燐の燃焼でできた粒子そのものなんです。   こっちはまた、別の物質が二種類です。カリウムの塩化物で、こっちはアンチモ ンの硫化物です。こいつをちょいと混ぜてやりますと、いろんな形で燃やせるよう になります。化学反応の実例として、硫酸を一滴たらしてみましょう。ほら、すぐ 燃えるでしょう(原注2-3)。 [講師、ここで硫酸によって混合物に火をつける。] さ て、これがどう見えるかに基づいて、これが燃えるときに固体を作っているかどう か、自分で判断してみてください。固体ができているかできていないか、判断でき るだけの理由づけの仕方は教えましたね? この明るい炎というのは、固体の粒子 が光っている以外のなにものでもありませんね。  アンダーソンさんがかまどの中に、とても熱いるつぼを用意してくれましたよ。 ここにこれから亜鉛の粉末を入れますが、すぐに火薬みたいに炎をあげて燃えま す。この実験をやるのは、みんなが家でもできる実験だからですよ。さて、この亜 鉛の燃焼の結果としてなにができるかを見てほしいんです。こうして燃えますよね ――ロウソクみたいに美しく燃えてる、といっていいでしょう。でも、えらく煙が あがってますね。それとこの小さな綿の雲みたいな固まりはなんでしょうか? 前 に出てきて見られなくても、あとでまわして見せてあげますからね。いわゆる古い 哲学的な綿(old philosophic wool)の形で、さわれるようになってます。るつぼ の中にも、この綿っぽいものがかなり残ります。   じゃあ同じ亜鉛のかけらをとって、もっといわば手近な実験をやってみましょ う。同じことが起きます。こちらは亜鉛のかけら。こちらは(と水素バーナーをさ す)かまどですね。さあがんばってこの金属を燃やしてみましょう。こうして輝き ますね。そして、ほら燃えます。そして燃えた結果の白い物質がこれです。さてこ こで、水素の炎をロウソクだと考えて、炎の中で燃える亜鉛みたいな物質を示した ら、この物質が輝いたのは燃焼という活動の最中――つまり熱くなったときだけだ ったというのがわかります。だから水素の炎でこうして、さっきの亜鉛から出てき た白い物質を中にいれて見ますね。するとほら、ずいぶんきれいに輝くでしょう。 これはもう、これが固体だからそうなるというだけのことです。  さて、ついさっき作った炎を使って、そこから炭素の粒子を解放してやりましょ う。こちらはカンペンです。煙をあげて燃えますね。でもこの煙の粒子を、このパ イプ経由で、こうして水素の炎に送ってみましょう。するとこれが燃えて、明るく なります。炭素粒子が改めて熱されるからですな。ほーらごらんなさい。これが、 再点火された炭素の粒子です。炭素粒子は、紙を炎の向こう側にかざしてやると、 簡単に見えるようになります。それが生み出された熱に点火されて、点火された結 果として、こうして明るくなるんです。粒子が分離しないと、明るくなりません。 炭素ガスの炎が明るいのは、燃焼途中にこういう炭素粒子が分離するからです。こ れはまさにロウソクと同じです。  この実験の環境は、すぐに変えてやれますよ。たとえばここに、ガスの明るい炎 がありますね。仮にこの炎にものすごくたくさん空気を加えて、粒子が分離する前 にすべて燃えてしまうようにしたとしましょう。そうしたら、こんな明るい炎には なりません。こうすればそれを実現できます。まずガスの流れに、こうして金網の 帽子をかぶせましょう。そしてその上からガスに火をつけます。すると、炎はまっ たく明るくなりません。燃えるまでに、空気とたっぷりまざるからです。そしてこ うして金網を持ち上げると、金網の下では炎が燃えていないのがわかるでしょう(原 注2-4)。ガスの中には、炭素はたっぷり含まれています。でも、空気がそこに到達で きて、燃える前にガスと混じれるから、炎はほとんど無色に近い青になってるのが 見えますね。   そしてこっちの明るいガスの炎に息を吹きかけて、炭素が輝くほど熱される前に 燃え尽きるようにしましょう。するとこっちの炎も青くなります。 [講師、ガスの 炎に息を吹き付けて、いまの発言を実証する。] こうやって息を吹き付けると、明 るい炎にならない理由というのは、炭素が炎の中で分離されて、自由な状態になる 前に、十分な空気と出会ってしまうということだけです。ちがいはひたすら、ガス が燃える前に固体粒子が分離されないという点にだけあるんですな。  ロウソクの燃焼の結果として、いくつかできるものがあるのはわかりましたね。 そしてその産物の一部は、炭やすすと思っていいこともわかりました。その炭は、 後で燃やすと、さらに別の産物をつくります。そしてこんどは、その別の産物って のがなんなのか、というのがどうしても気になっちゃいますね。なにかが空中に出 ていっているのはもうごらんにいれました。さあこんどは、どれだけのものが空中 に放出されているかを理解してほしいんです。このためには、ちょっと大がかりに 燃焼をやってみましょう。ロウソクからは、熱い空気が立ちのぼります。でも、そ うやって上昇する物質の量をつかんでもらうために、燃焼から出てくる産物の一部 をつかまえてみましょう。  このために用意したのが、男の子たちが熱気球と呼んでいるものです。ここでは この熱気球を、われわれの考えている燃焼から出てくるものをはかるための、計量 容器がわりにだけ使いましょう。さあ、この目的にぴったりの形で、簡単かつ楽に 炎をつくってみましょう。このお皿は、いわばロウソクの「くぼみ」にあたりま す。このアルコールが燃料です。そしてこいつに、こうやって煙突をかぶせましょ う。めくら滅法につかまえるより、こうしたほうが都合がいいからです。アンダー ソンさんが燃料に火をつけてくれますよ。そしててっぺんのところから、燃焼の結 果が出てくるはずです。   この管のてっぺんから出てくるものは、一般的にいって、ロウソクの燃焼から出 てくるものと、まったく同じです。でもここでは炎は明るくありません。アルコー ルには炭素があまり含まれていないからです。さあこの気球をこうして――飛ばし はしませんよ、それはここでやりたいことじゃないですから――ロウソクからあが る産物の働きの結果を示したいだけです。ここの火から立ちのぼってくるのと同じ ようにね。 [気球をロウソクの上にかぶせると、すぐにふくらみだした。] さあ、 こいつが上昇したがってるのがわかりますね。でも行かせてはだめです。このまま あがると、天井のガス灯に接触しちゃうでしょう。そうなったらとても困りますか らね。 [天井のガス灯が、講師の要望で消されたので、気球は上昇させてもらえ た。] これで、大量の物質が生み出されているのがわかりませんか(訳注2-1)?  さて、こちらのガラス管の中は [とロウソクに大きなガラス管をかぶせる] 、こ のロウソクの産物すべてが通過するわけですが、すぐにわかるのは、このガラス管 がかなり曇ってくるということです。別のロウソクを、こんどはびんの下に置いて みましょう。そしてびんの向こう側から光をあてて、ちょっと見やすくしましょ う。びんの横のところが曇ってきて明かりも暗くなってきますね。明かりがこんな に暗くなるのと、びんの内側がこんなに曇ってくるのとは、同じ産物のせいなんで す。   おうちに帰ったら、冷たい空気の中にあったスプーンを用意して、それをロウソ クの上にかざしてみましょう――すすがつかないくらいには離してくださいよ―― すると、いまのびんが曇ったみたいに、スプーンも曇るはずですよ。銀のお皿かな んかがあったら、もっとはっきりわかる実験ができるでしょう。そして次回お目に かかるときまでのお楽しみに、こうやって曇るのは水のせいだということをお話し ておきましょう。今度集まったときには、その水を簡単に液体にさせられるんだ、 ということをお見せします。 註: 原注2-1:  ヒゲノカズラ粉末は黄色っぽい粉で、ヒゲノカズラ (Lycopodium clavatum) の果実からとれ、花火に使われる。 原注2-2:  ブンゼンの計算によると、酸化水素の吹官の温度は 8,061℃ である。空中 で燃焼する水素は、3,259℃ になり、空中で燃える石炭ガスは 2,350℃ にな る。 原注2-3:  硫化アンチモンと塩化カリウムの混合物に硫酸が火をつける化学反応は以下 のとおり。塩化カリウムの一部が硫酸によって、塩素酸と二硫化カリウム、過 塩素カリウムに分解される。塩素酸が燃えやすい硫化アンチモンに火をつけ て、全体がすぐに燃え出す。 原注2-4:  実験室でとても重宝する「エアバーナー」は、この原理を使って特徴を出し ている。このバーナーにはシリンダー状の金属の煙突がついていて、そのてっ ぺんを、ちょっと粗い金網が覆っている。これがアルガンバーナーの上に取り 付けられて、このためガスが煙突の中で空気とまじり、炭素と水素を同時に燃 やし尽くせるようになる。このため、炎の中で炭素が分離されず、したがって すすも出ない。炎は、金網を通れないので、金網の上のところで安定してほと んど目に見えない炎となって燃え続ける。 訳注2-1:  そうかな。単に熱で空気が膨張しているだけ、とも考えられるから、これで 物質が出てきているかどうかはわからないのではないかな。 ------------------------------------------------------------------------ 第 3 章 燃焼の産物――水の性質――化合物――水素  前回お別れしたときには、ロウソクの「産物」ということばを持ち出したのは、 もちろんご記憶だろうと断言しちゃいましょう。ロウソクが燃えるときには、うま い工夫をすれば、いろいろな産物をそこから取り出せましたよね。ロウソクがきち んと燃えているときには得られない物質が一つあって、これは炭素や煙でした。そ して炎から上昇していく物質もありましたね。これは煙にはならず、別の形であら われてきて、ロウソクから上のほうに上がっていく気流の一部になって、透明なか たちで逃げ去っていきます。ほかにもふれておくべき産物はあります。ロウソクか ら出てくる上昇気流では、一部は冷たいおさじやきれいな皿みたいな冷たい面をか ざすと、凝集しましたね。そして凝集しない部分もありました。  まずは凝集する部分を見てみましょう。するとですね、ロウソクの産物のこの部 分は、ただの水だというのがわかります――なんの変哲もない水。こないだこの話 をしたときには、これについてはさらっとしか述べませんでしたね。ロウソクの凝 集する産物の中には、水も作られてるんですよ、と言っただけでした。でも今日 は、この水にちょっと注目してもらいましょう。ロウソクとの関わりでもっと細か く検討しますし、地球の表面のいたるところにあるという点でも考えてみましょ う。  さて、ロウソクの産物から水を凝集させる実験をやったから、次にこの水をお見 せすることにしましょう。そして、水があることをこれだけ大勢の人にまとめて示 すいちばんいい方法は、目に見えるような形で水の働きをお見せしてから、この容 器の底に集められた滴に同じ試験をしてみることでしょう。   ここにあるのはハンフリー・デイヴィー卿が見つけた化学物質で、水に触れると とても激しい反応を示します。これを使って水の存在を試してみましょう。この物 質をちょいととって――これはカリウムというもので灰汁からとれるんですよ―― こいつをちょいととって、たらいに投げ込むと、水面に浮いて燃え上がって、紫色 の炎をたてます。これで水があるのがわかりますね。ではこんどは、塩と氷を入れ た容器の下で燃えていたロウソクをどけます。すると容器の底に水滴が見えます― ―ロウソクの産物が凝集したんですな――お皿の底の面にぶらさがっています。カ リウムは、さっきの実験でのたらいの水と同じ反応を、この水滴に対しても示しま す。それを見てみましょう。   ほら! 炎があがって、まったく同じように燃えます。もう一滴とってこのガラ ス板の上において、カリウムを乗せると、炎があがるから水があるのがすぐわかり ますね。この水はロウソクからできたものです。同じように、このアルコールラン プをあのびんの下に置くと、びんに蒸気がついて曇ってきます――この露も燃焼の 結果です。そして下の紙に水がそのうちたれてくるので、ランプが燃えて水がかな りできているのがわかるでしょう。しばらくこのままほっときますね。あとで水が どれほどたまったか見てください。   で、ガスランプを持ってきて、なんでもいいから冷やすような仕掛けを上につく ると、これも水ができます――ガスが燃えても水ができるんですね。こっちのびん の中には、水がたっぷり入っています――完全に純粋な蒸留水で、ガスランプを燃 やしてつくったものです――この水は川や海や泉の水を蒸留したものと何のちがい もありません。完全に同じものです。水は一つの独立した物体です。決して変わり ません。慎重に工夫してやれば、しばらくの間は別のものを追加はできるし、分離 して別のものを取り出すこともできます。でも水としての水は、いつも同じまま で、固体だろうと液体だろうと、流れていようと水は水です。こちらにも [と、別 のびんを手に取る]、オイルランプの燃焼からできた水があります。オイルを一パイ ント、きれいにきちんと燃やすと、一パイント以上の水を作り出します。こっちに はまた、かなり長時間の実験を経て、ワックスのロウソクからとった水がありま す。こんな具合に、燃えるものほとんどすべてについて、この調子で水がとれま す。ロウソクみたいに炎をあげて燃えると、水ができるんです。この実験は自分で もやれますよ。火かき棒の先でやってみるととてもうまくできます。ロウソクの上 で冷たいままになっていれば、水が凝集してつぶになります。あるいはおさじと か、お玉とか。きれいで、熱をよく伝えるものならばなんでも使えます。水が凝集 するはずです。   さてこんどは――燃えるものから燃焼によって水が見事にできるという仕組みを 詳しく見ると――まずはこの水が、別の状態で存在しているんだ、ということをお 話ししなくてはなりません。そして水のいろいろな形態はもうすでにおなじみかも しれませんが、でもここで、ちょっと確認しておく必要があります。水が変幻自在 に変わる中でも、まったく完全に同じ水で、ロウソクから燃焼でできようと、川や 海からとってきても同じだ、ということを理解するためです。  まず、水はいちばん冷たいと氷になります。さてわれわれ科学者は――この場 合、わたしとみなさんを同じ科学者というくくりにまとめてかまわないと思います が――水は水として扱います。それが固体だろうと、液体だろうと、気体状態だろ うと――それは化学的には水です。水は2つの物質が化合したものですが、その一つ はロウソクからでてきたもので、もう一つは別のところからきています。水は氷に なります。これは最近はあちこちでお目にかかる機会がありますね。氷は水に戻り ます――こないだの安息日には、この変化の強烈な見本が起きて、我が家や友人た ちの家の多くではかなり困った惨事が起きたもんです――氷は、温度が上がると水 に戻ります。水は、十分に熱すると蒸気にもなります。いまここにある水は、いち ばん密度の高い状態のものです(原注3-1)。そして重さや状態や形態など各種の性質は 変わりますけれど、水は水のままです。そしてそれを冷やして氷にしても、熱で蒸 気にしても、体積は増えます。一方ではとても奇妙な形で強力に、そしてもう一方 では大規模かつすばらしい形で。たとえば、このブリキの円筒の中にちょっと水を 入れます。どのくらい入れているかは、容器の中での水面の上がり具合でわかるで しょう。底から5センチくらいのところまできました。さて、この水を蒸気にして、 水が水のときと蒸気のときで体積がどれくらいちがうかをお見せしましょう。  さてこんどは、水が氷になるときを見てみましょう。これをやるには、水を塩と 砕いた氷の混合物に入れて冷やすといいんです(原注3-1)――そしてこうすることで、 水が冷えて氷になると膨張するのをお見せしたいんです。このびんは [と一つ手に とって] 強力な鋳鉄でできています。とても強く厚い鉄です――厚みにして1センチ 近くあります。これに注意して水を入れて、空気がまったく入らないようにしてか ら、しっかりふたをします。この鉄の容器の水を凍らせると、氷を閉じこめておけ なくなります。中身が膨張するので、容器はバラバラになってしまいます。[と断片 を指さす]こんなふうに壊れます。これはもとはまったく同じ容器だったんですよ。 じゃあこのびん2つを氷と塩の混合物に入れて、水が氷になるときにはこういうすさ まじい形で体積が変わるのをお見せしましょう。  さてその間に、熱を加えたほうの水にはどんな変化が起きたか見てみましょう。 液体の状態を失ってきています。これは二、三通りの方法でわかります。こうやっ て水が沸騰しているガラスのフラスコの口に、時計のガラスをのせてふたをしてみ ました。なにが起きたか見えますか? カタカタいうバルブみたいに、カタカタと 開閉します。沸騰した水から上がってくる蒸気がバルブを持ち上げたり下げたりし て、なんとか外にでようとするので、それでカタカタいうんですね。フラスコが蒸 気でいっぱいなんだというのもすぐわかるでしょう。さもなきゃ、無理矢理出なく てもいいはずですから。あと、フラスコに入っている物質は、水よりもかなり体積 が大きいのもわかります。フラスコ何杯分にもなっているわけで、それがどんどん 空気中に出ていきます。でも、水のほうの体積はあまり減った様子はありません。 だから水が蒸気になるときには、体積の変化はかなり大きいんだというのがわかり ます。  こっちの冷たい混合物に、水を入れた鉄のびんを入れてみました。なにが起きる か見てみましょう。びんの中の水と、外の容器の中の氷とでは、水が出入りしたり はしません。でもこの間では熱はやりとりされるので、うまくいけば――というの も、いまはこの実験をずいぶんあわててやろうとしているので――いずれ、冷たさ がびんやその中身に影響してきたら、どれかのびんが破裂してパチンという音がす るはずです。そしてそのびんを見てやると、その中身は氷のかたまりで、それが鉄 の容器の中に一部しかおさまっていません。氷は水よりも体積が大きいので、鉄の 容器は小さすぎて入らないのです。氷が水に浮くのはよーくご存じでしょう。男の 子が氷の穴から水に落ちたら、氷の上にあがって浮かぼうとしますね。なぜ氷は浮 かぶんでしょうか。これを考えて、思索してみましょう。氷はそれをつくる水より も体積が大きいので、だから氷のほうが軽くて、水の方が重いわけですね。  では、熱した水のふるまいに戻りましょう。このブリキの容器から、すごい蒸気 のながれが吹き出してますな! こんな大量に蒸気が出てくるというのは、かなり こいつを蒸気でいっぱいにしたってことでしょう。さてこんどは、水を熱して蒸気 にできるんだから、冷気を使えばそれを液体の水に戻せますよ。コップとか、ある いは冷たいものならなんでも、こうやって蒸気にかざしてみましょう。すぐに水で しめってきますよ。