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© 1999 山形浩生
プロジェクト杉田玄白 正式参加作品。詳細はhttp://www.genpaku.org/を参照のこと。このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされている。
著作権者名を残し、この同一条件下で公開する限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製・改変が認められる。(「同一条件下」だから、「禁無断複製」とかいうのはダメだぞ)
巻頭詩
第 1 章 うさぎの穴をまっさかさま
第 2 章 涙の池
第 3 章 がくがくかけっことながいお話
第 4 章 うさぎ、小さなビルをおくりこむ
第 5 章 いもむしの忠告
第 6 章 ぶたとコショウ
第 7 章 キチガイお茶会
第 8 章 女王さまのクロケー場
第 9 章 にせウミガメのお話
第 10 章 ロブスターのカドリーユおどり
第 11 章 タルトをぬすんだのはだれ?
第 12 章 アリスのしょうこ
訳したやつのいろんな言い訳
それは黄金の昼下がり
気ままにただようぼくら
オールは二本ともあぶなげに
小さな腕で漕がれ
小さな手がぼくらのただよいを導こうと
かっこうだけ申し訳につけてああ残酷な三人!こんな時間に
こんな夢見る天気のもとで
どんな小さな羽さえもそよがぬ
弱い息のお話をせがむとは!
でもこの哀れな声一つ
三つあわせた舌に逆らえましょうか?居丈だかなプリマがまずは唱える
その宣告は「おはじめなさい」
すこし優しげに二番手の希望
「でたらめをいれること」
そして三番手が語りをさえぎること
一分に一度以上ではないにせよすぐに、とつぜんの沈黙が勝り
想像で彼女らが追いかける
夢の子が奔放で新しい謎の地を
動き回るのを追って
鳥や獣と親しく語る――
そしてそれを半ば真に受けそしてやがて、お話が渇えると
想像の井戸も枯れ
そして疲れた語り手が
肩の荷をおろそうとすれば
「つづきはこんど――」「いまがこんどよ!」
と声たちがうれしそうにさけぶ。かくして不思議の国のお話がそだち
ゆっくり、そして一つ一つ
その風変わりなできごとがうちだされ――
そして今やお話は終わり
そしてみんなでおうちへと向かう
楽しい船乗りたちが夕日の下でアリス! 子どもじみたおとぎ話をとって
やさしい手でもって子供時代の
夢のつどう地に横たえておくれ
記憶のなぞめいた輪の中
彼方の地でつみ取られた
巡礼たちのしおれた花輪のように
アリスは川辺でおねえさんのよこにすわって、なんにもすることがないのでとても
そこでアリスは、頭のなかで、ひなぎくのくさりをつくったら楽しいだろうけれど、起きあがってひなぎくをつむのもめんどくさいし、どうしようかと考えていました(といっても、昼間で暑いし、とってもねむくて頭もまわらなかったので、これもたいへんだったのですが)。そこへいきなり、ピンクの目をした白うさぎが近くを走ってきたのです。
それだけなら、そんなにめずらしいことでもありませんでした。さらにアリスとしては、そのうさぎが「どうしよう! どうしよう! ちこくしちゃうぞ!」とつぶやくのを聞いたときも、それがそんなにへんてこだとは思いませんでした(あとから考えてみたら、これも不思議に思うべきだったのですけれど、でもこのときには、それがごく自然なことに思えたのです)。でもそのうさぎがほんとうに、チョッキのポケットから
次の
うさぎの穴は、しばらくはトンネルみたいにまっすぐつづいて、それからいきなりズドンと下におりていました。それがすごくいきなりで、アリスがとまろうとか思うひまもあればこそ、気がつくとなにやら深い井戸みたいなところを落っこちているところでした。
井戸がとっても深かったのか、それともアリスの落ちかたがゆっくりだったのかもしれません。だってアリスは落ちながら、まわりを見まわして、これからどうなっちゃうんだろうと考えるだけの時間がたっぷりあったからです。まずは下をながめて、どこに向かおうとしているのかを見きわめようとしました。でも暗すぎてなにも見えません。それから井戸の横のかべを見てみました。するとそこは、食器だなと本だなだらけでした。あちこちに、地図や絵がとめ金に引っかけてあります。アリスは通りすがりに、たなの一つからびんを手にとってみました。「マーマレード」というラベルがはってあります。が、空っぽだったので、とてもがっかりしてしまいました。下にいる人を殺したくはなかったので、びんを落とすのはいやでした。だから落ちる通りすがりに、なんとか別の食器だなにそれを置きました。
アリスは思いました。「でもこんなに落ちたあとなら、もう階段をころげ落ちるなんて、なんとも思わないわよ! おうちじゃみんな、あたしがすごく勇敢(ゆうかん)だと思うでしょうね! ええ、おうちのてっぺんから落っこちたって、もう一言も文句を言わないはずよ」(そりゃまあそのとおりでしょうけど)
下へ、下へ、もっと下へ。このままいつまでもずっと落ちてくのでしょうか? 「いままでもう何マイルくらい落ちたんだろ」とアリスは声に出して言いました。「そろそろ地球のまん中くらいにきたはず。えーと、そうなると四千マイルくらい落ちたことになる、のかな――」(つまりね、アリスは教室の授業で、こんなようなことをいくつか勉強していたわけ。で、このときはまわりにだれもいなかったから、もの知りなのをひけらかすにはあまりつごうがよくはなかったんだけれど、でもこうして暗唱してみると、いいれんしゅうにはなったってこと)「――そうね、きょりはそんなもんね――でもそれだと、
しばらくして、アリスはまたはじめました。「このまま地球をドンッとつきぬけて落ちちゃうのかな! 頭を下にして歩く人たちのなかに出てきたら、すっごくおかしく見えるでしょうね! それってたとえば日本とかだとあるぜん人、だっけ――」(ここではだれも聞いてる人がいなくて、アリスはむしろホッとしたんだ。だってどう考えても正しいことばには聞こえなかったし)「――でも、国の名前はだれかにきかないと。あの、奥さま、ここってニュージーランドでしょうか、オーストラリアでしょうか?」(そしてアリスは、しゃべりながらおじぎをしようとした――宙を落っこちながら会釈をするなんて、考えてもごらんよ! きみならそんなこと、できると思う?)「そしたらその方、そんなことを聞くなんて、あたしのことをすごくバカな女の子だと思っちゃうわ! だめだめ、そんなこと聞いちゃ。どっかに書いてあるのが見つかるかもしれない」
下へ、下へ、もっと下へ。ほかにすることもなかったので、アリスはまたしゃべりだしました。「今夜、ダイナはあたしがいなくてさびしがるでしょうね!」(ダイナってのはねこ。)「お茶の時間に、みんなダイナのミルクのお皿を忘れないでくれるといいけど。かわいいダイナ! おまえがいっしょにここへいてくれたらいいのに! 空中にはネズミはいないみたいだけれど、コウモリがつかまるかもしれないわよ、コウモリってすごくネズミみたいなんだから。でもねこってコウモリ食べるのかな?」そしてここで、アリスはいささか眠くなってきて、ちょっと夢うつつっぽい感じで、こうつぶやきつづけました。「ねこってコウモリ食べる?ねこ、コウモリ食べる?」そしてだんだん「ねこうもりって食べる?」とも。だって、どの質問にも答えられないので、どれをきいてもあんまりちがわなかったのですね。うつらうつらしてきて、ダイナと手に手をとって歩いている夢を見はじめました。そしてその中で、とても真剣にこうきいています。「さあダイナ、正直におっしゃい。おまえ、コウモリ食べたことあるの?」とそのときいきなり、ズシン!ズシン!アリスは小枝と枯れ葉の山のてっぺんにぶつかって、落ちるのはもうそれっきり。
けがはぜんぜんなくて、すぐにとび起きました。見上げても、頭上はずっとまっ暗。目の前にはまた長い通路があって、まだ白うさぎがその通路をあわてて走っていくのが見えました。これは一刻もむだにできません。アリスはびゅーんと風のようにかけだして、ちょうどうさぎがかどを曲がりしなに「やれ耳やらヒゲやら、こんなにおそくなっちゃって!」と言うのが聞こえました。そのかどをアリスが曲がったときには、かなり追いついていました。が、うさぎがどこにも見あたりません。そこは長くて天井のひくいろうかで、屋根からランプが一列にぶら下がって明るくなっていました。
そのろうかはとびらだらけでしたが、どれも鍵がかかっています。アリスは、ろうかの片側をずっとたどって、それからずっともどってきて、とびらをぜんぶためしてみました。どれも開かないので、アリスはろうかのまん中をしょんぼり歩いて、いったいどうやってここから出ましょうか、と思案するのでした。
いきなり、小さな三本足のテーブルにでくわしました。ぜんぶかたいガラスでできています。そこには小さな金色の鍵がのっているだけで、アリスがまっ先に思ったのは、これはろうかのとびらのどれかに合うんじゃないかな、ということでした。でもざんねん! 鍵穴が大きすぎたり、それとも鍵が小さすぎたり。どっちにしても、とびらはどれも開きません。でも、二回目にぐるっとまわってみたところ、さっきは気がつかなかったひくいカーテンがみつかりました。そしてそのむこうに、高さ40センチくらいの小さなとびらがあります。さっきの小さな金色の鍵を、鍵穴に入れてためしてみると、うれしいことにぴったりじゃないですか!
