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© 2000 山形浩生 プロジェクト杉田玄白正式参加作品。プロジェクト詳細はhttp://www.genpaku.org/を参照。このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされている。
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次のページに示した詰めチェス問題が読者の一部をまごつかせたようなので説明しておくけれど、これは駒の動きだけを考えれば正しく作ってあるのだ。赤と白が交互に順番通り動くという点については、まあ実際より多少は厳密でないところもあるし、女王(クイーン)三つのキャッスリングは単に、三人が宮殿に入ったということを表現することばのあやだ。でも六手目の白の王さま(キング)への王手、七手目で赤の騎士(ナイト)が取られ、そして最後の赤の王さま(キング)の王手詰み(チェックメイト)は、駒を実際にならべて指示通りに動きをやってみた人ならだれでもわかるように、チェスのルールにきちんとしたがっている。
『ジャバウォッキー』の詩に出てくる新語は、どう発音すればいいかについていくつか見解の相違を生んでいるのでこの点についても指示をしておくほうがいいだろう。「slithy(俊(しゅ)るり)」は、「sly」と「the」の二語をくっつけたような感じで発音すること (訳注:つまり、「スリジー」ではなく「スライジー」に使い発音で。)。「gyre(環繰(わぐ)る)」と「gymble(躯捩(くねん)する)」の G の音は、強く硬い発音で (訳注:つまりジャジジュジェジョではなくガギグゲゴの音で)。それと「rath(トグラ)」は「bath」と韻をふむこと (訳注:つまり「レイス」ではなく「ラス」に近い発音で)。
| 1. | アリス、赤の女王(クイーン)に会う | 1. | 赤の女王(クイーン)KR4へ |
| 2. | アリス、Q3経由(列車)でQ4(トゥィードルダムとトゥィードルディー) | 2. | 白の女王(クイーン)QB4へ(ショールを追って) |
| 3. | アリス、白の女王(クイーン)に会う(ショールと) | 3. | 白の女王(クイーン)QB5へ(ヒツジになる) |
| 4. | アリス、Q5へ(店、川、店) | 4. | 白の女王(クイーン)KB8へ(棚にたまごを置く) |
| 5. | アリス、Q6へ(ハンプティ・ダンプティ) | 5. | 白の女王(クイーン)QB8へ(赤騎士(ナイト)から逃げて) |
| 6. | アリス、Q7へ(森) | 6. | 赤騎士(ナイト)K2へ(王手) |
| 7. | 白騎士(ナイト)、赤騎士(ナイト)を取る | 7. | 白騎士(ナイト)KB5へ |
| 8. | アリス、Q8へ(戴冠) | 8. | 赤女王(クイーン)、王(キング)の升へ(試験) |
| 9. | アリス、女王(クイーン)になる | 9. | 女王(クイーン)たち入城(キャスリング) |
| 10. | アリス入城(祝宴) | 10. | 白女王(クイーン)、QR6へ(スープ) |
| 11. | アリス、赤の女王(クイーン)を取って勝つ |
無垢で曇りなき眉と
不思議の夢見る瞳の子よ!
時は駿く、我ときみとは
半生の歳の差があろうとも
きみの愛しきほほえみは確かに
愛の贈り物たるおとぎ話を勝ち得るはずきみの輝かしい顔も見ず
銀の笑いも耳にせず
きみの若き人生の将来に
我が思い出の居場所もないはず――
でもいまのきみが、我がおとぎ話にさえ
耳を傾けてくれれば十分別の日、夏の日差し輝く頃
始まりし物語
ボートを漕ぐリズムに
あわせた簡単なチャイム
そのこだまがいまも記憶中に生きる
ねたむ月日が「忘れよ」と言おうとも
一つ確実なのは、白い子ネコはなんの関係もなかったということ:――もうなにもかも、黒い子ネコのせいだったのです。というのも、白い子ネコは年寄りネコに、もう四半時も顔を洗ってもらっていたからです(そしてその状況を考えれば、なかなかがんばって耐えていたと言えましょう)。というわけで、白い子ネコはどう考えてもいたずらにはまったく荷担していなかったのはわかるでしょう。
ダイナはこんなふうにして子どもたちの顔を洗ったのでした:まずかわいそうな子を耳のところで前足片方を使っておさえこみ、そして残った前足で、子どもの顔中をこすります。それも鼻からはじめて変な方向に。そしてちょうどいま、ぼくがこうして話している間にも、ダイナはいっしょうけんめい白い子ネコを片づけています。白い子ネコはほとんど身動きせずに、のどをならそうとしていました――これもみんな自分のためを思ってのことなんだ、というのを感じていたのはまちがいありません。
でも黒い子ネコは、午後の早い時期に顔を洗ってもらったので、アリスが半分ぶつぶつ、半分眠りながら、大きなソファのすみに丸まっている間に、アリスが巻いておこうとした毛糸の玉とせいだいにじゃれて、あちこちころがしてまわり、やがて毛糸玉はぜんぶほどけてしまいました。おかげで毛糸玉はこの通り、暖炉前のじゅうたんいちめんに広がって、そこらじゅうに結び目ができたりからまったりして、そのまん中で子ネコが自分のしっぽを追いかけているのでした。
「まあこのいたずらっ子め!」とアリスはさけんで子ネコを抱え上げ、ちょっとキスをして、しかられているんだとわからせてあげました。「まったく、ダイナがもっとちゃんとしつけてくれないと! そうでしょ、ダイナ、わかってるわよね!」とアリスはつけくわえながら、非難がましい目つきで年寄りネコのほうをながめて、できるだけきびしい声を出そうとします――それから子ネコと毛糸を持ってソファにかけもどり、また毛糸を巻きはじめました。でも、あまり手早くはありません。というのもときには子ネコに向かって、ときには自分に向かって、ずっとしゃべりどおしだったからです。子ネコちゃんはとてもとりすましてアリスのひざにすわり、毛糸を巻くすすみ具合を見ているふりをしつつ、ときどき前足を片方出して毛糸玉に軽くさわり、できるものなら喜んでお手伝いするところですが、とでも言うようです。
「明日がなんの日か知ってる、子ネコちゃん? あたしといっしょに窓のところにいたら、見当ついたと思うけど――でもダイナにきれいにしてもらってたから、窓は見られなかったのよね。男の子たちがたき火用に棒を集めるのを見てたのよ――それで棒がいっぱい集まってね! ただ、すごく寒くなってきて、しかもいっぱい雪もふって、それでみんな途中でやめちゃったの。でも別にいいわ、子ネコちゃん。たき火は明日いっしょに見に行きましょう」ここでアリスは、毛糸を二、三回子ネコの首に巻きつけました。どんな風に見えるか試してみたかっただけなのですが、これは大騒動になって、おかげで毛糸玉は床に転がり落ちて、何ヤード分もの毛糸がまたほどけてしまいました。
「わかってるの、子ネコちゃん」とアリスは、両者がもういちど気持ちよくソファにおさまると同時に口を開きます。「おまえのやってたいたずらを見て、あたしはもうホントに腹がたって、もうちょっとで窓をあけて、おまえを雪のなかに放り出すところだったのよ! そしてそれは自業自得(じごうじとく)ってもんよ、このいたずらっ子のおちびちゃんめ! なにかいいわけはあるの? さ、だまってるのよ!」とアリスは人差し指をたてて見せます。
「おまえのやったいけないことを全部教えてあげますからね。その一:今朝、ダイナがおまえの顔を洗ってるときに、二回鳴いたわね。ごまかしてもだめよ、子ネコちゃん。ちゃんと聞いてたんですからね! え? なんですって?」(と子ネコが口をきいたふりをします)「ダイナの前足が目に入ったんだもん、ですって? ふん、それはおまえのせいですよ、目を開けてるほうが悪い! しっかり閉じていれば、そんなことにはならなかったはずでしょ。さ、いいわけはおよし。聴いてなさい! その二:あたしがスノードロップの前にミルクのお皿をおいたとたんに、スノードロップのしっぽをひっぱってどかせたわね? なに、のどがかわいてた、ですって? あの子だってのどがかわいてたかもしれないでしょうに。そしてその三:ちょっとよそ見をしてるうちに、毛糸をぜーんぶほどいちゃったじゃない!
これでおいたが三つよ、子ネコちゃん、そしてまだそのどれについても罰を受けてないでしょう。あたし、おまえの罰は、水曜の週までぜーんぶためてあるのよ――あたしの罰もそうやってためてあったらどうだろ」とアリスは、子ネコよりは自分に向かってしゃべりつづけました。
「そうなったら、年末にはいったいぜんたいどんな目にあわされるかな。その日がきたら、牢屋に入れられちゃうかもしれないぞ。それとも――うーんとそうだな――かりにその罰がみんな、晩ごはんぬきになることだったとしたら:するとその悲惨な日がきたら、あたしは一度に五十回の晩ごはん抜きになるってことか! うん、それならそんなには気にならないわ。そんなに食べるよりは、ぬきにしてもらったほうがずっといいもん!