水が凝集してきて、だんだんコップも暖かくなってきます―― 水が凝集してきて、もうコップの横を水がつたいおちてきてますね。   水が蒸気の状態から液体の状態に凝集するのを示すのに、もう一つ実験をしてみ ましょう。さっきのは、ロウソクの産物の一つだった蒸気を、お皿の底に凝集させ て水として集めたのと同じやり方です。こうした変化がどれだけ見事に徹底的に生 じるかを示すために、このブリキの容器――これはいま蒸気でいっぱいです――を 持ってきて、てっぺんを閉じます。外から冷水をかけて、この水というか蒸気が液 体に戻るようにしたらどうなるか、見てみましょう。 [講師が容器に冷水をかける と、すぐにひしゃげた。] いまのを見ましたね。ストッパーを閉じたまま、熱を加 え続けたら、容器は破裂したはずです。逆に、蒸気が水に戻ったら、容器はこうし てつぶれます。蒸気が凝集したので中が真空になったからです。こういう実験を見 せたのは、こういうできごとすべての中で、水をそれ以外のものに変えるようなこ とはなにも起きていない、ということを示すためです。水は水のまま。だから容器 が負けて、内側にひしゃげるわけですな。一方でもし熱を加え続けたら、これは外 側に向かって爆発したでしょう。  で、水が蒸気になったときに、その体積はどのくらいになると思いますか? こ っちに立方体があります [と30センチ角の立方体を指さす]。横に、2.5センチ角の 立方体があります。形は30センチ角のものとまったく同じですね。この体積の水 [と2.5センチ角をさす] は、蒸気になるとこの体積 [30センチ角の立方体] にまで 広がります。そして逆に、こんな大量の蒸気を冷やしてやると、こんなわずかな量 の水になっちゃうんですね。 [このとき、鉄のびんが一つ破裂。] おお! びんが 一個、破裂しましたね。ほら、こうして幅3ミリくらいの割れ目ができてます。 [び んがもう一つ破裂し、凍った中身をそこら中に飛び散らせる。] びんがもう一個破 裂しました。このびんの鉄は厚さ1センチもあったんですけれど、氷がそれをあっさ り破りました。こういう変化は、水ではいつも起こっています。こんな人工的な形 でつくる必要はありません。ここで人工的にやったのは、長く厳しい本物の冬では なく、この小さなびんのまわりにだけ小さな冬を作りたかったからです。でもカナ ダとか、あるいは北部に行けば、外の気温だけで、この氷水と同じようなことが起 きるのが見られますよ。  さてわれわれの静かな考察に戻りましょう。この先われわれは、水に生じる変化 には惑わされないようにしましょう。水はどこでも同じです。それを海からとろう と、ロウソクの炎からとろうと。では、ロウソクから出てくる水というのは、どこ にあったのでしょうか。ここでちょっと先回りさせてもらって、答えをいっちゃい ましょう。それはもちろんロウソクから、少なくとも一部は出てきたんですが、も とからロウソクの中に水があるんでしょうか? いいえ、ロウソクの中にはありま せん。そして燃焼のために必要な、まわりの空気の中にあるわけでもないんです。 あっちにもこっちにもなくて、その両者がいっしょになって働くことで生じるんで す。一部はロウソクから、一部は空気から。そしてこれをこんどは追っかけてみま しょう。そうしないと、テーブルの上でロウソクが燃えているときに、その化学的 な性質が完全に理解できたことになりませんからね。さて、どうすればいいでしょ うか。わたしはいろいろやりかたを知ってるんですが、でもみんなにも、自分の頭 の中で、わたしがこれまでお話したことをいろいろ組み合わせて思いついてほしい んです。  ちょっとこういうふうな考え方をしてみるといいかもしれません。ついさっき、 ハンフリー・デイヴィー卿が示してくれた形で水と反応する物質の例を見ましたね (原注3-3)。これをこのお皿の上でもう一回やってみて、みんなに思い出してもらいま しょう。こいつはとっても慎重に取り扱わないとダメなんです。というのも、この 固まりに水をちょっとでもこぼしたら、そこのところが燃え出します。そして空気 に勝手に触れさせると、全体がすぐに燃え出しちゃうんですよ。さて、こいつは金 属です――美しくてきれいな金属です――これは空中では急速に変化するし、水の 中でも急速に変わります。水にひとかけら入れてみると、ほら、こんなふうに美し く燃えて、浮かぶランプになります。空気のかわりに水を使って燃えるんです。   あるいは、鉄粉や鉄の削りクズを水に入れると、これまた変化を起こします。こ のカリウムみたいな変化ではありませんが、ある意味では同じような変化です。さ びてくるんですね。そして水に反応します。ただしこの美しい金属ほどの強烈さで はありませんが。でも、このカリウムとおおむね同じ形で水に作用するわけです。 こういう別々のできごとを、頭のなかでは一つにまとめておいてほしいんです。こ こには別の金属 [亜鉛] があります。こいつを、燃焼してできた固体の物質との関 係で分析すると、こいつが燃えるのはさっき見た通りです。そしてたぶん、この亜 鉛を一筋とって、こうしてロウソクにかざすと、なんかさっきの中間くらいのもの が見えます。いわば水の上のカリウムの燃焼と、鉄の作用の真ん中あたり――一種 の燃焼が見えます。燃えて、白い灰というか残存物を残しましたね。そしてここで も、この金属が水に対してある程度の作用をするのがわかります。  だんだん、こうしたちがう物質のふるまいを変えさせて、それにこちらの知りた いことを説明させる方法について学んできましたね。ではまず、鉄をとりましょ う。あらゆる化学反応でごくふつうのことですが、こういう結果が得られたら、そ れは熱のふるまいによって増えます。そして物質同士の反応を細かく慎重に検討し たいなら、しばしば熱のふるまいを検討しなきゃいけません。   鉄粉が空気中で美しく燃えるのは、ご存じだと思います。でもここである種の実 験をしてみます。それは、鉄が水に対して反応する場合について、わたしの論点を 強調してくれるからです。炎があって、それを中空にしたら――理由はわかります ね、炎の中に空気を入れたいから、中空にするんですね――そして鉄粉を少々その 炎の中に入れると、実にきれいに燃えます。この燃焼は、この粉末に点火したとき に起こる化学反応の結果です。そこで、こうしたいろいろな影響を検討してみまし ょう。そして鉄が水と出会うとどうなるかを考えてみましょう。こいつは実に見事 に、だんだんきちんとその話を物語ってくれるので、みなさんもすごく喜ぶと思い ますよ。  ここにあるのは溶鉱炉で、その中に管が通っています。鉄の銃身みたいな感じで すな。そしてその銃身のところに、輝く鉄の削りクズを詰めてあります。そしてそ れを火にかけて真っ赤に熱しておきました。この銃身に空気を通して鉄と接触させ てもいいし、こっちの端にあるボイラーから蒸気を送ることもできます。ここんと ころに止め栓がついていて、こっちの希望するまで、銃身に蒸気が行かないように してあります。こっちのガラスびんには水が入っています。青く色をつけてあるの で、みんなもなにが起きているか見やすいでしょう。さて、この銃身のところに蒸 気を通して、それが水に入っていったら、凝集されるのはよくわかっていますよ ね。というのもこれまで見たように、蒸気は冷やすと気体のままではいられないか らです。ここで [とブリキの容器を指さして] 蒸気が小さな体積へと縮んで、それ が入った容器もつぶしたのは見ましたね。だから、あの銃身に蒸気を通したとき、 それが冷えていれば凝集して水になります。でもいまは、これから実験をするので 銃身は熱してあります。   蒸気をちょっとずつ銃身に送り込みますよ。それが反対側から出てきたときに、 まだ蒸気のままか、自分の目で判断してください。蒸気は凝集すると水になるし、 蒸気の温度を下げると、それは液体の水になります。でも鉄の銃身を通って集まっ た気体の温度を、こうして水に通して冷やしていますが、いつまでたっても水に戻 りませんね。別の試験をこの気体に加えてみましょうか。(びんを逆さまにしてお くのは、そうしないと物質が逃げてしまうからです)。びんの口に火をもっていく と、ヒョッと音をたてて燃えます。これで、びんの中身が蒸気ではないのがわかり ますね。蒸気は火を消します。燃えたりしません。でも、いまびんの中にあったも のが燃えたのをみましたね。   この物質は、ロウソクの炎から得られた水でも、ほかのどこからとった水からで も得られます。鉄が水の蒸気に反応することでこの物質をつくると、残った鉄は、 この削りクズを燃やしたときと非常によく似た状態になっています。鉄は前より重 くなります。鉄がこの管の中に入ったままで熱されて、空気や水に触れずに冷やさ れたら、重さは変わりません。でもこの蒸気の流れが中を通過すると、前より重く なります。蒸気から何かを取り出して、それ以外のものが先に進めるようにしたわ けです。それがここにある物質ですね。   さあ、びんがもう一ついっぱいになったので、すっごくおもしろいものを見せて あげましょう。こいつは燃える気体なんです。だからこのびんをとってその中身に 火をつけて、燃えます、というのを見せてもいいんです。が、できればもっとおも しろいことを見せたいですね。こいつはすごく軽い物質でもあるんです。蒸気は凝 集します。この物体は空中を上昇して、凝集しません。ガラスのびんをもう一つ持 ってきます。こいつは空気以外はなにもない空っぽです。では、いま話題の物質で いっぱいのびんをもって、それを軽い物体として扱いましょう。両方とも逆さまに しておいて、片方をもう片方の下で傾けて見ましょう。すると、蒸気から得た気体 の入ったびんには、いまはなにが入っているでしょうか? 空気しか入っていない のがわかります。でもごらんください! こっちには、あの燃える物質が入ってい ます。あのびんからこっちのびんに注いだんですね。相変わらず同じ性質、条件、 独自性を保っています。だからロウソクの産物として、われわれの検討に十分値す るわけです。  さて、鉄が蒸気や水と反応してできたこの物質は、これまで見てきた、水と強烈 に反応するほかのものによっても得られます。カリウムのかけらをとって、必要な しつらえをすれば、この気体ができます。そしてかわりに亜鉛のかけらを使ってみ ますと、これを慎重に調べてみるとですね、この亜鉛がほかの金属みたいに水と絶 えず反応を続けない理由は、水との反応の結果、亜鉛がなんだか保護する被膜みた いなもので包まれちゃうからなんですな。だから結果として、この容器に水と亜鉛 を入れただけでは、この両者だけでは大した反応が起きないことがわかりました。 だから、何の結果も生じません   でも、この外皮――このこびりつく物質――を溶かし去ってしまったらどうでし ょう。これは酸をちょっとばかり使えばいいのです。そうした瞬間に、亜鉛はまっ たく鉄と同じように水と反応します。しかも常温で。酸はまるで変わっていませ ん。ただし、亜鉛の酸化物と化合した部分だけ変わっています。さあ酸をコップに 入れてみましょう、するとこいつに熱を加えて沸騰しているみたいな反応が出ます ね。亜鉛からえらく元気よく上がってくるものがあります。蒸気じゃないです。こ の物質をこのびんいっぱいに集めてみました。するとこれが、鉄の銃身の事件で作 った物質とまったく同じ、燃える気体なのがわかります。こうして逆さにして、容 器の中に残っているものと同じですね。これが水から得られるものです――ロウソ クの中に含まれるのと同じ物質です。  じゃあここで、この二点の関連についてきちんと追いかけて見ましょう。これは 水素です――化学でわれわれが元素と呼んでいるものの一つです。元素からはそれ 以上なにも取り出せません。ロウソクは元素ではありません。ロウソクからは炭素 を取り出せるし、水素も引き出せます。少なくともここから出てくる水をとって、 そこから水素を抽出することは可能ですね。そしてこの気体が水素という名前なの は、別の元素と化合して水になるからです(原注3-4)。   アンダーソンさんが、この気体をびん2、3個分集めてくれましたので、いくつか 実験をやってみましょう。こういう実験をやるいちばんいい方法を見せたいんで す。見せるのはこわくはないですよ。是非ともこういう実験をやってほしいんです から。ただそのとき、注意して慎重にやって、まわりの人の安全に気をつかわない とだめです。化学を進めると、まちがった場所にあると危害を与えるような物質を 取り扱う必要が出てきます。われわれが使う酸や熱や燃えるものは、不注意に扱え ば、有害になっちゃいます。   水素をつくりたければ、 亜鉛のかけらと硫酸か塩酸で作れます。ここにあるの が、昔は「哲学者のロウソク」といわれていたものです。小さなガラスびんに、ガ ラス管を通したコルクをはめたものです。さ、亜鉛のかけらを2、3個入れましょ う。このちょっとした道具は、これからいろいろお見せするときに、とても便利に 使えるんです――まずはあなたたちも水素が作れるのを示して、自分の家でも好き なときにこういう実験ができるんだ、というのを示したいんです。   さあここで、なぜわたしがガラスびんをかなりいっぱいにしているけれど、完全 に満杯にはしないように注意しているかを説明しましょう。これはですね、出てく る気体はすでにお見せしたようにとても燃えやすくて、空気とまぜると爆発するよ うになるからです。だから液体から上の部分の空気が全部なくなる前に、このガラ ス管に火をともしたら、あぶないことになりかねないんですよ。   では、硫酸を注ぎましょう。亜鉛はほんのちょっと、そして硫酸と水は多めに使 います。ちょっと長目に動き続けてほしいからです。ですから、こうして中身の構 成比を変えてやって、水素の出方が一定になるようにするんです――はやすぎもせ ず、遅すぎもせず。  さて、ここでコップを持ってきて、このガラス管の上にひっくり返してかぶせま す。すると水素は軽いですから、この容器にしばらくたまっているはずです。さあ このコップの中身を調べて、水素が入っているか見てみましょう。うん、多少つか まえられたみたいですよ。ほうら、ごらんなさい。じゃあ、このガラス管のてっぺ んに火をつけてみましょう。水素が燃えてます。これが我らが哲学的ロウソクで す。はかない、弱々しい感じの炎だな、と思うかもしれませんね。でもすごく高熱 で、そこらの炎なんかとは比べものにならない熱を出します。このままずっと燃え 続けるので、別の条件下で燃やしてみましょう。その結果を調べてみて、そこから 得られた情報を活用しましょう。  ロウソクは水をつくるし、この気体が水から出てくるんなら、ロウソクが大気中 で燃えたのと同じ燃焼プロセスで、なにが出てくるかを見てみましょう。で、この ためには、ランプをこんな装置の下に置いてみましょう [と講師は、漏斗をひっく り返してそこに横向きの太い試験管をつなげたような装置をとりだして、燃える水 素をその漏斗の下のところに置いた] 。これで、燃焼から出てきたものはすべて、 この円筒の中に凝集されることになります。   ちょっと待つだけで、この円筒に湿気が見られるようになります。やがて水がそ の中をつたい落ちはじめます。そしてこの水素の炎から得られる水は、各種の試験 すべてに対してまったく同じ反応を示します。これまでと同じ、一般的なプロセス で得られたものだからです。   この水素というのは、実に美しい物質です。すごく軽いので、ものを上に浮かせ ます。空気よりずっと軽いんです。そしてこの点については実験で示せます。この 実験は、あなたたちがとっても賢ければ、自分でも再現できる人はいるはずです よ。   こちらにあるのが水素発生装置で、こっちには石けん水があります。水素発生装 置に、インドゴム管をつけて、その管の先っぽにたばこ用のパイプを取り付けまし た。で、こうしてパイプを石けん水に入れると、水素でしゃぼん玉を作れます。こ いつをわたしの暖かい息でふくらませると、シャボン玉は下に落ちていくのがわか りますね。でも、水素でふくらませると、ちがいがわかるでしょう。 [ここで講師 は水素でシャボン玉をふくらませると、それは講堂の天井まで飛んだ。] ただのシ ャボン玉どころか、この下にでかい滴がぶら下がったままで上がっていくというの は、この気体がすごく軽い証拠ですな。   どんなに軽いか、もっといい方法でお見せしましょう。こんなのより大きなシャ ボン玉でも上がるんです。昔はこのガスで気球を満たして飛ばしていたんですよ。 アンダーソンさんがこの発生器に管をつけてくれます。すると水素の流れができ て、これでコロジオン製の風船をふくらませられます。空気をきちんと追い出すと か、別に気にしません。この気体の上昇力はよく知ってますからね。 [コロジオン 風船二つがふくらまされて上昇。一つは糸でつないであった。] こっちにもう一つ でかいのがあります。薄い膜でできていて、これをいっぱいにするとこうして上昇 していきます。ガスがぬけるまで、みんなふわふわ浮かんだままでいますよ。   じゃあ、こういう物質の重さを比べるとどういうことになるでしょうか。ここ に、それぞれの重さを比べてみた表があります。目安として、0.5 リットルと 30 センチ角立方を目安にして、それに対応するものがどのくらいになるかを示してい ます。この水素 0.5 リットルは、たった0.02グラムの重さで、水素の 30 センチ角 立方は 2.5 グラムの重さしかありません。これが水だと、0.5 リットルで 500 グ ラム、水が30センチ角立方だと27kgにもなります。だから、水の 30 センチ角立方 と、水素の 30 センチ角立方とでは、重さにどえらい差があるわけです。  水素は、燃焼中も、燃焼後の産物としても、固体になるようなものはつくりませ ん。燃えるときには水ができるだけです。だから冷たいコップをとって火の上にか けると、すぐにしめって、即座にそれとわかるだけの水ができます。そして水素が 燃焼してできるのは、ロウソクの燃焼でも生じた水だけなんです。燃えて水しかで きないのは、自然界でこの水素だけだというのは、是非とも覚えておいてくださ い。  では、水の一般的な性質と組成について、さらに追加の証明を探さなくてはいけ ません。だからもうちょっとみんなにいてもらいましょう。次にお目にかかるとき に、この話の下準備ができているようにね。酸の力を借りて水に亜鉛が作用すると きの力はお目にかけましたよね。その亜鉛を並べて、すべての力がこちらの思い通 りの場所で発生するようにできるんです。わたしの後ろにあるのは、ボルタ積層電 池です。そして今回の講義のおしまいに、こいつの特徴とパワーをこれからお目に かけます。次回、どんなものを扱うことになるかわかってもらうためです。ここに は、この背後からパワーを運んでくる電線を持っています。こいつを次回は水に作 用させてみます。  まえに、カリウムや亜鉛、鉄の粉末が燃えやすいことは見ましたね。でも、これ ほどのエネルギーを見せたものはありませんでした [ここで講師は、電池の両端か らのびた電線をふれあわせた。