あけてみると、小さな通路になっていました。ネズミの穴くらいの大きさしかありません。ひざをついてのぞいてみると、それは見たこともないようなきれいなお庭につづいています。こんな暗いろうかを出て、あのまばゆい花だんやつめたいふん水の間を歩きたいなぁ、とアリスは心から思いました。でも、その戸口には、頭さえとおらないのです。「それに頭はとおったにしても、かたがないとあんまり使いものにならないわ」とかわいそうなアリスは考えました。「ああ、望遠鏡みたいにちぢまれたらな! できると思うんだ、やりかたさえわかれば」というのも、近ごろいろいろへんてこりんなことが起こりすぎたので、アリスとしては、ほんとうにできないことなんて、じつはほとんどないんだと思いはじめていたのです。
その小さなとびらのところで待っていてもしかたないので、アリスはテーブルのところに戻りました。別の鍵がのってたりしないかな、となかば期待していたのです。あるいは少なくとも、望遠鏡みたいにちぢまるやりかたを書いた、規則の本でもないかな、と思いました。するとこんどは、小さなびんがのっかっていて(「これってさっきはぜったいになかったわよねえ」とアリスは言いました)、そしてびんの首のところには紙のふだがついていて、そこに「のんで」ということばが、おっきな字できれいに印刷されていました。
「のんで」は結構なのですけれど、でもかしこいアリスは、そんなことをあわててするような子ではありません。「いいえ、まずちゃんと見てみようっと。『毒』とか書いてないかどうか、たしかめるんだ」とアリス。というのも、お友だちに教わったかんたんな規則をまもらなかったばっかりに、やけどをしたり、野獣に食べられちゃったりした子供たちについて、すてきなお話をいくつか読んだことがあったからです。そういう規則というのは、たとえばまっ赤にやけた火かき棒をあんまり長くにぎっているとやけどをするよ、とか、指をナイフでとぉってもふかく切っちゃったら、たぶん血が出てくるよ、とかですね。そして『毒』と書いてあるびんの中身をたくさんのんだら、たぶんまちがいなく、いずれ困ったことになるよ、というのも、アリスはぜったいにわすれなかったのでした。
でも、びんには「毒」とは書いてありませんでした。そこでアリスは、ためしに味見をしました。そしてそれがとってもおいしかったので(どんな味かというと、チェリータルトと、カスタードと、パイナップルと、しちめんちょうローストと、トフィーと、熱いバターつきトーストをまぜたような味ね)、すぐにそれをのみほしてしまいました。
「へんなの、へーんなの!」とアリス。「あたし、望遠鏡みたいにちぢまっちゃってるのね」
そしてたしかにそのとおり。アリスはいまや、身のたけたったの25センチ。これであの小さなとびらをとおって、あのきれいなお庭にいくのにちょうどいい大きさになったと思って、アリスは顔をかがやかせました。でもまず、もう何分かまってみて、もっとちぢんじゃわないかどうかたしかめました。これはちょっと心配なところでした。「だってあたしがロウソクみたいに、ぜんぶ消えちゃっておしまいになるかもしれないでしょ」とアリスはつぶやきました。「そうなったらあたし、どうなっちゃうんだろ」そしてアリスは、ロウソクをふき消したあとで、ロウソクの炎がどんなようすかを想像してみようとしました。というのも、そんなものを見たおぼえがなかったからです。
しばらくして、それ以上なにもおきないのがわかって、アリスはすぐにお庭にいこうときめました。でもかわいそうなアリス、ざんねんでした!とびらのところにきてみると、あの小さな金色の鍵をわすれてきたのに気がついたのです。そしてテーブルのところに戻ってみると、ぜったいに手がとどきません。ガラスごしに、とてもはっきりと見えてはいます。アリスはがんばってテーブルの脚をよじのぼろうとしましたが、つるつるでだめです。そしてがんばったあげくにつかれきって、かわいそうなこの子は、すわって泣き出してしまいました。
「こら、そんなふうに泣いてちゃだめだぞ!」とアリスは、ちょっときびしく自分に言いきかせました。「いいわね、いますぐ泣きやみなさい!」アリスが自分にする忠告は、とてもりっぱなものが多いのです(そのとおりにすることはほとんどなかったんだけどね)。そしてときどきは、自分をきびしくしかりすぎて、涙が出てくるほどでした。いちどなんか、自分相手にやっていたクロケーの試合でいんちきをしたので、自分の耳をぶとうとしたくらい。というのも、このふうがわりな子は、一人で二役をやるのがとても好きだったからです。「でもいまじゃ、二役をやってみてもしょうがないわよね。だってあたしはもうほとんど残ってなくて、まともな人間一人にも足りないくらいなんだもの!」とかわいそうなアリスは考えました。
やがて、テーブルの下の小さなガラスのはこが、アリスの目にとまりました。あけてみると、中にはとってもちっちゃなケーキが入っていて、ほしぶどうで「たべて」ときれいに書いてあります。「食べちゃおうっと」とアリス。「これで大きくなれたら、鍵に手がとどくでしょ。小さくなるようなら、とびらの下からもぐれるな。だからどっちにしてもあのお庭には行けるわけよね。あたしはどっちだっていいわ!」
ちょっと食べてみて、アリスは心配そうに自分に言いました。「どっちかな?どっちかな?」そして頭のてっぺんに手をやって、自分がどっちにのびているかを確かめようとします。ところが同じ大きさのままだったので、アリスはとってもびっくりしました。そりゃたしかに、ふつうはケーキを食べるとそうなるのですが、アリスはへんてこりんなことを期待するのになれすぎちゃっていたもので、人生がふつうのやり方でつづくなんていうのは、すごくつまんなくてばかばかしく思えたのです。
そこでアリスはそのままつづけて、じきにケーキをたいらげてしまいました。
「チョーへん!」とアリスはさけびました(びっくりしすぎて、ちゃんとしたしゃべりかたを忘れちゃったんだね)。「こんどはこの世で一番おっきな望遠鏡みたいに、ぐんぐんのびてる! 足さん、さよなら!」(だって足を見おろしたら、もうほとんど見えなくなっていて、どんどん遠くなっているのでした)。「ああ、かわいそうな足さん、これからだれが、くつやストッキングをはかせてあげるんだろう。あたしにはぜったいにむりなのはたしかね! すっごく遠くにいすぎてて、あなたたちのことにはかまってられないの。できるだけ自分でなんとかしてね:――でも、親切にしといてあげないと」とアリスは思いました。「そうしないと、あたしの行きたいほうに歩いてくれないかも! そうねえ。クリスマスごとに、新しいブーツをあげようっと」
そしてそれをどうやろうか、アリスはほんとに計画をはじめました。「運送屋さんにおねがいしないと。でもすっごく変でしょうね、自分の足におくり物をおくるなんて!それにあて先もずいぶんとおかしなものになるな。
だんろのかなあみ付近
じゅうたん気付
アリスの右足閣下へ
(アリスの愛をこめて)
あらあらあたし、なんてばかげたことを言ってるんだろ!」
ちょうどそのとき、頭がろうかの天井にぶつかりました。もうそのとき、アリスは身長三メートルになっていたので、すぐに小さな金色の鍵を手にとって、お庭へのとびらへといそぎました。
かわいそうなアリス! できることといったら、ねそべって片目でお庭をのぞくことだけでせいいっぱい。でも、とおりぬけるなんてまったく絶望的。アリスはまたすわって泣き出しました。
「はじを知りなさい」とアリスは言いました。「そんなおっきななりをして」(まあたしかにそのとおり)「いつまでも泣いてばかり。いますぐやめなさい、いいわね!」でもアリスは、それでもかまわず泣きつづけて涙を何リットルも流したので、まわりじゅうにおおきな池ができてしまいました。深さ10センチくらいで、ろうかの半ばまでつづいています。
しばらくすると、遠くからピタピタという小さな足音が聞こえたので、あわてて涙をふいて、なにがきているのかを見ようとしました。あのうさぎが、りっぱな服にきがえてもどってくるところで、片手には白い子ヤギ皮の手ぶくろ、そしてもう片方の手にはおっきなせんすを持っていました。とってもいそいで走っていて、こっちにきながらも「ああ、公爵夫人が、公爵夫人が! 待たせたりしたら、なさけようしゃなんかありゃしない!」とつぶやいています。アリスのほうは、もうせっぱつまっていて、だれでもいいから助けてほしい気分。そこでうさぎが近くにきたときに、小さなおちついた声でこうきりだしました。「あの、おねがいですから――」うさぎは、うっひゃあととびあがって、子ヤギ皮の手ぶくろとせんすを落としてしまい、全速力(ぜんそくりょく)で暗闇(くらやみ)の中へとかけ去っていってしまいました。
アリスはせんすと手ぶくろをひろって、ろうかがとても暑かったので、せんすであおぎながらしゃべり続けました。「あらまあ、きょうはなにもかもふうがわり! きのうは、ほんとにいつもどおりだったのに。あたし、夜のあいだに変わっちゃったのかしら。そうねえ。起きたときには、おんなじだったっけ? なんだかちょっと変わった気分だったような気もするみたい。でも、おんなじじゃないんなら、つぎの質問は、いまのあたしはいったいぜんたいだれ? それがかんじんななぞだわ!」そしてアリスは、おないどしの子たちを思いうかべていって、そのなかのだれかにかわってしまったかどうかを考えてみました。
「エイダじゃないのは確かだわ。エイダのかみの毛は、とっても長い巻き毛になるけど、あたしのかみはぜんぜん巻き毛にならないもの。それとぜったいにメイベルじゃないはず。だってあたしはいろんなことを知ってるけど、メイベルときたら、まあ! もうなんにも知らないでしょう! それに、あの子はあの子だし、あたしはあたしだし、それに――あれ、わかんなくなってきちゃった!まえに知ってたことをちゃんと知ってるか、ためしてみよう。えーと、四五の十二で、四六の十三で、四七が――あれ、これじゃいつまでたっても二十にならないぞ! でも、かけ算の九九はだいじじゃないわ。地理をためしてみよう。ロンドンはパリの首都で、パリはローマの首都で、ローマは――ぜんぜんちがうな、ぜったい。じゃあメイベルになっちゃったのね! 『えらい小さな――』を暗唱してみよう」そしてアリスは、授業でするみたいにひざの上で手を組んで、暗唱をはじめましたが、声がしゃがれて変てこで、ことばもなんだか前とはちがっていました:――
「えらい小さなワニさん
ぴかぴかのしっぽをみがいて
金色のうろこひとつずつを
ナイルの水であらいます!」
「うれしそうににったりと
なんてきれいにツメをひろげて
小さな魚をよびいれます
やさしく笑うその大口で!」