ねえ、窓にあたる雪の音がきこえてる? すっごくすてきでやわらかい音よね! だれかが窓一面、外からキスしてるみたい。雪って、木や野原が大好きなのかな、だってすごく優しくキスするでしょう。それで、白いキルトでしっかりくるみこんじゃうわよね。それで「さあいい子だから、夏がくるまでおやすみ」とか言うのかも。それで夏がきてみんな目をさますと、全身を緑で着飾ってそこらじゅうで踊るの――風がふくところどこでも――うん、それってすっごくきれい!」とアリスは叫んで、手を叩いたひょうしに毛糸玉を落としてしまいました。
「これがホントに本当だったらいいのに! だって森は確かに、葉っぱが茶色くなる秋には眠そうに見えるもん。
ねえ子ネコちゃん、おまえ、チェスはできる? こら、笑うんじゃない。まじめにきいてるんですからね。だってさっきチェスをしてたら、おまえ、いかにもわかるような顔して見てたじゃないの。そしてあたしが『王手!(チェック!)』って言ったら、鳴いたでしょ! ええ、たしかにうまい王手だったし、もうちょっとで勝つところだったんだけれど、あの意地悪なナイトがこっちの駒の間をぬってやってきたもんだから。子ネコちゃん、ごっこ遊びをしましょうよ!」
そしてここで、アリスがこの「ごっこ遊びをしましょうよ!」というお気に入りのせりふを皮切りに言いだすことの半分でも、みなさんに話せたらと思います。すぐ前の日にも、お姉さんとかなり長いこと言い合いになりました――それというのもアリスが「ごっこ遊びをしましょうよ、お姉ちゃんとあたしで、王さまたちと女王さまたちになるの」と言い出したからで、そのお姉さんはなんでも正確なのが好きだったので、それは無理だ、二人しかいないのにそんなたくさんにはなれない、と言ったからで、言い争ったあげく、ついにアリスがゆずってこう言いました。「わかった。じゃあお姉ちゃんははだれか一人になればいいわよ。残りはぜんぶあたしがなるから」。そして一度なんかアリスは、こんなことを言って年寄りの乳母さんを本当にこわがらせたものでした。「乳母さん! ねえ、ごっこ遊びをしましょうよ! あたしがおなかのへったハイエナになって、乳母さんは骨ね!」
が、子ネコ相手のアリスの話からちょっと脱線しましたね。「ごっこ遊びをしましょう! あなたが赤の女王さまよ、子ネコちゃん! 知ってる? あなたがちゃんと起きあがって腕組みしたら、赤の女王さまそっくりになると思うのよ。さ、やってごらんなさいな、いい子だから!」そしてアリスはテーブルから赤の女王をとって、子ネコの前に見本として置きました。でも、うまくいきません。アリスに言わせると、それは子ネコがちゃんと腕組みしないからだそうです。そこで罰として、アリスはネコを鏡の前に持ち上げて、そのむくれぶりを自分で見られるようにしてやりました――「そしておまえがすぐにいい子にならなかったら、向こうの鏡の国のおうちに入れちゃうぞ。それでもいいの? どう? さて、あなたがちゃんと聴いてるならね、子ネコちゃん、そしておしゃべりしないでいられたら、鏡のおうちについてのあたしの考えを、ぜーんぶ話してあげますからねー。まず鏡ごしに見えるお部屋があるでしょ――あれはうちの書斎とまるっきり同じだけど、でもなんでも逆になってるのね。いすに登ったら、全部見えるのよ――ただし暖炉の向こうのとこ以外はだけど。あーあ、そこんとこも見られたらいいのになぁ! 向こうにも冬には火が入ってるのか、すっごく知りたいの。だってぜったいにわかんないんですもん、ただしこっちの火が煙をたてたら、向こうの部屋でも煙があがるけど――でもそれって、ふりをしてるだけかもしれないでしょ、火があるように見せかけてるだけで。それとね、本はこっちの本と似てるけど、でもことばが逆向きになってるの。知ってるんだ。だって、本を一冊鏡に向けてみたら、向こうでも一冊こっちに向けるんだもん。
鏡の国のおうちに住んでみたい? あっちだとミルクがもらえるかしらね。鏡の国のミルクはあんまりおいしくないかも――でも、あら! ちょうど廊下のとこまでやってきましたよ。鏡の国のおうちでは、ほんのちょっとだけ廊下をのぞけるのよね、書斎のドアを思いっきり開いておくと。それで、見えるはんいではこっちの廊下とそっくりなんだけど、でもその向こうはぜんぜんちがうかも。鏡の国のおうちのほうに、ぬけられたらホントに楽しいでしょうね、子ネコちゃん! ねえ? もうぜったいに、すごくきれいなものがあると思うんだ!
なんか通り抜ける道があるつもりになりましょうよ。ね、子ネコちゃん。鏡がガーゼみたいにふわふわになったつもりになって、通り抜けられることにしましょう。あらやだ、なんだか霧みたいなものになってきてるじゃない! これなら簡単に通り抜けられるわ――」こう言うアリスは暖炉の上にあがっていたのですが、自分でもどうやってそこまであがったのか、よくわかりませんでした。そして確かに、鏡は本当に溶けだしていて、明るい銀色っぽい霧のようでした。
次のしゅんかん、アリスは鏡を通りぬけて、ピョンッと鏡の国の部屋に飛びおりていました。まっ先にやったのは、暖炉に火が入っているかを確かめることでした。そして、本物の火が、後にしてきた部屋と同じくらい明るく輝いているのを見て、アリスはとてもうれしく思いました。「これで前の部屋と同じくらいあったかでいられるわね。いえ、もっとあったかくいられるわ、だってここではだれも、火に近寄りすぎてるって叱る人はいないし。みんなが鏡ごしにこっちにいるあたしを見て、でもだれも捕まえられないの。楽しいだろうな!」
それからアリスはあたりを見まわし始めましたが、もとの部屋から見えたものは、とっても見なれたつまらないものばかりだけれど、それ以外の部分はとことんちがっているのがわかりました。たとえば暖炉のとなりのかべにかかった絵は、どれも生きているみたいで、暖炉の上のすぐそこにある時計だって(ごぞんじのように、鏡の中では裏っかわしか見えないよね)小さなおじいさんの顔をしていて、アリスににやっとしてみせます。
「こっちのお部屋は、むこうのほど片づいてないのね」とアリスは思いました。炉端に燃えがらがころがって、そこにチェスの駒がいくつか転がっていたのが見えたからです。でも次のしゅんかん、「あら!」というオドロキの声とともに、アリスはよつんばいになってそれを見つめていました。チェスの駒が、それぞれ対になってうろうろ歩いているのです!
「こっちには赤の王さま(キング)と赤の女王さま(クイーン) ね」とアリスは言いました(ただしこわがらせるといけないので、ひそひそ声でね)。「そしてあっちには白の王さま(キング)と白の女王さま(クイーン)が、シャベルのはしにすわってるわ――こっちではキャッスル二つがうでを組んで歩いてるし――どうもあたしのこと、聞こえないみたい」と、もっと頭を近くまで下げました。「それに、あたしが見えないのはまちがいなさそう。どうも目に見えなくなった感じ――」
そのとき何かがアリスの背後のテーブルでキイキイ声をあげはじめました。ふりかえるとちょうど、白のポーンが転がって足をバタバタさせだすところでした。これからどうなるんだろうと、アリスはわくわくしながらながめています。
「わが子の声がする!」と白の女王さま(クイーン)は叫んで王さまの横をすごい勢いでかけぬけます。それが勢いよすぎて、王さま(キング)は灰の中につきたおされてしまいました。「かわいいリリーちゃんや! 高貴な子ネコちゃんや!」そして女王さま(クイーン)は、猛然と暖炉の囲いをよじのぼりだしました。
「高貴だかホウキだか知らんが!」と王さま(キング)は、たおれたときにぶつけた鼻をさすっています。まあちょっとは女王さまに腹をたてるのも仕方ないでしょう。だって王さまは頭のてっぺんからつま先まで、灰まみれになっちゃっていたのですから。
ぜひともお手伝いしたかったし、それにかわいそうなリリーちゃんが、ひきつけを起こしそうなほど泣き叫んでいたもので、アリスはいそいで女王さまをつまみあげると、テーブルの上のそうぞうしい赤ちゃん娘の横に置いてあげました。
女王さまは息をのんで腰をぬかしてしまいました。空中を高速で移動したので、息がつけなくなって、しばらくはだまってリリーちゃんを抱きしめるばかりです。ちょっと息がつけるようになると、女王さまはすぐに、まだ灰の中でふくれっつらをしてすわっている白の王さま(キング)に呼びかけました。「火山にご注意を!」
「火山ってなんじゃ?」と王さまはいっしょうけんめい暖炉の炎をのぞきこみます。そこがいちばん火山の見つかりそうな場所だとでも言うように。
「わたし――を――噴きとばし――た――やつ」と女王さまは、まだ息をきらしていて、あえぎながら言いました。「気をつけて――ふつうに上がってらして――噴きとばされないで!」
アリスは、格子を一本ずつ苦労しながら登っていく白の王さまをながめていましたが、とうとうこう言いました。「まあ、そんな速さじゃテーブルにたどりつくまで、何時間かかるかわかりゃしない。あたしがお手伝いしたほうがずっといいわ、よね?」でも王さまはこの質問にぜんぜん反応しません。王さまにはアリスが見えもしないし聞こえもしないのは、もうはっきりしていました。
そこでアリスは王さまを、とってもそっとつまみあげて、女王さまを持ち上げたときよりもゆっくりと運んであげました。あまり目を白黒させずにすむようにしてあげたかったからです。でも、テーブルに置く前に、ついでだからちょっとほこりをはらってあげよう、と思いました。すごく灰まみれだったからです。
あとでアリスが話してくれたところでは、王さまは自分が目に見えない手で空中に持ち上げられて、ほこりを払われているときの王さまの顔つきといったら、生まれてこのかた見たこともないようなものだったそうです。叫びだすにはびっくりしすぎていましたが、目と口がどんどんあんぐりしてきて、どんどんまん丸くなっていって、アリスは笑って手がふるえてしまい、王さまをあやうく床に落としてしまうところでした。
「まあおねがいだから、そんな顔しないでちょうだい!」とアリスは、王さまに聞こえないのも忘れて大声で言ってしまいました。「笑いすぎて、落としちゃいそうだわ! それと、口をそんなにあんぐり開けないの! 灰がぜんぶ入っちゃうじゃない――よーし、これでなんとかきれいになったかな」とアリスは、王さまの髪をなでつけて、テーブルの女王さまの横に置いてあげました。
王さまはすぐに背中からたおれこんで、まるで身動きせずに横たわっています。そしてアリスは、自分のしでかしたことにちょっと驚いて、王さまにかける水がないか、部屋の中をさがしまわりました。でも、インキのビンしか見つかりません。そしてそれを持って戻ってきたら、もう王さまは回復したようで、女王さまとおびえたささやき声で話をしていました――ひそひそすぎて、アリスにもほとんど聞き取れないくらいです。
王さまはこう言っていました。「いやまったく、わしはまちがいなく、ヒゲの先の先っぽまで凍りつく思いであったぞ!」
答えて女王さまいわく「あなた、ひげなんかございませんでしょうに」
王さまはつづけます。「あのしゅんかんの恐怖といったら、わしゃ決して、決して忘れやせんぞ!」
「でも忘れますとも、ちゃんとメモっておかないと」と女王さま。
アリスが興味津々(きょうみしんしん)で見ていると、王さまはすごくでっかいメモ帳をポケットから取りだして、書きはじめました。アリスはパッとひらめいて、王さまの肩ごしにかなりつきだしていた鉛筆のはしっこをつかまえると、王さまのかわりに書きはじめました。
かわいそうな王さまは、合点がいかないようすであまりうれしそうではありません。しばらく何も言わずに、鉛筆と格闘していました。が、アリスが王さまよりも強すぎたので、ついに王さまは息がきれてしまいました。「おまえ、わしゃどうあっても、もっと細い鉛筆を手に入れんと。こいつはまるっきり言うことをきかん。わしの思ってもいないようなことをやたらに書きよる――」
「というとどういうたぐいのこと?」と女王さまは帳面をのぞきこみました(そこにアリスが書いたのは「白の騎士(ナイト)が火かき棒をすべりおりています。バランスを取るのがとっても下手です」だった)。「これはあなたの気持ちのメモじゃありませんわね!」
テーブルの上、アリスのすぐ近くには本がころがっていました。そして白の王さま(キング)をすわってながめながら(というのも、まだちょっとは王さまのことが心配で、また気絶したときのために、すぐにでもインキをかけられるようにはしてあったから)、アリスはページをめくって読めるところをさがしてみました。「――だって、ぜんぶあたしの知らないへんなことばで書いてあるんだもん」とアリスはつぶやきます。
こんな具合でした。
ーキッォウバャジ
がちたマゲモオしりる(ゅし)俊、(じ)時ろそ(に)煮はれそ
頃るす(んねく)捩躯り(ぐわ)繰環てにりか幅
りま(わき)極さしらじみのらトバョシボ
頃るめさほがラグト(ろい)漏居
アリスはしばらく首をかしげてしまいましたが、やっとひらめきました。「あ、そうか。もちろんこれ、鏡の国の本なのよ! だから鏡に映してあげたら、ことばがまたちゃんとして見えるはず」
アリスが読んだのは、こんな詩でした。
それは
幅かりにて
ボショバトたちのみじらしさ
「息子よ、ジャバーウォックに用心せい!