するとまばゆい輝きが生じた。] この光は実は、亜 鉛を40枚重ねた燃焼力で生じたものです。このパワーを、電線を通じて気の向くま まに持ち歩けるんですけれど、でもこれをうっかり自分にあてたりしたら、わたし は一瞬で死んでしまいます。こいつは実に強力なもので、ここでみんなが5つ数える 間に目の前で出てきているパワーは [と両極を接触させて電気の光を示す] 雷嵐数 個分にも相当するほどなんですよ。そのくらいこいつの力はすごいんです(原注3-5)。 こいつがどのくらい強烈なエネルギーをもっているか、みんなにわかってもらうた めに、電池からのパワーを伝える電線の端っこを持ってくると、こうしてこの鉄粉 を燃やせちゃいますな。さて、こいつは化学的な力なので、これを水に適用したら どんなことになるでしょうか。次回はそれをお見せしましょう。 註: 原注3-1:  水の密度が一番高いのは、華氏 39.1 度のとき。(訳注:摂氏では 4 度)。 原注3-2:  塩と砕いた氷の混合物は、温度が華氏 32 度(摂氏 0 度)から華氏 0 度 (摂氏マイナス17.18度)に下がり、同時にその氷は液体になる。 原注3-3:  カリウムは灰汁の金属成分で、1807 年にハンフリー・デイヴィー卿が発見 した。デイヴィー卿は強力なボルタ電池を使って、灰汁からカリウムを分離す るのに成功した。カリウムは酸素との親和性がとても強いので、水を分解して 酸素を奪い、このために水素ができて、これがそのときの熱のために燃え上が る。 原注3-4:  Yowpが水の意味で、yevvawが「生成する」という意味。 訳注3-5:  ファラデー教授は、水を0.065グラム電気分解するためには、とても強力な 稲妻と同じくらいの電気が必要だということを計算している。 ------------------------------------------------------------------------ 第 4 章 ロウソクの中の水素:燃えて水に――水の残りの部分:酸素   みなさん、まだロウソクに飽きていないみたいですねえ。さもなきゃこんなにロ ウソクに興味を持ってくれるはずはないですからね。   さてロウソクが燃えているときには、われわれの身の回りにあるのとまったく同 じ水ができるのがわかりました。そしてこの水をもっと調べてみると、その中にあ の水素というへんてこな物質があるのがわかりました。とても軽い物質で、このび んの中に少し入ってます。さらに、その水素がよく燃えて、燃えると水ができるの も見ました。そして確か、化学力というかパワーというかエネルギーをうまくしつ らえて、この電線に力が流れてくるような仕掛けをちょっとお目にかけたはずで す。そして、この力を使って水を分解して、水の中に水素以外になにがあるのかを 見てみよう、とも申し上げましたね。というのも、覚えていると思いますが、水を あの鉄の管に通したら、気体はたくさん出てきましたけれど、蒸気としてそこに通 した水だけの重量はとても回収できていなかったでしょう。じゃあ、他にはどんな 物質があったか見なきゃいけませんね。   さて、この道具の特徴と使い方を理解してもらうために、ちょいといくつか実験 をやってみましょう。まずは、素性のわかった物質をもってきて、この道具がそれ になにをするか見てやりましょう。こっちにあるのは銅です(これがいろいろ変化 をするのでご覧じろ)。そしてこっちにあるのが硝酸。この硝酸はとっても強力な 化学物質なので、これを銅に注ぐと強力な反応が起きます。ほら、きれいな赤い蒸 気があがってますね。でも、この蒸気はいらないので、アンダーソンさんにしばら く煙突の近くに持っていってもらいましょう。実験の実用性と美しさだけを使っ て、いやな部分はなしですませたいですから。   フラスコに入れた銅は溶けます。そして酸と水を変化させて、銅やなんかを含む 青い液体に変えます。こいつにボルタ電池がどう作用してくれるかを見せてあげま しょう。で、その間に、このボルタ電池がどんな力を持っているか、別の実験をや ってみましょうか。   ここにあるのは、われわれにとっては水みたいな物質です――つまり、まだわた したちの知らないものを含んでいます。水も、まだわれわれの知らないものを含ん でいましたよね。さて、この塩の一種の溶液(原注4-1)を紙に垂らして、広げて やりましょう。そ れで電池をかけて、なにが起こるか見てみます。3、4種類くらいのことが起きるの で、それを利用してやりましょう。  ではまず、このぬらした紙をブリキホイルの上に広げます。こうすると全部きれ いにしておけるし、電気をかけるときにも便利なんですな。そしてこの溶液は、紙 につけようとブリキに広げようと、その他わたしがいままで接触させたすべてのも のに対して、まるで変化しません。だからみんな、あの道具との関連で使ってやっ ていいわけです。   でもまず、あの道具がちゃんと準備万端か確かめましょうね。さあ、あの電線で す。こないだ見たのと同じ状態になってるかな? すぐにわかります。こうして電 線をくっつけてみると、まだ電気は出てきません。それを伝えるもの――電極、と いう名前です――が止めてあるからです。でもアンダーソンさんが、いまの [と電 線の端にとつぜん生じた火花をさす] で、電池の用意ができたという電報を送って くれました。では、実験をはじめる前に、アンダーソンさんにまた、この背後の電 池の電極をはずしといてもらいましょう。で、両極をプラチナの針金でつないでみ ます。このかなり長い電線に火をおこせれば、この先の実験でもだいじょうぶでし ょう。さあ、こいつの力をごろうじろ。 [電線で両極をつなぐと、その間の電線は 真っ赤になった。] 電力が電線を見事に通ってますねー。この電線はわざと細いも のをつかって、こういう強力な力があるのをお見せできるようにしてます。で、こ れで電力があるのがわかったので、水の検討に移りましょうか。  ここにプラチナのかけらが2つあります。これを、この紙(さっきのブリキ板上の ぬらした紙)にこうしてのっけて、と。するとなにも起きません。どけてみても、 目に見える変化はなにもなくて、さっきのままですな。でも、こんどはなにが起き るでしょう。こうして二つの極を持ってきて、それをプラチナ板に片っぽだけくっ つけてみます。どっちも、なにもしてくれません。どっちも、まったく無反応で す。でも、同時にこうやってくっつけると、ほーら見てください [電極のそれぞれ の下に、茶色い点があらわれる]。起きている結果を見てくださいよ。下の白いもの から、何かを分解して茶色いものを取り出してるんですな! じゃあこれもまちが いないはず:こんなふうにして、電極の片っぽを紙の裏のブリキにつけて――お お、なんとも見事に紙に反応が出てくるじゃないですか。字も書けちゃえそうです ね、やってみましょう――いわば電報、ですかな [講師、ここで電極の針金を片方 使って、「juvenile」ということばを紙に書いて見せる]。ほらほら、実にきれいな 結果が出てきます!  ごらんの通り、この溶液から、これまで知らなかった何かを引っ張り出したわけ です。じゃあさっきのフラスコをアンダーソンさんからもらって、そいつをここか ら引っ張り出せるか見てやりましょう。こいつはご承知のとおり、こっちで他の実 験をやっている間にできた、銅と硝酸でできた液体です。で、この実験はずいぶん あわててやっているので、ちょっと失敗するかもしれませんが、でも前もって用意 しておくよりは、わたしがなにをやってるのか、ごらんにいれたかったんですよ。  さあ、どうなるでしょう。プラチナ板二つがこの道具の端っこです(というか、 これからそうします)。そしてこれを、あの溶液と接触させましょう。ちょうどし ばらく前に紙でやったのと同じです。わたしたちにしてみれば、溶液が紙の上だろ うとびんの中だろうと、装置の電極両方をくっつければ同じことです。プラチナ板 を片方だけ入れると、入ったときと同じようにきれいにピカピカの状態で出てきま す [とプラチナ板を電池につながずに浸す]; でも電力をつないでそれをかけてやり ますと [プラチナ板はバッテリーにつながれて、またもや溶液に浸される] 、この ように [とプラチナ板の片方を見せて]、すぐに銅になっちゃったみたいに見えます ね。まるで銅板です。そしてこっちは [ともう片方のプラチナ板を見せる] かなり ぴかぴかのままです。この銅に覆われたやつを持ってきて、もう片方と取り替えて みましょう。すると銅は右手側から離れて、左側のに移ります。さっきは銅に覆わ れたものが、こんどはきれいになって、きれいだった方がこんどは銅におおわれて います。したがって、この溶液に入れたのと同じ銅を、こうやってこの装置で取り 出せるんだ、というのがわかりますね。  じゃあこの溶液はちょっと置いといて、この装置が水にはどんな力を持っている か見てみましょう。ここにプラチナ板が二枚あって、これを電池の両極にしたいと 思います。で、この (C) は、水を分解してその構成を見せられるような形にしてあ る、ちょっとした容器ですな。この二つのコップ (A と B) には水銀を入れておき ます。この水銀は、プラチナ板とつながった電線の端に触れるようになってます。 容器 (C) に、ちょっと酸の入った水を注ぎましょう(酸を入れるのは、反応を起こ す助けとしてだけで、酸そのものは何の変化も起こしません訳注:水だけでは電気 が流れずに電気分解ができない。このため、ほかのものを加えて電気が通るように するのだ。)。そして、この容器のてっぺんにつながっているのは、曲がったガラ ス管 (D) で、これは先日の、銃身を熱したときの実験と似てるでしょう。これがこ っちのびん (F) の下にまで通ってきます。   で、これで装置の準備ができたので、これでなんとか水をつついてやりましょ う。こないだの実験では、赤熱した管の中に水を送り込みました。こんどは、こっ ちの容器の中身に電気を通してやります。水が沸騰するかもしれませんね。沸騰し たら、蒸気が出てくるでしょう。そしてご存じのように、蒸気は冷やすと凝集しま す。だからそれを見れば、水が沸騰したのかどうかはわかるでしょう。でも、沸騰 しないで、何かほかの反応が出てくるかもしれませんよ。これは実験をやってみて 確かめましょう。   さあ、電線の一つをこっち (A) につなげて、反対側をこっち (B) につないでや ります。じきに何か変わったことが起きるかどうかがわかります。ほーら、派手に ぐらぐら沸いているみたいですね。でも本当に沸騰してるんでしょうか? でてき てるものが蒸気かどうか、調べてやりましょう。もしこの水からあがってきている のが蒸気なら、じきにこっちのびん (F) が水蒸気でいっぱいになるはずです。で も、これは蒸気かな? まさか。だって、ずっとなにも変化しないままでしょう( 訳注:水蒸気なら、いずれ水に戻って気体の部分がなくなるか、だいぶ減るはず だ、といいたいのだ。)。だからこれは蒸気じゃありえません。なにか変化しない 気体なんです。なんでしょうか。水素かな? それとも何か別のもの? じゃあ調 べてみましょう。水素なら、燃えるはずです。[訳注:ここで講師は、集まった気体 に火をつけてみたはず。で、かなり大きな火と音が出たはず。]   はい、確かに燃えるものでした。でも、水素の燃え方とはちがってましたね。水 素ならあんな音はしません。でも燃えたときの炎の色は、確かに水素っぽかったで すね。でもあの気体は、空気がなくても燃えるんです。それをお見せするために、 こっちの装置を用意しました。これでこの実験の特殊な部分がよくわかります。口 の開いた容器ではなく、口の閉じた容器を持ってきましたよ(それにしてもこの電 池はみごとなエネルギーですね、水銀まで沸騰して、すべて予定通り――なにもま ちがった点はないです、実に見事に予定通りです)。で、さっきの気体が、なんだ かわからないけれど、空気なしでも燃えて、その点で空気なしでは燃えないロウソ クとはちがうのだということをお見せします。   やり方はこんな具合です。ここにガラスの容器 (G) があります。ここにプラチ ナ線が二本 [I, K] はまっていて、そこから電気を送り込めます。さて、この容器 を空気ポンプにつないで、中の空気を吸い出しちゃいましょう。それでこっちに持 ってきて、さっきのびんにつないでやって、水にボルタ電気を作用させて、水から つくりだした気体を、こっちの容器に移してやります――ああ、いまのところまで は言えますよね。さっきの実験でわたしたちは本当に、水をこの気体に変えたん だ、ということは言っていいですよね。水の状態を変えただけでなく、それを完全 に本当にこの気体に変えて、この実験で分解された水はすべてこっちに来ているわ けですね。   で、この容器 (G, H) をここんところ (H) にねじこんで、パイプがしっかりつ ながっているようにして、これでコック [H, H, H] を開きます。すると、[Fの] 水 位を見てやると、気体がこっちに上がってきたのがわかりますね。さあコックを閉 じましょう。容器にはさっきの気体がいっぱいです。で、この中にしっかりおさま ったところで、こっちのライデンびん [L] から電気の火花を送り込んでやります。 するとこの容器は、いまは透明でピカピカですが、これが曇るでしょう。音はしま せん。この容器は、爆発にも耐えられるくらい強いからです。[びんに火花が送り込 まれて、爆発性の混合気体に点火。] いまのまばゆい光を見ましたか? もう一回 この容器をびんにつなげて、コックを開くと、気体がまた入ってくるのがわかりま す。 [コックをまた開く。] さっきまであった気体は [と最初にびんに集められ て、電気の火花で点火された気体をさす]、ごらんの通り消えてしまったわけです ね。その気体があった場所が空っぽになったもので、こうやって新鮮な気体がまた 入ってきたわけです。で、いまのをもう一回繰り返すと [とさっきの実験を繰り返 す]、またこれは空っぽになります。こうして [Fの] 水位が上がるからわかります ね。いまの爆発の後では、容器は必ず空っぽになります。水が電池によって分解さ れた結果できた、気体だか蒸気だかは、火花のおかげで爆発して、水に戻るからで す。そしてだんだん、この上のほうの容器からは水滴が側面をちょろちょろ落ちて きて、下の部分にたまってきますよ。  ここでわたしたちは、水だけを相手にしていて、空気はまったく見ていません。 ロウソクからの水は、空気の助けがあってできたものでした。でもこうやると、こ れは空気とぜんぜん関係なしに作れます。したがって水は、ロウソクが空気からと っているもう一つの物質を含んでいるはずです。そしてその物質は、水素と組合わ さると、水になる、ということですな。  ついさっきあなたたちが見たのは、この電池の片っぽが銅をつかまえて、この青 い溶液の入った容器からその銅を抜き出すところでした。それはこの電線によるも のでしたね。そしてもし電池が、いま作っては取り出したみたいな金属溶液でこん なことができるなら、これで水の構成物質を分解して、それをこっちとあっちに入 れられる、と考えてもよさそうなもんじゃないですか。じゃあそれぞれの極――つ まり電池の金属の端っこ――をとって、こんな装置を使ってその極をずっと離して やったとき、水がどうなるかを見てやりましょう。一つをこっち (A) に、もう一つ をあっち (B) につけます。そして、穴の空いた小さな棚板を使って、それをそれぞ れの極につけます。そして電池の二つの極から出てくるものが、それぞれ分離した 気体として出てくるようにしましょう。ほら、水は蒸気になったんじゃなくて、な んか気体になりましたよね。電線はいま、この水の入った容器と完全にきっちりつ ながっていて、ほーら、あぶくが出てきてますね。このあぶくを集めて、それがな んだか見てみましょう。こっちにガラスの筒 (O) がありますから、こいつに水をい っぱい入れて、 (A) の側にかぶせましょう。それと筒をもう一つ (H) 使って、こ れを反対側にかぶせます。というわけで、左右二つの装置になって、どっちの板か らも気体が出てきてます。ほーらほら、右側のやつ (H) はすごい勢いで満杯になっ てきました。左のやつ (O) はそれほどの勢いじゃありません。ちょっとあぶくを逃 がしちゃいましたけれど、でも反応はほとんど変わらずに続いていますね。で、筒 の大きさがちょっとちがうのではっきりしないでしょうけれど、こっちの (H) に は、こっちの (O) やつの倍の量の気体がたまってるんです。どっちの気体も無色で す。どっちも凝集しないで水の上でじっとしてます。どこをとっても、どっちも同 じですね――ああ、同じといってもつまり、\textbf{見かけ上は}、ということです けど。そしてここで、この物質をそれぞれ調べてみて、それがなんだかつきとめら れるわけです。なかなかたっぷりあるので、実験するのも楽ですね。まずこっちの びん (H) を持ってきましょう。この中身が水素だ、というのがわかるはずですよ。  水素というのがどんな性質を持っていたか、考えてみてください――軽い気体 で、さかさまのびんの中でじっとしていて、びんの口のところで淡い色の炎をあげ て燃えましたよね。この気体が、そういう条件をすべて満たすかどうか、見ていて ください。水素なら、こうやってびんをひっくり返しておけば、中にじっとしてる はずです。 [そこに火がつけられ、水素が燃えた。]   じゃあ、もう片っぽのびんの中には、なにがあるんでしょうか。水素とこの気体 とを混ぜたら、爆発する気体になるのは知ってますね。でもこいつはいったいなん でしょう。水のもう一つの構成物質で、したがって水素を燃えるようにした物質に ちがいないものは? 容器に入れた水が、この二つの気体があわさってできていた ことはわかっています。その片方は水素でした。では、実験前に水の中にあって、 いまこうして独り立ちさせたものはなんでしょうか。この木ぎれに火をつけて、中 に入れてみましょう。気体そのものは燃えないけれど、木ぎれは燃えます。 [講 師、木の端に火をつけて、それを気体のびんに入れる。] ほーら、木の燃えかたが 強力になりましたね。空気よりもずっとよく木を燃やしてくれます。そしてこれ で、水の中に入っていた残り一つの物質、そしてロウソクが燃えて水ができたとき の物質は、空気からとられたはずだというのがわかります。さあ、これをなんと呼 びましょうか。A、B、Cとか? Oと呼びましょう――酸素(Oxygen)です。立派 な、よくわかる――そんなひびきの名前ですな。というわけで、水の中にあって、 そのかなりの部分を占める酸素というのは、こいつなわけです。  これでいままでの実験や研究が、もっとはっきりわかるようになってきました ね。というのも、こういうものを一、二回ほど検討すると、じきにロウソクがなぜ 空気中で燃えるかがわかるようになるからです。わたしたちがこうやって水を分析 すると――つまり、そのパーツを分離したというか電気分解してやると、水素が2 に対して、それを燃やす物体が1出てきます。