「いまの、ぜったいにまちがってるはずだわ」とかわいそうなアリスは言って、目に涙をいっぱいにうかべてつづけました。「じゃあやっぱりメイベルなんだ、そしたらあのちっぽけなおうちにすんで、あそぶおもちゃもまるでなくて、ああ!それにお勉強しなきゃならないことが、ほんとに山ほど! いやよ、決めた。もしあたしがメイベルなら、このままここにいるわ! みんなが頭をつっこんで『いい子だからまたあがってらっしゃい!』なんて言ってもむだよ。こっちは見上げてこう言うの。『だったらあたしはだれ? まずそれを教えてよ。それでもしその人になっていいなと思ったら、あがってくわ。そうでなければ、べつの人になれるまでここにいる』――でも、あーあ!」とアリスは、いきなり涙をながしてさけびました。「ホントにだれか、頭をつっこんでくれないかな! もう一人ぼっちでここにいるのは、すっごくあきあきしちゃったんだから!」
こう言いながら手を見おろしてみると、おどろいたことにうさぎの小さな子ヤギ皮の手ぶくろが、手にはまってしまっていました。「どうしてこんなことができちゃったんだろう?」とアリスは思いました。「あたし、また小さくなってるんだ」立ち上がってテーブルのところへいって、それと比べてせたけをはかってみると、まあだいたいの見当ですが、いまや身長60センチくらいで、しかもぐんぐんちぢみつづけています。やがてその原因が、手にもったせんすなのに気がついて、あわててそれを落としました。あぶないところで、ちぢみきって消えてしまわずにすんだのです。
「いまのはまさにきき一発だったわ」アリスは、いきなり変わったせいでとてもおびえてはいましたが、まだ自分がそんざいしているのを見て、とてもうれしく思いました。「さあ、そしたらお庭ね!」と、あの小さなとびらをめざしてぜんそくりょくでかけもどりました。が、ざんねん! 小さなとびらはまたしまっていて、小さな金色の鍵は、さっきとかわらずガラスのテーブルのうえで、「しかもさっきよりもひどいことになってるじゃないの」とあわれな子は考えました。「だってこんなに小さくなったのははじめてよ、ぜったい! まったくざんねんしごくと断言しちゃうわ!」

そしてこのせりふを口にしたとたんに足がすべって、つぎのしゅんかんには、ボチャン! あごまで塩水につかっていたのです。最初に思ったのは、どういうわけか海に落ちたんだろう、ということでした。「そしてもしそうなら、列車で帰れるわね」と思いました。(アリスは生まれてから一回だけ海辺にいったことがあって、そこからひきだした結論として、イギリスの海岸ならどこへいっても海には海水浴装置(かいすいよくそうち)があり、子どもが木のシャベルで砂をほっていて、海の家がならんでいて、そのうしろには列車の駅があるもんだと思っていたんだな)。でも、すぐに気がついたのは、自分がいるのはさっき身長3メートルだったときに泣いた涙の池の中だ、ということでした。
訳者のせつめい:海水浴装置、というのは、むかしは水着になったところが見えるとイヤラシイとみんな思ってたから、タンクみたいなものに入って、それでそれごと海に入れてもらったんだって、そのタンクのこと。
「あんなに泣かなきゃよかった!」とアリスはあちこち泳いでそこから出ようとしました。「おかげでいま、おしおきを受けているんだわ、自分の涙におぼれて!それってどう考えても、ずいぶんと変なことよね! でもきょうは、なにもかも変だから」
ちょうどそのとき、すこしはなれたところで、なにかがばちゃばちゃしているのが聞こえました。そこでそっちのほうに泳いで、なんだか調べてみました。最初はそれがセイウチかカバにちがいないと思ったのですが、そこで自分がすごく小さくなっているのを思い出しました。そしてやがてそれが、自分と同じようにすべってこの池にはまってしまった、ただのネズミなのがわかりました。
「さてさて、ここでこのネズミにはなしかけたら、どうにかなるかしら? ここではなんでもすっごくずれてるから、たぶんこのネズミもしゃべれたりするんじゃないかと思うんだ。まあどうせ、ためしてみる分にはいいでしょう」そう考えて、アリスは口を開きました。「おおネズミよ、この池からでるみちをごぞんじですか? ここで泳いでて、とってもつかれちゃったんです、おおネズミよ!」(アリスは、ネズミにはなしかけるにはこれが正しいやりかたなんだろうと思ったわけだね。そんなことはこれまでしたことがなかったけれど、でもおにいさんのラテン語文法書で見かけたのを思いだしたんだ。「ネズミは――ネズミの――ネズミへ――ネズミを――ネズミよ!」)ネズミは、いささかさぐるような目つきでアリスをながめて、小さな目のかたほうでウィンクしたようでしたが、なにもいいません。
「もしかして、ことばがわかんないのかな? 征服王ウィリアムといっしょにきた、フランスねずみにちがいないわ」(歴史のことはいろいろ知っていても、アリスはいろんなことがどれだけむかしに起きたか、あまりちゃんとはわかっていなかったんだね)。そこでアリスはもういっかい口をひらきました。「Ou est ma chatte?(わたしのねこはどこですか?)」これはフランス語の教科書の、一番最初に出ている文だったのです。ねずみはいきなり水からとびだして、こわがってガタガタふるえだすようでした。「あらごめんなさい!」とアリスは、動物のきもちをきずつけたかな、とおもってすぐにさけびました。「あなたがねこぎらいなの、すっかりわすれてたから」
「ねこぎらい、とはね!」とネズミは、かん高くてきつい声でさけびました。「あんたがぼくなら、ねこが好きになるかね?」
「ええ、そりゃならないかもしれませんね」とアリスは、なだめるように言いました。「どうか怒らないでくださいな。でも、うちのねこのダイナをお目にかけられたらいいのに。あの子をひと目でも見れば、ねこも気に入るようになるんじゃないかと思うんです。とってもかわいくておとなしいんですよ」とアリスは、池のなかをゆったりと泳ぎながら、なかば自分に向かって話しつづけました。「それでだんろのところでのどをならしてると、手をなめたり顔を洗ったりして、すごくかわいいんです――それにあやすととってもやわらかくてすてきで――あと、ネズミをつかまえるのが名人級(めいじんきゅう)で――あらごめんなさい!」とアリスはまたさけびました。ネズミはこんどはからだじゅうの毛をさかだてていて、ああこんどはまちがいなく、本気で怒ってるな、とわかります。「もしよろしければ、わたしたちもう、あの子の話はよしましょうね」
「わたしたち、だと!」とネズミは、しっぽの先までガタガタいわせてさけびました。「ぼくが、そんな話をするとでも思うか! うちの一族は、ずっとねこがだいきらいなんだ。いやらしい、低級(ていきゅう)で俗悪(ぞくあく)な生き物! 二度と名前もききたくない!」
「はい、ぜったいに!」とアリスは、あわてて話題を変えようとしました。「それなら、もしかすると――犬――はお好き――かしら?」ネズミは返事をしなかったので、アリスは熱心につづけました。「うちの近くには、すごくかわいい小さな犬がいるんですよ、もうお目にかけたいくらい! 小さくて目のきれいなテリアなんです、それも、すごく長くてクルクルした毛をしてて! それでものを投げるととってくるし、ごはんのときにはおすわりしておねがいするし、いろんな芸もして――半分も思い出せないんですけど――そしてそれを飼ってるのがお百姓さんで、その人の話だととってもちょうほうしてるんですって。百ポンドの値打ちがあるそうよ! だってネズミをみんな殺すし、それに――あらどうしましょ!」とアリスはかなしそうな声でさけびました。「また怒らせちゃったみたい!」というのもネズミは、おもいっきりアリスから遠くへ泳ごうとしていて、おかげで池にはかなりの波がたっていました。
そこでアリスは、やさしくよびかけてみました。「ねえねずみさん、おねがいだからもどってらして。おきらいでしたら、ねこの話もイヌの話もしませんから!」ネズミはこれをきいて、くるりと向きをかえてゆっくりこっちに泳いできました。顔はかなりまっさおです(怒ったのね、とアリスは思いました)。そしてひくいふるえる声で言いました。「岸にたどりつこう、そうしたらぼくの話をしてあげよう。なぜねこや犬がきらいなのか、それでわかるだろう」
そしてちょうどそこを出るころあいでもありました。池には鳥や動物がどんどんはまってきて、すごくこんできたからです。アヒルにドードー、インコに子ワシ、そしてその他めずらしい生き物がいくつか。アリスがせんとうにたって、一同みんな、岸におよぎつきました。
岸辺にあつまった一同は、じつにへんてこな集団でした――鳥たちは羽をひきずり、動物たちはけがわがべったりはりついて、みんなびしょぬれでしずくをボタボタたらしていて、きげんもいごこちもわるかったのでした。
最初の問題はもちろん、どうやってからだをかわかそうか、ということでした。これについてみんな相談して、ものの数分でアリスは、その動物たちを生まれてからずっと知っていたみたいに、なかよくしゃべっていてもあたりまえに思えてきました。そしてインコとはかなりながい議論をしたあげく、インコはついにつんっと顔をそむけて、「ぼくのほうが歳上なんだから、ぼくのほうがちゃんとわかってるんだ」としか言わなくなってしまいました。そしてアリスのほうは、そのインコが何歳なのか知らないうちは、しょうちできなかったのですけれど、インコはぜったいに歳を教えようとはしなかったので、それ以上は話になりませんでした。
ついにネズミが、どうも一同のなかではえらい動物だったみたいで、こう宣言しました。「すわって、そしてぼくの話をききなさい! ぼくがみんなをすぐに乾燥(かんそう)させてあげよう!」みんなすぐに、おっきなわになってすわり、ネズミを囲みました。アリスは心配そうにネズミを見ていました。はやく乾燥(かんそう)しないと、ぜったいにひどいかぜをひいちゃうな、と思ったからです。
「えへん」とネズミは、さもえらそうに言いました。「みんな用意はいいかな? これはぼくの知るかぎりで、一番無味乾燥(むみかんそう)なしろものだ。はいみんな、おねがいだからおしずかに! 『征服王ウィリアムの動機はローマ法王に支持を受け、じきにイギリス人たちを下したのであるがそのイギリス人たちは指導者を求めており、当時は王位簒奪と征服には慣れてしまっていた。マーシアとノーサンブリアの太守たるエドウィンとモルカールは――』
「うげっ」とインコが、みぶるいして言いました。
「なんですと?」とネズミが顔をしかめながらも、とってもれいぎ正しく言いました。「なにかおっしゃいました?」
「ぼくじゃないですよ!」とインコはあわてていいます。
「きみだと思ったんだが」とネズミ。「――先をつづけよう。『マーシアとノーサンブリアの太守たるエドウィンとモルカールはかれへの服従を宣言。さらにカンタベリーの愛国的枢機卿たるスティガンドも、より賢明なる策を見つけんとして――』」
「なにより?」とアヒル。
「も、より」とネズミは、ちょっときつい言い方でこたえました。「きみは『も』がわからんのかね」
「『も』くらい知ってるけどね」とアヒル。「でもわたしが『より』るときには、なによりかはわかるもんだ。カエルより、とかミミズより、とか。でもわかんないのは、その枢機卿は、なにより賢明な策を見つけようとしたわけ?」