噛みつく
おそかなき
男子、ねれたる妖剣を手にとり
かねてより追い求めし
そして男子はの木の傍らで休み
しばし回想しつつ立ちつくす。
そしてけそかき思いにふけるうちに
炎の瞳のジャバーウォック
憂騒たる森中よりのそり出で
一撃二撃! ぐさり、またぐさり
ねれたる刃が舞い踊る!
男子そやつを
「してジャバーウォックを仕留めたか?
ほくれし息子よ、わが腕にまいれ!
嗚呼ゆるばしき日かな! 億歳! 兆歳!」
父は喜びに高笑い。
それは
幅かりにて
ボショバトたちのみじらしさ
「すごくきれい、みたい」と読み終わったアリスは言いました。「でもちょっとわかりにくいけど!」(ほら、アリスは自分自身にむかってでも、いまの詩がまるっきりわからなかったと白状するのはいやだったわけね。)「なぜだか、いろんな考えで頭がいっぱいになるんだけど――でもそれがなんだか、どうもわかんないわ! だけど、だれかが、なにかを殺したのよ。それだけは、なにはともあれはっきりしてるわ――」
「あ、でもそうだ!」とアリスは急に気がついて飛び上がりました。「急がないと、家のほかのところがどうなってるか見ないうちに、鏡を通って戻らなきゃなんなくなる! まずはお庭を見てみようっと!」アリスはいっしゅんで部屋を出ると、階段をかけ下りました――というか、まあ正確には走っておりたわけじゃなくて、階段を急いで簡単におりる、新発明のやり方よね、とアリスは自分でも思いました。指の先っぽだけを手すりにつけて、階段に足でふれさえしないで、ふわふわ静かにおりていったわけです。それからふわふわと廊下をぬけて、そのままドアを出てしまいそうになったところを、入り口の手すりに捕まっておさえます。宙に浮いてばかりいて、ちょっとくらくらしてきたところだったので、またふつうに歩けるようになってアリスはかなりホッとしました。
「お庭を見るんなら、あの丘のてっぺんにいったほうが、ずっとよく見えるはずだわ。そして丘のてっぺんにまっすぐ向かう道がある――少なくとも、いいえ、まっすぐしてないわ――」(何メートルか道沿いに歩くと、急なかどをいくつか曲がることになりました)「でもいずれ着くはずだけど。でもずいぶんと変にクネクネした道だわ! 道というより、コルク抜きみたい! よかった、このかどを曲がれば丘の方にいくはず――ではなかった! 家のほうにまっすぐ戻っちゃうじゃないの! ふん、だったら反対方向を試してみよう」
というわけで試してみました。いったりきたりさまよい、次から次へとかどを曲がって、でも何をやっても、必ず家に戻ってきてしまいます。なにせ一回なんか、かどをいつもより勢いよく曲がったら、そのまま止まる間もなく家につっこみそうになったほどです。
「いいえ、議論してもむだよ」とアリスは家を見あげて、それと口論しているふりをしてみました。「まだまだ中に戻る気はありませんからね。そしたらまた鏡を通って戻らなきゃいけなくて――もとの部屋に戻って――そしたら冒険もすべておしまいだわ!」
というわけで、アリスは決然と家に背を向けて、またもや道を進みはじめ、とにかく丘につくまでまっすぐ進もうと決めました。数分はまったく思い通りにことが運びます。そしてアリスがちょうど「こんどこそいけるわ――」とつぶやいたとたん、道が急にくねって揺さぶりがかかって(とアリスは後になって表現しました)、次のしゅんかんには気がつくと、まさにドアから家に入るところでした。
「あらあら、どうしましょう。こんなに通せんぼばっかりする家は見たことない! 一度も!」とアリスは叫びます。
それでも、丘は目の前にそびえていますし、ですからまた歩き出す以外にどうしようもなかったのでした。こんどのアリスは、大きな花壇にやってきました。ふちにはヒナギクが植わり、まん中には柳の木が生えています。
「ああオニユリさん」とアリスは、優雅に風にそよいでいるオニユリに話しかけました。「あなたが話せたらどんなにいいでしょう!」
するとオニユリが言いました。「話せるわよ、まわりに話す値打ちのある人がいればね」
アリスは驚きすぎて、しばらく口がきけませんでした。まったく意外で、息をのむしかなかったのです。ずいぶんたって、オニユリがそよいでいるだけだったので、アリスはまた口を開きました――おずおずと、ほとんどささやくように。「じゃあ、花はみんなしゃべれるの?」
「あなたなみにはね。それにずっと大きな声が出せるな」とオニユリ。
「こっちから話しかけるのも失礼でしょう、ねぇ?」とバラが言います。「あたしも、あんたがいつになったらしゃべりだすか、待ってたのよ! 『あの子、ちょっとは道理をわきまえてそうじゃない、あんまり賢くはないみたいだけど』って思ってぇ。でも色はそこそこまともだし、それって結構きくでしょう」
「色はどうでもいいけど、花びらをもうちょっとカールさせたら、ずっとよくなるわよね、この子は」とオニユリも言いました。
アリスはあれこれ品定めされるのがいやだったので、こちらから質問をすることにしました。「こんなところに植わって、だれにもめんどう見てもらえないで、ときどきこわくなったりしませんか?」
「まん中に木があるでしょうに。あれがなんのためにいると思ってんの?」とバラ。
「でもなにか危険が迫っても、木に何ができるの?」とアリスはたずねます。
「『木をつけろー』って言うにきまってるでしょ! だから木って 言うんじゃないのよ!」とヒナギクが叫びました。
「そんなことも知らなかったの?」と別のヒナギクが叫び、そこでヒナギクどもはいっせいに叫びだしまして、空中が小さな金切り声まみれになったかのようでした。「おだまんなさい、あんたたちみんな!」とオニユリは、顔をまっ赤にして身を左右にゆすり、興奮でふるえています。「こっちが捕まえられないのを知ってるもんだから!」と、オニユリは息をきらして、ふるえる頭をアリスのほうにまげます。「さもなきゃ、絶対にあんな口はきけないはずよ!」
「ご心配なく!」とアリスはさわやかに言うと、またもやしゃべりだしたヒナギクの上に身をかがめてささやきました。「だまんないと、摘んじゃうわよ!」
いっしゅんであたりは静まり、ピンクのヒナギクがいくつかあおざめました。
「そうそう!」とオニユリ。「ヒナギクがいちばんたち悪いわ。一人がしゃべると、みんないっせいに口を開いて、まあそれがぺちゃくちゃ続くの聞いてるだけで、こっちがしおれそうになっちゃうわ」
「どうしてみなさん、そんなにすてきにしゃべれるの?」アリスはお世辞を言って、なんとかオニユリのご機嫌をとろうとしました。「これまでいろいろお庭には行ったけど、でもしゃべる花なんて一つもなかったわ」
「手をおろして、地面をさわってごらん。そうすればわかるわよ」とオニユリ。
アリスは言われたとおりにしました。「すごくかたいけど。でもなんの関係があるんだか、ぜんぜんわかんないけど」
オニユリが答えます。「ほかのお庭だとふつうはね、花壇をやわらかくしすぎるのよ――だから花がいつも眠っちゃってるわけ」
これはとてもよい理由に思えたので、アリスはそれがわかってとてもうれしく思いました。「まあ、そんなこと、これまで考えたこともなかった!」
「あたしに言わせりゃ、あんたこれまでどころか、まるっきり考えたりできないのよね」とバラがいささかトゲトゲしい調子で言いました。
「そんなまぬけそうな人は見たこともない」とスミレが言いまして、それが実にいきなりだったもので、アリスは文字通りとびあがりました。スミレはこれまでだまっていたからです。
「ちょっとあんた! だまんなさいよ!」とオニユリが言います。「あんたがだれを見たことあるって言うのよ! いつも葉っぱの下に頭を隠して、グウグウ寝てばかりで、つぼみの頃からこの世で何が起きてるのかぜんぜんわかってないじゃないのよ!」
アリスはバラの最後の発言を気にしないことにしました。「このお庭に、あたし以外の人がいるの?」
「あんたみたいに、うろうろできる花がもう一人いるわ。あんたたちがどうやってんのか、不思議だけど――」(「あんた不思議がってばっかりね」とオニユリ)、「でもそっちのほうが、あんたよりボサボサしてるけど」
「あたしに似てるの?」とアリスは熱心にたずねました。「このお庭のどこかに、女の子がもう一人いるのね!」とふと思ったからです。
「そうね、形はあんたと同じでへんてこだけど、でも色はもっと赤いし――それに花びらももっと短かったはず」とバラ。
「彼女の花びらはもっときっちりまとまってるわ、ほとんどダリヤみたいね」とオニユリが割りこみます。「少なくともあなたのやつみたいに、バサバサになってはいないわね」
「でも、それはあんたのせいじゃないわよ」とバラが親切そうにつけくわえてくれました。「あんた、しぼみかけてるからね――そうなったら、花びらにちょっと張りがなくなってもしょうがないわよねぇ」
アリスはそんなのぜんぜん気に入りませんでしたので、話を変えようとしてきいてみました。「その人、ここに出てきたりするの?」
「まちがいなくもうじき会えるわよ。トゲっぽい種類の人だわね」とバラ。
「トゲって、どこにトゲがあるの?」アリスは不思議に思ってききました。
「どこって、頭のまわりにぐるっとよ、決まってるじゃない」とバラが答えます。「あんたはどうしてないのかなって、不思議に思ってたところだったのよ。あるのがふつうだと思ってたわ」
ヒエンソウが叫びました。「いまくるわ! 足音がきこえる。ズン、ズン、ズンって、砂利道をやってくるわ!」
アリスは熱心にあたりを見まわして、それが赤の女王さまだと気がつきました。「ずいぶんと大きくなったものねえ!」というのが彼女のまっ先に口走ったことでした。確かに女王さまは大きくなっていました。アリスが灰の中で女王さまを見たときには、身の丈ほんの十センチほど――ところがいまの女王さまは、アリス自身より頭半分だけ背が高いくらいです!