それを書いたのが次の図で、重さも いっしょに書いてあります。そしてこれで、酸素というのが水素にくらべるとずい ぶん重たい物質なんだな、というのがわかります。この酸素が、水のもう一つの要 素なんです。 表 水の構成 物質気体の量 重さ 酸素33.3 88.9 水素66.7 11.1 水 - 100.0  ここで、この酸素をたっぷり手に入れるにはどうしたらいいかをお話しておきま しょうかね。水からは分離できるのをお見せしましたよね。酸素は、すぐに想像が つくでしょうが、空気の中にもあります。だって、それがなかったら、ロウソクが 燃えて水ができるはずもないですから。酸素がなければそんなことは、絶対に不可 能だし、科学的に不可能です。じゃあ酸素を空気から取り出しましょうか? は い、酸素を空気から取り出すための、えらく複雑で難しいやり方があるんですが、 でももっといいやり方があります。マグネシウムの黒酸化物(black oxide of manganese)というものがあります。この、とっても見た目に真っ黒な鉱物なんです けれど、とても便利で、真っ赤に熱してやると酸素を出します。この鉄のびんにこ いつを入れてやって、ここに管がつながってます。火も用意してあるし、アンダー ソンさんにこのセットを火にかけてもらいましょう。なんせこの容器は鉄製だか ら、熱にも耐えられるんです。   こっちの塩は塩化カリウムというもので、漂白用とか、その他化学や医学用にい っぱい作られているものです。こいつをちょと、酸化マグネシウムに混ぜてやりま す(酸化銅や酸化鉄でもかまいません)そしてこいつを容器に入れてやると、赤熱 までいかなくても、この混合物からは酸素が出てきます。ここではあまりつくるつ もりはありません。実験に十分なだけあればいいからです。ただし、すぐにわかり ますけれど、あまりケチると、気体の最初の部分は容器の中にもとからあった空気 と混じってしまいます。だから気体の最初の部分は空気でうすまっているので、捨 てなきゃなりません。こっちの場合には、酸素を得るのにふつうのアルコールラン プで充分です。だから二種類のやりかたで酸素を作っているわけです。   ほんのちょっとの混合物から、実にたっぷり気体が出てきてますね。まずはそれ を調べて、どんな性質を持っているか見てやりましょう。さて、こうやってわたし たちが作っている気体は、ごらんの通り、電池の実験でできたのと同じように透明 で水に溶けず、目に見えるところではふつうの空気と同じ性質を持っています。 (この最初のびんには、実験をはじめた時にでてきた酸素の最初の部分といっしょ に、空気が入ってます。だからこれはちょっとどけてしまって、正常でまっとうな 形で実験を続けることにしましょう)。そして水からボルタ電池を使って取り出し た酸素では、木やワックスなんかを燃やす力が実にめざましかったから、ここでも 同じ性質が見られると思っていいでしょう。やってみますね。こちらでは、細いロ ウソクが空気中で燃えています。そしてこちらは、この気体の中での燃焼です [と 細いロウソクをびんの中におろす]。実に明るくて実に美しい燃えかたですね!   もっと先があります。こいつが重い気体なのがわかるでしょう。水素は気球みた いに、いやそれを包むものの重さにじゃまされなければ、気球よりはやく上昇して いきました。水からは、水素は酸素の二倍もとれましたけれど、だからといって重 量比で見たら、水の中に水素が酸素の二倍あるとは言えないのがすぐにわかるでし ょう。片っぽは重いし、片っぽはとても軽い気体だからです。気体や空気の重さを はかる方法はあるんですよ。でも、そのやり方はここではしないで、それぞれの重 さだけ教えてあげましょう。水素 1 リットルの重さは、たった 0.085 グラムで す。同じ量の酸素は、約 1.35 グラム。ずいぶんと差があります。水素一立方メー トルの重さは、64 グラム。酸素一立方メートルの重さは、1.02 キログラムです。 そんな具合にしていけば、てんびん秤ではかれるくらいの重さになってくるでしょ う。そうなって、何百の分銅分、何トンもの気体、なんてのも考えられるようにな ります。これはほとんどすぐに出てきますよ。  さて、酸素が燃焼を助けるというまさにこの性質についてですが、これは空気と 比べてみましょう。ロウソクを一本用意しまして、とてもあらっぽく示してみまし ょう――結果もあらっぽくなります。はい、空気中で燃えるロウソクです。酸素の 中ではどう燃えるでしょうか? こっちにこの気体の入ったびんがあります。これ をこのロウソクにかぶせて、空気中の場合と活動を比べてみましょう。おやおや、 ごらんなさいよ。ボルタ電池の極で見た光みたいですねえ。ものすごく反応が激し いでしょう。でもこれだけの反応を見せても、空気中でロウソクを燃やす以上のも のは生み出されないんです。ロウソクを空気中で燃やしても、空気のかわりにこの 気体を使っても、同じように水ができて、まったく同じ反応になるんです。  でも、この物質についてはわかっていることがありますから、もうちょっと厳密 に見てやりましょう。ロウソクの産物のこの部分について、まともな一般性のある 理解ができたと満足できるようにね。この物質が燃焼をいかに強力にサポートする か、実にすばらしいものです。たとえばここにランプがあります。単純ですが、い ろんな目的のために作られているさまざまなランプのオリジナルだと言っていいか もしれません――灯台用とか、顕微鏡の照明とかね。で、こいつをもっと明るく燃 えるようにしようと言われたら、あなたたちも思うでしょう。「ロウソクが酸素の 中でもっとよく燃えるなら、ランプだってそうなるんじゃないかな?」はい、まさ にその通り。アンダーソンさんに、酸素だめにつながった管をもってきてもらいま すよ。で、それをこの炎にかけてやりましょう。この炎はわざと、あまりよく燃え ないようにしておきますね。さあ酸素がきました。すっごい燃えかたですね! で も酸素を止めると、ランプはどうなるでしょう? [酸素の流れが止められると、ラ ンプは前の暗い状態に戻った。] 酸素を使うと、燃焼が加速される――すごいです ね! でも、酸素は水素や炭素やロウソクの燃焼に影響するだけじゃありません。 ふつうの燃焼すべてに影響するんです。たとえば鉄に関してそれを見てやりましょ う。もうふつうの空気の中で、鉄が多少燃えるのを見ましたね。ここに酸素の入っ たびんがあります。こっちは鉄の針金です。でも、この針金が、わたしの手首くら いの鉄棒でも同じように燃えます。まずは鉄に、木ぎれをくっつけましょう。そし て木に火をつけて、それを鉄ごとこのびんに入れてみます。さあ、木が燃え上がっ ています。酸素の中での木らしく、よく燃えますね。でもそれがやがて鉄のほうに 燃え移ります。鉄はいまや明るく燃えています。このままずっと燃え続けます。酸 素を供給し続ける限り、鉄はいつまでも燃え続けます。鉄がなくなるまで。  じゃあこれはこっちに置いといて、別の物質をもってきましょう。でも実験はほ どほどにしましょう。もっと時間があったらいろいろお目にかけたい例はあるんで すが、それだけの余裕がありません。これは硫黄のかけらです。硫黄が空気中でど う燃えるかは知っていますね。では、酸素に入れてみましょう。空気中で燃えるも のは、酸素の中だとずっと強力に燃えます。だとすると、空気でものが燃えるとい うのも、すべてはこの気体があるせいなのかな、と考えるようになるでしょう。硫 黄はいま、酸素の中で静かに燃えていますけれど、でもふつうの空気の中で燃えた ときと、こうやって燃えているときとでは、こっちのほうが反応がずっと活発で強 力なのは、絶対にまちがえようがないですね。  さあ、こんどは燐という物質の燃焼をお見せしましょう。これは、みんなが家に 帰ってやるよりここでやってみせたほうがいい実験です。これはとても燃えやすい 物質です。空気中でこんなに燃えやすいなら、酸素中ではどうなると思いますか?  これをめいっぱいお見せすると、この装置自体がふっとびかねませんので、控え めにやってみますね。これでもびんが割れたりするかもしれませんが、軽率にもの を壊したりしたくないですから。さあ、空気中ではこんな具合に燃えます。でも、 酸素に入れると、実にまばゆい光ですな! [火のついた燐を、酸素のびんに入れ る。] 固体の粒子が飛び散っているのが見えますね、これが燃焼をこんなにまばゆ く輝かせてるんです。  さていまのところ、酸素の力を見てきました。すごい燃焼をほかの物質に引き起 こします。こんどはしばらく、こいつが水素に対してどうなるかを見てやらなくて はなりません。水から出てきた酸素と水素を混ぜて燃やすと、ちょっとした爆発が 起きました。さらに酸素と水素をいっしょに吹き出させて火をつけたら、光はほと んどなかったけれど、かなりの熱が出たのも覚えているでしょう。では、水の中に あるのと同じ割合で酸素と水素を混ぜて、火をつけましょう。こっちの容器には、 酸素が1に対して水素が2入ってます。あのボルタ電池で得られたのとまったく同じ 性質の混合物です。こいつを一挙に燃やすには、量がちょっとおおすぎます。だか らシャボン玉をつくって、そのシャボン玉を燃やしてみましょう。酸素が水素の燃 焼をどう助けるか、これでわかるでしょう。まずは、シャボン玉ができるかどうか 見てやりましょう。はい、気体が出てきます [と混合気体をたばこ用のパイプ経由 で、石けん水につける]。はい、シャボン玉ができました。これを手にのせましょ う。変なことするな、と思うでしょうけれど、騒音や音なんかあまり信用しない で、ちゃんとした事実だけを信用すべきだというのを示すためです。 [手のひらの シャボン玉を爆発させる。] パイプの端についたままであぶくに火をつけるのは怖 いんです。爆発がそのままびんのほうに伝わって、こいつが粉々にふっとびます。 というわけでこの酸素が水素と結合したわけです。この現象からもわかるし、音か らその反応が実に素早かったのもわかります。そして酸素の力がすべて利用され て、水素の性質を中和してしまったわけですな。  というわけで、これまでお話してきたことから、酸素と空気に関して水について 一通りわかったと思います。なぜカリウムのかけらは水を分解するのか? 水の中 に酸素があるからです。カリウムを水に入れたら、なにが解放されますか? いま もう一回やってみましょう。水素が出てきますね。そしてその水素が燃えます。で もカリウムそのものは酸素と結びつきます。そしてこのカリウムのかけらは、水を 分解するとき――その水というのはロウソクが燃えてできるものだ、と言っていい でしょう――ロウソクが空気からとってきた酸素を、水からとりあげます。それで 水素が解放されるわけです。そして氷を持ってきて、その上にカリウムをのっけて も、酸素と水素との結びつきは同じだから、氷はまちがいなくカリウムを燃やしま す。今日はそれをお目にかけましょうね、そうすればこういうことについての考え 方も広まるし、それに状況に応じて、結果がえらくちがってくるというのもお見せ したいですからね。ほら、こうしてカリウムを氷にのっけると、火山みたいなふる まいで反応します。  こういう変なふるまいを指摘したので、次回お目にかかるときのわたしの仕事と しては、こういう余計で変な反応というのは、わたしたちが絶対にお目にかからな いものだ――つまり、こういう変な危険な反応は、ロウソクを燃やしているときに は起きないし、道のガス灯でも起きないし、暖炉の燃料が燃えても起きない、とい うことを示しましょう。ただしそれは、われわれを導くための自然の法則の中にわ たしたちがいる限り、ですが。 原注4-1 アセテートに鉛を溶 かした溶液にボルタ電流をかけると、マイナス極には鉛ができて、プラス極には、 茶色い過酸化鉛ができる。硝酸銀溶液を同じようにすると、マイナス極には銀がで きて、プラス極には過酸化銀ができる。 ------------------------------------------------------------------------ 第 5 章 空中の酸素――大気の性質――二酸化炭素  さて、ロウソクからとれた水で、水素と酸素ができるのを見てきました。水素は ろうそくからくるもので、酸素は空気からくるらしい、というのもわかりました。 でもそうなったら、当然こういう疑問が出ていいはずですね:「どうして空気と酸 素とで、ロウソクの燃え方がちがうの?」ロウソクに酸素のびんをかぶせたとき、 空気中とは燃焼がぜんぜんちがったのを覚えていますね。どうしてそんなことにな るんでしょうか。これはとってもだいじな疑問で、これからなんとかしてこの点を わかってもらうようにしましょう。大気の性質と密接に関わっていて、わたしたち にとってもすごくだいじなんです。   酸素かどうかを調べるなら、ものを燃やしてみる以外にいくつか試す方法があり ます。酸素の中と空気の中で、ロウソクの燃え方を見てみましたね。酸素と空気と で、燐の燃え方や鉄粉の燃え方がちがうのも見ましたね。でも、ほかにも試す方法 があります。いくつかお見せして、みなさんの判断力と経験がもっと高まるように しましょう。ここに、酸素の入った容器があります。酸素があることを示してみま しょう。ちょっとした火花を、この酸素に入れると、前回お目にかかったときに得 た経験から、なにが起きるかわかりますね――この火花をびんに入れると、酸素が あるかないかがわかります。ほーら! 燃焼で酸素があるのを証明したわけです。   で、こんどは別のやりかたで酸素があるか試してみましょう。これはとてもおも しろくて便利なやりかたです。ここに気体がつまったびんが2つあります。間に板が はさんであって、気体が混じらないようにしてあります。この板をどけると、気体 が混じりだします。「それがどうしたの?」とみなさんは言います。「いっしょに しても、ロウソクみたいな燃焼は起きないでしょう」とね。でも、このもう一つの 物質との反応ぶりで、酸素があるのがこうやってわかるんです。(原注5-1)実にきれい な色の気体ができるでしょう。これで、酸素があるな、というのがわかるんです。 同じように、この試験用気体をふつうの空気とまぜて実験してみましょう。こちら には、空気の入ったびんがあります――ロウソクが燃えるような空気です――そし てこっちは、試験用の気体が入ったびんです。こいつを水の上で混ぜてみますと、 結果はごらんのとおり。さっきとまったく同じ反応が見られます。これで空気の中 に酸素があることが証明されました。   でも、それはいいとして、どうしてロウソクは、空気中では酸素の中ほどよく燃 えないのでしょうか? いますぐそれを考えてみましょう。ここにびんが二つあり ます。どちらも同じ高さまで気体が入っていて、見たところはどっちも同じです。 これらのびんには、それぞれ酸素と空気を入れたんですけれど、いまのところどっ ちのびんにどっちが入っているかはわかりません。でもここに、試験用の気体があ ります。こいつをこの2つのびんに使ってみて、この気体の赤くなりかたに何かちが いがあるかどうか、見てやりましょう。さあ、この試験気体をびんの一つに入れて みます。どうなるでしょう。赤くなりますね。つまり酸素があるってことです。で は、もう一つのびんで試して見ましょう。でもこっちは、前のやつほど赤くないで す。そしてさらに、ちょっとおもしろいことが起きます。この気体2つをとって、水 を入れてよく振ると、この赤い気体が吸収されます。そしてこの試験気体をもっと 入れてまた振ると、どんどん吸収されていきます。こうやって、赤くする酸素が完 全になくなるまでこれを続けましょう。空気が入っても変化しませんが、水を入れ た瞬間に、赤い気体は消えて、これをずっと続けて、試験気体をどんどん入れてい きましょう。すると、空気と酸素で赤くなった物体を赤くしない、なにかが後に残 ります。   こりゃどういうことでしょう? すぐにお見せしますが、空気には酸素の他に、 ここに残った何かが存在しているからなんです。もうちょっと空気をびんに入れて みましょう。これが赤くなったら、赤くする気体はまだ存在するということです。 だから気体が赤くならないのは、別にこの物質がなくなったからではない、という ことになりますね。  これでわたしが今からなにをいうか、うすうす見当がついてきたでしょう。燐を びんの中で燃やして、燐と空気中の酸素とがつくった煙が凝集したとき、燃えてい ない気体がかなり残りました。この赤い気体が手をつけない部分を残したように。 あのとき、燐が手をつけられずに残ったのも、この赤くなる気体が手をつけられな かったのも、同じものです。そしてこれは酸素ではなく、それでいながら大気中に あるんです。  というわけで、こういうやり方で、空気を構成する物質二つをこうやって選り分 けられます――ロウソクや燐やその他もろもろを燃やす酸素と、そういうものを燃 やさないこのもう一つの物質――窒素です。この空気のもう片方の部分は割合がず っと大きくて、 調べてみると、とても興味深い物体です。すさまじく興味深いです ね、でもあなたたちは、つまらないよ、と言うかもしれない。確かにある意味では つまらないです。派手に燃えたりしてくれませんから。ロウソクで試してみても、 水素みたいに燃えないし、酸素みたいにロウソクのほうを燃やしたりもしません。 どうやってみても、燃えもしなけりゃ燃やしもしない。火も起こさない。ロウソク を燃やすこともない。それどころか、燃焼をすべて止めてしまいます。こいつの中 で、ふつうのままだと燃えるものはなにもありません。匂いもない。ツンともしな い。水にも溶けない。酸でもアルカリでもない。われわれの器官に対しても、まっ たく何の影響も与えません。だからみなさん、こうおっしゃるかもしれません。 「そんなの、なんでもないよ。化学的な関心を向ける価値もない。そんなものが空 気中でなにをしてるんだろう?」   しかぁし! そこで観察される原理から、実にすばらしく見事な結果がわかって くるんですな。もし窒素のかわりに、というか窒素と酸素のかわりに、空気が純水 酸素だったとしましょう。どうなります? 酸素のびんの中で鉄に火をつけると、 全部燃え尽きるのはよくわかりましんたね。鉄のストーブの中で火をたいたら、空 気が酸素なら炉はどうなっちゃうか考えてみてください。ストーブのほうが石炭よ りも派手に燃え上がっちゃいます。ストーブそのもののほうが、その中で燃やす石 炭よりもずっとよく燃えるからです(訳注:ここでよい子のみなさんは、当然疑問 を持たなきゃいけない。もし鉄のほうがよく燃えるのなら、どうして空気中で石炭 は燃えるのに鉄は燃えないの? わかるかな? 「よく燃える」ってどういう意味 だろう?)。蒸気機関車の中に火を入れるなんて、燃料でできた筒型容器の中に火 を入れるのと同じになります。窒素はそれを抑えて、火が控えめで使い物になるよ うにしてくれます。