ネズミはこの質問を無視して、いそいで先をつづけました。「『――より賢明なる策を見つけんとしてエドガー・アセリングとともにウィリアムに面会に赴き彼に王座を与えたのであった。ウィリアムの行いは当初は穏健だった。しかしその配下のノルマン人たちの傲慢ぶりは――』感想(かんそう)はどうだね、お嬢さん?」とネズミは、しゃべりかけでアリスに向かって言いました。
「びしょぬれのまんま」とアリスは、ゆううつな声で言いました。「ぜんぜん乾燥してくれないみたい」
「かくなるうえは」とドードーがたちあがって、おもおもしく述べました。「審議の一時中断動議を提出するものであります、しかる後に一層活力的なる対処法を遡及的速やかに採択すべく――」
「日本語しゃべれぇ!」と子ワシがいいました。「そんなむずかしいことば、半分もわからんぞぅ、それにもっというと、どうせあんただってわかってないんだろう!」そして子ワシは顔をかがめて、こっそりと笑いました。ほかの鳥たちは、きこえよがしにくすくす笑いをしています。
ドードーは、むっとして言いました。「なにを言いたいかというと、からだをかわかすには、がくがくかけっこが一番だってことだよ」
「がくがくかけっこって、いったいなんですか?」とアリス。べつにしりたいとも思わなかったのですが、ドードーがそこで口をとめて、だれかが口をはさむべきだと思ってるみたいだったし、ほかにだれもききたそうじゃなかったのです。
ドードーは言いました「おやおや、一番いい説明は、じっさいにやってみることだよ」(冬の日なんかには、きみたちもやってみるといいぞ。だからドードーのやりかたを説明しておこうか)
まずドードーは、なんとなく丸いかんじのかけっこのコースをつくりました(「せいかくなかたちはどうでもいいんだよ」だそうです)。それから一同みんな、そのコースのあちこちでいちにつきます。そしてだれも「よーい、どん!」といわないのに、みんなすきなときに走りだして、勝手なときに止まったので、いつかけっこがおわったのかなかなかわかりませんでした。でも、みんな三〇分かそこら走って、かなりかわいてくると、ドードーがいきなりどなりました。「かけっこおわり!」するとみんなドードーのまわりにむらがって、はあはあいいながら、ききました。「でも、だれが勝ったの?」
この質問は、ドードーとしてもずいぶん考えこまないとこたえられませんでした。そこで、ドードーはながいこと、ひとさし指をおでこにあててすわりこみ(シェイクスピアの絵をみると、いつもこういうかっこうをしてるよね)、のこりはだまってまっています。とうとうドードーはいいました。「みーんな勝ったんだよ、だから全員が賞品をもらわなきゃ」
「でも、だれが賞品をくれるの?」かなりの声がいっせいにききました。
「そりゃこの子に決まってるだろう」とドードーは、アリスを指さしました。するとみんながアリスのまわりにむらがって、くちぐちにさけびます。「賞品! 賞品!」
アリスはどうしたらいいかさっぱりわからず、困ってしまってポケットに手をいれると、キャンデーのはこがでてきました。(運よく塩水はそこまで入ってこなかったんだ)そしてそれを賞品としてわたしてまわりました。ちょうどみんなに一つずつありました。
「でもこの子だって、自分も賞品をもらわないと、ねえ」とネズミ。
「もちろんだ」ドードーは、とってもえらそうです。そして「ポケットにはほかになにかもっとるかね?」とアリスにいいました。
「ゆびぬき一つだけ」アリスはかなしそうにいいました。
「よこしなさい」とドードー。
するとみんな、またアリスのまわりにむらがって、するとドードーがおもおもしくそのゆびぬきを授与しました。「われら一同、このゆーびなゆびぬきをおうけとりいただきたく、心からおねがいするものである」そして、ドードーのこのみじかい演説が終わると、みんなかんせいをあげました。
アリスは、なにもかもずいぶんとばかばかしいな、とは思ったのですが、みんながとってもまじめなようすだったので、死んでもわらったりできませんでした。そして、なにを言っていいか思いつかなかったので、ちょっとおじぎをしただけで、なるべくまじめくさったようすで、ゆびぬきをうけとりました。
つぎに、みんながキャンデーを食べるばんです。これはかなりそうぞうしい混乱(こんらん)をひきおこしました。おおきな鳥は、キャンデーが小さくてあじわえないともんくを言うし、小さな鳥はのどにキャンデーをつまらせて、せなかをたたいてもらわなくてはなりませんでした。でも、それがやっとおわって、みんなは輪になってすわり、ネズミになにかもっと話をしてくれ、とせがみます。
「ご自分の話をしてくれるっておっしゃってましたよね」とアリス。「なぜ――『い』とか『ね』とかきらいなのかって」アリスはここのところはひそひそ声で言いました。またネズミが怒っちゃうんじゃないかと思ったからです。
「ぼくのは、ながくてかなしいお話なのです」とネズミは、アリスのほうをむいてため息をつきました。
「たしかに、ながーい尾話(おはなし)ですねえ」とアリスはネズミの尾っぽを見おろしました。「でも、どういうところがかなしいんですか」そして、ねずみがしゃべっているあいだも、それを考えてばかりいたので、アリスの頭のなかでは、お話はこんなかんじになりました。
「いえのなかで出く
わした犬がねずみに
いうことにゃ「ふた
りで裁判所にいこう、
おまえを訴追して
やるからさ。――
こいって、いやと
はいわせない、
ぜひともこれは
裁判だ:だって
けさはおれほん
となにもする
ことないから」
ねずみ犬にこ
たえて言う
には「だん
さん、陪審
も判事もい
ないそんな
裁判なぞ、
するだけ息
のむだです
がな」「お
れが判事で
おれが陪審」
とずるい老犬。
「おれが全
件さばき
つくし、
きさまに
死刑を
宣告し
てくれる。」
「ちゃんときいてないな!」とネズミは、きびしい調子でアリスに言いました。「なにを考えてる!」
「あらもうしわけありません」とアリスは、とってもれいぎ正しく言いました。「たしか、くねくねの五番目あたりまでおっしゃいましたっけ?」
「そんなことはゆってないぞ」とネズミは、怒ってきつい声でさけびます。
「結(ゆ)ってない!」アリスはいつでもおてつだいをしようとする子だったので、きょろきょろとあたりを見回しました。「じゃああたしがやりますから!」
「だれがそんなことするもんか」とネズミはたちあがって、むこうに歩きだしました。「ふざけたことばかりいって、ばかにしてる!」
「そんなつもりじゃなかったんです!」とかわいそうなアリスはうったえました。「でも、あなたもそんな、すぐに怒らなくても!」
ねずみはへんじがわりに、うなってみせただけでした。
「もどってきて、お話を最後まできかせて!」アリスはうしろからよびかけて、ほかのみんなもそれに声をあわせました。「うん、たのむよ!」でも、ネズミは怒ったように首をふるだけで、もっと足ばやにいってしまいます。
「いっちゃうなんて、まあなんでしょうねえ!」ねずみのすがたが、完全に見えなくなるとすぐ、インコがためいきをつきました。おばあちゃんガニが、ここぞとばかりにむすめにお説教です。「ほらごらん、いい子ですからね、あなたはぜったいカッカしちゃだめよ!」すると若いカニが、ちょっときつくこたえます。「うっさいわね、母さん。母さんにかかったら、しんぼうづよいカキでも頭にくるわよ!」
「ダイナがいたらいいのになあ、ぜったい」とアリスは、だれに言うともなく、声に出していいました。「そしたらすぐにつれてきてくれるのに」
「そしてあえておたずねしてよろしければ、そのダイナとはどなたですかな?」とインコ。
アリスはうれしそうにこたえました。自分のペットの話は、どんなときでもしたくてたまらなかったからです。「ダイナは、うちのねこなの。それで、ねずみとりのうでまえは、思いもよらないくらいにすごいんですよ! それと、小鳥をねらったときなんか、お見せしたいくらい! 小鳥なんて、見たしゅんかんにたべちゃうんです!」
この話で、一同は目に見えていろめきたちました。すぐにあわててそこをはなれる鳥もいます。おとしよりのカササギは、しんちょうにみづくろいをはじめてこう言います。「そろそろ家にかえりませんとねえ。夜風がどうも、のどにきついもんでして」そしてカナリアがふるえる声で、子どもたちによびかけます。「ほらみんな、いらっしゃい! みんなとっくにおねむの時間よ!」なんだかんだと口実をつけて、みんなどこかへいってしまい、やがてアリス一人がのこされてしまいました。
「ダイナのこと、いわなきゃよかった!」とアリスはゆううつにつぶやきました。「ここらだと、だれもあの子がすきじゃないみたい。ぜったいに世界で一番いいねこなのに! ああかわいいダイナ、もう二度とおまえに会えないんじゃないかしら」そしてここで、かわいそうなアリスはまた泣き出しました。とってもさびしくて、おちこんでいたからです。でもちょっとしたら、遠くのほうからピタピタいう小さな足音がきこえてきました。アリスはよろこんで顔をあげました。ネズミの気がかわって、おなはしを最後までしようとしてもどってきたのかな、とすこし思ったのです。
それはあの白うさぎで、ゆっくりトコトコともどってきながら、困ったようにあたりを見まわしています。なにかなくしたみたいです。そして、こうつぶやいているのがきこえました。「公爵夫人が、公爵夫人が! かわいい前足! 毛皮やらひげやら! フェレットがフェレットであるくらい確実に、処刑されちゃうぞ! まったくいったいどこでおとしたのかなあ?」アリスはすぐに、うさぎがさがしているのがせんすと白い子ヤギ皮の手ぶくろだとおもいついて、親切な子らしく自分もさがしはじめましたが、どこにも見あたりません――池での一泳ぎでなにもかもかわっちゃったみたいで、あのおっきなろうかは、ガラスのテーブルや小さなとびらともども、完全に消えうせていました。
さがしまわっていると、すぐにうさぎがアリスに気がついて、怒った声でこうよびかけました。「おやメリーアン、おまえはいったい、こんなとこでなにしてる? いますぐに家に走ってかえって、手ぶくろとせんすをとってこい!」アリスはとってもこわかったので、すぐにうさぎの指さすほうにかけだして、人ちがいです、と説明したりはしませんでした。
「女中とまちがえたのね」とはしりながらアリスは考えました。 「あたしがだれだかわかったら、すごくおどろくだろうな! でもせんすと手ぶくろをとってこないと――みつかれば、だけどね」こう言ったときに、きれいな小さいおうちにやってきました。そのとびらには、ぴかぴかのしんちゅう板がかかっていて「しろうさぎ」という名前がほってありました。ノックせずに中に入って、いそいで二かいへ急ぎました。そうしないとほんもののメリーアンに出くわして、せんすと手ぶくろを見つけるまでに家から追い出されるんじゃないかと、すごくこわかったのです。
「へんなの、うさぎのおつかいをしてるなんて!」とアリスはつぶやきました。「つぎはダイナにおつかいさせられるのかな!」そしてアリスは、そうなったら何がおきるか想像をはじめました。「『アリスおじょうさま! すぐにいらして、おさんぽのしたくをなさい!』『すぐいく、保母さん! でもネズミがにげださないようにみはってないと』でも、ダイナがそんなふうに人に命令しだしたら、おうちにいさせてもらえなくなると思うけど!」