「新鮮な空気のおかげよ。こうして外に出ると、空気がすばらしくいいから」とバラが言います。
「ちょっとお目にかかってこようっと」とアリスは言いました。花とおしゃべりするのもおもしろかったのですが、本物の女王さまとお話しするほうが、ずっとすごいなと思ったからです。
「それは絶対に無理よ」とバラが言います。「あたしなら反対方向に歩くよう忠告しますがね」
これはまったくのナンセンスにしか聞こえなかったので、アリスは何も言わずに、すぐに赤の女王さまに会いにでかけました。びっくりしたことに、いっしゅんで女王さまを見失ってしまい、気がつくとまたもや玄関を入ろうとしているところでした。
ちょっとムッとしてアリスは身をひくと、あちこち女王さまをさがしまわって(やっと見つけた女王さまはずいぶんと遠くにおりました)、こんどはちょっと策を練って、反対方向に歩いてみようと思ったのです。
これは見事に成功しました。ほんの一分かそこら歩いただけで、赤の女王さまと鉢合わせすることになりました。さらに、さっきからいっしょうけんめい行こうとしていた丘もすぐそこです。
「おまえ、どこからきた?」と赤の女王さま。「どこへ行くつもりだえ? はい、背筋のばして、はきはきしゃべって、指をそんなもじもじさせるんじゃない!」
アリスはこうした言いつけをすべて守り、なんとかかんとか、自分の行き先がわからなくなったことを説明しました。
「自分の行き先とは、何を申しておるのやら」と女王さま。「ここの行き先はすべて、このわらわのものなんだからね――でも、そもそもなんだってこんなところへ出てきたのかえ?」と、ちょっとやさしい口調でつけくわえます。「何を言うか考えてる間に会釈をなさい、時間の節約になるから」
これにはアリスもちょっと考えこみましたが、でも女王さまのご威光におされて、信じないわけにはいきませんでした。「おうちへ帰ったらやってみようっと。晩ごはんにちょっと遅くなったりしたときに使えそうだわ」
「さ、おまえの答える時間だよ」と女王さまは時計を見ながら言いました。「しゃべるときには、もうちょっと口を大きく開けて、それと必ず『陛下』と言うように」
「お庭がどんなふうか見たかっただけなんです、陛下――」
「そうそう、よくできました」と女王さまは、アリスの頭をなでましたが、アリスはそれがまるで気に入りませんでした。「とはいえ、『お庭』と言うけど――わらわが見た庭に比べたら、あんなものただの野原じゃがの」
アリスはこんなことでわざわざ議論するつもりはありませんでした。「――それで、あの丘のてっぺんに行こうかなと思いまして――」
女王が割りこみます。「『丘』と言っても、このわらわが見せてやれる丘に比べたら、あんなのは谷と呼ぶしかない代物じゃがの」
「そんなバカな」とアリスは、びっくりしすぎてつい反論してしまいました。「丘はどうやったって谷にはなれませんもの。そんなのナンセンスで――」
赤の女王さまは首をふります。「『ナンセンス』と呼ぶのは勝手だがね、このわらわがきいたナンセンスに比べれば、さっきのなんか辞書なみに正論であるぞ!」
アリスはまた会釈しました。女王さまの口ぶりから、どうもちょっとは機嫌をそこねたらしいな、とこわかったからです。そして二人はだまって歩き続けて、あの小さな丘のてっぺんにたどりつきました。
しばらくの間、アリスは何も言わずに立って、この国の四方八方を見渡していました――そしてそれは、なんともへんてこな国ではありました。左右にまっすぐ、小さな小川がたくさん走っていて、小川の間の地面は、緑の茂みがいくつか小川から小川へと続いて、正方形に区切られています。
「これって絶対、おっきなチェス盤みたいに仕切られてるわよね!」とアリスはやっと言いました。「駒がどこかで動いてそうなものだわ――ほーらあそこにいるじゃない!」とアリスは大喜びで付け加え、そしてしゃべりながらもわくわくしてきて、心臓がドキドキしてきます。「すごくおっきなチェスの試合をやってるんだわ――世界中で――もしこれがそもそも世界ならの話だけどね。すごく楽しいじゃない? ああ、あたしもあの中の一人だったらなぁ! 試合に入れるなら、ポーンでもいいや――でももちろん、女王さま(クイーン)になれるものなら、それがいちばんいいですけど」
そういいながら、アリスはちょっともじもじして、本物の女王さまのほうをチラリと見ましたが、連れはにこやかに笑ってこう言っただけでした。「それくらいならおやすいご用だとも。おまえさえよければ、白の女王のポーンになるといい、リリーはまだ試合には小さすぎるから。そしておまえは、そもそも二升目にいるわけだね。八升目についたら、おまえも女王(クイーン)になれる――」まさにそのしゅんかんに、二人は走りだしました。
あとから考えてみても、どうやってそれが始まったのか、アリスにはさっぱりわかりませんでした。おもいだせるのは、二人が手をつないで走っていて、女王さまがすごい勢いだったもので、アリスはついていくのがやっとだったことだけです。そしてそれでも女王さまはたえず「もっと速く! もっと!」と叫びつづけて、でもアリスは、絶対にこれ以上は速く走れないと思い、でも息をきらしすぎていて、そんなことが口にだせる状態ではありませんでした。
なかでもいちばん不思議だったのは、木やまわりのその他のものが、まったく場所を変えなかったことです。どんなに速く走っても、なにも通り過ぎたりしないようでした。「ほかのものも、あたしたちといっしょに動いてるのかしら?」とかわいそうな混乱したアリスは思いました。そして女王さまはアリスの考えていることが見当ついたようです。「もっと速く! 口をきこうとするんじゃない!」と叫んだからです。
アリスとしても、口をきくつもりはまるっきりありません。とにかく息がきれてきて、もう二度としゃべれないんじゃないかと思ったくらいです。そしてそれなのに女王さまは「もっと速く! もっと!」と叫びつづけて、アリスを引きずっていきます。「もうそろそろ着く頃でしょうか?」とアリスは、やっとの思いでぜいぜいと言いました。
「そろそろ、だと!」と女王さまが繰り返します。「そんなとこ、もう十分も前に通り過ぎたよ! もっと速く!」そして二人はしばらくだまって走り続け、アリスの耳では風がうなり、ほとんど髪が吹き飛ばされそうだわ、とアリスは思いました。
「さあさあ、もっと速く! もっと!」と女王さまがさけび、二人はあまりに速く走ったので、最後はまるで宙を切るように進んでいて、足がほとんど地面につかない感じです。そして急に、ちょうどアリスが疲れきってしまった頃に二人は泊まり、アリスは地面にすわりこんで、息をきらしてクラクラしていました。
女王さまがアリスを木にもたれさせてくれます。「さあ、ちょっと休んでよろしい」と親切そうに言います。
アリスはあたりを見まわして、おどろいてしまいました。「まあ、まるでずっとこの木の下にいたみたいだわ! なにもかももとのまま!」
「もちろんそうだとも。ほかになりようがあるとでも?」と女王さま。
アリスは、まだちょっと息をきらしていましたが、答えました。「ええ、わたくしどもの国では、ふつうはどこかよそにたどりつくんです――もしいまのわたしたちみたいに、すごく速く長いこと走ってたら」
「グズな国じゃの! ここではだね、同じ場所にとどまるだけで、もう必死で走らなきゃいけないんだよ。そしてどっかよそに行くつもりなら、せめてその倍の速さで走らないとね!」
「それは遠慮したいです、後生ですから!」とアリス。「ここにいられれば十分満足ですから――ただ、確かにすごく暑くてのどがかわいちゃって!」
「それなら気に入るはずのものがあるぞえ!」と女王さまはとても親切そうに言って、ポケットから小さなはこを取り出しました。「ビスケットをいかが?」
アリスは、ことわるのも失礼だわと思いましたが、でもそんなものがほしいとは、まるで思いませんでした。そこでそれをもらって、できるだけ食べようとしました。それはすさまじく乾燥していまして、だから生まれて初めてというくらい、のどにつまって窒息しそうになったほどです。
「おまえがそうやって一息ついておる間に、わらわはちょいと寸法を採るとしようかね」と女王さま。そしてインチごとに印がついたリボンをポケットから取りだして、地面を測りはじめ、あちこちに小さなペグを差しこみはじめました。
「二ヤードのおしまいにきたら」と女王さまは、ペグをさして距離をしるします。「道順を教えてあげるとしよう――ビスケットをもう一ついかが?」
「いえ、結構です。一つでもうじゅうぶんです!」
「のどの乾きはおさまったであろうが?」と女王さま。
アリスはどう答えていいかわかりませんでしたが、ありがたいことに女王さまはこちらの返事をまたずに、しゃべりつづけました。「三ヤード目の終わりにきたら、わらわはそれまでのを繰り返すとしよう――おまえが忘れるといけないからね。そして四の終わりでは、ごきげんようを言おうぞ。それから五の終わりで、わらわは去る!」
この頃には女王さまも、ペグをぜんぶ差しこみ終わって、その女王さまが木のところに戻ってくるのを、アリスは興味津々(きょうみしんしん)で見守りました。女王さまは、ゆっくりとペグの列にそって歩きだします。
二ヤードのペグまでくると、女王さまはふりかえってこう言いました。「ポーンは最初に動くときだけは二駒進めるのは知ってるね。だから、三升目はとっても高速に通り抜けることになる――たぶん鉄道を使うことになるはずだよ――そしてあっという間に四升目だ。その升は、トゥィードルダムとトゥィードルディーの升だね――五番目はほとんど水で――六番目のはハンプティ・ダンプティのものだわね――でもおまえ、ウンとかスンとか言ったらどうだえ?」
「あ――あの、言わなきゃいけないとはぞんじませんで――いまですか?」アリスはまだ息をきらしています。
「おまえはね、『まあいろいろ教えてくださいまして、まことにありがとうございます』と言うべきではあったんじゃが――が、まあ言ったことにしておいてやろう――七升目は森ばっかりだね――でも騎士(ナイト)が道案内してくれるじゃろ――そして八升目ではわれらとともに女王(クイーン)になって、そうしたらずっと宴会で楽しかろうて!」アリスは立ちあがって会釈をすると、また腰をおろしました。
次のペグで女王さまはまたふりかえり、こんどはこう言いました。「なにかを指すことばがわからなくなったら、フランス語でしゃべってみるように――歩く時は、内股になってはいけません――そして自分がだれだか忘れないこと!」女王さまは、こんどはアリスが会釈するのを待たず、急いで次のペグまで進むと、いっしゅんだけ振り返って「ごきげんよう」と言ってから、最後のペグに急ぎました。