そしてそれと同時にこれだけ量があるので、ごらんのようにロ ウソクから出てくる煙を運び去ってくれて、空気中一帯にまき散らして、それを人 間にとって偉大ですばらしい目的を果たしてくれるような場所に運んでいってくれ るんです。たとえば植物の維持とかね。一見すると「ああ、これはまるっきりつま らないものだよ」と思うかもしれませんが。この窒素は、ふつうの状態では不活性 です、最強の電気力でも使わないと、窒素は大気中のほかの元素や、その他まわり にある元素と直接結びついたりしません。これはまったく不活性で、つまりは安全 な物質だと言っていいでしょう。   が、その結果をお見せする前に、まず空気そのものについてお話ししときましょ う。大気中の空気の構成を、百分率でこの表に示しておきました: 表 空気の構成 物質体積 重さ 酸素20 22.3 窒素80 77.7 合計100 100.0  これは酸素と窒素の量について、大気のきちんとした分析です。この分析による と、体積で見たら大気5リットルには酸素1リットルしか含まれず、窒素は4リットル というか4単位分含まれることになります。それが空気の分析です。窒素がそれだけ あって酸素を薄めて、ロウソクにしかるべき燃料が伝わるようにして、肺が健康か つ安全に呼吸できる大気ができているわけです。大気が、ロウソクの炎が燃えるの にちょうどよくしておくのと、わたしたちが呼吸できるよう酸素をちゃんとしてお くのとは、同じくらい大事なんですな。  でもこの大気についてです。まず、この気体の重さをお話ししましょう。窒素1リ ットルは1.18グラムの重さがあります。一立方メートルだと0.89キログラム。窒素 の重さはそのくらいです。酸素のほうが重い。1リットルが1.35グラム、1立方メー トルだと1.02キログラム。空気1リットルは1.22グラムで、一立方メートルは0.92キ ログラムになります。  何回かみなさんからきかれたことで、聞いてくれてわたしとしてはとてもうれし いのですが「気体の重さってどうやってはかるの?」というのがあります。お見せ しましょう。単純だし、とても簡単にできます。ここにてんびんがあって、銅のび んがあります。できるだけ軽く作ってあって、しかもしかるべき強さを持ってい て、ろくろできれいに仕上げてあって、完全に気密になって、止め栓がついててあ けたり閉じたりできます。今はあけてあって、だからこのびんは空気がいっぱい入 っています。   で、てんびんをうまく調整して、びんがこの状態だと、むこうの重りとつりあう ようになってます。さて、ここにポンプがあります。こいつでこのびんに空気をつ めこんでやりましょう。こうやって、ポンプで空気をはかって、ポンプ何押しか分 の空気を押し込んでやりましょう。[ポンプが20回押されてその分の空気が入る]。 栓を閉じて、てんびんにのせましょう。びんが下がりますね。さっきよりずっと重 くなったわけです。何の重みでしょうか? ポンプで押し込んだ空気の重さです ね。空気の体積は同じだけれど、無理に押し込んだから、同じ体積でもずっと重い 空気になっているわけです。そしてこの空気がどれだけの重さか、きちんと見当が つくように、こっちではびんを水でいっぱいにしてみました。あの銅の容器を開け て中身をこっちのびんに移して、空気をもとの状態に戻させてやりましょう。それ にはこうやって、きつくねじこんでやって、栓をねじるだけで、するとほら、ごら んのとおり、びんに押し込んだポンプ20押し分の空気の体積です。そしてこれまで まちがいなくやってきたのを確認するために、びんをまたてんびんに戻してやっ て、もとの重さでつりあうか確認しましょう。それがつりあえば、きちんと実験を できたのがわかるはずです。ほら、つりあいました。だからああいうふうにして押 し込まれた、追加の空気の重さがわかるわけです。そしてここから、空気の1立方メ ートルは0.92キロだというのがわかるんです。   でもこんなわずかな実験では、この自称の文字通りの真実すべてをとても伝え切 れません。これがもっと大量になるとどんなに積み上がるか、すばらしいものがあ ります。この体積の空気(1リットル)は1.22グラムです。じゃああの上のほうにあ る箱の中身の重さはどのくらいだと思いますか? あの箱の中の空気は1キログラム あります――丸ごと1キロ。そしてこの部屋の中の空気全部の重さも計算しました。 ほとんど想像もつかないでしょうけれど、1トン以上あるんです。重さは実に急速に 増えて、そして大気の存在は実に重要で、その中の酸素や窒素、さらにはあちこち ものを運ぶという役割、さらには悪い蒸気を運んで、害をなさずに役にたつような 場所まで運んでいってくれるというのは、実にだいじなんです。  空気の重さについて、いまちょっと説明したついでに、それがどういう影響をも たらすかもちょっと話しましょうか。みなさんこの話をきく権利があります。そう でないと、理解が十分になりませんから。こういう実験は覚えていますか? 見た ことあります? 仮にさっきびんに空気を詰め込むのに使ったみたいなポンプを使 って、それをなんとかうまいこと、わたしの手に使ってみましょう。この手は空気 の中を軽々と動き回って、ほとんどなにも感じません。空気にそれなりの抵抗があ るんだというのを確信するには、思いっきり手を動かしてみてやっとどうにかなる くらいです。でもここに手を置きますと [とポンプの口に手を置いて、ポンプで吸 い出して見せた] さあどうなるでしょう。どうして手がここにくっついていて、そ のままポンプを持ち上げたりできるんでしょうか? そしてほら! 手を引き離す のもむずかしいのはどうしてでしょう? なぜかな? それは空気の重さ――上に ある空気の重さのせいなんです。   別の実験をしてみましょう。こっちのほうがもっとわかりやすいかもしれませ ん。膜がこのコップの口のところに張ってあります。こいつの下の空気を吸い出す と、別の形で影響がわかるでしょう。いま、てっぺんはかなり平らですけど、でも ポンプをほーんのちょっとだけ動かしてみましょう。さあどうなるでしょうか。へ こみましたね。内側にくぼんでます。さあ、膜はどんどんへこんできますよ。いず れたぶん、へこみすぎて、上から押してくる空気の力で破けちゃうでしょう [膜は ついに、大きな音をたてて破れる]。さあいまのは完全に、上から押してくる空気の 重さのせいで起きたんですね。   なぜそうなるのか、簡単にわかるはずです。空気の中で積み上がっている分子 は、ここにある立方体と同じで、それぞれお互いの上にのっかっているわけです。 この上の4つが下の一つに乗っかっているのはすぐわかりますね。下の一つをとった ら、他のが全部一つ下に下がります。空気でも同じことです。上の空気は下の空気 にささえられて、下から空気がポンプでとられちゃうと、わたしが手をポンプの上 においたり、膜の例で見たりしたような変化が起きるわけです(訳注:このファラ デーせんせいの説明をどう思う? もしそうなら、コップを横にしたらどうなるだ ろう。)。もっといい例を見せましょう。このびんのてっぺんに、インドゴムの膜 をゆわえました。これでびんの中から空気をとってみましょう。そして見ている と、インドゴムは上の空気と下の空気の間の仕切りになるわけですな――ごらんの 通り、ポンプを動かすと、圧力が見えてきます。さあ、どこに行くかみてくださ い。このびんの中には、わたしがこうして手を入れることもできます。でも、結果 は上の空気の偉大で強力な働きで起きているんです。不思議な現象が見事に示され てますね!  今日、わたしが終わったらあなたたちもこいつを引っ張ってみてくださいな。小 さな道具で、空っぽのしんちゅう製半球が、ぴったりあわさるようになっていま す。そしてこいつには管と栓がついていて、ここから中の空気を吸い出せるように なってます。そして中に空気があれば、こんなに簡単にこいつを引き離せるんです が、こうやってだんだん空気をぬいていくと、あなたたち二人がかりでも、だれも こいつを引き離せないのがわかりますよ。空気がぬかれると、この容器の表面一平 方センチごとに、重さ1キロかそこらを支える勘定になります。この大気の圧力に勝 てるかどうか、みんな自分の強さをすぐに試せますよ。  はい、ここにまたいいものがあります――男の子のおもちゃの吸盤ですが、科学 者の手でもっと洗練してあります。われわれ子供は、おもちゃをもってきてそれを 科学にしてみる権利がじゅうぶんにあるし、同じようにこんどは科学をもってきて それをおもちゃにしてもいいんです。ここの吸盤は、インドゴムでできてます。こ うしてテーブルにくっつけると、すぐにくっつくのがわかります。なぜくっつくん でしょう。あちこちすべらせることはできます。それなのに、引っ張り上げようと すると、いっしょにテーブルがくっついてきそうですね。あちこちすべらせれて も、はずそうと思ったらテーブルの端までもってこないとダメです。こいつが押さ え込まれているのは、上の空気の圧力だけのおかげです。いくつかあるので、二つ とって押しつけてみると、ほーらこんなにしっかりくっつきます。そしてもちろ ん、もともと考えられた通りに使ってもいいですね。窓にくっつけたり、壁にくっ つけたりして、一晩ほど張り付いたままになって、そこに好きなものをかけておけ るわけです。   でも、きみたち男の子には、家でやれる実験を見せてあげたほうがいいですね。 そこで大気の圧力を示すすてきな実験です。ここに水の入ったタンブラーがありま す。もしこのタンブラーをひっくり返して、それでも水がこぼれないようにして、 しかも手で押さえたりしないで、単に大気圧を使うだけでそれをやってごらんとい ったら? できるかな? ワイングラスを持ってきて、水を半分でもいっぱいでも 入れましょう。そしててっぺんに平たいカードをのせます。ひっくり返して、カー ドと水がどうなるか見てください。水のせいで空気は入れません。ふちの毛管現象 のおかげで、空気は出たままです。  以上で、たぶん空気が物質であるということについて、正しい認識をしてもらえ たと思います。そして、この箱に空気が1ポンド入っているとか、この部屋には1ト ン以上の空気があると言えば、空気というのがかなりのものだ、と思うようになり はじめてくれるんじゃないですかね。抵抗があるんだということを納得してもらう のに、もう一つ実験をしてみましょう。空気銃のすばらしい実験があります。実に 簡単に見事に作れるのは知ってますよね。まずはパイプとか管とか、なんでもいい からその手のものを用意して、それにたとえばジャガイモとかリンゴとかのかけら を持ってきて、それをひとかけら切って、管の端に押し込みます。そしてもう一切 れもってきて押し込みます。これで管の中の空気は完全に閉じこめられて、ねらい どおりになりました。そしてこれで、どんなに力を入れても、この二つのかけらを くっつけられません。絶対無理です。ある程度まで空気を押すことはできますが、 もっと押していくと、もう片方にくっつくずっと以前に、閉じこめられた空気が最 初のやつを、火薬みたいな勢いで無理矢理押し出します。というのも、火薬はある 程度、ここで見たようなふるまいに基づいているからなんです。   こないだとても気に入った実験を見かけたんですが、ここでの目的にぴったりじ ゃないかと思います(この実験を始める前に、舌を四、五分休めておくべきでした ね。この実験の成功はわたしの肺にかかってるもんで)。うまく空気を使ってやる と、この卵をこっちのコップから息の力だけで吹き出して、もう一つに移すことが できるはずです。でも失敗しても、それはまともな目的のためだし、うまくいくと はお約束しませんよ。実験が成功するにはちょっとしゃべりすぎてますから。 [ここで講師が実験を試してみて、卵を一つのコップからもう一つに吹き飛ばすのに 成功した。]  ごらんのとおり、わたしが吹いた空気は下に行って、卵とコップの間に入りま す。そして卵の下で破裂して、だから重たいものも持ち上がるんです。卵は空気が 持ち上げるにはなかなか重たいものですよね。もしこの実験をしてみたければ、ま ず卵をかなり固ゆでにしなきゃダメですよ。そうすれば、あまり気を遣わないで も、安全にこれをコップからコップへ吹き飛ばせます。  空気の重さという性質については、もう十分に話をしてきたんですが、もう一つ 言っておきたいことがあります。この空気銃で、二つ目のジャガイモを1センチか 1.5センチくらいまで近づけると、やっと最初のやつが動き始めましたね。これは空 気の弾力のおかげです。ちょうど、銅のびんに空気の分子をポンプで押し込んだの と同じことです。さてこれは、いまいったように、空気の弾性というすばらしい性 質のおかげです。これをうまくお見せしたいと思います。空気を封じ込めるものな らなんでもいいから用意します。たとえばこの膜は、伸び縮みして空気の弾力性を 示してくれます。そしてこの袋に、空気を少し閉じこめます。それからそのまわり の空気を取り除いてみましょう。さっきの例で空気を入れたのとは逆です――圧力 をのぞくと、ほら、ごらんのようにどんどんふくれていきます。そしてこの広口び んいっぱいにまで広がります。これで空気の弾性というすばらしい性質や、そのす さまじい膨張性がわかりますね。これはものづくりを効率よく行うにあたって、き わめて重要になる性質なんです。  さあ、これからわれわれの主題のとてもだいじなところに向かいます。ロウソク が燃えているのを調べて、そこからいろんな産物が出てくるのを発見しましたね。 ご承知のとおりその産物の中には、すすと、水と、そしてわたしたちがまだ調べて いない、別の何かがあります。水は集めましたが、それ以外のものは空気中に逃げ 出させてきました。こんどは、その別の産物のほうをいくつか検討しましょう。  こういう場合に、みなさんの助けとなるような実験があります。まずロウソクを ここにおいて、そのてっぺんに煙突を、こんなふうにのっけてみましょう。ロウソ クは燃え続けると思いますよね。てっぺんと底に空気の出入り口が開いてますか ら。まず、湿気が出てきているのが見えます――これはわかりますよね。空気がロ ウソクの水素と反応して、水が出てきているんです。でもそれ以外に、てっぺんか ら出てきているものがあります。湿気ではありません――水じゃないです――凝集 したりしません。それなのにとても独特の性質を持っています。煙突のてっぺんか ら出てきている空気は、そこに火を近づけるとそれを吹き消してしまいそうです。 そしてこの空気の流れの真正面に火を持ってくると、完全に吹き消されます。だっ てそんなのあたりまえだよ、と言うかもしれませんね。そうなるはずだと思ってく れるものと、わたしは思っています。窒素はものを燃やせませんから、だから当然 ロウソクを消しちゃうだろう、とね。でも、ここには窒素しかないんでしょうか?  ここでちょっと先回りをしなきゃなりません――つまり、いまの疑問を確かめる ためにどんな方法が使えるか、こういう気体を調べるにはどんな方法があるか、わ たしの知識を使ってみなさんに教えておかなきゃいけません。空っぽのびんを用意 しましょう――ここにあります――そしてこいつをロウソクの上にかざすと、ロウ ソクの燃焼でできたものが、この上のびんに送り込まれます。そしてじきに、この びんの中にあるものが、ロウソクの燃焼にとって都合の悪い気体というだけでな く、別の性質を持っていることがわかりますよ。  ちょっと消石灰をもってきて、ふつうの水をまぜてやります。ごくふつうの水で 十分。しばらくかきまぜて、漏斗に濾紙を入れてその上から注いでやります。する とすぐに、したのびんに透明な水がたまります。こんなふうにですね。この液体は 別のびんにたくさん作ってあるんですが、でもみんなの目の前でつくった石灰水を 使いたいですね。そうすれば使い方もわかるし。このきれいに透明な石灰水を持っ てきて、ロウソクからの空気を集めたびんに注ぐと、変化が起きたのがわかります ね。水がずいぶんミルクっぽくなったのがわかりますか? これはですね、空気だ けでは起きないことに注意してください。これは空気の入ったびんです。ここに石 灰水を入れても、酸素も窒素も、その他空気の中にあるものはすべて、石灰水を変 化を変化させません。完全に透明なままで、これだけの石灰水をこれだけの空気と どんなに振ってみても、そのままでは何の変化も起こしません。でもこっちのびん に石灰水を入れて、ロウソクの産物を石灰水とふれあわせると、じきにミルクっぽ くなってきます。ここにあるチョークは、石灰水をつくる時に使った石灰と、ロウ ソクから出てきたなにか――われわれがいま探している別の産物――との結合でで きているんです。今日お話したいのもこの物質についてです。   この物質は、その反応でわれわれにもわかるようになりました。これは、石灰水 が酸素や窒素とで見せる反応でもないし、水そのものとの反応でもありません。ロ ウソクから出てきた、なにか新しいものです。そしてこの石灰水とロウソクからの 蒸気でできた白い粉は、白塗りやチョークとずいぶん似ているようだし、実際に試 してみると、ずばり白塗りやチョークと同じ物質なのがわかります。というわけ で、ここでわれわれとしてはこの実験のいろんな面を考えてみて、このチョークが できるまでをいろんな原因にまでさかのぼって、ロウソクの燃焼について本当の知 識が得られるようにしなければいけません。――つまりこのロウソクから出てくる 物質は、チョークをレトルトに入れてちょっとぬらして真っ赤に熱したときに出て くるものとまったく同じなんです。出てきたものは、ロウソクから出てくるのとま ったく同じ物質です。  でも、この物質を得るのにもっといい方法があります。しかも大量に作れるの で、その性質を見極めるのも楽になります。この物質がきわめて大量にあるのは、 多くの場合、すごく意外な場所です。石灰石はすべて、ロウソクから出てくるこの 気体を大量に含んでいます。この物質は、われわれが炭酸ガス(二酸化炭素)と呼 んでいるものです。チョークや貝殻、サンゴはこの不思議な気体を大量に含んでい ます。こういう石に、この気体が固定されているんです。このためブラック博士は これを「固定された空気」と呼びました――こういう大理石やチョークみたいなも のの中にこの気体が固定されているからです――固定された空気というのは、空気 としての性質はなくなって、固体の状態となってるからですね。   こちらには塩酸少々が入ったびんがあります。こっちにはロウソク。これをびん に入れても、ふつうの空気があることがわかるだけです。底まで純粋な空気がいっ ぱいに入っています。びんの中はそれだけです。   さてここにある物質――大理石(原注5-2)、それもとても美しい上等の大理石です ――この大理石のかけらをびんに入れると、派手にブクブク泡立ちはじめているの がわかりますね。でもこいつは、水蒸気じゃありません。出てきているのは気体で す。そしてロウソクでびんの中を探ってみると、燃えているロウソクの上の煙突か ら出てきた空気を使ったのと同じ作用が見られるはずです。そしてこの方法のほう が、炭酸ガス(二酸化炭素)をもっとたっぷり得られるんです。   