このころには、きちんとした小さな部屋にたどりついていました。窓ぎわにテーブルがあって、そこに(思ったとおり)せんすと、小さな子ヤギ皮の手ぶくろが、二、三組おいてありました。せんすに手ぶくろを一組手にとって、部屋を出ようとしたちょうどそのとき、鏡の近くにたっている小さなびんが目にとまりました。こんどは「のんで」と書いてあるラベルはなかったのですが、それでもふたのコルクをとって、くちびるにあてました。「なんでも食べたりのんだりすると、ぜったいなーんかおもしろいことがおきるんだな。だから、このびんがなにをするか、ためしてみようっと。もっと大きくしてくれるといいんだけど。こんなちっぽけでいるのは、もうすっかりあきちゃったもん」
たしかにそうなりました。しかも思ったよりずっとはやく。びんの半分ものまないうちに、頭が天井におしつけられて、首がおれないようにするには、かがむしかありませんでした。アリスはすぐにびんをおいて、つぶやきます。「もうこのくらいでたくさん――もうこれいじょうは大きくならないといいけど――いまだってもう戸口から出られない――あんなにのまなきゃよかった!」
ざんねん! そんなこといってもいまさらおそい! アリスはどんどん大きく、もっと大きくなっていって、やがて床にひざをつくしかありません。もう一分もすると、これでも場所がなくなってきて、片ひじをとびらにくっつけて、もう片うでは頭にまきつけて、よこになるみたいなかんじにしてみました。それでもまだ大きくなりつづけて、窓から片うでをだして、片足はえんとつにつっこみました。そしてこうつぶやきます。「もうこれで、なにがおきてもどうしようもないわ。いったいどうなっちゃうんだろう?」
アリスとしては運のいいことに、小さなまほうのびんは、もうききめがぜんぶ出つくして、それ以上は大きくなりませんでした。それでも、とてもいごこちは悪かったし、この部屋から二度と出られるみこみも、ぜったいになさそうだったので、アリスがあまりうれしくなかったのもあたりまえですね。
「おうちのほうがずっとよかったわ」かわいそうなアリスは考えました。「おっきくなったりちっちゃくなったりばっかしじゃなかったし、ネズミやうさぎにこきつかわれたりもしなかったし。あのうさぎの穴に入らなきゃよかったと思うほど――でも――でもね――ちょっとおもしろいわよね、こういう生き方って! あたし、いったいどうしちゃったのかな、とか考えちゃうし! おとぎばなしをよんだときには、そういうことはおこらないんだと思ったけど、いまはこうしてそのまん中にいるんだ! あたしのことを本に書くべきよね、そうですとも! だから大きくなったら、あたしが書こうっと――でも、いまもおっきくはなってるんだわ」とかなしそうにアリスはつけくわえました。「すくなくともここでは、これ以上大きくなるよゆうはないわね」
「でもそしたら、あたしはいまよりぜんぜん歳(とし)もとらないってこと? それはある意味で、ほっとするわね――ぜったいにおばあちゃんにならないなんて――でもすると――いつもお勉強しなきゃいけないってこと? そんなのやーよ!」
「ああ、アリスのおばかさん」とアリスは自分でへんじをしました。「ここでお勉強なんかできないでしょ。だって、あなた一人でもぎゅうぎゅうなのに、教科書のはいるとこなんか、ぜんぜんないわよ!」
そしてアリスはそのままつづけました。まずは片側になってしゃべり、それからその相手になってしゃべり、なんだかんだでかなり会話をつづけました。でも何分かして、外で声がしたので、やめてきき耳をたてました。
「メリーアン! メリーアン! いますぐ手ぶくろをもってこい!」と声がいいます。そしてぴたぴたと小さな足音が、階段できこえました。うさぎがさがしにきたな、とわかったので、アリスはがたがたふるえて、それで家もゆれましたが、そこで自分がいまはうさぎの千倍も大きくて、ぜんぜんこわがらなくていいんだ、というのを思いだしました。
すぐにうさぎが戸口にやってきて、それをあけようとしました。が、とびらは内がわにひらくようになっていて、アリスのひじがそれをしっかりおさえるかっこうになっていました。だもんで、やってもダメでした。アリスはうさぎがこうつぶやくのをききました。「じゃあまわりこんで、窓から入ってやる」
「そうはさせないわよ」とアリスは思って、音のかんじでうさぎが窓のすぐ下まできたな、と思ったときに、いきなり手をひろげて宙をつかみました。なにもつかめませんでしたが、小さなひめいが聞こえて、たおれる音がして、そしてガラスのわれる音がして、だからたぶん、うさぎはキュウリの温室(おんしつ)か、なんかそんなものの上にたおれたのかも、とアリスは思いました。

つぎに怒った声がします――うさぎのです――「パット! パット! どこだ?」するとアリスのきいたことのない声が「へいへいこっちですよ! リンゴほりしてまっせ、せんせい!」
「リンゴほり、がきいてあきれる!」とうさぎは怒って言います。「こい! こっから出るのてつだってくれ!」(もっとガラスのわれる音)
「さてパット、あの窓にいるのは、ありゃなんだね?」
「うでにきまってますがな、せんせい!」(でもはつおんは、「しぇんしぇえ」だったけど)
「うでだと、このばか。あんなでかいうでがあるか! 窓いっぱいほどもあるだろう!」
「そりゃそのとおりですけどね、せんせい、でもうでにはちがいありませんや」
「とにかく、あんなものがあそこにいちゃいかん。おまえいって、どかしてこい!」
ここでみんな、ずっとだまってしまいました。そしてきこえるのは、ときどきひそひそ声だけ。「うんにゃ、いやですよぅせんせい、だんじて、だんじて!」「いわれたとおりにせんか、このおくびょうものめが!」そしてアリスはついにまた手をひろげて、もう一回宙をつかんでみました。こんどは、小さなひめいが二つあがって、またガラスのわれる音がしました。「ここらへんって、キュウリの温室(おんしつ)だらけなのねぇ」とアリスは思いました。「さて、こんどはどうするつもりかしら? 窓からひっぱり出すつもりなら、ほんとにそれでうまくいけばいいんだけど。だってあたしだってもうここにはいたくないんだもん!」
しばらくは、なにもきこえないまま、まっていました。やっと、小さな手おし車がたくさんガタガタいう音がきこえて、話しあっているたくさんの声がします。ききとれたことばはこんなふうです。「もいっこのはしごはどこだ?――え、おれはかたっぽもってきただけだよ/もいっこはビルだ――ビル! ここにもってこいって、ぼうず!――ほれ、こっちのかどに立てるんだよ――バカ、まずゆわえんだって――そんだけじゃ半分しかとどかねえ――よーし! それでなんとかなるっしょ/おい、なんかいったか――ほれビル、ロープのこっちのはしっこつかまえてくれ――屋根がもつかなあ――そこ、屋根石がゆるんでるから――ほーら落ちた! ふせろ!」(おっきなガシャンという音)――「おい、いまのだれがやった?――ビルだと思うね――だれがえんとつから入る?――えー、おれはいやだよ! おまえやれって!――えー、おれやですぅ!――ビルにいかせましょう――おいビル! おやぶんが、おまえにえんとつ入れって!」
「あらそう! じゃあビルはえんとつから入ってこなきゃならないってわけ? へえ、そうなんだ!」とアリスはつぶやきました。「まったく、みんななんでもビルにおしつけるのね。あたしなら、どうあってもビルの身にはなりたくないなあ。このだんろはたしかにせまいけどでも、ちょっとはけっとばせるんじゃないかなー!」
アリスがえんとつの足をできるだけ下までおろしてまっていると、小さな動物(どんな動物かはわかりませんでした)が、えんとつのすぐ上のところで、カサコソとうごくのがきこえました。そこでアリスはこう思いました。「これがビルね」そしてするどく一発けりを入れて、どうなるかまちかまえました。
最初にきこえたのは、みんながいっせいに合唱する声です。「ビルがあがったあがったぁ!」そしてうさぎの声がそこでしました――「おい、キャッチしろ、しげみんとこのおまえ!」そしてしずかになって、それから口々に声がきこえます――「頭をもちあげろ――ブランデーだ――息をつまらせるな――どうだった、ぼうず! なにがあった? なにもかも話してみろ!」
最後に、よわよわしい小さな、キイキイ声がきこえました(「あれがビルね」とアリスは思いました)「ええ、ぜんぜんわかんないんっすけど――いやもうけっこう、どうも。もうだいじょうぶっす――でもちょいと目がまわっちまって話どころじゃ――わかったのは、なんかがビックリばこみたいにせまってきて、それでおいら、ロケットみたいにビューン、でして!」
「いやはやあんた、まったくそのとおりだねえ」とみんな。
「これは家に火をつけるしかないぞ!」とうさぎの声がいいました。そこでアリスはおもいっきり声をはりあげました。「そんなことをしたら、ダイナをけしかけてやるから!」
すぐに死んだみたいにしずかになったので、アリスは考えました。「つぎはいったいなにをする気かしら! ちょっとでも頭があれば、屋根をはずすはずだけど」一分かそこらで、また一同は動きまわりはじめ、うさぎの声がきこえました。「手おし車いっぱいくらいでいいな、手はじめに」
「手おし車いっぱいのなんなの?」とアリスは思いました。でも、すぐにわかることになりました。というのも、つぎのしゅんかんに、小石が雨あられと窓からとびこんできて、いくつか顔にあたったのです。「やめさせてやるわ」とアリスはつぶやいて、どなりました。「あんたたち、二度とやったらしょうちしないわよ!」するとまた、死んだようにしずかになりました。
その小石が床にころがると、みんなケーキにかわっていったので、アリスはちょっとおどろきました。そしてすばらしいアイデアがひらめきました。「このケーキをひとつ食べれば、まちがいなく大きさがかわるはずよ。それでこれ以上はぜったいおっきくなれないから、かならず小さくなる、と思う」
そこでケーキを一つのみこんでみると、すぐにちぢみだしたので、アリスはおおよろこびでした。とびらをとおれるくらい小さくなると、すぐに走ってそのおうちを出ました。外では、小さな動物や鳥たちがかなりたくさんまちかまえていました。かわいそうな小トカゲのビルが、そのまん中にいて、それを介抱(かいほう)しているモルモット二ひきの手で、びんからなにかをのませてもらっています。みんな、アリスがあらわれたとたんに、いっせいにかけよってきました。でもアリスはおもいっきり走って、やがて深い森にはいったのでひとまず安心。
「まずやんなきゃいけないのは、もとの大きさにもどることね」とアリスは、森のなかをさまよいながらつぶやきました。「そして二ばんめに、あのきれいなお庭へのいきかたを見つけることよ。それが一番いい計画だわ」
たしかに、すばらしい計画なのはまちがいないですし、とっても単純明快(たんじゅんめいかい)です。ただし一つだけ困ったことに、どこから手をつけていいやら、さっぱり見当もつかなかったのです。そしてそうやって木の間を不安そうにのぞいていると、小さくてするどいほえ声がして、アリスはあわてて上を見ました。