それがどういうふうに起こったのか、アリスにはまるでわかりませんでしたが、最後のペグのところにきたちょうどそのしゅんかん、女王さまはいなくなっていました。空中にかき消えたのか、それともすごい速さで森にかけ込んだのか(「確かに、すごく走るのが速いのは事実ですもんねえ」とアリスは思いました)、かいもく見当もつきませんでしたが、とにかく、女王さまは姿を消し、そしてアリスは自分がポーンで、そろそろ動く順番だというのを思いだしはじめたのでした。
でも、これはどう見てもふつうのハチなんかじゃありませんでした。むしろ、ゾウでした――アリスもじきにこれがわかりましたが、でも気がついて思わず息をのんでしまいました。「じゃああのお花って、すさまじい大きさにちがいないわ!」とアリスは続いて思いました。「小屋の屋根をとっぱらって、くきをくっつけたみたいな――それに、ハチミツの量もすごいはずよ! ちょっと下りてってみようかしら――いえ、いまはダメだわ」と、いまにも丘を駆け下りそうになった自分を制します。そして、急にしりごみしたので、なんとかいいわけを考えようとしました。「追い払うのに、すごく長い枝がないと、あんなのの中に行けないわよね――そしてみんなが、散歩はいかがでしたと聞いたら、すごく楽しいだろうな。こう言うの――『ああ、まあまあでしたわ――』」(そしてここでお気に入りの、頭をちょっとはねあげるポーズ)「『ただいささかほこりっぽくて暑かったのと、それにゾウにいっぱいたかられちゃったのがどうも!』」
しばらく考えてからアリスは言いました。「反対側におりようっと。ゾウはあとで訪ねてみてもいいし。それに、三升目に行きたくてたまらないもの!」
そしてこの口実で、アリスは丘をかけおりて、最初の小川六本を飛び越えたのでした。
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「きっぷ拝見!」と車掌が、まどから頭をつっこんで言いました。すぐさまみんな、きっぷを出していました。きっぷは人間ほども大きくて、車両がそれだけでいっぱいになりそうです。
「さあさあおじょうちゃん、きっぷを見せるんだよ!」と車掌がつづけ、怒ったようにアリスのほうを見ます。そしてすごくたくさんの声がいっせいにこう言いました(「歌のコーラスみたいだわ」とアリスは思いました)、「おじょうちゃん、車掌さんを待たせちゃダメよ! 車掌さんの時間はお値打ち一分千ポンド!」
「すいません、ないんですけど」とアリスはおびえた声で言いました。「あたしがきたところには、きっぷ売り場がなかったんです」そしてまたもや声のコーラスがはじまります。「この子がきたところには、余裕がなかったのよ。あそこの土地は、お値打ち一ミリ千ポンド!」
「いいわけするんじゃない」と車掌さん。「機関手から買えばよかっただろうが」そしてまたもや声のコーラスが始まりました。「機関車を運転する人だよ。なんと、煙だけでもお値打ち一雲千ポンド!」
アリスは「しゃべってもしょうがないわ」と思いました。声はこんどはコーラスしませんでした。アリスがしゃべらなかったからです。でもすごくおどろいたことに、みんなコーラスで考えたのです (「コーラスで考える」というのがどういう意味か、わかってもらえるといいんだけど――というのも白状しちゃうと、このぼくはさっぱりわからないんだもの)「なにも言わないほうがいい。ことばは一言千ポンド!」
「今夜は千ポンドの夢を見そう、絶対!」とアリスは思いました。
この間ずっと、車掌さんはアリスをながめていました。最初は望遠鏡を使って、それから顕微鏡を使って、それから双眼鏡を使って。とうとう車掌さんは言いました。「旅行の方向がまちがってるぞ」そして窓を閉めて、あっちに行ってしまいました。
「こんなに小さな子供なんだから、自分の名前がわからなくても、行く方向くらいは知らないとダメだね!」と向かいにすわった紳士(白い紙の服を着ています)が言いました。
白い服の紳士のとなりにすわっていたヤギが、目を閉じて大声でいいました。「ABCが暗唱できなくったって、きっぷ売り場への道くらいは知ってないとダメだね!」
ヤギのとなりには、カナブンがすわっていました(総じて、なかなか風変わりな乗客ばかりいっぱい集まった客車でした)。そしてどうやら、みんな順番にしゃべるというのが規則のようで、そのカナブンが先を続けます。「この子は、ここから貨物扱いで戻ってもらわんとダメだね」
カナブンの向こうにだれがすわっているのか、アリスには見えませんでしたけれど、次に聞こえてきた声はずいぶん狼狽(ろうばい)したようすです。「機関車を換えて――」と言って、そのままとぎれてしまいました。
「ロバみたいな声ね」とアリスは思いました。すると耳元で、とっても小さな声が聞こえました。「いまのでだじゃれができるかもね――『ロバ』の『狼狽(ろうばい)』、でね」
すると遠くのほうで、とてもやさしい声が言いました。「その子には『小娘、取り扱い注意』のラベルをつけないといけませんわ――」
そしてそのあと、次々に声がつづきます(「この客車って、ずいぶんたくさん人が乗ってるのねえ!」とアリスは思いました)。「指先でも切手(きって)もらって、郵便で送ったら――」「電信で、電報扱いで送らないと――」「この先、その子に列車を牽かせないと――」などなど。
でも白い紙の服の紳士が身をのりだして、アリスの耳にささやきます。「みんながあれこれ言うのは気にしなさんな、おじょうちゃん。でも列車が止まるたびに、戻りのきっぷを買うこと」
「そんなことするもんですか!」とアリスはちょっとプリプリして言いました。「あたしはそもそもこの鉄道旅行には入ってないのよ――さっきまで森の中にいたんだから――できたらそこに戻るつもりよ」
またさっきの小さな声が耳元で言います。「いまのもだじゃれにできるよね。森に戻るつもり、なんちて」
「そんなにからかわないで」アリスは声がどこからきているのか、あたりを見回しましたが、何も見あたりません。「そんなにだじゃれが好きなら、自分で言えばいいじゃない!」
小さな声がすごく深いため息をつきました。明らかにとっても不幸で、アリスとしても何かなぐさめるようなことを言ったでしょう「ただし他の人みたいにため息をついてくれてればね!」とアリスは思いました。でもそれは実に見事に小さなため息だったので、ごく耳元からきたのでなければ、完全に聞きのがしていたでしょう。その結果として何がおきたかというと、耳をすごくくすぐって、そのせいでかわいそうな生き物の不幸のことを、アリスはすっかり忘れてしまったのでした。
小さな声は続けます。「きみは友だちだよね。だいじな友だち、昔からの友だち。そしてぼくをいぢめたりしないよね、ぼくが昆虫にはちがいなくても」
「昆虫って、どんな昆虫なの?」とアリスはちょっと心配そうにたずねました。実はほんとうに知りたかったのは、それが刺す昆虫かどうかだったのですが、そうきくのはちょっとお行儀が悪いかな、と思ったのです。
「え、だったらきみは――」と小さな声が言いかけたところで、機関車からの甲高いきしり音でかき消されてしまい、アリスも含め、みんなびっくりして飛び上がりました。
窓から首をつきだしたさっきのロバが、静かに頭を戻して言いました。「小川を飛び越えなきゃならないだけですよ」。みんな、これで納得したようでしたが、アリスはそもそも列車が飛ぶということで、ちょっと心配になりました。「でも、それで四升目に行けるわ、それだけはありがたいわね!」とアリスはつぶやきました。つぎのしゅんかん、客車が宙にまっすぐ飛び上がるのが感じられて、こわくなったアリスは、いちばん手近なものを握りしめました。それはヤギのひげでした。
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でもさわったとたんにひげはとけてしまうようで、気がつくとアリスは木の下に静かにすわっているのでした――一方でブヨ(これまで話をしていたのはこの昆虫だったのです)はアリスのすぐ上の小枝でバランスをとって、羽でアリスをあおいでいました。
たしかに、すっごくおっきなブヨではありました。「ニワトリくらいあるわ」とアリスは思います。でも、いままでずっと話をしてきたもので、今さらこわくなったりもしませんでした。
「――だったらきみは、昆虫はみんなきらいなの?」とブヨは、なにごともなかったかのように、静かにつづけました。
「しゃべれると昆虫も好きよ。あたしがきたところだと、話す昆虫なんかぜんぜんいないもん」
「どういう昆虫に熱狂するの、きみのきたところだと?」とブヨがたずねます。
「あたし、昆虫に熱狂したりはしないわよ。ちょっとこわいんだもの――特に大きいのは。でも、名前なら少しはわかるけど」とアリスは説明します。
「もちろん昆虫は、名前を呼ばれたら答えるんだよね?」とブヨはなにげなく言います。
「あたしはそういうおぼえはないけど」
「呼ばれて答えないんなら、その子たちは名前なんかあってもしょうがないじゃないの」とブヨ。
「そりゃ昆虫には役に立たないだろうけど、でも名前をつけた人間には役にたつんだと思うな。だってそうでなきゃ、なぜそもそもいろんなものに名前なんかついてるのよ」とアリス。
「わかんない。それに、下の方の森では、名前がないんだよ――だけど昆虫の一覧を続けてよ。時間がもったいないし」
「そうねぇ、まずウマバエでしょ」とアリスは指折り数えながら名前を挙げはじめました。
「はいはい、あの茂みの半ばくらいのところを見てもらえば、木馬ハエがいるでしょう。全身が木だけでできてて、枝から枝へギシギシ揺れながら動くんだよ」とブヨ。
「なにを食べてるの?」アリスは知りたくてたまりませんでした。
「樹液とおがくず。先を続けてよ」とブヨ。
アリスは木馬バエを興味津々(きょうみしんしん)で見上げました。ペンキ塗り立てみたいね、と思いました。色鮮やかでベタベタしてそうだったからです。でも、先を続けました。
「それと、ドラゴンフライ(とんぼ)ね」
「頭の上の枝をみてごらん。スナップ・ドラゴンフライがいるでしょ。からだはプラム・プディングで、羽はヒイラギの葉っぱ、頭はブランデーの中で燃える干しぶどうだよ」
訳注:すみません、これはイラストの都合もあって、別のだじゃれで置き換えるわけにいきませんでしたです。スナップドラゴンというのはですねぇ、西洋のクリスマスの慣習で、ブランデーをお皿に入れて干しぶどうをそこにまいて火をつけて、それを指で取り出すという遊びでございます。
「それは何を食べるの?」
「小麦プリンとミートパイ。そして巣はクリスマスのプレゼントの箱の中につくるの」
「それと、黄斑(きはん)チョウっていうのもいたな」アリスは、頭の燃えている昆虫をよーくながめて、「昆虫が火に飛び込みたがるのって、このせいかしら――みんな、スナップ・ドラゴンフライになりたがってるのかも!」と思ってから続けました。