さらにこの物質は、大理石の中に入っているだけではないというのがわかりま す。こっちの容器には、どこにでもある白いチョークを入れてあります。チョーク を水で洗って、粗い粒子を除いて、左官屋さんが白塗り用の材料に使うものです― ―そしてこっちには強い硫酸があります。この実験をするには、この酸を使わなき ゃならないです(というのも、この酸を石灰石にかけると、出てくる物質は水に溶 けないんですが、塩酸を使うと出てくるものは水に溶けて、水が濃くならないんで す)。そしてこの実験をするのに、わたしがなぜこういう装置を使うのか、みなさ んも考えてみてくださいよ。わたしがこうして大規模にやっているものを、みなさ んにも小規模に再現できるようにするためです。こちらでも、まったく同じふるま いが見られます。そしてこの大きなびんから、空気中でのロウソクの燃焼で得られ た気体と、性質も特徴もまったく同じ炭酸ガスを得ることができます。そして炭酸 ガスのつくりかたがまるでちがっていても、最終的にできたものを見ると、こっち のやりかたでもあっちのやりかたでもまったく同じなんです。   では、この気体に関する次の実験に進みましょう。これはどんな性質を持ってい るでしょうか? ここに炭酸ガスでいっぱいの容器があるので、ほかの気体でやっ たのと同じように試していきましょう――燃焼です。ごらんのとおり、これは燃え ないし、ほかのものが燃える助けにもなりません。またこれまでわかるように、あ まり水にも溶けません。こうやって水の上で簡単に集められるからです。さらに は、石灰水に触れると白くなるという効果があるのを知っていますね。そしてそう やって白くなると、これは石灰や石灰岩の炭酸化合物の一部となるんです。   次にお見せすべきなのは、これが実は多少は水にとけるということで、その意味 で酸素や窒素とはちがっているということです。この道具を使うと、炭酸ガスを水 にとかすことができます。この装置の下の方には大理石と酸があります。上の部分 には冷たい水を入れておきます。このバルブのおかげで、気体がこっちからあっち に移動できるようになっています。では動かしてみましょう。気体のあぶくがぶく ぶく水の中を上がっていきますね。これは一晩中こうしていたので、この物質が水 にとけたかどうか、そろそろわかるでしょう。コップを持ってきてちょっとこの水 を出してみると、味見するとちょっと酸っぱいです。炭酸が入っているんですね。 そして石灰水を混ぜてやると、炭酸があるのを証明してくれます。この水は石灰水 を白く濁らせるので、これで炭酸が入っているのが証明されました。  さらにこいつはとても重たい気体なんです。空気より重い。それぞれの重さをこ の表の下の方に書いておきました。比較のために、これまで見てきたほかの空気の 重さも書いてあります。 表 気体の体積と重さ 気体 1リットル 1立方メートル 水素 0.085グラム 0.064キロ 酸素 1.35グラム 1.02キロ 窒素 1.18グラム 0.89キロ 空気 1.22グラム 0.92キロ 炭酸ガス1.86グラム 1.45キロ   炭酸ガス1リットルは1.86グラム、ほとんど2グラムの重さで、1立方メートルだ と1.45キロにもなります。これが重たい気体なのは、いろんな実験からもわかりま す。空気しか入っていないコップがあります。そしてこっちの炭酸ガスが入った容 器から、この気体をちょっと注いでやりましょう――さあ、少しでも炭酸ガスが入 ったかなぁ。見てもわかりませんね。でもこうすればわかります [とロウソクを取 り出す]。はい、確かにあります。ごらんの通りです。そして石灰水でこれを試した ければ、その試験方法でもわかりますね。この小さなバケツを使って、この炭酸ガ スの井戸におろしてやりましょう――いや、実際に炭酸ガスのつまった井戸はたく さんあるんです――さてさて、もし炭酸ガスが入っていればそろそろバケツが届い たはずで、バケツにも炭酸ガスが入っているでしょう。それをロウソクで調べてや りましょう。ほーら、確かにあります。ごらんの通り、炭酸ガスでいっぱいです ね。  こいつの重さを示す別の方法があります。てんびんの片方に、びんをぶら下げて あります――てんびんはいまはつりあっています。でも、いまは空気が入っている こっちの片方に、炭酸ガス(二酸化炭素)を流し込んでみましょう。するとすぐに 傾くのがわかります。わたしが流し込んだ炭酸ガス(二酸化炭素)のせいです。そ してロウソクに火をつけてこのびんを調べてみると、炭酸ガス(二酸化炭素)が中 にあって、ロウソクが燃え続けられないのがわかります。シャボン玉を吹いてみる と、こいつはもちろん空気が入っています。これを炭酸ガスのびんに入れてみる と、浮かびます。   でもまず、この空気の入った小さな風船を一つ使いましょう。炭酸ガスがどこに あるか、実はよくわかりません。びんをずっと底まで見てやって、どこまで炭酸ガ スかを見てやりましょう。ほーら、ごらんのように、風船が炭酸ガスに浮かんでい ます。そしてもうちょっと炭酸ガスを作ってやると、この風船はもっと高くなりま す。こんな具合です。さあ、シャボン玉を吹いてみて、同じように浮かぶかどうか 見てやりましょう。 [講師はシャボン玉を吹いて、炭酸ガスのびんに入れてやる と、それは真ん中あたりで浮かんで止まった。] 風船が浮かんだのと同じように、 こいつも浮かんでいます。炭酸ガスは空気よりも重いからです。そしてこれで炭酸 ガス(二酸化炭素)のお話をしてきて、ロウソクの中の出所や、物理的な性質や重 さなんかをお話しましたので、次回お目にかかるときにはそれが何でできていて、 どこからその元素がきているのかをお見せしましょうね。 註: 原注5-1:  ここで酸素の存在を示す試験のために使われた気体は、二酸化窒素。無色の 気体だが、酸素にふれると結合して次亜硝酸になる。これが講師の述べている 赤い気体。 原注5-2:  大理石は炭酸と石灰岩の化合物である。塩酸は炭酸よりも強いので、炭酸に とってかわる。すると炭酸はガスになって外に出てくる。残りは石灰の塩化 物、または塩化カルシウムとなって残る。 ------------------------------------------------------------------------ 第 6 章 呼吸はなぜ燃えるロウソクと似ているか。  光栄にもこの講義に顔を出してくださっている女性が、さらにこの二本のロウソ クを送ってくれてプレッシャーをかけてくださいます。このロウソクは日本からの もので、おそらくは以前の講義で触れた物質でできているはずです。ごらんのとお り、フランスのロウソクよりずっと手のこんだ装飾がしてあって、たぶんこの様子 から判断すると、装飾用のロウソクなんでしょうね。こいつには、非常にかわった ところがあります――芯が空洞になってるんですよ――これはアルガンがランプに 導入して、実に価値の高いものとなったあのすばらしい特徴と同じですな。ちなみ に東洋からこんなプレゼントを受け取る方に申し上げておくと、これとか、これに 似た物質はだんだん変化してきて、表面がだんだんどんより濁った外見になってき ます。でもきれいな布か、絹のハンカチで表面をこすってやって、表面にこびりつ いたものというか、かたまったものを磨いてやると、すぐにもとの美しい状態に戻 ります。これで美しい色彩が戻ってきます。ロウソクの一本をそうやって磨いてや りました。磨いたのと、磨いていないのとでちがいがわかるでしょう。磨いてない ほうも、同じようにすればすぐに戻ります。あと見てほしいのが、この日本からの 型どりロウソクは、世界のこの近辺の型どりロウソクよりも、きつい感じの円錐に なってるのも見てください。  さて前回お目にかかったときには、炭酸ガス(二酸化炭素)の話をずいぶんしま した。石灰水のテストによって、ロウソクやランプのてっぺんからの蒸気をびんに 集めて、この石灰水の溶液(その中身はもう説明しましたし、みなさん家でもつく れますね)でテストすると、あの白い不透明なものが出てきて、それは実は貝殻や サンゴや、地中の岩や鉱物の多くと同じ、カルシウムの入った物質なんでしたね。 でも、まだロウソクから出てくるような炭酸ガスの科学的な性質を、完全かつはっ きりとはお話していませんでした。だからそこに戻らなきゃいけませんね。ロウソ クから出てくる産物とその性質は見てきました。水をその要素にまでたどったか ら、こんどはロウソクから出てくる炭酸ガスの要素がなんなのかを見極めなきゃな りません。これはいくつか実験をすればわかります。   覚えてるでしょうか、ロウソクがあまりよく燃えないときには、煙が出てきま す。でもよく燃えているときには煙は出てきません。そしてロウソクの明るさはこ の煙のおかげで、煙が点火するんだということも知ってますね。これを証明する実 験をしましょう。煙がロウソクの炎の中にとどまって、点火している限り、美しい 光を放って黒い粒子の形では絶対出てきません。まず、派手に燃える燃料に火をつ けますね。こいつがねらい通りです――スポンジにちょっとテレピン油をしみこま せてます。煙が上がっているのが見えますね。そして大量に空中に漂い出てます。 そしてロウソクから出てくる炭酸ガスは、こういう煙からできてくることを忘れな いでください。それをはっきりさせるために、スポンジ上で燃えているテレピン油 を、酸素のたっぷり入ったフラスコに入れてみましょう。空気の中でものを燃やす 部分です。すると、ほら、煙が全部燃え切ってますね。これが実験の最初の部分で す。   さあ、次はどうしましょうか? 空気中では、テレピン油の炎から飛び立ってい た炭素は、この酸素の中では完全に燃えています。そしてそれが、このおおざっぱ で急ごしらえの実験によって、ロウソクの燃焼とまったく同じ結論と結果を与えて くれることがわかりますよ。なぜ実験をこういう形でやるかと言うと、こういう実 証の段階をとても簡単にしておいて、きちんと注意していれば一瞬たりともみなさ んが理由付けの筋道を見失わないようにしたいという、ひたすらそれだけです。酸 素の中、あるいは空気中で燃えた炭素すべては炭酸ガスになって出てきます。一 方、そうやって燃えなかった粒子は、炭酸ガスの中の第二の物質――つまり炭素― ―を見せてくれます。これは空気がたくさんあるときには炎をとても明るくしてく れる物質ですが、燃える酸素が十分にないときには、余った分が放出されるんです ね。  さらに、炭素と酸素が結びついて炭酸ガスをつくるというお話しを、もっときち んと説明しなきゃいけませんね。いまはみなさんもこれをもっとよく理解できるよ うになっているでしょう。わたしもそれを示すのに、実験を3、4つ用意しました。 こっちのびんは酸素でいっぱいです。こっちには炭素。炉に入れて、真っ赤になる まで熱しますよ。びんは乾燥させておいて、多少不十分ではありますが、なんとか 結果を見せてあげましょう。そのほうが、実験結果が明るくなるんです。こいつ (ふつうの木炭を赤く燃やしたもの)が炭素だということは、空中での燃え方から もわかります [と、炉からちょっと木炭を取り出す]。これからこいつを酸素の中で 燃やしてみます。ちがいを見てください。遠くの人は、これが炎をあげて燃えてい るように見えるかもしれませんが、そうじゃないです。炭素の小さなかけらがすべ て、火花となって燃えているんです。そしてそうやって燃える中で、炭酸ガスを作 っているんです。これからやるいくつかの実験は、これからだんだんとはっきりさ せていきたい点を、ずばり指摘するものにしたいんです――つまり、炭素がこうい う形で燃えるのであって、炎となって燃えるのではないってことです。   炭素の粒子をいっぱい持ってきて燃やすかわりに、炭素のでっかい固まりをもっ てきましょう。このほうが、形も大きさも見えますし、なにが起きるかもはっきり わかります。これが酸素のびん、そしてこっちは木炭のかけらで、木ぎれをゆわえ つけてあります。こいつに火をつけて、燃焼を開始しようってわけです。こうしな いと手がかかりますんで。木炭が燃えてますが、炎はあがってません(ちょっとは あがっているかもしれませんが、きわめて小さなものです。これがなぜできるかは わかってまして、炭素の表面近くで、ちょっと一酸化炭素ができるせいなんで す)。こうしてごらんのとおり燃え続けますね、そしてこの炭素というか炭(同じ ことです)と酸素を結合させて、ゆっくり炭酸ガスをつくっていきます。木炭をも う一つ用意します。木の皮の部分の木炭で、こいつは燃えながら飛び散る――爆発 する――性質を持っています。熱の働きで、炭素の固まりは飛び散るかけらになり ます。でもそのかけらのすべてが、この全体の固まりと同じように、この独特の形 で燃えます――石炭みたいに燃えて、炎はあがりません。炭素が火花として燃える ということを示すのに、これ以上の実験は知りませんね。  というわけで、ここにその要素からつくった炭酸ガスがあります。一気に作った もので、石灰水で試してみれば、前に説明したのと同じ物質ができているのがわか りますね。重さで見て 6 の炭素(ロウソクの炎からきても、粉にした木炭からきて も同じです)と、重さで 16 の酸素をくっつけると、重さ 22 の炭酸ガスができま す。そして前回見たように、重さ 22 の炭酸ガスは重さ 28 の石灰とくっついて、 炭酸カルシウムをつくります。カキの殻を調べて構成部分の重さを量ってみると、 炭素 6、酸素 16 と石灰 28 が組合わさってカキの殻 50 ができていることになり ます。でも、ここでそういう細かい話をして困らせたりはしないことにしましょ う。ここで扱えるのは、物事のだいたいの考え方だけですからね。さあ、炭素はび んの中でとてもきれいに溶けていってますね [と酸素のびんの中で静かに燃えてい る木炭のかたまりを指さす]。この炭素は、まわりの空気に溶けていってるんだ、と いってもいいかもしれません。そしてこれが完全に純粋な炭なら――すぐにつくれ ますが――燃えかすなどは一切残りません。炭素のかたまりを完全にきれいにして 純化すると、灰は残らないんです。炭素は固体のみっしりした物体として燃えます し、熱だけではその固体ぶりを変えたりできません。でも、ふつうの状況では絶対 に固体や液体にならないような蒸気になって消えていくんです。さらにもっとおも しろいのは、酸素に炭素が化合しても、その体積はまったく変わらないということ です。最初あったのと同じ体積のままで、単に酸素が炭酸ガスになっただけです。  炭酸ガスの一般的な性質にじゅうぶんなじんでもらうために、もう一つ実験をし ておかなければいけません。炭酸ガスは、炭素と酸素でできた化合物です。ですか ら、炭酸ガスという物質は分離してやることだってできるはずです。できるんで す。水と同じように、炭酸ガスも分離できます――つまり二つの構成物質を引き離 してやるわけですな。いちばん簡単で手っ取り早いのは、炭酸ガスから酸素を引き つけて炭素だけを残せるような物質を作用させてやることです。カリウムを水や氷 に乗っけたら、それが水素から酸素を引き離せたのを見ましたよね。では、この炭 酸ガスで同じようなことができないもんでしょうか。    炭酸ガスは、ご承知のようにとても重い気体です。これが炭酸ガスだというの を、石灰水で試すのはやりません。それだと炭酸ガスがなくなって、後々の実験に さしさわりますから。でも、気体の重さと、これで炎が消えるという力で、ここで の狙いには十分でしょう。炎をこの気体にいれてみて、消えるかどうか見てみまし ょう。ごらんのとおり、火が消えました。この気体なら、ひょっとして燐の火も消 せるかもしれません。燐は、ごぞんじのようにかなり強力に燃えます。ここに、高 温に熱した燐があります。こいつをこの気体に入れると、火が消えたのがわかりま すね。でも空中に戻してやりますと、ひとりでに火がつきます。燃焼が再開される からです。   ではカリウムのかけらを用意しましょう。この物質は常温でも炭酸ガスと反応す るんですけれど、われわれの目的には向いていません。すぐに保護する皮膜で覆わ れちゃうからです。でも空中での発火点まで温度をあげてやると、というのは当然 やっていいことですが、そして燐でのと同じようにしてやると、炭酸ガスの中でも 燃えるのが見られますよ。そして燃えるというのは、酸素を奪うことで燃えている わけで、だから後に残ったものが見えます。では、このカリウムを炭酸ガスの中で 燃やして、炭酸ガスの中の酸素の存在を証明してあげましょう。 [カリウムを熱す る事前処理中に、カリウムが爆発。] ときどきこういう燃やすと爆発したりとかな んとか、そういう変なカリウムに出くわします。別のかけらを使いましょう。さあ こうして熱してやって、びんの中に入れると、ほーら、炭酸ガスの中で燃えるのが わかりますね――空中でほどはよく燃えません。炭酸ガスの酸素は他のものと結合 した形になっているからです。でも、燃えているのは事実ですし、酸素を奪ってい るのは確かです。このカリウムを水にいれると、灰汁(酸化カリウム)の他に(こ れについてはここでは気にしなくていいですよ)、かなりの炭素ができているのが わかります。ここではかなり乱暴に実験してますけれど、もしこの実験を慎重にや って、5分ですませるんじゃなくて丸一日かけたら、スプーンとか、あるいはカリウ ムを燃やした場所にかなりの炭が残ることになって、結果は疑問の余地がなくなる ことは断言しておきます。というわけで、ここにあるのが炭酸ガスから得られた炭 素です。よくある黒い物質です。これで、炭酸ガスが炭素と酸素からできていると いう完全な証明ができたことになります。そして一方で、ふつうの状況で炭素が燃 えたら、いつでも必ず炭酸ガスができる、ということはお話ししておきましょう。  たとえばこんな木ぎれをとって、石灰水入りのびんに入れたとしましょう。石灰 水と木ぎれと空気をいっしょにして、いくら振ってやっても、石灰水は今見ている のと同じように透明なままです。でもそのびんの空気の中で、木ぎれを燃やしてや ったとしましょう。そしたらもちろん、水ができるのは知ってますね。では、炭酸 ガスはできるでしょうか? [実験が行われる。] ほーらごらんのとおり。つまりこ こで見えているのは石灰の炭酸化合物で、それは炭酸ガスからできたもので、その 炭酸ガスは炭素をもとにできて、その炭素は木や、ロウソクや、その他いろんなも のからきてるはずだってことです。実際に、木の中の炭素が見られるとてもきれい な実験を、みなさんも自分でしょっちゅうやってるはずです。木ぎれをとって、ち ょっと燃やしてから吹き消すと、炭素が残ります。同じことをしても炭素が見える ように残らない物質もあります。ロウソクだと、炭は見えませんが、でも炭素は含 まれています。   こちらにはまた、石炭ガスの入ったびんがあります。こいつは(燃やすと)炭酸 ガスをたっぷり作り出します。炭素は見えませんが、じきにそれがあることを示し ましょう。火をつけると、シリンダーの中に石炭ガスが残っていれば、燃え続けま す。