きょだいなワンちゃんが、おっきなまるい目でこっちをみおろし、まえ足をかたっぽ、おずおずとさしのべて、アリスにさわろうとしています。「まあかわいそうに」とアリスは、なだめるような声で言うと、いっしょうけんめい口ぶえをふいてやろうとしました。でも、そのとき、そのワンちゃんがおなかをすかせてたらどうしようとおもって、とてもこわかったのです。もしそうなら、どんなになだめても、たぶんすぐにアリスを食べちゃうはずでしょう。

自分でもなぜだかわからないまま、アリスは小さな棒っきれをひろって、それをワンちゃんのほうにさしだしました。するとワンちゃんは、四本足でぴょんととんで、うれしそうにほえると、棒っきれにかけよってきて、それにかまけてるふりをします。そこでアリスは、おっきなイバラの後ろにかくれて、おしつぶされないようにしました。反対側から出てきたとたんに、ワンちゃんはもう一回、棒っきれにとびついて、それをおさえようとして頭からゴロゴロころがってしまいました。そしてアリスは、これはまるでばしゃ馬とあそんでるみたいで、いつふみつぶされるかわからないわ、と思いながら、またいばらのむこう側に走っていきました。そしてワンちゃんは、何度か棒っきれにみじかくとっしんをくりかえします。前にはほんのちょっとだけすすんで、それからおもいっきりさがって、そのあいだずっとワンワンとほえていました。そしてとうとう、ずっとはなれたところですわりこみ、ベロをだらりとたらし、息をハアハアいわせて、おっきな目を半分とじています。
これは、にげだすぜっこうのチャンスだとおもったので、アリスはすぐにかけだして、かなりつかれて息がきれるまで、走りつづけました。ワンちゃんのほえる声は、もう遠くでかすかにきこえるだけでした。
「でも、すっごくかわいいワンちゃんだったなあ」とアリスは考えながら、キンポウゲにもたれてやすんで、はっぱで自分をあおぎました。「芸を教えたかったなあ――あたしさえちゃんとした大きさだったら! あ、そうだった! あたし、また大きくならないと! わすれるとこだったわ。さーて――どうすればいいのかな? たぶんなんかしら、食べるかのむかすればいいんでしょうね。でもなにを? それが大問題だわ」
たしかにそれは大問題でした。なにを? まわりをぐるっと見ても、花やはっぱは目に入りますが、いまのじょうたいで食べたりのんだりするのによさそうなものは、なんにも見あたりません。近くに、アリスと同じくらいのせたけのキノコがありました。アリスはその下をのぞいて、両側を見て、うら側も見てみたので、じゃあついでに、てっぺんになにがあるかも見てやろう、と思いつきました。
つま先立ちになって、キノコのふちから上をのぞくと、その目がおっきないもむしの目と、すぐにばっちりあってしまいました。そいつはキノコのてっぺんにうで組みをしてすわり、しずかにながーい水パイプをすっていて、アリスも、それ以外のなにごとも、ぜんぜんどうでもいい、というようすでした。
いもむしとアリスは、しばらくだまっておたがいを見つめていました。とうとういもむしが、口から水パイプをとって、めんどうくさそうな、ねむたい声で呼びかけてきました。
「あんた、だれ?」といもむしが言います。
これは会話の出だしとしては、あんまり気乗りするものじゃありません。アリスは、ちょっともじもじしながら答えました。「あ、あ、あの、あまりよくわかんないんです、いまのところ――少なくとも、けさ起きたときには、自分がだれだったかはわかってたんですけど、でもそれからあたし、何回か変わったみたいで」
「そりゃいったいどういうことだね」といもむしはきびしい声で申します。「自分の言いたいことも言えんのか!」
アリスは言いました。「はい、自分の言いたいことが言えないんです。だってあたし、自分じゃないんですもん、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
「これでもせいいっぱいの説明なんです」とアリスはとてもれいぎ正しくこたえました。「なぜって、自分でもわけがわからないし、一日でこんなに大きさがいろいろかわると、すごく頭がこんがらがるんです」
「がらないね」といもむし。
「まあ、あなたはそういうふうには感じてらっしゃらないかもしれないけれど、でもいずれサナギになって――だっていつかなるんですからね――それからチョウチョになったら、たぶんきみょうな気分になると思うんですけど。思いません?」
「ちっとも」といもむし。
「じゃあまあ、あなたの感じかたはちがうかもしれませんけれど、でもあたしとして言えるのは、あたしにはすごくきみょうな感じだってことです」
「あんた、か!」といもむしはバカにしたように言いました。「あんた、だれ?」
これで話がふりだしにもどりました。アリスは、いもむしがずいぶんとみじかい返事しかしないので、ちょっと頭にきました。そこでむねをはって、とてもおもおもしく言いました。「思うんですけれど、あなたもご自分のことをまず話してくださらないと」
「どうして?」といもむし。
これまたなやましい質問です。そしてアリスはいい理由を考えつかなかったし、いもむしもずいぶんときげんがよくないようだったので、あっちにいくことにしました。
「もどっといで!」といもむしがうしろからよびかけました。「だいじな話があるんじゃ!」
これはどうも、なかなか期待できそうです。そこでアリスは向きをかえると、またもどってきました。
「カッカするな」といもむし。
「それだけ?」とアリスは、はらがたつのをひっしでおさえて言いました。
「いや」といもむし。
じゃあまちましょうか、とアリスは思いました。ほかにすることもなかったし、それにホントに聞くねうちのあることを言ってくれるかもしれないじゃないですか。何分か、いもむしはなにも言わずに水パイプをふかしているだけでしたが、とうとううで組みをといて、パイプを口からだすと言いました。「で、自分が変わったと思うんだって?」
「ええ、どうもそうなんです。むかしみたいにいろんなことがおもいだせなくて――それに十分と同じ大きさでいられないんです!」
「おもいだせないって、どんなこと?」といもむし。
「ええ、『えらい小さなハチさん』を暗唱しようとしたんですけれど、ぜんぜんちがったものになっちゃったんです!」アリスはゆううつな声でこたえました。
「『ウィリアム父さんお歳をめして』を暗唱してみぃ」といもむし。
アリスはうでを組んで、暗唱をはじめました。
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人が言いました。
『かみもとっくにまっ白だ。
なのにがんこにさか立ちざんまい――
そんなお歳でだいじょうぶ?』
ウィリアム父さん、息子にこたえ、
『わかい頃にはさかだちすると、
脳みそはかいがこわかった。こわれる脳などないとわかったいまは、
なんどもなんどもやらいでか!』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『これはさっきも言ったけど。そして異様(いよう)なデブちんだ。
なのに戸口でばくてんを――
いったいどういうわけですかい?』
老人、グレーの巻き毛をゆする。
『わかい頃にはこの軟膏(なんこう)で
手足をきちんとととのえた。
一箱一シリングで買わんかね?』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『あごも弱ってあぶらみしかかめぬ
なのにガチョウを骨、くちばしまでペロリ――
いったいどうすりゃそんなこと?』
父さんが言うことにゃ
『わかい頃には法律まなび
すべてを女房と口論三昧
それであごに筋肉ついて、それが一生保ったのよ』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『目だって前より弱ったはずだ
なのに鼻のてっぺんにウナギをたてる――
いったいなぜにそんなに器用?』
『質問三つこたえたら、もうたくさん』と
お父さん。『なにを気取ってやがるんだ!
日がなそんなのきいてられっか!
失せろ、さもなきゃ階段からけり落とす!』
「いまのはまちがっとるなあ」といもむしは申しました。
「完全には正しくないです、やっぱり」とアリスは、ちぢこまって言いました。「ことばがところどころで変わっちゃってます」
「最初っから最後まで、まちがいどおしじゃ」といもむしは決めつけるように言って、また数分ほど沈黙(ちんもく)がつづきました。
まずいもむしが口をひらきました。
「どんな大きさになりたいね?」とそいつがたずねます。
「あ、大きさはべつにどうでもいいんです」とアリスはいそいでへんじをしました。「ただ、こんなにしょっちゅう大きさが変わるのがいやなだけなんです、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
アリスはなにも言いませんでした。生まれてこのかた、こんなに茶々を入れられたのははじめてでした。だんだん頭にきはじめてるのがわかります。
「それでいまは満足なの?」といもむしが言いました。
「まあ、もしなんでしたら、もうちょっと大きくはなりたいです。身長8センチだと、ちょっとやりきれないんですもの」
「じつによろしい身長だぞ、それは!」といもむしは怒ったようにいいながら、まっすぐたちあがってみせました(ちょうど身長8センチでした)。
「でもあたしはなれてないんですもん!」とかわいそうなアリスは、あわれっぽくうったえました。そしてこう思いました。「まったくこの生き物たち、どうしてこうすぐに怒るんだろ!」
「いずれなれる」といもむしは、水パイプを口にもどして、またふかしはじめました。
アリスはこんどは、いもむしがまたしゃべる気になるまで、じっとがまんしてまっていました。一分かそこらすると、いもむしは水パイプを口からだして、一、二回あくびをすると、みぶるいしました。それからキノコをおりて、草のなかにはいこんでいってしまいました。そしてそのとき、あっさりこう言いました。「片側でせがのびるし、反対側でせがちぢむ」
「片側って、なんの? 反対側って、なんの?」とアリスは、頭のなかで考えました。
「キノコの」といもむしが、まるでアリスがいまの質問を声にだしたかのように言いました。そしてつぎのしゅんかん、見えなくなっていました。
アリスは、しばらく考えこんでキノコをながめていました。どっちがその両側になるのか、わからなかったのです。キノコは完全にまん丸で、アリスはこれがとてもむずかしい問題だな、と思いました。でもとうとう、おもいっきりキノコのまわりに両手をのばして、左右の手でそれぞれキノコのはしっこをむしりとりました。
「さて、これでどっちがどっちかな?」とアリスはつぶやき、右手のかけらをちょっとかじって、どうなるかためしてみました。つぎのしゅんかん、あごの下にすごい一げきをくらってしまいました。あごが足にぶつかったのです!