「きみの足下をはいずっているのが」(とブヨに言われて、アリスはあわてて足をひっこめました)「バタつきパンチョウね。羽は薄いバタつきパンで、胴体が耳のところで、頭が角砂糖」
「それでこれはなにを食べてるの?」
「クリーム入りの薄い紅茶」
新しいなぞが、アリスの頭に浮かびました。「もしそれが見つからなかったら?」
「そしたら死ぬよ、もちろん」
「でも、それってずいぶんよくありそうだけど」とアリスは考えこんで言いました。
「しょっちゅうだよ」とブヨ。
これをきいて、アリスはしばらくだまって考えこんでしまいました。ブヨはその間、退屈しのぎにアリスの頭のまわりをブンブン飛んでいます。最後にまた枝にとまって、こう言いました。「きみって、名前をなくしたりしたくないよね」
「いいえ、まさか」アリスはちょっと不安そうです。でも、ブヨは気軽な調子で続けました。
「うん、でもどんなもんだろうね。名無しで家に戻れたらすごく便利だと思わない? たとえば家庭教師が授業できみを呼びたくても、『始めますよ、――』と言って止めるしかなくて、だって家庭教師が呼べる名前もないし、そうなったらもちろんきみもいかなくてすむわけでしょ」
「それじゃぜったいすまないわ、まちがいなく。先生はぜったいにそんなことで、授業をやめたりしないもの。あたしの名前が思い出せなければ、召使いたちを呼ぶときみたいに『ちょっと!』と言うだけよ」
「ふーん。でももし先生が『ちょっと!』とだけしか言わなかったら、もちろん授業もちょっとしか出なくていいんだよね。いまのはだじゃれだよ。きみが言ったんならよかったのに」
「どうしてあたしが言ったらよかったと思うわけ? ずいぶん寒いだじゃれなのに」
でもブヨは深いため息をついただけで、おっきな涙が二つ、ほっぺたを転がりおちてきました。
「そんなに不幸になるなら、だじゃれなんか言っちゃだめよ」とアリス。
そこにまた、あの憂鬱で小さなため息がきて、今回は哀れなブヨも、ため息で自分をはきだしきってしまったようです。アリスが目をあげると、小枝にはなにも目に入るものはなくて、アリスとしてもじっとすわりっぱなしでちょっと寒くなってきたので、立ち上がって歩き出しました。
「これが、名前のない森ね」とアリスは考えこみました。「入ったら、あたしの名前はどうなっちゃうんだろう。名前を全部なくしちゃうのはいやだな――そうなったら別の名前がつけられるだろうし、どうせひどい名前になるに決まってるもの。でも、そうしたらあたしのもとの名前をもらった生き物を探すのはおもしろいだろうな! 迷子の犬を探す広告とかみたいでしょう――『「ポチ」と呼ぶと答えます:しんちゅうの首輪つき』――だれかが返事するまで、会うものを片っ端から『アリス』と呼ぶのよ! でも、賢ければ呼ばれても返事なんかしないと思うけど」
とかなんとか、いろいろぶつぶつ言っているうちに、森にやってきました。とてもうっそうとして涼しそうです。「なにはともあれ、とっても気持ちよさそうではあるわね」とアリスは木々の下に入りました。「こんなに暑かったところから、こんなひんやりした――ひんやりしたなんだっけ?」とアリスは、ことばが出てこないのにいささか驚いて続けました。「つまりひんやりした――この――この、これの下、なんだけど!」とアリスは、手を木の幹に触れました。「これって、なんて自称してるんだろう。まちがいなく、名前がないんだと思うわ――絶対まちがいなくないわ!」
アリスはしばらくだまって考えこみました。それから急にしゃべりだしました。「じゃあほんとうに起きたんだわ! それじゃあ、あたしはだれ? 思い出したいわ、思い出せるものなら! 絶対がんばって思い出すわ」でもいくらがんばっても大した役にはたちません。そしてさんざん首をひねったあげくに、アリスがやっと言えたのはこれだけでした。「『リ』よ、ぜったいまちがいなく『リ』で始まったはず!」
ちょうど、子鹿がふらりとやってきました。おっきなやさしい目でアリスを見つめましたが、ぜんぜんこわがっていないようです。「おいで! おいで!」とアリスは手をのばしてなでようとしました。でもそれはちょっととびのいて、またじっと立ってアリスを見つめています。
「きみ、なんていうの?」子鹿はやっと言いました。とってもやわらかくて甘い声でした!
「それがわかればねえ!」とアリスは思いました。そして、ちょっと悲しそうにこう答えました。「いまはなにもないの」
「それじゃダメだよ。もっとよく考えて」とそれは言いました。
考えましたが、なにも浮かびません。アリスはおずおずとたずねます。「お願い、あなたはなんていうの、教えてよ。そしたらこっちも、思いだしやすくなるかも」
「もうちょっと先までいったら教えてあげる。ここでは思い出せないの」と子鹿。
そこで両者は、森の中をいっしょに歩いていきました。アリスは子鹿のやわらかい首に、愛しげに腕をまわしています。でもやがて、また開けた野原にやってきました。すると子鹿はとつぜん空中に飛び上がって、アリスの腕をふりほどきました。「ぼくは子鹿だ!」と喜びの声をあげます。「そして、わあどうしよう! きみは人間の子供じゃないか!」その美しい茶色の目に、いきなり警戒の色が浮かんで、つぎのしゅんかんには全速力でかけ去ってしまいました。
アリスはそれを見送って立ちつくしていました。こんなに急に、愛しい小さな旅仲間を失って、ほとんど泣きそうです。「でも、もう自分の名前がわかるわ。それはちょっとは安心だな。アリス――アリス――もう二度とわすれないわ。さて、あの道しるべのどっちにしたがったらいいのかな?」
これはとっても答えやすい質問でした。森をぬける道は一つしかなかったし、二つの道しるべは、どっちも同じ方向を指していたからです。「道が分かれて、道しるべがそれぞれ別の方向を指すようになったら、かたがつくでしょう」とアリスはつぶやきました。
でも、どうやらそんなことにはならないようです。アリスはひたすら前進して、ずいぶん歩いたのですが、道が分かれるたびに道しるべが二つあって、どっちも同じ方向を指しているのです。一つは
トゥィードルダムのおうち方面 →
と書かれていて、もう一つは
トゥィードルディーのおうち方面 →
と書かれています。
「これってどう考えても、二人とも同じ家にすんでるんだわ! どうしていままで思いつかなかったのかしら――でも長居するわけにはいかないわね。ちょっといって、『ごめんください』と言って、森から出る道をきくだけね。暗くなる前に八升目につかないと!」そこでアリスはさらにぶらぶらとすすみ、ぶつぶつ独り言を言っていましたが、急な曲がり角を曲がると、ちびでデブな二人組に出くわしました。いきなり出くわしたので、思わず飛びのいてしまいましたが、次のしゅんかんには気をとりなおして、これぞまさしく――
――にちがいない、と思いました。
(訳注:ここ、前の章の最後の文から、章題まで含めて続けて読んだってや。)
二人は木の下に立って、おたがいに相手の首に腕をまわしております。どっちがどっちか、じきにわかりました。片方がえりに「ディー」とししゅうしてあって、もう片方は「ダム」とししゅうしてあったからです。「たぶん二人とも、えりのうしろ側に『トゥィードル』って書いてあるんでしょうね」とアリスはつぶやきました。
二人とも、まるで動かなかったので、アリスは二人が生きていることを忘れて、二人ともえりの後ろに『トゥィードル』って書いてあるかどうかを見に、後ろにまわろうとしたとき、「ダム」と書いてある方が声をたてて、アリスはびっくりしてしまいました。
「ぼくたちがろう人形だと思うんなら、見物料を払いなさいよ。ろう人形は無料で見るもんじゃない、如何様にも!」
「対照的に、ぼくたちが生きてると思うんなら、なんとか言いなさいよ」と、「ディー」とついたほうがつけ加えました。
「ええ、ほんとに心からごめんなさいね」アリスはそう言うのがやっとでした。あの古い歌の歌詞が、カチカチ言う時計みたいに頭のなかで鳴り響いていて、ついそれを口に出してしまいそうだったからです:――
「トゥィードルダムとトゥィードルディー
決闘しようと取り決めたわけ
なぜってトゥィードルダム曰くトゥィードルディー
新品のすてきなガラガラを壊しめたわけ
ちょうどお化けガラスが舞い降りて
墨ツボみたいに真っ黒で
英雄たちはこわがって
口論もすっかり忘れましたとさ」
「きみが何を考えてるかわかるぞ、でもそれはそうじゃないんだぞ、如何様にも」とトゥィードルダム。
「対照的に、そうであったなら、そうであったかもしれず、そしてそうであったとすれば、そうであろう。しかしそうでない以上、そうではあらぬのである。それが論理というもの」とトゥィードルディーが続けます。
アリスはとってもていねいに申しました。「あたしが考えていたのは、森から出るのにどの道がいちばんいいかってことなんです。ずいぶん暗くなってきたし。お願いですから、教えていただけませんか?」
でも、小さな男たちは、顔を見合わせてニヤニヤするだけでした。
二人とも、まったくなりの大きな小学生二人組そっくりだったもので、アリスはついついトゥィードルダムを指さして、「いちばーん!」と叫んでしまいました。
「如何様にも!」とトゥィードルダムは短く叫んで、すぐにぴったりと口を閉ざしてしまいました。
「にばーん!」とアリスはトゥィードルディーに移りましたが、どうせ「対照的!」と叫ぶだけに決まってるわ、と確信しておりまして、まさにその通りでした。
「ちがうだろう!」とトゥィードルダムはわめきました。「人のところに訪ねてきたら、まっさきに言うのは『ごめんください』で、次に握手をするんだぞ!」そしてここで兄弟二人はお互いに抱きあって、それからそれぞれ空いたほうの手をのばして、アリスと握手しようとしました。
アリスは、片方だけ先に握手するのはいやでした。残ったほうが気を悪くするかもしれないからです。そこでむずかしい状況をきりぬけるいちばんいい方法として、アリスは両方の手を同時ににぎりました。次のしゅんかん、みんなは輪になっておどっていたのです。これはとても自然に思えて(と後からアリスは思い出しました)、音楽が流れてきても、まるでおどろきませんでした。音楽はみんながおどっている頭上の木から流れてくるみたいで、どうも(アリスがなんとかつきとめた範囲では)枝がお互いにこすれあって音楽になっているみたいでした。バイオリンと、バイオリンの弓みたいな感じです。
「でも、ホントすっごくおかしかったのよね」(とアリスはあとで、この一件すべてのおはなしをお姉さんにしているときに言いました。)「あたし、いきなり『かごめかごめ(HERE WE GO ROUND THE MULBERRY BUSH)』をうたってるんだもん。いつうたいはじめたのかはわかんないけど、でもずいぶん長いことうたってたような気がしたの!」