炭素は見えませんが、炎が見えますね。そしてこの炎が明るいということか ら、炎の中に炭素があることが推測できるわけです。でも、別のやりかたで示して みましょう。同じ気体が別の容器に用意してあります。こいつは、気体の水素は燃 やすけれど、炭素は燃やさない物質と混ぜてあるんです。こいつに燃えるロウソク で火をつけます。と、水素は消費されても炭素は燃えないのがわかります。この炭 素は、濃い黒い煙になって後に残っていますね。   いまの実験三、四つで、炭素があったら見分けられるようになってくれて、気体 やその他の物質が空中で完全に燃えたときにはどんなものができるかを理解してく れると思います。  さて炭素の話題を離れる前に、もうちょっと実験をしてやって、普通の燃焼に関 して炭素が持つすばらしい条件についてふれておきましょう。炭素は、燃えるとき には固体として燃えるということをお見せしましたが、でも燃えたあとはもう固体 じゃなくなるということも、ごらんになりましたね。こんなふうなふるまいをする 燃料はほとんどありません。というか、これができるのはあの燃料の大いなる源で ある、石炭とか木炭とか木など炭素質系の物質(carbonaceous series) だけなん ですね。こういう形で燃える元素的な物質は、炭素以外にはわたしは知りません。 そしてもし炭素がこういうふうでなければ、わたしたちはどうなっちゃうでしょう か? たとえばすべての燃料が鉄みたいで、燃えると固体ができたら? そうした らこのかまどでのような燃焼は起こりません。   ここにあるのは、炭素並に、いやむしろ炭素以上に実によく燃える燃料です。よ く燃えすぎて、空中にさらしただけで勝手に燃え出します。こんなふうに [と自然 発火性鉛(lead pyrophorus)のつまったガラス管を割る]。この物質は鉛です。す ばらしく燃えやすいのがわかったでしょう。細かく刻まれていて、暖炉の石炭みた いです。空気がこいつの表面にも中にも入り込めますので、燃えます。でも、こう やって固まりで転がっているときには、なぜさっきみたいに燃えないんでしょう か。単に、空気がたどりつけないからというだけです。すごい熱をつくれるし、そ の熱をかまどやボイラーの下で使いたいところですが、燃えた結果できる燃えかす 部分が、燃えずに下に残っている部分から離れられないんです。だから下にある部 分は大気と接触できなくて、だから燃えてしまわないんですね。炭素とはえらいち がいでしょう! 炭素は鉛と同じように燃えますし、かまどや、その他燃やせばど こでも強い火をつくります。でも、燃焼でできた物体は逃げ去って、残った炭素は きれいなままです。炭素が酸素の中で分解されつづけて、灰も残さなかったのはお 見せしましたよね。ところが [と鉛の山を指さして] 燃料よりは灰が多いんです。 こいつは、結合した酸素の分だけ重くなっています。   というわけで、炭素と鉛や鉄とのちがいがわかるでしょう――鉄を選んでも、こ の燃料を使った結果として、光も熱も見事に出してくれるんです。もし炭素が燃え たとき、その産物が固体になっていたら、この部屋は不透明な物質でいっぱいにな ったはずです。鉛の場合みたいにね。でも炭素が燃えると、すべてが大気中にとん でいきます。燃焼前には、固定された、ほとんど変化させようのない状態ですが、 燃焼後には気体になって、この気体は固体や液体にするのは実にむずかしいのです (が、やろうと思えばできますけど)。  さてここで、わたしたちの研究対象のとてもおもしろい部分にみなさんをお連れ しなければ――ロウソクの燃焼と、わたしたちの体内で起こるような生きている燃 焼との間の関係についてです。わたしたち一人残らずの中では、生き物としてロウ ソクのものにとってもよく似た燃焼プロセスがありまして、それをみなさんにはっ きりわかるようにしなきゃいけません。というのも、人の一生とロウソクとの関係 というのは、単に詩的な意味でだけ正しいわけじゃなくて、ほかの意味でもなりた ちます。だからあとをついてきていただければ、それをはっきりさせられると思い ますよ。   この関係をとてもわかりやすくするため、ちょっとした装置を考案しまして、こ れをすぐにみなさんの前で組み立てていきましょう。こいつは板で、溝が切り込ん であります。この溝の上からふたができるようになっていて、するとこの溝は通路 になって、それが両端でガラス管につながっていて、全体として自由に通れる通路 になってます。さあ、火さし棒かロウソク(もう「ロウソク」ということばをいい 加減に使ってもだいじょうぶですね。なにを言いたいのかみんなわかってますか ら)を用意して、それをガラス管の一つの中に入れます。ごらんの通り、よく燃え 続けますね。ごらんのように、炎に供給される空気はガラス管のてっぺんからき て、水平の管(板の溝にふたをした部分)を通って、ロウソクがおかれたもう一つ のガラス管をあがっていくわけですね。もし空気が入ってくる穴をふさぐと、燃焼 もとまります。見えましたね。   でも、こんなのはどうでしょうか。まえの実験では、ロウソクから別のロウソク に空気を送ってみました。別のロウソクから出てくる空気をとって、いろいろやや こしい手を使ってこのパイプに送り込んだら、こっちのロウソクも消えるでしょ う。でも、わたしの息をいれても、このロウソクは消えちゃうんですよ。どう思い ます? 息といっても、ロウソクを吹き消すってことじゃぜんぜんなくて、単に息 そのものの性質で、ロウソクはその中では燃えられないってことです。では、穴の 上に口をもってきて、炎を吹き消さずに、わたしの口からくるもの以外は管に空気 が入らないようにします。結果はごらんの通り。わたし、ロウソクを吹き消したり してませんね。吐いた息を穴の中に送り込んだだけです。でも結果は、あかりは酸 素が足りないと言う理由だけで、消えてしまったわけです。なんかしらのもの―― 要するにわたしの肺――が空中の酸素をとってしまって、だからロウソクの燃焼に 使える分が残っていなかったわけです。わたしが装置のこっちがわに入れた悪い空 気が、ロウソクにたどりつくまでの時間を見ておくと、すごくおもしろいと思うん ですわ。ロウソクは、最初は燃え続けますけれど、悪い空気がそこについたとたん に消えます。   さてこんどは、別の実験をお見せしましょう。これまたわたしたちの考え方の大 事な一部だからです。こっちには、新鮮な空気の入ったびんがあります。ロウソク やガス灯が燃えている様子からもわかりますね。しばらくこいつにふたをして、ガ ラス管を使ってその上に口を持っていって、そこの空気を吸ってみましょう。こう してごらんのように水の上においてやると、この空気をこうして吸い上げて(ただ しコルクがじゅうぶんにしっかりはまっていればですが)、自分の肺に入れて、ま たびんにもどしてやることができます。そしたらそれを調べて、どんな結果になっ たかを見ましょう。見ててくださいよ、まず空気を吸い上げて、それから戻してや ります。水があがったり下がったりするからわかりますね。さて、この空気にロウ ソクを入れてやると、どんな状態になっているかわかります。火が消えちゃいまし たね。一呼吸しただけで、この空気は完全に汚れちゃったわけですから、こいつを もう一回呼吸しても無駄なわけです。これでみなさん、貧乏な階級の人たちの家の 配置が、適切でないと言われる根拠がわかりますね。そこでは空気が何度も何度も 繰り返し呼吸されていて、だからきちんと喚起をして、空気を供給してやらないと いい結果にならないんです。一回呼吸するだけで空気がどんなによごれるか見まし たね。だから新鮮な空気がどんなにわたしたちにだいじか、よーくわかるでしょ う。  こいつをもうちょっと追求しましょう。石灰水でどうなるか見てやります。ここ にちょっと石灰水の入ったフラスコがあります。そしてここについたガラス管の配 置で、中の空気にアクセスできるようになっていて、吐いた息や、吐かれていない 息の影響を見極められるんです。もちろん、(Aから)息をすいこんでもいいし、そ うするとわたしの肺にくる前の空気が石灰水を通ります。あるいは肺からの空気を 無理にガラス管 (B) に送り込んで、こいつは底の石灰水を通るから、それがどんな 影響を与えるか見てやれるわけです。ごらんのように、外の空気をどんなに長いこ と通して、そこから肺に入れてやっても、石灰水には何の影響も出ません――つま り石灰水は濁りません。でも肺から出てきた空気を石灰水に何度か続けて通すと、 石灰水は実に真っ白なミルク状になっちゃいましたね。吐いた息がどんな影響を与 えたかわかるでしょう。そしてこれで、呼吸によってわたしたちが汚した大気とい うのは、炭酸ガスのせいで汚れたんだというのがわかります。こうして石灰水にふ れたときの様子からそれがわかるんです。  こちらにびんが二つあります。片っぽには石灰水が入っていて、もう片方にはふ つうの水が入っています。そして管がそれぞれにびんを通るような形でつながって います。とても雑につくった装置ですけれど、それでも十分に使い物になります。 このびんで、こっちで息を吸ってこっちで息を吐くと、管のとりまわしで、空気は 逆行しないようになってます。入ってくる空気はわたしの口や肺に行って、出てい くときには石灰水を通るので、こうやって呼吸を続けて、なかなか高度な実験をし てよい結果が得られます。 きれいな空気は、石灰水になんの変化も起こさないのが わかるでしょう。もう一方では、石灰水にはわたしの吐いた息しか通りません。二 つのちがいがわかるでしょう。  もうちょい先までいってみましょうか。われわれが日夜を問わず、なしではやっ ていけない、このいろんな過程というののはどういうものなんでしょうか。万物の 作者たる方が、われわれの意志とはまったく関係なく続くように手配してくださっ た過程です。もし呼吸を止めてみたら、しばらくはできますが、そのまま続けたら 死んじゃいます。眠っているときでも、呼吸する器官やそれと関連する部分は相変 わらず動き続けます。空気を肺とを接触させるという呼吸のプロセスは、必要不可 欠だからです。なるべく手短に、この過程がなんなのかをお話ししなきゃいけませ んね。わたしたちは食べ物を消費します。食べ物はわたしたちの中の、いろいろ変 な入れ物や機関を通って、身体機構のいろんな部分に運ばれていきます。特に消化 をする部分です。そしてさらに、そういうふうにして変化した部分は、ひとそろい の血管で肺を通って運ばれますが、同時にわたしたちが吸ったりはいたりしている 空気は別の血管で入れたり出したりされていて、空気と食べ物が近づいて、だんだ んとほんの薄い膜だけで仕切られているようになるんですね。この過程で、空気は 血液に作用できるようになって、ロウソクの場合に見てきたのとまったく同じ結果 を生み出すわけです。ロウソクは空気の一部を結合させて、炭酸ガスをつくり、熱 を出します。同じく肺の中でもこのおもしろい、すばらしい変化が起こっているん です。入ってくる空気は炭素と結びついて(炭素が一人で独立した状態にあるわけ ではないですが、ロウソクの場合と同じように、そのときの反応にふさわしいよう な状態に置かれています)、炭酸ガスをつくってそれが大気中に投げ出されて、し たがってこの特有の結果が起きます。だから食べ物は燃料だと思えばいいですか ね。さっきの砂糖のかけらをもってきましょう。これで用が足ります。砂糖という のは、炭素と水素、酸素の化合物で、ロウソクに似ています。同じ元素が入ってい るという意味ではロウソクに似ていますが、その構成比はちがっていて、砂糖の構 成は次の表の通りになります: 表 砂糖の構成 炭素 72 水素 11 酸素 88 (酸素+水素 99)  これは実におもしろいことでして、みんな頭に入れておくといいでしょう。とい うのも、酸素と水素はまさに水ができるのと完全に同じ比率で存在しているんです ね。だから砂糖というのは、炭素 72 と水が 99 でできていると言ってもいいくら い。そして呼吸の過程で空中の酸素と組合わさるのは、この炭素です――われわれ 自身がロウソクみたいなものになるわけですね――そしてそういう反応がおきて、 暖かさが生じて、そしてきわめて美しくて単純なプロセスによって、その他いろん な効果が起きて、システムが維持されているわけです。これをもっと印象的にして みましょう。ちょいと砂糖を用意して、と。いや実験をもっとはやくするために、 シロップを使いましょう。これは3/4が砂糖で、それにちょっと水を足したもので す。ここに濃硫酸をちょっと入れてやると、こいつが水を奪 って、炭素を黒い固まりにして残すんです。 [講師、二つを混ぜ合わせる。] ごら んのとおり、炭素が出てきてますね。そしてまもなく炭の固まりができあがります よ。すべて砂糖からでてきたものです。砂糖というのは、ご存じのとおり食べ物で すが、そこからこうやってまちがいなく炭素の固まりが出てきてます。まったく予 想外です。そして砂糖の中の炭素を酸化するようにすれば、ずっとびっくりする結 果が出てきます。はい、砂糖です。そしてこっちには酸化剤です――ただの空気よ り強力な酸化剤です。そしてこの燃料を、見かけ上は呼吸とちがうやりかたで酸化 してみましょう。でも、中身は呼吸とまったく同じなんですよ。体が酸素をこの炭 素に供給して、それで炭素が燃えるわけです。こいつをすぐに反応するようにする と、こうして燃えます。わたしの肺で起きているのと同じです――酸素を別のとこ ろ、つまり空気中から取り込んでいるわけです。それがここでは、ずっと高速に起 きてるんです。  この炭素のおもしろい働きがどれほどのものか、お話ししたら驚きますよ。ロウ ソク一本で、4時間、5、6、7時間でも燃えるでしょう。すると、一日で炭酸ガスに なって空気中に出ていく炭素がどれほどあることか! 呼吸するわたしたちから、 どれほど炭素が出ていくことか! これほどの燃焼や呼吸があると、すさまじい炭 素が変換されているはずです! 人一人は、24時間で炭素200グラムも炭酸ガスに変 換するんです。乳牛は2キロ、馬は2.2キロ。ただの呼吸だけでこれです。つまり馬 は24時間で、呼吸器官の中で炭または炭素を2.2キロ燃やして、その期間の自然な体 温を保つわけです。温血動物はすべて、このようにして体温を保つんです。炭を変 換することでね。その炭も、別に炭のまま独立した状態であるわけじゃなくて、何 かと組合わさった状態になってるんですが。そしてここから考えると、大気中で行 われている変換は想像を絶するものになります。500万ポンド、あるいは548トンの 炭酸ガスが、ロンドンの呼吸だけで毎日生産されているわけです。そしてこれはみ んなどこへ行くんでしょうか? 空中にです。もし炭素が、お見せした鉛や、鉄み たいに、燃えたときに固体を残したらどうなるでしょうか。燃焼は続きません。炭 素が燃えると、それは気体になって大気に放たれます。その大気はすばらしい乗り 物で、炭酸ガスを他のところに運んでいってくれる、すごい運び手なんですね。で もそしたらどうなるんでしょうか。すばらしいことがわかってまして、呼吸で起き た変化は、われわれにはすごく有害ですが(だってわたしたちは、同じ空気を二回 以上は呼吸できませんから)、それはまさに地表に生える植物や野菜にとっては、 まさに命の源になっているんです。地表以外の同じところでもそうで、水の中でも そうなんです。魚やなんかの動物たちは同じ原理で呼吸しているんですね、ただし 大気と接触して呼吸してるわけではないにしても。  ここにもってきたような魚 [と金魚鉢を指さす] は、空気から水にとけた酸素を 呼吸します。そして炭酸(二酸化炭素)を作って、それがめぐりめぐって、動物の 王国と植物の王国をお互いに依存させるというすばらしい仕事をするわけです。そ して地表面に生えるあらゆる植物、たとえばここに見本として持ってきたようなヤ ツですが、これは炭素を吸収します。この葉っぱは、大気中の炭素を吸い込みま す。その炭素は、われわれが炭酸(二酸化炭素)として大気に与えたものです。植 物はそうやって育って栄えます。こいつらにわれわれみたいな純粋な空気をあげて も、生きていけません。その他の物質といっしょに炭素をあげると、喜んで生きて いきます。この木材は炭素をすべて大気からもらってきます。木や植物はすべてそ うです。大気は、これまで見てきたように、われわれにとって有害で、同時にかれ らにとっては有益なものを運んでくれるわけです。一方にとっての病気は、相手に は健康をもたらすものなんです。したがってわたしたちは、単に仲間の動物たちに 依存しているというだけでなく、仲間の存在物すべてに依存しているわけでして、 自然はすべてお互いにいろんな法則で結びあわされて、その一部が別の部分に貢献 するようになっているわけです。  さて、お話を終える前に、もう一点ちょっと言っておかなくてはならないことが あります――こうした操作のすべてに関わる点で、それがわれわれに関わる物体に 集約されて関連しているというのは、実におもしろく美しいものです――酸素、水 素、炭素が、いろいろちがった形で存在する、ということです。ついさっき、鉛の 粉末を燃やしてごらんにいれましたね。あのとき、燃料は空気にさらしただけで、 反応しました(原注6-1)。びんから出してもいないのに――空気がしのびこんだ瞬間、 反応が始まりましたよね。さて、あれがすべての反応を司る化学的な親和性の一例 です。わたしたちが呼吸すると、同じ働きがわたしたちの中で起きています。ロウ ソクに火をともすと、別々の部分がそれぞれ引き合っているわけです。ここではそ れが、鉛の中で起きています。化学的親和力の見事な例です。もし燃焼の産物が表 面から取り除かれたら、鉛は火がついて、そのまま端まで燃えるでしょう。でもこ こで、炭素と鉛のちがいがあったのを思い出してください――鉛は空気に触れさえ すればすぐに反応を起こしますが、炭素は何日も、何週も、何ヶ月も、何年もその ままです。ヘラクレイトスの書いた原稿は、炭素性のインキで書かれていますが、 1800 年以上もそのままの状態ですし、大気にはさまざまな状況で触れていたのに、 なにも変わっていません。さて炭素と鉛がちがっているのはどういう点なのでしょ うか。燃料の目的を果たすような物質は、反応を待つということです。鉛とか、ほ かにいろいろお見せできるんですが、そういうものみたいに、勝手に燃え出したり しないんですね。反応するのをじっと待ちます。   こうやって待ってくれるというのは、おもしろいしすばらしいことです。ロウソ クは、鉛や鉄(鉄も細かく刻むと、鉛とまったく同じようにふるまいます)みたい にすぐに反応をはじめたりしません。何年も、幾多の時代を経て、なにも変わらず に待ち続けます。こちらには炭素ガスがあります。ジェット管がガスを吹き出して ますが、でもほら、勝手に火がついたりはしません――空中に出てくるけれど、燃 えるには、十分に熱が加わらないとダメです。十分に熱くしてやれば、火がつきま す。火を吹き消したら、その後で出てくるガスは、もう一回火をつけてもらうのを 待ちます。   