いきなり変わったので、アリスはえらくおびえましたが、すごいいきおいでちぢんでいたので、これはぼやぼやしてられない、と思いました。そこですぐに、もう片方をたべる作業にかかりました。なにせあごが足にぴったりおしつけられていて、ほとんど口があけられません。でもなんとかやりとげて、左手のかけらをなんとかのみこみました。
「わーい、やっと頭が自由になった!」とアリスはうれしそうにいいましたが、それはいっしゅんでおどろきにかわりました。自分のかたがどこにも見つからないのです。見おろしても見えるのは、すさまじいながさの首で、それはまるではるか下のほうにある緑のはっぱの海から、ツルみたいにのびています。
「あのみどりのものは、いったいぜんたいなにかしら? それとあたしのかたはいったいどこ? それにかわいそうな手、どうして見えないのよ!」こう言いながらも、アリスは手を動かしていましたが、でもなにも変わりません。ずっと遠くのみどりのはっぱが、ちょっとガサガサするだけです。
手を頭のほうにもってくるのはぜつぼうてきだったので、頭のほうを手までおろそうとしてみました。するとうれしいことに、首はいろんな方向に、ヘビみたいにらくらくと曲がるじゃないですか。ちょうど首をゆうびにくねくねとうまく曲げて、はっぱの中にとびこもうとしました。そのはっぱは、実はさっきまでうろうろしていた森の木のてっぺんにすぎませんでした。するとそのとき、するどいシューっという音がして、アリスはあわてて顔をひっこめました。おっきなハトが顔にとびかかってきて、つばさでアリスをぼかすかなぐっています。
「ヘビめ!」とハトがさけびました。
「だれがヘビよ!」とアリスは怒って言いました。「ほっといて!」
「やっぱりヘビじゃないか!」とハトはくりかえしましたが、こんどはちょっと元気がなくて、なんだか泣いてるみたいでした。「なにもかもためしてみたのに、こいつらどうしても気がすまないんだからね!」
「なんのお話だか、まるでさっぱり」とアリス。
「木の根っこもためして、川岸もためして、生けがきもためしてみたのに」とハトはアリスにおかまいなしにつづけます。「でもあのヘビどもときたら、いっこうにお気にめさない!」
アリスはますますわけがわからなくなりましたが、ハトが話し終えるまでは、なにをいってもむだだな、と思いました。
「たまごをかえすだけでもいいかげん、たいへんだってのに」とハト。「おまけによるもひるも、ヘビがこないか見張ってなきゃなんない! この三週間、もうほんのちょっともねてないんだよ!」
「たいへんですねえ、おきのどく」アリスは、だんだんハトがなにをいいたいのかわかってきました。
「それで、やっと森のなかで一番高い木に巣をつくったばかりなのに」とハトの声があがってかなきり声になりました。「やっとあいつらから解放(かいほう)されたと思ったときに、空からくねくねふってくるんだから! まったくヘビときたら!」
「だからぁ、ヘビじゃないって言ってるでしょう!」とアリス。「あ、あ、あたしは――」
「ふん、じゃああんた、いったいなんなのさ!」とハトが言います。「なんかでまかせ言おうとしてるわね!」
「あ、あたしは女の子よ」とアリスは、ちょっと自信なさそうに言いました。今日一日で自分がなんども変わったのを思いだしたからです。
「もうチトじょうずなウソついたらどうよ」とハトは、ものすごくバカにした口ぶりで言いました。「女の子なら、これまでたくさん見てきたけどね、そんな首したのは、一人だって見たことないよ! いやいや、あんたヘビだよ。ごまかしたってダメだい。するとなんだい、こんどはたまごを食べたことないなんて言い出すんだろう!」
「たまごなら食べたことありますとも」アリスはとっても正直な子だったのです。「でも女の子だって、ヘビと同じくらいたまごを食べるのよ」
「信じるもんですか」とハトが言います。「でももしそうなら、女の子だってヘビの一種さね。あたしに言えるのはそんだけだよ」
これはアリスにしてみれば、まったく新しい考え方でしたので、一分かそこらはなにも言えませんでしたので、それをとらえて、ハトはこうつけくわえました。「あんたがたまごをさがしてるんだ、そこんとこはまちがいないね。だったらあんたが女の子だろうとヘビだろうと、あたしにゃなんのちがいもないだろが!」
「あたしにはかなりのちがいなの!」とアリスはすぐに言いました。「でも、あいにくとたまごなんかさがしてないもん。それにさがしててもあんたのなんかいらないわ。なまたまごはきらいだもの」
「だったらさっさと失せな!」とハトはつっけんどんに言って、また自分の巣にもどりました。アリスは、なんとかかんとか森のなかで身をかがめました。というのも首があちこちでえだにからまってばかりいたので、そのたびに止まってほどかなくてはならなかったのです。しばらくして、自分がキノコのかけらをまだ手に持っていたのを思いだして、とっても気をつけて作業にかかり、まずは片方をかじって、それから反対側を、というぐあいにして、ときどきは大きくなって、ときどきは小さくなって、やがてなんとかいつもの大きさにもどったのでした。
まともな大きさくらいになったのは、ずいぶんひさしぶりでしたので、かえってかなりきみょうな感じがしました。でも数分でそれになれて、いつものように一人ごとをはじめました。「わーい、これで計画が半分たっせいだぞ! こんなに変わるなんて、不思議よね! 毎分毎分、自分がなんになるのかちっともわかんない。でも、もとの大きさにはもどった、と。つぎはあのきれいなお庭に入ることね――それっていったいどうやったらいいだろ?」こう言ったとき、いきなりひらけた場所に出て、そこに高さ120センチくらいの小さなおうちがありました。「だれが住んでるのか知らないけど」とアリスは思いました。「こんな大きさでちかよるわけにはいかないわね。だって死ぬほどこわがらせちゃうわ!」そこでまた右手のかけらをかじりはじめて、身長25センチになるまで、けっしておうちには近づきませんでした。

一分かそこら、アリスはそのままおうちをながめていて、つぎにどうしようかと思っていると、いきなりお仕着せすがたの召使い(めしつかい)が、森からかけだしてきました――(それが召使い(めしつかい)だと思ったのは、お仕着せをきていたからです。さもなければ、顔だけみたらそれはおさかなだと思ったはず)――そしてげんこつでそうぞうしくとびらをノックしました。それをあけたのは、これまたお仕着せすがたのべつの召使い(めしつかい)で、丸い顔とおおきな目をしてカエルみたいです。そして召使い(めしつかい)二人とも、おしろいをまぶしたかみの毛をしていて、それが頭一面でカールをまいています。いったいなんのさわぎかな、とアリスはすごく知りたくなって、ちょっと森からしのび出ると、きき耳をたてました。
おさかな召使い(めしつかい)は、まずうでの下からおっきな手紙をとりだしました。自分とほとんど同じくらいおっきな手紙です。そしてこれを相手にわたしながら、おもおもしい口ぶりでこう言いました。「公爵夫人どのへ~、女王さまより~、クロケーのごしょうたい~」。カエル召使い(めしつかい)は、同じようなおもおもしい口ぶりでくりかえしましたが、ことばの順番をちょっと変えました。「女王さまより~、クロケーのごしょうたい~、公爵夫人どのへ~」
そして両方とも、ふかぶかとおじぎをして、するとカールがからまってしまいました。
アリスはこれを見てゲラゲラわらってしまって、きこえるのがこわくて、森にかけもどったほどでした。そしてつぎにまたのぞいてみると、おさかな召使い(めしつかい)はいなくなっていて、もう片方が、とびら近くの地面にすわって、ぽかーんと空を見あげています。
アリスはおずおずととびらのところへいって、ノックしました。
「ノックなんかしてもむだよーん」と召使い(めしつかい)が言いました。「わけは二つね。まずあたしがあんたと同じで、ドアのこっち側にいるもんねー。つぎに、中ではすんごいそうぞうしいもんで、だれもあんたのノックなんかきこえやしないのよーん」そしてたしかに、中ではまあとんでもない大そうどうになってるようです――だれかずっと泣きわめいてはくしゃみをして、しょっちゅうものすごいガシャーンというお皿かやかんがこなごなになったみたいな音がするのです。
「おねがい、そうしたら、あたしはどうやって入ればいいのかしら」とアリス。
「ドアがあたしたちのあいだにあったら、あんたがノックしても、ちょいとはいみがあるかもしれないけど」と召使い(めしつかい)は、アリスにかまわず先をつづけます。「たとえば、あんたが中にいたら、ノックすれば、あたしが出したげられるんだけどねぇ」こういいながら、かれはずっと空を見あげたままで、アリスはこれはどう考えても、失礼せんばんだと思いました。「でも、しかたないのかもね」とアリスはつぶやきました。「だってお目目があんな頭のすっごくてっぺんにあるんですもん。でもそれにしても、きいたら返事くらいすればいいのに。――どうやって入ればいいの?」と声にだしてアリスはくりかえしました。
召使い(めしつかい)は言います。「あたしゃここにすわってるわぁ、あしたになっても――」
このときおうちのドアがあいて、おっきなお皿がシュルルッと、めしつかいの頭めがけてとんできました。そしてその鼻をかすめると、うしろの木にあたってこなごなになりました。
「――ひょっとしてあさってになっても」と召使い(めしつかい)はまったく同じ口ぶりで、なにもおきなかったみたいにつづけました。
「どうやって入ればいいの」とアリスは、もっと大きな声でいいました。
「そもそもあんた、入っていいのかしらねえ?」と召使い(めしつかい)。「まずそれが問題、でしょう、ねえ」
たしかにそうです、まちがいなく。でもアリスは、そんなこといわれたくありませんでした。「まったく頭にきちゃうわよね、この生き物たちが口ごたえするのって。キチガイになっちゃいそうよ」
召使い(めしつかい)は、このすきに、さっきのせりふをちょっと変えてくりかえそうと思ったようです。「あたしゃここにすわってるわぁ、ずっとずっと、何日も何日もぉ」
「でもあたしはどうすればいいの?」とアリス。
「お好きなように」と召使い(めしつかい)は口ぶえをふきはじめました。
「ああ、こんなのと話をしててもしょうがないわ」とアリスはぜつぼうして言いました。「完全なバカじゃないの!」そしてとびらをあけるとなかに入っていきました。
とびらはすぐに大きな台所につづいていて、そこははしからはしまでけむりまみれでした。公爵夫人はまん中にある三きゃくいすにすわって、赤ちゃんをあやしています。コックは火の上にかがみこんで、スープでいっぱいらしいおっきなおなべをかきまぜています。
「たしかにあのスープはコショウ入れすぎ」とアリスはつぶやきました。くしゃみをしながらつぶやくのもたいへんです。
それが空気にたくさんまじりすぎているのはたしかでした。公爵夫人でさえ、ときどきくしゃみをしています。そして赤ちゃんときたら、ちょっとも間をおかずに、くしゃみ、なき、わめきをくりかえしているのでした。台所でくしゃみをしないのは、コックと、ろばたにすわっているおっきなねこだけでした。ねこは、耳から耳までとどくくらいニヤニヤしています。
「あの、教えていただけませんでしょうか?」とアリスは、ちょっとびくびくしながらききました。自分から口をひらくのが、おぎょうぎのいいことかどうか、自信がなかったのです。「なぜこちらのねこは、あんなふうにニヤニヤわらうんでしょうか?」
「チェシャねこだから」と公爵夫人。「そのせいだよ。ぶた!」
最後のひとことは、いきなりすごいあらっぽさだったので、アリスはほんとにとびあがってしまいました。が、すぐにそれが赤ちゃんに言ったせりふで、アリスに言ったのではないのがわかりました。そこでゆうきをだして、またきいてみました:――
「チェシャねこがいつもニヤニヤわらうとは知らなかったです。というか、そもそもねこがニヤニヤわらいできるって知りませんでした」
「みんなできるよ。で、ほとんどみんなしてる」と公爵夫人。
「あたしは、してるねこは見たことないんです」とアリスはれいぎ正しく言いました。やっと会話ができたので、とてもうれしかったのです。
「あんたはもの知らずだからね。まちがいないよ」と公爵夫人。