アリス以外のおどり手二人はでぶで、すぐに息をきらしてしまいました。「一回のおどりで四周もすればじゅうぶん」とトゥィードルダムがぜいぜい言って、みんなははじまったときと同じくらい、いきなりおどりをやめました。音楽も、その同じしゅんかんに止まりました。
それから二人はアリスの手をはなしましたが、一分ほど立ったままアリスを見つめています。これはなかなかきまりの悪い間で、アリスとしても、たったいままでおどっていた人たちとどういうふうに会話をきりだしていいのか、わかりませんでした、「いまさら『ごめんください』でもないわよねえ。なぜかもうそんな段階はすぎたみたい!」
「あまりお疲れじゃないといいんですけど?」とうとうアリスは言いました。
「如何様にも。それと、きいてくれてたいへんにありがとう」とトゥィードルダム。
「実に感謝感激!」トゥィードルディーがつけ加えました。「詩はお好き?」
「え、ええ。まあなかなか――全部じゃないですけど」とアリスは、用心しながら言いました。「森から出る道はどっちか教えていただけませんか?」
「この子に何を暗唱してあげようか?」とトゥィードルディーは、荘厳な目をぱっちりと開けてトゥィードルダムのほうを見つめ、アリスの質問は無視しました。
「『セイウチと大工』がいちばん長いよ」とトゥィードルダムが、兄弟を愛情こめて抱きしめながら答えました。
トゥィードルディーはすぐに始めました。
「おひさまピカピカ海の上――
ここでアリスは、思い切って口をはさみました。できるだけていねいに申します。「あの、それってものすごく長いんでしたら、まずは森から出る道を教えていただいて――」
トゥィードルディーはやさしくほほえむと、最初から暗唱しなおしました。
「お日さまピカピカ海の上
力の限り照らしてる
波浪をすべすべキラキラに
するため全力つくしてた――
でもこれってなんか変
いまは夜のど真中。
お月様、ぷんぷん照らしてる
だってお日さまが昼間のあとで
そこらをウロウロするなんて
ずいぶんでしゃばりと思ったから――
曰く『なんとも失礼だこと
のこのこじゃましにくるなんて!』
海はとことんびしょぬれで
砂はとことん乾いてた。
雲一つ見あたらず、それというのも
空には雲がなかったから:
頭上を飛ぶ鳥もなし――
そもそも飛ぶ鳥なんかいないから。
セイウチと大工が
肩を並べて歩いてた;
こんなにたくさんの砂を見て
二人はおいおい泣いていた:
『こいつさえきれいに掃除すりゃ
なんとも豪勢だろうになぁ!』
『女中七人にモップ七本
持たせて半年掃かせたら
きれいに片づけられると
思うかい』とたずねるセイウチに
『あやしいね』と大工は答え
辛苦の涙を流してる。
『おおカキ諸君、散歩しにおいで!』
とセイウチが差し招く。
『すてきな散歩、すてきな談笑
潮の浜辺に沿って
でも手を貸せるのは、
最高四匹までだよ』
最年長のカキ、セイウチをながめ
でも一言たりとも発しはしない。
最年長のカキはウィンクして
重い頭を横に振る――
カキ床を離れたり
する気はないよというつもり。
でも若いカキ四匹がいそいそと
大喜びで招待に応じ:
コートにブラシ、顔も洗い
くつもきれいにきっちりと――
でもこれってなんか変
だってカキには足がない。
さらにカキが四匹つづき
そしてさらにまた四匹
そして群がりあわててみんなきた
そして次、次、もっと次――
みんな泡立つ波からピョンピョンと
岸辺めがけて押し寄せる。
セイウチと大工は
一マイルほど歩いてから
具合良く低い
石の上にこしかけた:
そしてかわいいカキたちみんな
そこに並んで待っていた。
セイウチいわく『さあいろんなことを話し合う
ときがついにやってきた:
くつだの――ふねだの――封蝋や
王さま――はたまたキャベツなど――
あるいは煮え立つ海の謎――
またはブタの翼の有無』
『でもちょっと待ってよ』とカキたち叫ぶ
『みんなでおしゃべりする前に;
息をきらした子もいるし
ぼくたちみんな、デブちんだ!』
『あわてることはないよ』と大工。
みんなこれには感謝した。
『パンが一斤』とセイウチ曰く
『それがもっぱら必要だ:
さらにはコショウと酢もあれば
それはなおさら好都合――
さあ親愛なるカキくんたちよ
よければ食事を始めよう』
『でもまさかぼくたちを』と叫ぶカキくんたちは、
みんなちょっと青ざめる、
『こんなに親切にしてくれたのに
それはなんともあんまりだ!』
『見事な夜だ』とセイウチが言う
『なんともすてきなながめじゃないか』
『出てきてくれてありがとう
なんとも優しい子たちだね!』
大工の答はただ一言
「パンをもう一切れ頼む:
そんな上の空はやめてほしいね――
二度も三度も言わせるな!』
『こんなペテンをするなんて
これはなんとも恥ずかしい』とセイウチ。
『こんな遠くに連れ出して
あんなに急いで歩かせて!』
大工の答はただ一言
『バターを厚く塗りすぎた!』
『かわいそうなきみたち』とセイウチ、
『心底同情してあげる』
セイウチ、嗚咽と涙に隠れつつ
選ぶはいちばん大きいカキばかり
ポケットからのハンカチで
涙流れる目を隠しつつ。
『おおカキ諸君』と大工が呼びかける。
『なかなか楽しい道中だった!
ぼちぼち帰るとしようかね?』
でもこれに対する返事なし――
そしてこれってどこが変?
だって一つ残らず腹の中」
「あたし、セイウチがいちばん好きだな。だってあわれなカキたちのこと、ちょっとはかわいそうと思ってあげたでしょ」とアリス。
「でも、大工よりもいっぱい食べたんだよ。ハンカチを口にあてて、いくつ食べたかを大工に数えられないようにして。対照的に」とトゥィードルディー。
「それ、ひどいわ! じゃあやっぱり大工がいちばん好き――セイウチほどたくさん食べなかったんなら」とアリスは憤然として言いました。
「でも大工だって食べられるだけ食べたんだよ」とトゥィードルダム。
これは悩ましい問題でした。しばらく考えこんでからアリスは口を開きました。「まったく! どっちもずいぶんといやな連中で――」ここでアリスは、ビクッとしてあたりを見まわしました。ちかくの森から、おっきな蒸気機関車(じょうききかんしゃ)の音みたいなものが聞こえてきたからです。アリスは、たぶん野獣じゃないかしらと思ったわけです。「このあたりって、ライオンとかトラとかいるのかしら?」アリスはびくびくしてたずねました。
「ありゃただの赤の王さま(キング)のいびき」とトゥィードルディー。
「おいで、ごらんよ!」と兄弟たちは叫んで、それぞれがアリスの手を一つずつにぎると、王さまの眠っているところまでつれてきました。
「なんて美しい姿だと思わない?」とトゥィードルダム。
アリスとしては、これに心底賛成はできませんでした。長い赤いナイトキャップをかぶって、王杓を持ち、みっともない山みたいに丸まってねっころがり、大いびきをかいているのです――それもトゥィードルダムが言ったように「頭がはずれそうなくらいの大いびき」です。
「湿った草の上に寝てるなんて、カゼひいちゃうんじゃないかしら」アリスはとても配慮のいきとどいた女の子だったので、こう申しました。
「夢を見てるんだよ。それで、なんの夢を見てると思う?」とトゥィードルディー。
アリスは答えます。「そんなのだれにもわかんないわ」
「いやぁ、きみのことだよ!」とトゥィードルディーは、勝ち誇ったように手を叩きながら叫びました。「そして王さまがきみのことを夢見るのをやめちゃったら、きみはどうなっちゃうと思う?」
「別にいまのままここにいるわよ、もちろん」とアリス。
「きみはちがうね!」とトゥィードルディーがバカにしたように切り返します。「きみはどこにもいなくなっちゃうんだよ。だってきみなんか、王さまの夢の中にしかいないモノじゃないか!」
「あそこにいるあの王さまが目をさましたら、きみは――ボーン!――ロウソクみたいに消えちゃうんだよ!」とトゥィードルダムがつけくわえます。
「消えるわけないでしょ!」アリスは怒って叫びました。「それにもしあたしが王さまの夢の中にしかいないモノなら、そういうあなたたちはなんなのか、ぜひとも知りたいもんだわ!」
「それはこっちのせりふ。知りたいのはこっちだよ!」とトゥィードルダム。
「こっちのせりふ、こっちのせりふ」とトゥィードルディーも叫びます。
その叫び声がすごく大きくて、アリスはつい言ってしまいました。「シーッ! そんなに大声だしたら、王さまが目をさましちゃうでしょう」
「ま、きみが王さまを起こすの起こさないの言ってもしょうがないよ。きみなんて、王さまの夢に出てくるものの一つでしかないんだもん。自分だって、自分がほんものじゃないのはよーくわかってるんだろ」とトゥィードルダム。
「あたし、ほんものだもん!」とアリスは泣き出しました。
「泣いたって、ちっともほんものになれるわけじゃなし。泣くことないだろ」とトゥィードルディー。
「もしあたしがほんものじゃないなら」――アリスは泣きながら半分笑ってました。なんともめちゃくちゃな話だと思って――「泣いたりできないはずでしょう」
「それがほんものの涙だとでも思ってるんじゃないだろうねえ」とトゥィードルダムが、すごくバカにした調子で口をはさみます。
「でたらめ言ってるに決まってるわよね。こんなことで泣いてもしょうがないわ」とアリスは思いました。そこで涙をぬぐって、なるべく元気な声で言いました。「とにかくあたし、そろそろ森から出たほうがいいわ。だってすごく暗くなってきたでしょう。雨が降るのかしら、どう思います?」
トゥィードルダムは、おっきな傘(かさ)を自分と兄弟の上にひろげて、それを見あげました。「ううん、降らないと思うよ。少なくとも――この下では。如何様にも」
「でもその外なら降るかもしれないでしょ?」
「かもね――雨の気分しだいで」とトゥィードルディー。「ぼくらとしては異議なし。対照的に」
「身勝手な連中ね!」とアリスは思い、まさに「おやすみなさい」と言って二人を後にしようと思ったときに、トゥィードルダムが傘(かさ)の下からとびだして、アリスのうでをつかみました。そして「あれが見えるか?」と、気持ちがたかぶってのどがつまったような声で申します。同時に、目をいっしゅんでおっきく黄色くしながら、木の下にころがっている小さな白いものを、ふるえる指で示します。
アリスは、その小さな白いものを慎重に調べてから申しました。「ただのガラガラよ。ガラガラヘビじゃないからね」と、トゥィードルダムがこわがっているのかと思って、あわててつけ加えます。「ただの古いガラガラよ――すごく古いし、こわれてるし」
訳注:この「ガラガラ」というのは、赤ちゃんのあのガラガラではなくて、イギリスのサッカーの応援団なんかがよく使う、ふりまわすとギイギイ鳴るあの道具のことであるのだよ。あれは日本語でなんてゆーんだ?