いろんな物質の待ち方もおもしろいですね。あるものは、温度がちょっと上がる までしか待たないし、あるものは、かなり温度を上げてやるまで待ちます。こちら には、粉火薬と、綿火薬がちょっとありますが、こういうものですら、燃える条件 がちがっているんです。粉の火薬は炭素とその他の物質でできていて、とても燃え やすくなっています。そして綿火薬(ニトロセルロース)もまた燃えやすいもので す。どっちも待っていますが、反応をはじめる温度や条件はちがっています。熱し た針金をあててやって、どっちが先に燃え出すか見てみましょう。綿火薬は爆発し ましたが、でも同じ針金のいちばん熱い部分でも、粉火薬は反応しません。物質が こうやって燃えるときの温度差が、実にきれいに示されていますね!   片方では、物質は熱で活性化されるまではずっと待っています。でも別のときに は、まるで待ちません。呼吸の場合と同じです。肺の中では、空気は入ってきたと たんに炭素と結合します。人間が凍死寸前の耐えられる最低の温度でも、すぐに反 応を起こして、呼吸の炭酸ガスを生じます。おかげでなにもかもうまくおさまっ て、きちんと続くわけです。これで、呼吸と燃焼のアナロジーはますますきれいで 驚異的に見えてくることでしょう。  さて、いままでの講義の終わりにあたって申し上げられることといえば(という のも、遅かれ早かれ終わりはやってくるものなのです)こんな希望を表明すること だけです。あなたたちも、自分の世代において、ロウソクに比べられる存在となら んことを。あなたたちが、ロウソクのように、まわりの人々にとっての光明となっ て輝きますように。そして、あなたたちが行動のすべてにおいて、仲間の人類に対 する責務を果たすにあたり、その行いを名誉ある役立つものにすることで、小さな ロウソクの美しさに恥じない存在となりますように。 註: 原注6-1:  自然発火性鉛(Lead pyrophorus)は、乾燥した酒石酸鉛をガラス管(一方 の端を閉じて、もう一方は細長く引き延ばしておく)に入れて蒸気が出なくな るまで熱する。そうなったら、管の開口部をバーナーで封印する。その管を割 って中身を空中に振り出すと、赤い閃光をあげて燃える。 ------------------------------------------------------------------------ あとがき わたしのこと  やあみんな、わたしがマイケル・ファラデーだ。娑婆で話をするのは久しぶりだ なあ。わたしは実際にはずいぶん昔の人なんだ。1791年に生まれて、1867年に死ん でる。だからもう200年近く前の人ってことになる(この訳が最初に出た時点では ね)。でも、最近は通信技術が発達してきたので、死んでからもこうやってみんな と話ができる。インターネットは本当にすごいものだねえ。だがこういうのがいま 可能になっているのも、むかしのわたしのいろんな発見や努力あってのことだ、と いうのは忘れてもらっちゃ困るな。ときどきはおそなえをして感謝するよーに。  わたしのいろんな発見にもいろいろある。もともと化学屋だったんだ。でも、そ の中で電気分解とかを見つけるうちにだんだん電気の話に深入りしていって、いま じゃいちばん有名なのは電気方面の話だろう。こう、電線をぐるぐる巻いて輪っか をつくって、棒磁石をつっこむ。それで入れたり出したりしてスコスコすると、コ イルに電気が発生するんだ。いまのを読んでヤラシイことをかんがえた子は、すみ にいって立ってなさい! これはそーゆーアダルトな話ではなくて、電磁誘導、と いう現象の話だ。だからわたしの名前がついた単位もあるぞ。   そしてこれをひっくり返して、電磁石をつくってそれで磁石を動かせることも思 いついた。これをもとに、わたしはたぶん世界初の電気モーターをつくった。とい うか、モーターができることを思いついた。実際にモーターを作って見せたかどう か、いまはもうよく覚えていないけど。でもその考え方は明らかにしたわけね。   そしてそこから、電磁場、という考え方の糸口もつくった。それまでの物理学だ と、力ってのは、こんな棒で玉をつつくとか、具体的な物体を通じないと存在しな いものだった。空間全体になんか力が、いろんな密度で広がっているという考え方 を思いついたのがわたしだ。それがいまみたいに、なんでも場で説明するみたいな ことになるとは、まさか思わなかったけれど。  ただ謙遜ではないけれど、わたしは基本は実験おやじだった。もともと鍛冶屋の 息子だったんだけれど、あるときデーヴィー卿のやったこういう講演をききにいっ て感動して、それで助手にしてくれ、ということで弟子入りしたんだけど、デーヴ ィー卿も実験物理学者だったし、まあ実験よりになるのは当然のなりゆきだった。 それにわたしは数学ができなかったのと、やっぱあと実験がすきだったんだよ。ラ ザフォードくんなんかは、その意味でわたしに近い部分もあるかな(かれは数学も ちゃんとできたけど)。   数学ができなくても、大科学者としてやってけたということで、数学嫌いの人は ずいぶんわたしを気に入ってくれているみたいだ。科学は数式つつきまわすだけが 能じゃない、ひらめきと執念さえあれば、数学なしでもやれるんだ、とね。まあ持 ち上げてもらえるのはうれしいし、そういう面が否定できないのはまちがいない。 ただ、そこからすぐに「だから数学は無駄だ!」とか極論に走りたがる人が出てく るのは困りものだな。  確かにわたしは場という考え方を思いついた。そしてそれを数学的に表現する力 はなかったから、式のかわりに文章でうじゃうじゃ書いていたんだ。さっきちょっ と触れた、電磁誘導を考える中で出てきた電磁場という考え方だって、「なんかこ ういう、磁石から出てくる力みたいなのがあって、それの密度の高いところが… …」という感じでわたしは論文を書いて発表していたんだよ。でもそれをたとえば マックスウェルくんがきちんと評価して、厳密な形で数学的に定式化してくれたか ら、初めてそれが大きな意義を持っていることが理解してもらえた。マックスウェ ルくんと、かれの数学定式能力がなければ、わたしはいまほど評価はされなかった だろうね。とはいえ逆にわたしがいなければマックスウェルくんのマックスウェル 方程式もありえたかどうか。   だから、やはり数学的なところを引き受けてくれる人がいたから、わたしは運良 く数学なしでもそれなりの成果を挙げられたと考えるべきだろう。今から思うと、 自分ではわけがわからずに、「こんなんできちゃいましたけど」という感じで発表 していたような実験もある。もちろんそれは大事なことなんだ。科学をやる一つの 流れとしては、まず現象をみて、そこからなんか理屈をつくって、それを数式的に きちんと整理して、というのがある。逆にまず理論をつくって、それを検証するた めに実験をやって、という流れもあるけれど、ふつうの人が科学に興味を持つの は、まず変な現象をいろいろ見て、というところからじゃないだろうか。でも、や っぱそれを数学的に定式化する、というのが、理論をきちんとつめる上ではどうし ても必要だ。数式なしではやっぱりつとまらない。特にわたしの時代から200年もた って、これだけ科学のいろんな分野が厳密になってくると、きちんとしたものをや るには、どうしても数式は必要だよ。わたしの時代だったから、式を使わなくても 許された、という部分はある。だから、あまりわたしを引き合いに出して、数式邪 悪論をぶってみたりはしないでおくれ。  ただしわたしを見れば、数式がなくても、ある意味で科学の考え方はそこそこわ かるようにはなれるかもしれない、というくらいのことは言えるだろう。そしてそ れが必ずしも、レベルの低いたとえ話にはならず、やり方しだいでは本質をとらえ たものになれる見込みはある、くらいのことも言っていいかもしれない。そして算 数ができなくてすべてをことばで説明するというのは、逆に数学ぎらいの人にもわ かるように説明できる、ということにもなる。わたしはマックスウェルくんに、い ろんな理屈を数式使わないで説明したりできないかなぁ、という相談もしているん だ。そしてもちろん、この講義みたいな形で、わたしはそれを実際にやってみたり もしているわけ。 この本について  というわけで、このロウソクの科学だ。なつかしいなあ。  この本は、The Chemical History of a Candleというのがもとの題名だ。だから 「ロウソクの化学的な記述」くらいの訳が正しいのかな(これはちょっと古めの英 語だから、「history」は歴史ではないんだ。フランス語を知っている人ならわかる だろうけれど、これはもともと「お話」とか「記述」という意味を持つことばで、 ここでもそういう意味で使っている)。でも訳者の話だと、昔っからこの本は「ロ ウソクの科学」という日本語の題名で訳されていたそうな。そのほうが通りがいい ってんだから、まあ別にわたしとしては文句はないな。それにしても、この本が出 た頃には、日本なんか本書でも述べられているように、われわれが無理矢理開国さ せてやった、僻地の変な国だったのに、それがずいぶんと成長したもんだ。  もともとこれは、本として出たわけじゃない。これはわたしが1847-1848年と 1860-61年にロンドン王立学院でやった子供向けのクリスマス連続講義だ。47-48年 とかいう書き方をしてあるのは、クリスマスからはじめて6回終わる頃には年があけ ているからだ。それぞれ60歳、70歳近い、ずいぶんジジイになってからやった講演 だ。特にこの1860-61年のやつは、わたしがロンドン王立学院から引退する直前にや った最後の講義だったので、特に思い出深い。それを、きいていた人が1861年に筆 記して注までつけて出版してくれたのがこれだ。ちなみに出版の途中でいろんな人 がちょっと手を入れたり、端折ったりしてるところがある。たとえば毎回最後に 「じゃ今日はここまで、また明日」てなあいさつが入るのを削ったりとか。このバ ージョンでは訳者の山形くんにおねがいして、いろんなバージョンを参照してでき るだけそういうのを戻してもらっている。   ちなみにこのクリスマス連続講義は、わたしが1826年にはじめたもので、わたし のあともチンダルくんとか、いろんなすぐれた科学者が引き継いで、いまでもロン ドン王立学院では続いている。テーマもいろいろだ。わたしもこのロウソク以外 に、電磁気とか、化学とか、いろいろなテーマでやっている。でもこのロウソクの やつは、われながら気に入っているのだ。ロウソクとかいいつつ、途中の水の電気 分解とかになると、もうロウソクからはかなり離れてはいるんだけれど、でもまあ なんとかこじつけでもロウソクとの関係は忘れずにいる。かなり広いテーマをカバ ーできたよね。化学っぽい話と言いつつも電気をいろいろ使ってみたりして、火花 を散らしたり爆発させたりして、パフォーマンスとしても結構よかったんじゃない か。  このときネタとしてロウソクを選んだのは、ここには書いていない大きな理由が ある。昔は家に電気なんかなくて、みんな灯りにはロウソクやランプを使ってい た。だから、だれでもロウソクを持っていたし使っていたわけ。ロウソクを使った ことのない人はいなかったし。   いまの子は、幸か不幸かそうじゃない。ロウソクなんか見たことないって子も多 いし、自分でロウソクに火をつけたり吹き消したりしたことのない子も多いだろ う。かろうじて、誕生日のケーキくらいでお目にかかった程度だろうか。あるいは SMマニアとか。ロウソクにいろんな種類があるという最初の話も、よくわかんない かもしれない。昔は動物の脂からそのままロウソクをつくっていたけど、いまでは そんなものは探したって見あたらない。だからいまの家庭では、わたしが数百年前 にやったこの講義は、当時ほどピンとはこないかもしれないね。   いま同じことをやるとしたら、「テレビの科学」でもやるかもしれない。古いテ レビを持ってきて、コンデンサーをばらしてみたり、ブラウン管を割ってみたり、 コイルを取り出してみたりして、いろんな実験をするかもしれない。オイルコンデ ンサー(訳注:最近は劣化しやすいのであまり使われないけど)に100Vかけて臭い 煙をたくさん出す、というのはこの本の訳者の山形くんに教わって、天国でやって みてずいぶんまわりの不興を買ったっけ。楽しいね(訳注:はた迷惑なので、頼む から人のいないところでやってね)。ちなみにかれはガキの頃、捨ててあるテレビ を拾ってきて、いじってるうちにブラウン管が割れて手を切ってしまい、たーいへ んだったんだそうだ。ついでに、こいつがゴキブリのたまごを初めて見たのも、そ のテレビのなかでだったけれど、それはまた別の話だ。そのゴキブリのたまごがか えったときにはもうホーントに大変なことになって……いやいや、よそうね。ただ まあ、そうやってテレビ(特に古いヤツ)を使うと、生物学まで含めたいろいろな 実験ができただろう。  ただ、だからといってこれがいまや古くさい、歴史的な意義しかない講演録だと は思わないでほしい。この本のいちばん最初のところでわたしが言っていることを ちょっとみてほしいな。ロウソクなんていうつまらないものを選んだ、ということ について話をしているだろう。この当時すでに、ロウソクってのは別にファッショ ナブルでもなんでもなかった。科学の話をするんなら、もっと最先端っぽいものは たくさんあった。でも、わたしはあえて、古くさい、どこにでもある、つまらない ロウソクを選んでいるわけ。逆にそれが古くさいからこそ、今もそんなに古びずに すんでいるんじゃないかな、とも思う。これが「これぞ現代科学の最先端!」とか いうのを紹介するような代物だったら、たぶん今日では見る影もなかったんじゃな いかな。   そしてそのつまらないロウソクから出発して、まあ当時はかなりはやりっぽかっ た電池なんかもバチバチ使って、見てるほうとしても結構おもしろがってくれたは ずなんだ。まあ当時は娯楽があんまりなかった。だからわたしの実験なんかでも、 うけはとれたのかもしれないけどね。それに、ロウソクを発端にして、かなり手を 広げて燃焼から電気分解から空気圧から、最後は呼吸でちょっと生物学っぽい話ま でして、かなり話を広げているでしょう。われながら、なかなか大風呂敷を広げた な、という感じではあるけれど、科学の大枠みたいなこととか、分野としての広が りみたいな話、そしてその中のいろんなものの関連性と、それらすべてに共通する 科学的な方法論の片鱗みたいなことはなんとなく感じ取ってもらえたんじゃないか な。   あと、やっぱみんながあとから同じ実験を再現できる、というのが重要。まああ んまり塩酸や硫酸を使った実験を家でやるわけにもいかないだろうけれど、それで もできることはたくさんある。なるべく講義の中でも、自分で家に帰って実験して みてくれるように言っているけれど、どのくらいの子が実際にやってくれたかな。 でも、ロウソクをタネにしたことで、それはかなりやりやすくはなっているはず だ、と思うのだ。  ここでの実験は一般の観客向けにおもしろくするのを重視しているから、必ずし も厳密な実験とは言えないものもある。水素と酸素のシャボン玉をつくって、火を つけて爆発させるのは、両者が空気なしで反応して水ができたという実験として十 分かな? 批判をするならどこだろうか。もっときちんとやるためには、どういう ふうにしたらいいだろうか。そういうことを考えながら読んでみてほしい。あるい は説明なんかでも、勢いで流してるけど、実はあまりいい説明とはいえない部分も ある。山形くんもちょっとコメントしたりしてるけど。そういうのを見つけようと しておくれ。どこがおかしいか、もっとうまくやるにはどういう説明をするのがい いかも考えてね。あとできれば実際にここにあげてあるような実験を自分でできる といいね。そして自分で考えたことをもとに、自分なりの実験をやって見られると いいな。学校の理科や物理・化学の先生に相談してみると、なんとかなるかもしれ ない。  この講演に対する批判、というのはあんまりきかない。うーん、最近この天国に ファインマン君がやってきて、かれが本書のある書評について、ちょっと文句をつ けていたことはあるけれど。かれはなかなかおもしろいやつで、天国にきてまで 下ネタを連発していて楽しいんだけれど、かれは『科学は不確かだ』(岩波書店) の中におさめられた講演で、この『ロウソクの科学』の一部に文句をつけている。 各種の物質(たとえば炭酸ガス)がどういうやりかたで作っても同じだ、という話 について、ある書評家はそれが産業的に有意義だ、という話につなげる。でもファイン マンくんはそれが宇宙的に共通した原理を示していることに感銘していて、それを その書評子が単なる産業にとっての意義にひきつけて話をしていることに(まあ冗談半 分ながら)不満を述べている。うははは。まあそうだねぇ。ただ、当時はそろそろ 産業革命が始まろうって頃で、産業に対する期待がものすごくて(いまのインター ネットなんかの比じゃないよ)、そういう読みもあながちはずれではないのかも。   ここでわたしは「原子」とか「分子」というのをはっきり持ち出してはいない。 もちろんそういう概念は知っていたし、ふつうの科学者は原子とか分子が実在する と思っていたんだけれど、「見たことあんの?」といわれると困っちゃうし、ホン トにそんな原子とか分子とかいうツブツブがあることをみんなに簡単に見せるのは むずかしかったからだ。その意味で江沢洋くんが「だれが原子を見たか」(岩波書 店)でいろんな実験をやって、納得いく形で原子があるんだ、ということを見せよ うとしているのはおもしろいし、勇ましいなぁ。    は こまった連中だねえ。ここにいるニュートンくん、ライプニッツくん、困 ったもんだねえ。パラダイムでもなんでもいいんだけど、ロウソクを見て、これは なぜ燃えるのかな、とか たぶんそれは、 かけっこで順位をつけるのはいけませ ん、とか、 議論に優劣はある。 そしてそういう人は、一方では民主主義だの民 衆のなんだのいう旗を平気で掲げていたりする。 関心ある  ------------------------------------------------------------------------ 訳者コメント  えー、著者さんがいろいろ説明してくれたので、ぼくもう言うことないっす。訳 はなるべく、講演調を尊重しました。あと、ここにある実験を追試してみようと思 ったら、火の扱いには十分に気をつけてね。  翻訳にあたっての原文は、インターネット上に出回っているやつを使ったけれ ど、著者も言うとおりどれも脱落部分とかが結構あったので、出版されたものを参 照して適当に補っている。あと、一部の実験は、図でどんなものか見せないとわけ わかんないので、それも適当におぎなっている。では、Enjoy! ------------------------------------------------------------------------ [Valid HTML 4.0!] YAMAGATA Hiroo