アリスはこの意見の調子がぜんぜん気にいらなかったので、なにかべつの話題にしたほうがいいな、とおもいました。なにか思いつこうとしているあいだ、コックはスープのおなべを火からおろして、すぐにまわりのものを手あたりしだいに、公爵夫人と赤ちゃんにむかってなげつけるしごとにとりかかりました――まずは火かきどうぐ。つづいて小皿、中皿、大皿の雨あられ。公爵夫人は、それがあたってもまったく無視していました。そして赤ちゃんは、もともとすさまじくわめいていたので、おさらがあたっていたいのかどうか、ぜんぜんわかりません。
「ああ、おねがいだから自分のやることに気をつけてよ!」とアリスはさけんで、怒ってかんしゃくをおこして、ぴょんぴょんとびはねました。「ほら、あのかわいいお鼻があんなことに」ちょうど、とんでもなくでっかなソース皿が赤ちゃんの鼻の近くをとんでいって、あやうくそれをもぎとるところでした。
「みんなが自分のやることだけ気をつけて、ひとごとに口出ししなけりゃ、この世はいまよりずっとずっとさっさと動くこったろうよ」と公爵夫人が、あらっぽいうなり声をあげました。
「それはぜったいに困ったことですよね」とアリスは、ちしきをひけらかすチャンスができて、とてもうれしく思いました。「昼と夜がかわって、すごくたいへんなことになるはずですもの! つまりですね、地球は一回まわるのに24時間かかって、昼と夜でおのおの――」
「おのといえば」と公爵夫人。「この娘(こ)の頭をちょんぎっちまいな!」
アリスはいささか心配そうにコックのほうを見ました。コックがいまのを本気にしたかな、と思ったのです。でもコックはスープをかきまぜるのにいそがしくて、きいていないようでしたので、アリスは続けました。「一日って24時間、だったと思うんですけど。それとも12でしたっけ? あたし――」
「あら、あたしになんかきかないでよ」と公爵夫人。「あたしゃ数字はぜんぜんにがてなんだからね!」それからまた子どもをあやしはじめ、いっしょになんだか子もり歌みたいなものをうたいだしました。一行うたうごとに、赤ちゃんをすさまじくゆさぶっています。
「ガキにはあらっぽい口きいて
くしゃみしやがったらぶんなぐれ
どうせいやがらせでするくしゃみ
こっちが怒るの知ってやがる」
合唱
(ここでコックとあかちゃんもいっしょに):--
「わぁ! わぁ! わぁ!」
公爵夫人は、歌の二番をうたいながら、赤ちゃんをらんぼうにポンポン投げています。そしてかわいそうな赤ちゃんがすごくわめくので、アリスはほとんど歌がきこえませんでした:――
「ガキにはきつい口をきく
くしゃみをしたらぶんなぐる
勝手なときにはコショウでも
しっかりきちんと味わうくせに!」
合唱
「わぁ! わぁ! わぁ!」
「ほれ、なんならあんたにもちょっとあやさせてやるよ!」と言いながら、公爵夫人は赤ちゃんを投げつけてよこしました。「あたしゃちょっと、女王さまとクロケーをするんでじゅんびがあるからね」そしてさっさと部屋を出てしまいました。コックは、その出ぎわにフライパンをなげつけましたが、おしいところではずれました。
アリスはずいぶんくろうして赤ちゃんをつかまえました。すっごくへんなかっこうの生き物で、あっちこっちに手足をつきだしてばかりいたからです。「ヒトデみたい」とアリスは思いました。かわいそうな子は、つかまえたときには蒸気機関車(じょうききかんしゃ)みたいみたいにフガフガ言っていて、しかもからだをまげたりのばしたりするので、そういうのがぜんぶあわさって、最初の一分かそこらは、かかえておくだけでせいいっぱいでした。
それをまともにあやすやり方がわかったので(ちなみに、それは赤ちゃんをひねって、いわばゆわえちゃって、そして右耳と左足をしっかりもって、それがほどけないようにしてやることだったんだけど)、アリスはすぐにそれを外につれだしました。「もしあたしがこの子をいっしょにつれてかないと、ぜったいに一日かそこらでころされちゃうものね。そんなところにのこしてったら、殺人でしょう?」アリスは最後のところを声に出していいました。すると生き物は、返事のかわりに鼻をならしました(このころには、くしゃみはやんでいたのです)。「鼻をならしちゃダメ。意見を言うのにぜんぜんちゃんとしたやりかたじゃないわよ」

赤ちゃんはまた鼻をならして、アリスはとっても心配になって、そのかおをのぞきこんでどうかしたのか見ました。まちがいなくこの子は、とっても上向きの鼻をしていて、人の鼻よりはブタの鼻ヅラみたいでした。それと、赤ちゃんにしては目がすっごく小さくなってきてます。ぜんぶあわせると、アリスとしてはこの子のようすがぜんぜん気に入りません。「でも、しゃくりあげただけかも」と思って目をのぞきこみ、涙がないかしらべました。
いいえ、涙はありません。「いい子だからね、ぶたになっちゃうなら、もうかまってあげませんからね!」とアリスはまじめに言いました。かわいそうな生き物は、またしゃくりあげます(あるいは鼻をならしたのか、どっちかはぜんぜんわかりません)。そして二人は、しばらくだまったままでいました。
「でもこの生き物をおうちにつれてかえったら、どうしてやったらいいんだろう」とアリスがちょうど思ったときに、そいつがまた鼻をならしました。それがすごくきょうれつで、アリスはびっくりしてその顔をのぞきこみました。こんどは、もうまちがえようがありません。それはまったくもってぶたそのものでした。だから、これ以上だっこしてやるのは、じつにばかげてる、と思いました。
そこでアリスはその小さな生き物を下におろし、するとしずかにトコトコと森にむかっていったので、ずいぶんホッとしました。「あれでおっきくなったら、しぬほどみっともない子どもになったでしょうね。でもぶたとしてなら、なかなかハンサムじゃないかな、と思う」そしてアリスは、知り合いのなかで、ぶたになったほうがうまくやっていけそうな子たちを思いうかべてみました。そして「もしちゃんとあの子たちを変えるほうほうさえわかれば――」とちょうどいったとき、何メートルか先の木の大えだに、あのチェシャねこがすわっていたので、アリスはちょっとぎょっとしました。
ねこは、アリスを見てもニヤニヤしただけです。わるいねこではなさそうね、とアリスは思いました。が、とってもながいツメに、とってもたくさんの歯をしていたので、ちゃんと失礼のないようにしないと、と思いました。

「チェシャにゃんこちゃん」とアリスは、ちょっとおずおずときりだしました。そういうよび名を気に入ってくれるかどうか、さっぱりわからなかったからです。でも、ねこはニヤニヤ笑いをもっとニッタリさせただけでした。「わーい、いまのところきげんがいいみたい」とアリスは思って、先をつづけました。「おねがい、教えてちょうだい、あたしはここからどっちへいったらいいのかしら」
「それはかなり、あんたがどこへいきたいかによるなあ」とねこ。
「どこでもいいんですけど――」とアリス。
「ならどっちへいってもかんけいないじゃん」とねこ。
「でもどっかへはつきたいんです」とアリスは、説明するようにつけくわえました。
「ああ、そりゃどっかへはつくよ、まちがいなく。たっぷり歩けばね」
アリスは、これはたしかにそのとおりだと思ったので、べつの質問をしてみました。「ここらへんには、どんな人がすんでるんですか?」
「あっちの方向には」とねこは、右のまえ足をふりまわしました。「帽子屋がすんでる。それとあっちの方向には」ともうかたほうのまえ足をふりまわします。「三月うさぎがすんでる。好きなほうをたずねるといいよ。どっちもキチガイだけど」
「でも、キチガイのとこなんかいきたくない」とアリスはのべます。
「そいつはどうしようもないよ。ここらじゃみんなキチガイだもん。ぼくもキチガイ、あんたもキチガイ」
「どうしてあたしがキチガイなんですか?」とアリス。
「ぜったいそうだよ。そうでなきゃここにはこない」とねこ。
アリスは、そんなのなんのしょうめいにもなってないとおもいました。でも、先をつづけます。「じゃあ、あなたはどうしてキチガイなの?」
「まずだね、犬はキチガイじゃない。それはいい?」
「まあそうね」とアリス
「すると、だ。犬は怒るとうなって、うれしいとしっぽをふるね。さて、ぼくはうれしいとうなって、怒るとしっぽをふる。よって、ぼくはキチガイ」
「それはうなるんじゃなくて、のどをならしてるっていうのよ」とアリス。
「お好きなように」とねこ。「女王さまときょう、クロケーをするの?」
「したいのはやまやまだけど。でもまだしょうたいされてないの」
「そこで会おうね」といって、ねこは消えました。
アリスはたいしておどろきませんでした。へんてこなことがおきるのに、もうなれちゃったからです。そしてねこがいたところを見ていると、いきなりまたあらわれました。
「ところでちなみに、赤ちゃんはどうなった?」とねこ。「きくのわすれるとこだった」
「ぶたになっちゃった」とアリスは、ねこがふつうのやりかたでもどってきたのとかわらない声で、しずかにいいました。
「だろうとおもった」ねこは、また消えました。
アリスはちょっとまってみました。ねこがまたでてくるかも、とおもったのです。が、でてこなかったので、一分かそこらしてから、三月うさぎのすんでいるはずのほうに歩きだしました。「帽子屋さんならみたことあるし、三月うさぎのほうがおもしろいわよね。それにいまは五月だから、そんなすごくキチガイでないかもしれない――三月ほどには」こういいながら、ふと目をあげると、またねこがいて木のえだにすわっています。
「ぶたって言った、それともふた?」とねこ。
「ぶた。それと、そんなにいきなり出たり消えたりしないでくれる? くらくらしちゃうから」
「はいはい」とねこ。そしてこんどは、とてもゆっくり消えていきました。しっぽの先からはじめて、最後はニヤニヤわらい。ニヤニヤわらいは、ねこのほかのところが消えてからも、しばらくのこっていました。
アリスは思いました。「あらま! ニヤニヤわらいなしのねこならよく見かけるけれど、でもねこなしのニヤニヤわらいとはね! 生まれて見た中で、一番へんてこなしろものだわ!」
ほんのしばらく歩くと、三月うさぎのおうちが見えてきました。まちがいないと思ったのは、えんとつが耳のかっこうをしていて、屋根が毛皮でふいてあったからです。あんまりおっきなおうちだったもので、左手のキノコをちょっとかじって、身長60センチくらいになってからでないと、近づきたくありませんでした。それでもなお、びくびくしながらちかづいて、その間もこう思っていました。「やっぱりすごくキチガイかも! やっぱり帽子屋さんのほうに会いにいけばよかったかなあ!」
おうちのまえの木の下には、テーブルが出ていました。そして三月うさぎと帽子屋さんが、そこでお茶してます。ヤマネがそのあいだで、ぐっすりねてました。二人はそれをクッションがわりにつかって、ひじをヤマネにのせてその頭ごしにしゃべっています。「ヤマネはすごくいごこちわるそう。でも、ねてるから、気にしないか」とアリスは思いました。
テーブルはとてもおっきいのに、三名はそのかどっこ一つにかたまっていました。「満員、満員!」とアリスがきたのを見て、みんなさけびました。「どこが満員よ、いっぱいあいてるじゃない!」とアリスは怒って、そしてテーブルのはしのおっきなひじかけつきのいすにすわりました。
「ワインはいかが」と三月うさぎが親切そうに言います。
アリスはテーブル中をみまわしましたが、そこにはお茶しかのってません。「ワインなんかみあたらないけど」とアリス。
「だってないもん」と三月うさぎ。
「じゃあ、それをすすめるなんて失礼じゃないのよ」とアリスははらをたてました。
「しょうたいもなしに勝手にすわって、あんたこそ失礼だよ」 と三月うさぎ。
「あなたのテーブルって知らなかったからよ」とアリス。「三人よりずっとたくさんの用意がしてあるじゃない」
「かみの毛、切ったほうがいいよ」帽子屋さんはアリスをすごくものめずらしそうに、ずいぶんながいことジロジロ見ていたのですが、はじめて言ったのがこれでした。
「人のこととやかく言っちゃいけないのよ」とアリスは、ちょっときびしく言いました。「すっごくぶさほうなのよ」
帽子屋さんは、これをきいて目だまをぎょろりとむきました。が、言ったのはこれだけ