「そうじゃないかと思ったんだ!」とトゥィードルダムは叫んで、足を踏みならし、もうれつに髪の毛をかきむしりだしました。「もちろん壊れてるよな!」そしてここでトゥィードルディーのほうをにらみつけます。トゥィードルディーは、すぐにすわりこんで、かさの下に隠れようとしました。
アリスはトゥィードルダムのうでに手をのせて、なだめるように申しました。「古いガラガラのことで、そんなに怒らなくてもいいじゃないの」
「でも古くないんだもん!」とトゥィードルダムは、前にも増して怒りくるって叫びました。「新品なんだよ――きのう買ったばっかなんだもん!――ぼくの新品のガラガラが!!」ここで声は完全な金切り声になりました。
この間ずっとトゥィードルディーは、いっしょうけんめいかさをたたんで、自分もその中にたたみこまれようとしていました。これは実に不思議なことだったので、アリスは怒っている兄弟のことをつい忘れてしまいました。でも、さすがのトゥィードルディーも、これはうまくいかずに、結局はかさにからまったままころんでしまい、頭だけがつきだすかっこうになりました。そしてそうやって転がったまま、口をぱくぱく、目をぱちくりさせています。「なんというか、魚以外のなにものでもないわよね」とアリスは思いました。 「もちろん決闘するのには合意するよな?」とトゥィードルダムはもっと落ち着いた調子で申しました。
「まあ仕方ないか」と相方は、かさからゴソゴソ這いだしながら、不機嫌そうに申します。「でも、この子が着付けをてつだってくれないとね」
というわけで兄弟二人は、手に手をとって森の中へと向かい、しばらくしてから腕いっぱいにがらくたをかかえて戻ってきました――たとえばクッションや毛布、じゅうたんやテーブルクロス、お皿のカバーや石炭ばけつなど。「ピン留めとかひもを結んだりとか、じょうずだといいんだけど。これ全部、一つ残らずなんとかしてつけてもらわないと」とトゥィードルダム。
あとでアリスの話によると、ほかのどんなことについてだって、これほどの大騒ぎなんか見たことない、とのこと――二人ともあーだこーだと文句ばかり――そしてこの二人が身につけたがらくたの量ときたら――さらに、ひもをむすんだりボタンをとめたりするので、すさまじく手がかかるのです――「いやぁ、もうなんというか、二人とも準備が整う頃には、古着のかたまりとしか言いようがなくなっちゃうはずだわ!」とアリスは、トゥィードルディーの首に石炭入れをゆわえてあげながら思いました。「頭を斬り落とされないようにするんだ」とは当人の言。そして、重々しくこうつけ加えます。
「知ってるかい、これは決闘で起こり得るいちばん深刻な事態なんだよ――頭を斬り落とされるってのは」
アリスは大笑いしてしまいましたが、機嫌を損ねないよう、なんとかごまかして咳きこんだふりをしました。
「ぼくってすごく蒼ざめてる?」とトゥィードルダムが、ヘルメットのひもをしばってもらいにきて言います(ヘルメットと呼んではいましたが、それはどう見てもソース用のおなべにずっと似ていました。)
「ええ――まあ――その、ちょっとだけね」アリスは優しく答えます。
「ぼくはいつもはとっても勇敢なんだ。でも、きょうに限っては、たまたま頭痛がしてるんでね」とトゥィードルダムは声を落としてつづけます。
「ぼくなんか歯が痛いんだぞ! ぼくのほうがおまえより不利なんだからな!」とトゥィードルディーが、いまのせりふをもれ聞いてもうします。
「じゃあ、二人ともきょうは闘わないほうがいいわよ」とアリスは、争いをおさめるいい機会だと思っていいました。
「でもちょっとくらいは闘わないと。そんなに長くやんなくてもいいけど。いま何時?」とトゥィードルダム。
トゥィードルディーは時計を見ました。「四時半」
「六時まで闘って、それから晩ごはんにしよう」とトゥィードルダム.
「しかたないか」と相方は、いささか悲しそうに言いました。「そしてこの子は見てるといい――でも、あんまり近くにきちゃダメだよ」とつけ加えます。「ぼくは目に入ったものには、片っ端から斬りつけちゃうからね――すっごく興奮してきたときには」
「そしてぼくは届く範囲のものならなんでも斬りつけるんだぞ、見えようと見えまいと!」とトゥィードルダムがどなります。
アリスは笑いました。「だったら二人とも木にしょっちゅう斬りつけるってことになりそうね」
トゥィードルダムは、満足そうな笑顔であたりを見まわしました。「ぼくたちが戦い終える頃には、見渡す限り一面、立っている木は一本もないであろうぞ!」
「ガラガラ一つでそこまでやるの?」アリスは、こんなつまらないことで闘うなんて、ちょっとは恥ずかしいと思わせられるんじゃないか、とまだ思っていました。
「あれが新品でさえなければ、ぼくだってこんなに気にしなかったんだけど」とトゥィードルダム。
「お化けガラスが出てきてくれないかなあ!」とアリスは思います。
「剣は一本しかないなあ。でもおまえは傘(かさ)を使っていいよ――かなり鋭いしね。でも、はやいとこはじめよう。とことん暗くなってきてるし」とトゥィードルダムが兄弟に言います。
「とことんよりも暗いよ」とトゥィードルディー。
すごく急に暗くなってきたので、アリスは雷雨がやってきたんだと思ったほどです。「すごく濃い黒雲だわ! それもすごいいきおい! まあどうみても翼が生えてるじゃない!」
「あのカラスだ!」とトゥィードルダムが警告の金切り声をあげまして、兄弟二人はあっという間にしっぽを巻いて姿を消してしまいました。
アリスはちょっと森の中にかけこんで、おっきな木の下で止まりました。「ここならぜったいつかまらないわ。おっきすぎて、木の中にまで入ってこられないもの。でも、あんなにはでに羽ばたかないでくれればいいのに――森の中に、すごい嵐が起きたみたい――ほら、だれかのショールがとばされてきたわ!」
そう言いながらアリスはショールをつかまえて、持ち主はだれかな、とあたりを見まわしました。次のしゅんかん、白の女王(クイーン)さまが森を猛然と駆け抜けてきました。まるで飛んでいるかのように、両腕を左右に大きくひろげています。アリスは、とっても礼儀正しく、ショールをもって女王(クイーン)さまに会いにでかけました。
「ちょうど飛んできたところにいられて光栄でしたわ」とアリスは、女王(クイーン)さまがショールを着るのをてつだってあげながら言いました。
白の女王(クイーン)さまは、とほうにくれたような、おびえたような感じでアリスのほうを見つめただけで、なにか小声でブツブツくりかえすばかりです。どうも「バタつきパン、バタつきパン」と言ってるみたいです。会話をしたければ、こっちから始めるしかないな、とアリスは思いました。そこでちょっとおずおずと切り出してみました。「あの、白の女王(クイーン)さまとお見受けしますが、相違(そおい)ございませんよね?」
「ええ、まあ確かにこの装(よそお)いは、ないも同然ですわね。わたくしとしてもこんなの、装(よそお)いになってないとは思いますよ」と女王さま。
アリスは、会話を切り出したとたんに口論をはじめても仕方ないと思いましたから、にっこりしてつづけました。「陛下、どこから手をつけるのをお望みかおっしゃっていただければ、できる限りのことはしてさしあげますけれど」
「でもわたくしは、ぜんぜんしてほしくなんかございませんですのよ」とかわいそうな女王さまはうめきます。「わたくし、自分で過去二時間にわたって、着付けをし続けてきたんでございますから」
アリスの目から見ると、だれか別の人に着付けをしてもらったほうがずっとましなようでした。女王(クイーン)さまは、まったくどうしようもなくひどい身なりなのです。「なにもかもひんまがってるし」とアリスは思いました。「それにピンまみれ!――ショールをまっすぐにしてさしあげましょうか?」最後のところは声に出して申しました。 「まったくこのショール、どこがおかしいのやらぜんぜん」と女王さまは、ゆううつそうな声で申します。「えらくご機嫌ななめでございましてねえ。あっちもこっちもピンでとめてやったのに、ぜんぜん言うことをきいてくれやしないんですの!」
「まっすぐなれって言っても無理ですよ、こんなピンを片側だけでとめたら」と言いながらアリスは、やさしくそれをちゃんと整えてあげました。「それと、あらまあ、髪の毛もひどいことになってますね!」
「ブラシがからまってしまいましたし、それにくしは昨日なくしてしまったんでございますものだから」と女王(クイーン)さまはため息をつきます。
アリスは注意してブラシをはずし、せいいっぱい髪をきちんとしてあげました。そして、ピンをほとんど全部動かしました。「さあ、これでかなりよくなりましたよ! でも 、ホントに着付け係のメイドを雇われたほうがいいですよ」
「あなたなら喜んで雇ってさしあげますけれど! お手当は、週に二ペンスと、一日おきにジャムですわよ」と女王さま。
アリスはついつい笑ってしまいました。「いいえ、遠慮させていただきます――それにジャムもいりませんし」
「とっても上等のジャムなんでございますよ」と女王(クイーン)さま。
「ええ、でもどのみちきょうはジャムはほしくないですし」
「ほしくても、もらえやしませんよ。ジャムは明日と昨日――でも今日は絶対にジャムなし。それがルールでございますからね」と女王さま。
「でもいつかは今日のジャムになるはずでしょう」とアリスは反論します。
「いいえ、なりませんね。ジャムは一日おきですからね。今日だと、一日おいてないでしょうに」
「よくわかんないです。とてつもなくややこしくて!」とアリス。
「逆回しで生きてるとそうなっちゃうんですよ」と女王さまは優しく申します。「最初はみんな、ちょっとクラクラするみたいで――」
アリスは驚きのあまり繰り返しました。「逆回しに生きる! そんなの聞いたこともないわ!」
「――でも大きな利点が一つあって、それは記憶が両方向に働くってことなんでございますよ」
「あたしのはぜったいに一方向にしか働きませんけど。何かが起きる前にそれを思いだしたりはできないから」とアリスは申します。
「うしろにしか働かないなんて、ずいぶんと貧弱な記憶でございますわねえ」と女王さま。
「じゃあ陛下は、どんなことをいちばんよく覚えてらっしゃるんですか?」アリスはあえてたずねました。
「ああ、再来週に起こったことですわねえ」と女王さまはあたりまえのように申しました。そして、おっきな絆創膏(ばんそうこう)をゆびに巻きつけながら続けます。「たとえばいまなんか、王さまの伝令のこととか。牢屋に入れられて、罰を受けているんでございますよ。裁